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2004年5月〜12月まで |
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「さわやかカウンセリング」のホームページは皆様の深いご理解をいただき、2008年4月で開設6周年を迎えました。 |
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CONTENTS さわやか吃音(どもり)カウンセリング トップページへ |
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「心の構え方が変わって、落ち着いて楽に発声できるようになりました。」 私に吃音の症状が出たのは中学1年生の時でした。小学校の頃は話すことに苦労をしたことは全く無く、クラスのみんなの前で本読みをする事も得意で、放送委員会と演劇クラブにも入っていました。 ところが中学に入ってだんだんことばがつまりだしました。特に国語の授業は恐怖でした。国語の先生は、いつでも出席番号順であてていくので、自分の出席番号が近づいてくるたびに心臓がバクバク鳴っていました。そうやって緊張してしまうことで余計に吃音がひどくなるのです。うまく話せなかった後で自己嫌悪におちいった事も何度となくありました。 その後、高校、進学、就職へと進み、だいぶ吃音との生活にも慣れてきて、言い易いように早口で済ましたり、言い換えを駆使しまくり、吃音を隠しながらやってきました。ところどころひっかかることもありましたが、接客・レジのアルバイトも2年くらいしました。 そして就職。会社で電話応対を受け持つことになりました。ほとんどが取引先から、上司への取次ぎなのですが、これがあんなにも苦労するとは思いませんでした。人の名前は言い換えができません。相手は上司なので丁寧・ハッキリと伝えなければならない。しかも先方を待たせている訳なので速やかに回さなければなりません。職場は異様に静かで、私の声が社内全体に聞こえるのです。吃音持ちの私にとってはすごいプレッシャーです。うまく言えないことが多くて、すごく悩みました。 少しでも治る糸口をみつけたくて、ネットで検索し、江田先生のホームページに出会いました。他にもいくつか吃音に関するホームページがありましたが、さわやかカウンセリングのページが一番自分に共感できるものが多く、レッスン内容、価格等、何につけてもとても良心的で、「自分も受けてみたい」と思いました。月1回のペースでレッスンを受けて半年を過ぎました。 今の結果は電話取次ぎが以前よりもスムーズになり、言えなくなる事はほとんどありません。これは、吃音が治ったというよりも、心の構え方が変わって、その結果落ち着いて楽に発声できるようになったということだと思います。以前は、いつ鳴るかわからない電話に対し常に緊張して体が硬くなっていたのに、今はそれがなくなっています。コールが鳴ると1回フーッとお腹から息を吐いて落ち着かせてから出ています。 レッスンを受けて良かったなと思うこの頃です。 (2004年12月22日) ※江田よりのコメント: 吃音は治る・治らないという白黒の世界ではなく、受け止め方と実際的な安定した話し方の習慣作りの中で、話すことの自信が深まっていくものだと思います。Kさんは月1回のペースですが、心の構え方が変わって精神的に楽になっていることを伺い、とても嬉しく思います。 topへ |
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「精神的な面でも本当に救われました。」 私が吃音を感じ始めたのは小学校高学年ぐらいの時でした。もともと父親が吃音気味の話し方であったことが影響してか、あるいは私が幼い頃、私の小学校で流行っていたどもり口調をおもしろ半分で真似したことがきっかけになってか、その原因はわかりませんが、その頃から吃音が少し気になり始めていたことを覚えております。 吃音を気にしてはいたものの、言い難い言葉は言い換えをし、また早口で勢いをつけてごまかしていれば対処できたので、これまでそんなに深刻には考えておりませんでした。 考えてなかったと言うより、自分がどもり、吃音者であることを認めたくないとの思いが心のどこかにあって、このことに触れたくなかったのだと思います。 江田先生の「さわやかカウンセリング」に思い切って受講しようと思ったきっかけは、半年前に私が勤めている会社で電話応対の変更指示があったことです。 それまでは電話に出るとき、会社名だけを言えば良かったものが、今後は「はい ○○(会社名)の○○(名前)です。」と会社名の後に名前を言うようにと指示が出たのです。 実際の電話応対で「はい、○○(会社名)の・・・」までは言えるのですが、その後の自分の名前が出てこないのです。名前を書いたメモを見えるところに貼って、それを電話応対時に読むように試みたり、自分なりにいろいろ言い方を工夫をして、なんとかして名前を言おうと考えたのですが、どうしても言えないのです。 この時、初めて自分が吃音者であることを自覚しました。 この吃音というものは特殊なもので、周りの人に理解してもらえるものでもなく、誰にも相談することもできません。かといって自分ではどうすることもできません。 どもり、吃音の克服本なども購入して読んではみましたが何の効果もありませんでした。 そのような時、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会いました。 インターネット上では他にも数多くの吃音相談のホームページが見つかりましたが、どれも営利目的と思われる高額な料金で、受講するには私にはどれも非現実的なものばかりでした。 その点「さわやかカウンセリング」の受講料といえば、その運営に最低限必要な経費だけと思われるような良心的低料金であり、経済的にも負担の少ないものです。 また、レッスンを遅い時間でも受けることができることも大きな魅力でした。私は仕事の都合上、この遅い時間でないとなかなかレッスンを受けることができませんので本当に助かっております。 実際に江田先生のレッスンを受けての感想ですが、そのレッスンは全て受講生のことを第一に考えられていると感じました。優しい口調、理論的でわかりやすい説明、そして受講生個人に合わせたレッスンです。 私が電話応対で名前が言えないことに対しましても、レッスン中に何度何度も先生から電話をいただき、そこで応対で名前を言う練習を繰り返してくださいます。 レッスンを始めてまだ8ケ月ぐらいですが、言い難い言葉の言い換えはあまりしないようになりました。電話応対の名前を言うこともまだ完全とは言えませんが、受講前に比べると断然言い易くなってきております。 吃音について気軽に相談できて、それについて指導して下さる貴重な唯一の先生が見つかり、精神的な面で本当に救われました。先生に出会っていなければ、吃音について誰にも相談できず独りで悩み、自己嫌悪の日々が今でも続いていたものと思われます。出会えて本当に良かったと思っております。 長い年月ずっと誤って使い続けて身に付けてしまった早口のごまかし口調の話し方を、短期間でそう簡単に矯正できるものとは思っておりません。これからもレッスンを続けさせていただき、安定した話し方を身に付けていきたいと思っております。 (2004年12月12日) ※江田よりのコメント: 自分が吃音者であることを認めるのは大変辛いことです。吃音者とは、ただ単にことばが絡まる、言い難いといいうものではなく、言いたくても言わんとする単語が出てこない、言えないという精神的に大きな壁を持っている人のことといえます。 吃音であることを受け入れるとともに、自分の話し方を客観視しながら良き話し方習慣を身に付けていく姿勢を持ち続ける限り、その人は確実に改善への道を歩んでいると信じます。 topへ |
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「自分が納得できる自分の話し方スタイルを作っていくつもりです。」 私は社会人になってから吃音を意識し始めました。 それまでの学生生活では普段は意識したこともなく、「吃音なんて・・」と他人事みたいに考えていました。(ただ、言葉が詰まることは少々ありましたが)。 社会人になっても暫くは外勤営業ですから何の不自由もなく過ごしていたのですが、転機は配置転換で内勤に変更になってからでした。 私はもともと緊張しやすい性格もあるせいか、電話に出ると上手く喋れないのです。挨拶言葉や御礼の言葉が上手く言えない・・・。そのうち電話にでるのが非常に怖く、恐怖心が湧いてきました。 そして精神科に通院して安定剤を飲むといった事も試みましたが、上手くいかず、気持ちは焦るばかり。 そんな時、先生のHPで電話でのカウンセリングを見つけたのです。私は藁をもすがる気持ちでカウンセリングの門を叩きました。 レッスンでは心から安心できる言葉の連続でした。 「調節していくことが当たり前の習慣なのです。自分の話し方スタイルを作っていきましょう。」 「上手く喋ろうなんて考えなくていいんです。周囲は気にしていませんよ。」 こういった助言がどれだけの私の心に安心感を与えてくれたことか・・・。 私は完璧主義で周囲の評価を過度に気にするところがあり、それが結果として自分を追い詰めていったのかなと思っています。そのような自分を変えるため、自分で自分を楽にしてあげるよう、今カウンセリングを受講中です。そして少しずつ改善の兆しが見られ、今は随分支障なく業務もこなせています。 これからもまだまだ継続し、本当に自分が納得できる自分の話し方スタイルを作っていくつもりです。そしていつか自分が相談を受けられる側になり、同じように悩んでいる人達に今教わっていることを伝え、少しでも恩返しができればと考えています。 (2004年11月28日) ※江田よりのコメント: 多くの場合吃音意識は幼少時に持つものですが、Oさんは社会人になってから吃音を意識し始めました。事務室での頻繁な電話応対が引き金になったようです。 レッスンでは営業マンらしく模範的な明瞭な話し方をなさいますので、これ以上完璧を求めず、引っかかり意識が浮き上がってもOKとしつつ、良き話し方スタイルを作っていかれますよう。 topへ |
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「吃音はマイナスでもありプラスでもある、私の一部。」 どもらない人になりたかった。 いつもスラスラと言葉の出てくる、そんな人に憧れた。 私が何かどもる度に怪訝(かいが)そうな目で見る人や、苦笑する人を心の底から憎んだ。 (私が知る限りでは)どもることのない友達が「電話が苦手だ」とこぼすのを、笑って聞きながら、吃音に苦しんだことも無いくせにと心のどこかで思っていた。 「お前らに私の気持ちが分かるか」と思うたびに、自分が、出口の無い、悪循環の迷路に迷い込んでいく気がしていた。 本読みの時間に何度か言葉が出てこなかったり、授業中、指された時に、分かっている答えが言えなかったり、私が吃音によって悔しい思いをするのは、主に学校にいる時だった。 どもって言えなかった時、いつも「何とかしなくちゃ」「何か解決方法を見つけなくちゃ」と思い立ってはいたが、部活に行ったり、家に帰るとそんな思いも萎(な)えてしまう。 そんな私でもすんなりと受け入れてくれる人達が周りにいたから、つい忘れてしまっていた。 実のところ、何をどうすれば改善されるのか、想像もつかなかった。 どこに答えを求めればいいのか、分からなかった。 親には打ち明けたくなかった。小学校以来の親友にも。 周りの身近な人に打ち明けたところで、解決方法が得られるとは思わなかったから。 何も変わらないまま、いつの間にか私は高校を卒業した。 大学生になり、京都で一人暮らしを始めた。 何とかするチャンスだと思った。 以前にネットで見つけた「さわやかカウンセリング」に、レッスンの申し込みをした。 最初のレッスン日、電話をかけなければいけないということがとても苦痛だったが、 とにかくかけてみようと、ダイヤルした。 「はい、さわやかカウンセリングです。」と、江田先生の声が聞こえた。 とてもやわらかな声で、今まで電話をすることに躊躇していた気持ちが少し溶けた気がした。 先生は、いつも「自分なりの調節習慣を。」と仰る。 こう思うのは私だけかもしれないが、調節ということは、簡単なようで結構難しい。 ここ10年ほどずっと、吃音から目を背けることが習慣になっていたところを、向き合って、かつ調節してうまく付き合う、というのは、慣れないことで、少し勇気がいる。 今後、普段の生活に、レッスンでつかんだ感覚をもっともっと活かしていけたら良いと思う。 今でも時々、吃音を持たず日々を過ごす人を羨ましいと思う。 同時に、自分が持って生まれてきたマイナスの部分を意識する。 「俯(うつむ)きがちな人、心の病気に苦しむ人の気持ちを分かってあげたい」という想いを起こさせてくれた、マイナスでもありプラスでもある、私の一部。 (2004年11月3日) ※江田よりのコメント: 19歳にしては大変シャープな筆致の文章ですね。Sさんは「(吃音は)マイナスでもありプラスでもある、私の一部」と受け止めておられますが、私が19歳の頃は100%マイナスと受け止めていましたよ。けれど吃音を通して他者の心を理解しようとする心の幅が広がったことも事実です。 Sさんは大学では教育学部の臨床心理学科で学んでおられるとの事ですが、ご自分の辛い体験を通して、子供の心、他者の心を理解する心の素地が養われているように思います。 レッスンでは大変滑らかにお話しするSさん。これからも吃音意識と向き合いつつ、人前で話していく機会をとらえていってください。自信と少しばかりの勇気をもって・・・。 topへ |
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レッスンをとりあえず終了するにあたり、Sさんよりメールをいただきました。ご本人の了解をいただき、原文のままご紹介いたします。 「調節習慣を身につけること。それが今の僕の目標です。」 先生のレッスンを受け、自分なりに色々と感慨深いことがありました。今までの自分を振り返り、自分なりの「吃音」に対する答えが見えてきた気がするのです。 自分がどもり始めたのは、小学校1年の時に同じクラスにいた、どもりの子と遊ぶようになってからでした。気づいたら出だしの言葉を2回言うようになり、いつの間にか自分も「どもり」になっていました。 だけど、それほど「どもり」の事を気にしていなかったからでしょうか、中学、高校と進むにつれ、どもりの症状は軽くなっていきました。 専門学校に入り、どもりは大分無くなったのですが、まだ言葉のつまりやいい直しが結構あったので、それを意識し、つかえずに喋ろうとする癖を身につけていました。今考えると、あれは「調節習慣」だったのだろうと思います。常に安定した喋り方を意識し、社会人になるころにはスッカリ吃音が出なくなっていました。 社会人になったばかりの頃は、電話でも何でもスムーズに出来ていました。その反面、喋り方とかには全く無頓着になっていたと思います。 そして丁度一年前ぐらいでしょうか。仕事でのミスをきっかけに、僕の中の「どもり」が一気に爆発したのです。 仕事をミスしたことで、気分は常にネガティブになり、物事を悪く考えてしまう時期がしばらく続きました。知らぬうちに普段の会話でも「そ、そうだね」とか、「あ、あのさ」などと、どもりの芽が生え始めてきていました。 そして電話応対の時にもそれは表れ、相手方に笑われたりし、「ああ、オレ何やってるんだろ」と自己嫌悪に陥り、どんどん吃音を助長させてしまったのです。いつしか電話は恐怖の的となり、「そろそろ電話がかかってくる時間だな」と電話に怯え、逃げる事ばかり考える日々となりました。と同時に苦しく、辛い日々の始まりでもありました。 同僚と話していても上の空で、一日中電話と吃音の事を考え、仕事が終わった後も休日もずーっと吃音に囚われ、心が休まることはありませんでした。このままだといけないと思い、吃音について調べていくうちに、この「さわやかカウンセリング」に出会えたのです。 ホームページに書いてあることや、実際のレッスンの体験談を読み、そして先生とのレッスン受け、「こんなことで挫けてられない、負けてられない」という気持ちが沸々と湧いてきました。凄く元気付けられました。 最近は電話もそれほど怖くもなくなり、応答も上手く出来はじめています。これを維持する事、調節習慣を身につけること。それが今の僕の目標です。 長くなりましたが、先生、本当にありがとうございました。もし、どうしようもならなくなったら、またレッスンお願い致します。勝手な事ばかりいって申し訳ありません。本当にありがとうございました! (2004年10月30日) ※江田よりのコメント: 吃音(意識)を取り除こうとするのではなく、自分で良き話し方習慣、調節習慣を身につけて永続的に維持していくこと・・・これが電話レッスンの目標です。受講生の置かれている立場はそれぞれ異なりますが、Sさんのように上手くレッスンを活用していただき、話し方の調節習慣をしっかりと自分のものにしていただきたいです。 レッスンを中断して、半年後、一年後に再開される方々も多くいらっしゃいますので、「どうしようもならなくなったら」と言わず、いつでも気軽にレッスンを利用してください。 topへ |
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「どんな事でも意識や見方を変えることにより、すべて良くも悪くも変えられる ということに気づいたことが、レッスンを受けて一番良かったことです。」 私は今年の4月にレッスンを始めて7ヶ月になります。 高校の時、私と同じクラスにひどい吃音の人がいて、授業で当てられた時は必ずどもっていました。私もかわいそうだなと心から思いました。 ある授業で、彼が当てられて答えようとした時に、「うぅ〜ん!」と、うなり声を上げたことがあり、クラスのひとりが「何だぁ!今のは!」と言ったら、教室中で笑いが起こりました。私も不本意ながら周りにつられて笑ってしまいました。 考えてみれば私は授業中に実際にどもったことは一度もないのですが、もともと緊張症で、クラスにそんな人がいたことから、もし自分もあのようになったらどうしようと考えて不安が募るばかりでした。 私は早口なので言葉がからまりやすく、だんだん吃音意識が浮上してきました。何しろ私の緊張症は自分でも頭がクラクラする程です。教室にいても、自分が当たる番になると、意識がなくなって倒れてしまうのではないかと思いました。今ではもうないのですが、数年前は授業中、体が熱くなり胃に流れる血液の音が体からドクンドクンと聞こえてきて、手に握っていたシャープペンに消しゴムのカスが汗でべったり貼りついていました。 何よりも学校の授業が怖くなり、何とかしたいと思い、電話でのレッスンを受けることにしました。 レッスンで学んだことは、言葉がからまったり正しく発語できないのは、今までの話し方習慣が間違っているからであり、正しい発語習慣を身につけていけば改善されていくということです。 レッスンを受け始めてからは朗読練習を毎日続けています。最近では早口だった会話もゆっくりペースを心がけるようになってきました。そして、レッスンを受ける前と違い、病院の予約やピザの注文など、さしてためらうことなくやっていることに気づきました。 正しい話し方と方向性がわかってくるに伴なって、気持ちの面でも以前のような圧迫感は薄らいできました。 どんな事でも意識や見方を変えることにより、すべて良くも悪くも変えられるということに気づいたことが、レッスンを受けて一番良かったことです。 今の私の課題は、早口ペースのスピード調整の習慣作りです。これからも改善に向けて進んでいきたいと思います。 (2004年10月19日) ※江田よりのコメント: 「どんな事でも意識や見方を変えることにより、すべて良くも悪くも変えられる」と心から思えるなら、Z君は19歳にして人生のマスター・キーを手に入れたと言えると思います。 人生は旅(トラベル、travel)のようなもの。その道にはたくさんの問題(トラブル、trouble)がありますが、このマスター・キーで乗り越えていってください。 topへ |
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「念願の最終合格を勝ち取ることができました。」 私はすでに小学生の頃から、吃音に悩む毎日を過ごしていました。吃音を矯正する学校にもいくつか通わせてもらったのですが、思うようにはいきませんでした。世の中にはもっと深刻な悩みを持っている方が多くおられると思いますが、自分の悩みとしていかに吃音を避けるかばかり考えていました。 大学まで進み、自分自身の今までを振り返り、またこれからを考えた時、何か新たなことをする際に吃音であることがブレーキをかけていました。 しかし今回は、自分自身に挑戦しやり遂げたいという思いで、公務員試験を受験することに決めました。 この1年間という勉強期間は想像以上にハードなもので、直前期の2ヶ月間は毎日15時間は机に向かっていました。大学の友達ともほとんど挨拶程度で、一日中部屋に閉じこもりっぱなしの、会話の無い生活が続きました。日常会話が極端に少ないと、ことばの発語感覚が鈍り、息継ぎが不安定になることも経験し、日々の会話での実践がいかに大事かを改めて知らされました。 勉強中も常に、「筆記試験に合格しても計4回ある面接で吃音のため不合格になるのではないか・・・」という不安がいつも頭をよぎっていました。けれどレッスンを受ける中、吃音を直すのではなく正しい話し方習慣を身につけて吃音と上手く付き合っていくという考え方になり、気持ちが整理されてきました。 面接試験では、自分というものを評価してもらおうと全力で臨みました。実際の面接ではかなり緊張して名前が出にくかったこともありましたが、個人面接やグループディスカッションで自分の意見を述べることができました。これは、今まで話すことに引け目を感じ諦めていた自分が、今は正しい話し方習慣を身に付けているのだという光をレッスンを通してつかんでいたからだと思います。 そして念願の最終合格を勝ち取ることが出来ました。家族も涙を流して喜んでくれました。 今回、自分自身を振り返ってみますと、吃音であることの辛い事ばかり考えるのではなく、人に対して優しく謙虚であることを学んでいたように思います。物の考え方次第でいろんな可能性が見えてくると思います。 これから社会に出て行くという中で、吃音を与えられたことをプラスにとらえ、レッスンを通して安定した話し方習慣を更に身につけていくと同時に、自分を磨きつつ人間的にも成長していきたいと思っています。 (2004年9月30日) ※江田よりのコメント: 最終合格おめでとうございます。お話しを伺いますと、約1100人の応募者の中で、最終合格者は69名とのこと。筆記試験だけでなく、3回にわたる個人面接、そして7人グループでの70分間のグループ・ディスカッション試験・・・。私がAさんと同じ立場だったら、初めから尻込みして諦めていたと思います。 緊張の中にあっても、話し方をコントロールして自分の意見を確実に述べていけたことは実に貴重な体験でした。これからも言葉を通しての自己表現を自信をもって実践していってください。 topへ |
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「今では、電話は自分から積極的にかけられるようになりました。」 私は高校くらいまでは時々言葉のつまりは感じるものの、そのことを意識していませんでしたので、積極的に行動していました。 ところが大学生の時、パン屋のアルバイトで、お客さんからの注文を店長に伝える、ただそのことで、どうしても言葉がでてこないのです。みんなにおかしな顔をされ、それから強く意識するようになりました。 言い換えの出来ない言葉がでてきたら、という恐怖感で、就職できませんでした。接客用語を言わされるアルバイトに行くのは、毎日憂鬱でした。 結婚して子供ができても、自己紹介する子供の集まりには行けませんでした。電話をかけるのに躊躇するのはしょっ中です。もっといろんな事を話したいのに、いろんな事をしたいのに・・・思いに反して消極的になってしまう。 これではいけない、どうにかしたいという気持ちで、このホームページを開きました。体験談を読んで驚きました。以前、親にくだらないと言われてから、誰にもこの悩みを言ってなかったのですが、こんなにたくさん、自分と同じ気持ちの人がいるというのが衝撃的でした。思わす涙がでました。この先生なら、きっとわかってくれる、そう思って思い切って電話しました。 最初のレッスンが終わった時、とてもさわやかな前向きな気持ちになりました。真っ暗な洞窟のなかで、明るい光が見えた、そんな感じです。あれこれ悩まずもっと早く電話すればよかった。それからは、一生懸命朗読や、呼吸の練習をしました。 今では、電話は自分から積極的にかけられるようになりました。これからは人前で話す機会をもっと増やし、電話のように積極的にできるようになりたいです。 今、月一回のレッスンを受けていますが、先生から教えていただいたアドバイスはいつも自分に言いきかせています。 (2004年9月23日) ※江田よりのコメント: 人生、さまざまな問題に直面するものですが、吃音も経験した人でなければわからない心の痛みだと思います。けれど、同じ問題に直面していても、問題の受け止め方と具体的な方向性をつかんでいくなら、問題(吃音経験)がその人の宝となることも真実です。 良きお話し習慣を培って、今までの痛みを宝に変えていってください。 topへ |
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「本当に180度自分の性格が積極的に変わってきているように思います。」 私は小学生の頃から親にどもると言われ、話をすることに消極的だったと思います。中学、高校、大学を通して言葉が少ないためか、友達も少なかったと思います。社会人となってからも、電話で会社名や自分の名前が言いにくく苦労していました。また、コミュニケーションをとるのが下手で、人間関係もあまり良くなかった気がします。言葉を思うように話せないのは損だとつくづく思っていました。 今は父親が経営している会社を継いでいますが、仕事を円滑に進めていくためには人と上手くコミュニケーションをとっていけることが大事であると思い、昔から気にしまくっている吃音を何とか克服したいと思って、江田先生の門をたたきました。 カウンセリングを受けてから変わったことは、電話をかけるのが以前と比べて気楽になったことです。以前は会社名や自分の名前を名乗る時に、最初の言葉が出にくく、人目を異常なまでに気にしながら電話をかけるなど、大変なエネルギーを使っていたのに、今は大分楽に電話をかけることができるようになりました。 調子が良い時は電話をかけたり自分の名前を言うことはクリアーしているのですが、肝心な用件を話す時、言いにくい言葉があったりします。その時はレッスンでの感覚を思い出し話をするように心がけています。 営業の仕事もやらなければならないのですが、電話を気軽にすることできるようになりましたので以前より営業活動がしやすくなり、お客様とのコミュニケーションがとれ、仕事の幅が広くなった気がします。 また、今までは話をする場をできるだけ避けたいという気持ちがあったのですが、今は言葉を大事にして人と話をしたいという意識に変わり、以前より人付き合いも良くなってきたと思います。確かに、カウンセリングを受けてから心が軽くなり、毎日の仕事も楽しく感じられるようになりました。 人前で話をしたり、安定した話し方をまだまだマスターしていないので、日頃、家族と話をする時も、時折レッスンを意識しながら話し方を整えていきたいと思っています。話をすることは楽なことだとわかりかけているこの頃です。 本当に180度自分の性格が積極的に変わってきているように思います。 (2004年9月18日) ※江田よりのコメント: 建具店を経営しておられるIさんは、黙々と仕事をしっかりしていく職人肌のように見受けられます。 今まで不得手と思っていた人とのコミュニケーションも、話し方に自信が持てるようになってくると自然と動きが広がってくるものです。 コミュニケーション能力とはことば数が多いことではなく、相手の気持ちにピタリと入る、その場その場での適切な「生き言葉」で話しかける能力かと思います。コミュニケーション上手は人生を何倍も楽しくします。 topへ |
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「肩の力を抜いて電話対応ができるようになっていると思います。」 電話を取るのが怖い!と思い始めたのは、かれこれ7年くらい前です。 短大を卒業し、会社に勤め始めた頃は何をするのも初めてで忙しく、電話の応対などなんともなかったのですが、ある日を境に電話を取るのが怖くなり、第一声が出なくなりました。それもただ第一声が出にくいだけで、そのほかは全く普通に話すことが出来るのです。 生まれてこの方「早口だね」とは言われたことはあっても、自分が吃音だなんて思ったことがなく、とてもショックでした。 毎日々会社の電話が鳴るたびにドキドキし、受話器をあげても第一声が出ないのです。受話器を取ってからしばらく間があり、早口で社名を名乗るため、聞き返されることが多かったです。その度に気落ちしていき、考え込んでしまう日々でした。 家のお風呂などで練習すると、詰まることなく言えますが、会社の電話ではどうしても第一声が出なく、早口になってしまうのです。 話し方教室に通おうか?と考えていた時に、さわやかカウンセリングのHPを見つけました。 レッスンを受けて8ヶ月。受ける度に気持ちが楽になり、電話を取った時の第一声も出易くなりました。会社では毎日電話を何十本も取っていますので、すべて完璧に第一声が出るわけではありません。出にくい時もありますが、以前のような張り詰めた緊張は和らぎ楽になりました。肩の力を抜いて電話対応ができるようになっていると思います。 先生の声はとても優しく落ち着いていて、私の悩みを解消してくれます。それに、レッスンは無理することなく、自分のペースで受けることができるので、仕事&育児の空いた時間にできます。最近は半年くらいレッスンをお休みしていますが、学んだことを思い出し、落ち着いて話すように心がけています。 吃音だなんて・・・、と思っていた私ですが、これからも上手につきあっていきたいと思います。 また、レッスンを再開したいと思っています。 (2004年9月12日) ※江田よりのコメント: レッスンを受講されるほとんどの方々は、幼少の時まで吃音経験をさかのぼるのですが、Kさんの場合は社会に出てから吃音意識を持つようになりました。 職場での電話応対の時のみ、ひっかかりを強く意識していましたが、レッスンを通して日常の会話での話し方の調整意識を育ててこれらたことが改善の土台になっていると思います。 主婦として仕事・育児・家事をこなす忙しい日々ですが、これからもレッスンを上手く利用していってください。 topへ |
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「毎日を楽しく過ごすために。」 言いたい言葉が出てこない、自分の考え、思いをしっかり伝える事が出来ない。人前に立てば赤面し、頭は混乱し、言葉は何一つ出てこない・・・。この苛立ち、もどかしさ、情けなさを強く感じながら今まで歩んできた。 言葉もしっかり話すことの出来ない自分はどうしようもなく、ダメな人間だと思い、何をするにも自信が持てず、人間関係においてもひどく消極的だったと思う。 何がきっかけで吃音になったか分からないが、幼稚園の頃から症状は有り、遊戯会の時に台詞が上手く言えなかったのを憶えている。 小学校の時には、みんなの前で読む国語の朗読で異常に緊張し、息は上がり、言葉も震える有様だった。そのほかにも、学生時代を通じて、思い出したくない嫌な経験は山ほどある。なぜ自分だけ上手く話すことが出来ないのかと悩んでいたが、学年が上がり成長し大人に成るにつれて自然と上手く話せるようになるという淡い期待を持っていた。 だが、中学、高校、大学を経て社会人になる間に、吃音を克服する本等も読み、いろいろやってはみたが変化は無く、言葉を上手く話せないのは病気だから仕方がないのだと諦めかけていた。 しかし、「諦めてはならない。少しでも上手く話をしたい。」と今まで以上に思うようになったのは、2年前に家業のガソリンスタンドで働くようになってからだ。 情けないことに、接客業の基本用語の「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」も、しっかりと言うことができなかった。その他、商品の説明、エンジンの不具合箇所のアドバイス、電話の応対などでスムーズに話すことができず、日々悶々と悩んでいた。 その状況を打破し、強く自信を持って毎日の仕事に取り組みたいと思い、先生のカウンセリングを受けることを決意した。 カウンセリングを受けて4ヶ月ほどになるが、上手く話せるようになったとはまだまだ言えないが、以前に比べて「いらっしゃいませ。ありがとうございます。」といった単語もしっかりと言うことができるし、言葉も流れるようになったと思う。 これからも先生がいつも言われる、話しの調整感覚を身につける意識を持ち続け、話をするのが楽しくなるよう、日々の生活を自信をもって送れるように頑張っていきたい。 (2004年8月16日) ※江田よりのコメント: Sさんの課題はスピード調整の習慣化です。日常かなりの早口で話しますので、単語が硬くなり、また絡まりも多くなり勝ちです。 部分的に音を伸ばすなどして、スピード調整を意識化し続けていけば、安定した話し方感覚が確実に広がっていく筈です。 これからもコツコツ実践して、第二の良き話し方習慣をご自分のものとされ、毎日を自信をもって楽しく過ごしていかれますよう。 topへ |
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「話すことの自信を更につけていきたいと思います。」 私は小学校3、4年生の頃から吃音になったように思います。吃音になったというか、自分自身が話すことをとても気にするようになった時期です。 小学校2年生の頃、どもりは早口言葉を言えば治ると友達に言われました。その頃は何のことを言っているのか、わかりませんでしたが、自分の話し方を気にするようになった頃から、言葉が出にくくなりました。 友達や他の人達から体のことでいやなことを言われ、そのことで自分に自信がなくなり自意識が入ってきて、それが吃音意識につながっていったと思います。 何も話をしていなくても、落ち込んでしまうことがありました。また、人の話を聞いているだけで、自分と比べて落ち込んでしまうという有様です。 催眠療法も受けてみましたが、効果があったかどうか、わかりません。 このままではいけないと思い、インターネットで「さわやかカウンセリング」と出会い、自分と同じような悩みをもっている人達がたくさんいることも知りました。 けれど、内気で引っ込み思案な私は、すぐには申し込みができませんでした。 実際にレッスンを受けてみて、落ち込みを少なくすることや、吃音についての考え方など、いろいろと教えられることが多くあります。 話すことの自信を更につけていきたいと思います。 (2004年8月15日) ※江田よりのコメント: Iさんは建具店を営んでおられ、職人としての落ち着いた味のある話し方をなさいます。訥弁(とつべん)ではありますが、「堅実ないい仕事をする人だ」との印象を受けるのは私だけではないと思います。 この良き持ち味を活かしつつ、確実な発語感覚をこれからも養っていかれますよう。 topへ |
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「小さいけれどすごくポジティブな発想だったと思います。」 私は幼少のころ少しどもっていたのですが、中学、高校ではとても楽しく過ごせていたため、吃音のことはほとんど忘れていて、気にならないようなそんな感じでした。 そんな私が吃音を再び確認したのは、2年程前です。それまでやっていた技術系の仕事をやめ、その後なかなか仕事が決まらず、精神的に不安定な時期が続きました。 そんな中、営業系の仕事に何とか就職できました。慣れない仕事ということもあり、すごく緊張し、電話応対でどもる自分を強く感じ始めました。「ありがとうございます」 「おつかれさまです」・・・そういった挨拶言葉を言おうと思ってもなかなか出てこない状態でした。そして言葉が出てこないとき胸が苦しくなる感じがありました。軽いノイローゼ気味になりその会社を退社しました。 悩みました。本当に悩みました。直そうとすればするほど直らない。まわりの人はみな普通に会話ができる人ばかりです。誰もこの感覚は持っていませんでした。自分自身で解決方法を探しても余計深みにはまっていく感じでした。 それでも、逃げるとさらに吃音という問題が自分の中で大きくなりそうで、逃げるのが嫌で接客業のアルバイトを探して働き出しました。 やはり正社員と比べるとアルバイトは立場的に気楽です。そのこともあり以前働いていたときより少しはどもらなくなりました。それでもやはり会話がすごく不安定なときもありました。言えない単語を違う言葉に置き換えてみたりなど、やはり悩んでる時間が多かったように思います。 そんな中、インターネットで「さわやかカウンセリング」を知りました。自分と同じような悩みを抱えている人達がたくさんいるということも知りました。 でも私はすぐにはカウンセリングを申し込みませんでした。カウンセリングに申し込む事によって自分の中で吃音の問題がさらに大きくなってしまうのを恐れたからです。「自分で直せるだろう」 「ほっておけばそのうち直るだろう」・・・そう考えていました。 しかしそう簡単にはいきませんでした。会話中感じるストレスも大きく、会話の調子が悪い日は落ち込んだりしていました。 「まわりの人は普通にできる事なのに自分だけができない。しかも会話なんて誰にでもできる簡単なことなのに・・・」というような、劣等感、孤独感がありました。 意を決してさわやかカウンセリングのレッスンに申し込みました。自分の中でどもりの問題が大きくなるのではないかという不安もありましたが、自分一人で考えていないでカウンセリングに耳を傾けてみることによって 「何か変わるのではないか?」 「自分が信じる事ができる体験(自分のプラスになる体験)ができるのではないか?」 と思ったからです。 今その選択を思い出すと小さいけれどすごくポジティブな発想だったと思います。 レッスンが始まりました。言葉の発音の仕方や上手に話す方法、そしてどもる自分との付き合い方、どもるという事への考え方を江田先生が教えてくれました。それは自分一人では考えもつかなかった事ばかりでした。 何よりの変化は、仕事などの会話中に余計な不安を持つ機会が少なくなってきたことです。「できるだけレッスンで得たいい感覚で話す事に集中して、そこでまたどもるようだったら、またレッスンを頑張ればいい」と割り切って考えるようになったことです。以前、会話中に悩んでいた事がばかばかしく思えてきました。そして会話にも少しずつですが自信がついてきています。 しかし、そう簡単に全てが改善されるわけではありません。よい話し方の習慣をつけるため、そして自分の話し方に自信を持てるようになるためにも、これからもレッスンを続けていこうと思います。 (2004年8月1日) ※江田よりのコメント: ガリレオ・ガリレイは、「人に何かを教えることはできない。できるのは、人が自分の中にあるものを発見するのを手伝うことだ。」と語っていますが、さわやかカウンセリングでは、受講生がすでに自分の中にある良き話し方の能力を見出すことのお手伝いをさせていただいています。 レッスンと実生活での実践をとおして、これからもさまざまな発見、気づきを得ていってください。 topへ |
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「今では、積極的に話しかけることができるようになってきた。」 |
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| 私は昔から吃音に悩まされてきた。 特に職場でのプレゼンや電話応対がすごく嫌いでとても苦しんだ。 いつどもるか不安で、職場ではなるべく人と話さないようにしていた。 誰もができることが、自分には出来ないと思うと、もう辛くてしょうがなかった。 そんな時、このHPを見て、少しでも良くなるならと思い、レッスンを受けはじめた。 今までは吃音をとても辛いことと思っていたが、 レッスンを受けてからは、そこまで気にすることはないのかなと思えるようになった。 今までは仕事でお客様とは極力話さないようにしていたが、 今では、積極的に話しかけることができるようになっている。 日常生活での会話ではまだ不安が残るものの、精神的にはかなり楽になった。 これからもレッスンを通して、よい話し方習慣を身につけていきたいと思っている。 |
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| (2004年7月29日) ※江田よりのコメント: 吃音を自分の心の深くにしまい込んでいると、「人の人生は重荷を背負うて遠き道を行くが如し」となってしまいます。 けれど、吃音であることを受け止め、客観視できるようになってくるとグンと気が楽になってくるものです。 不要な重荷は背中から下ろして、背筋を伸ばして良き話し方習慣を身につけていってください。 topへ |
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「一歩前進した心地よい気分です。」 私が自分が吃音だと気がついたのは、半年ぐらい前です。と言いますのは、子供の頃どもっていた記憶はあるのですが、小学生になるにつれ自然に治り、最近まで気にすることはありませんでした。 1年ほど前、みんなの前で自己紹介することがありました。その時、自分の順番がきて、名前を言おうとしたのですが、言葉が出なかったのです。焦れば焦るほど言えなくなり、恥ずかしい思いをしました。 それからというもの、そのような場面になるたびにドキドキして、うまく言えたり、言えなかったりと、非常に悩みました。 最初の一語を何度も繰り返すのが吃音であって、ひと言目が出ないのは、変な病気じゃないのかと考えていました。 人にも言えず、一人で悩んでいる時、インターネットでこのページに出会い、皆さんの体験談を読み、自分は発語不安による吃音であることが分かりました。 早速、申し込みをしてレッスンを開始しました。レッスンでは、自分が吃音であることを受け入れ、これと付き合っていくという、新しい考え方を学びました。 まだまだ、発語不安はありますが、自分の吃音に気づき、レッスンを受けることにより一歩前進した心地よい気分です。 (2004年7月26日) ※江田よりのコメント: Yさんのように、何十年もの前に経験した吃音意識がある場面(出来事)で浮上してくることはよくあることです。 自分の吃音意識に気づき、吃音を忌むべきことでも何でもないと受け入れ、確実な話し方習慣を養っていく方向にしっかりと立つ・・・。この肯定的な姿勢が、今のYさんを「一歩前進した心地よい気分」にさせている理由のようです。 topへ |
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「ゆっくりと自分のものにしていきたいと思っています。」 幼稚園の学芸会での練習のことです。自分のセリフを言った後、先生に何度かいい直しをさせられ、結局、わたしのセリフはちがう子が言いました。たくさん練習していたのに・・・。 小学校の参観日、本読みの番が回ってきました。読んでいると、一部のお母さんからクスクスと笑いがもれました。 中学校の国語の時間、読書が好きだった私は漢字が得意でした。朗読のとき、漢字でつまり言葉がでなくなり「こんな漢字も読めないの!」と、みんなの前で注意されました。 中学以降は音をのばしたり、言い換えをすることにより、吃音を持っていることは人に気づかれにくくなった一方、「吃音者だと気づかれてはならない」という気持ちを強く持ち始めもしました。 ごまかすこと、逃げることを覚え、ずっと続けてきたのです。 高校の時、大学の時、アルバイトの時・・・いつも吃音がまとわりつき、上手くいかないことをすべて吃音のせいにしてきました。 ある時、こんな姿勢ではいけないと思いはじめ、自分なりに誠実に前向きに家庭・仕事を頑張ってきました。徐々にではありますが逃げる習慣が薄れた頃、吃音がまた気になりだしました。 吃音改善、こればかりは無理・・とあきらめ半分、けれど今なら出来るかもしれないとやる気半分で、インターネットを検索するうち、さわやかカウンセリングのHPに出会いました。 現在、私は同じ辛さを知っている方々の体験談、先生に勇気づけられレッスンを続けているところです。 「完全主義・こだわりを捨て去って、調節上手、立ち直り習慣を身につけていきましょう」と先生に言われたとき、「ハッ」としたのを今でも覚えています。完全主義・こだわり、それはまさに私の性格そのものだったからです。 今は言いづらい言葉を柔らかく発語できるよう練習しています。 「吃音をダメなものと思わず、安定した話し方習慣を身に付ける・・・」先生のこの言葉を心に刻みつつ、ゆっくりと自分のものにしていきたいと思っています。 (2004年7月26日) ※江田よりのコメント: 人生が上手くいかないことを吃音のせいととらえる・・・これを吃音隠れ蓑(みの)人生、病床利得人生とも言えます。ある意味では気が楽かもしれません。すべて吃音のせいにしておけば良いのですから・・・。 Sさんはすでにこのような考え方から抜け出して、家庭でもお仕事でも、誠実・前向きに頑張ってこられました。 ここで自分にとって難関?とも思える吃音改善に挑戦しておられるわけですが、頑張るというより、肩の力を抜いて確実な話し方習慣を「ゆっくりと自分のものにして」いってください。 完全主義・こだわり主義を捨てていくのがカギですよ。♪ topへ |
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「これまでの自分と違うものを感じています。」 吃音を意識したのは小学校2年生ぐらいだったでしょうか。それからもう45年ぐらいの長いつきあいです。今まで「自分に吃音が無かったら」とか、「何とかして吃音を直そう」と何度思ったことでしょう。今まで吃音の矯正所へも二度ほど行きましたが、いつのまにか元に戻っていました。そして近年は、日常生活や仕事でもそんなに困るようなことはないし、もうこのままでいいと思うようになっていました。 そんな時「さわやかカウンセリング」のHPに出会いました。そこに書かれていることを読んでいるうちに、「吃音が治るということは、話し方をコントロールできるようになること」というようなことが書かれていて、今まで自分が持っていた吃音に対する意識が変わり、これならまだ自分にもできるかもしれないと思いレッスンに挑戦いたしました。 レッスンを重ねていく中で、これまでの自分と違うものを感じていますし、何かしら手ごたえを感じています。 「話し方をコントロールできるようになる」ということを頭で理解するだけではだめで、習慣づける。今は「吃音を治すのではなく、話し方習慣を変えるのだ」と思うようにしています。 今までの長い習慣を変えることは容易ではありませんが、今度こそは、吃音を克服できるのではと信じています。 (2004年7月18日) ※江田よりのコメント: 45年の長きに渡って吃音意識とつき合ってこられたIさんですが、日常生活や仕事では話すことにさほど困ることはないものの、会合でのスピーチなどでより確実なお話しを願ってのレッスン受講です。 「吃音とは治すものではなく、良き話し方習慣を身につけていくもの」ということがIさんとの共通の認識です。私もIさんと同じ52歳。人生いろいろですけれど、話し方の認識はひとつのようです。 topへ |
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「今では思い切って本当によかった!と思っています。」 吃音は私にとってとてつもなく大きなコンプレックスでした。子供の頃から吃音意識に悩まされ、授業時の発表、自己紹介、電話など様々な場面で大変な思いをした記憶があります。 学生になってからは、日常生活での会話はほとんど問題ありませんでしたが、それだけに自己紹介や電話の際には大きなプレッシャーを感じていました。当然いつも意識下に吃音に対する悩みがあり、それはできることなら目を背けたい、忘れてしまいたいものでした。 大学を卒業し、社会人となり、現在は毎日多くのお客様と接する仕事に就いています。お客様と直接お話する機会はもちろん、電話でのコミュニケーションも重要な業務のひとつです。 私はこの「電話をかける」ということが本当に苦手でした。(今も決して得意というわけではありませんが)。できる限り電話を避けてきましたが、そんな自分が本当に嫌になり、何とかしたいと考えるのですがどうにもならず、大好きな仕事をあきらめることも考えました。 そんな時思い切ってHPを調べ、先生のカウンセリングのことを知りました。同じような悩みを持った方の体験談が大きな後押しとなった気がします。 それでも、自分でもできることなら触れたくなかった部分に踏み込むことは相当な勇気が必要でした。正直、先生へ相談することも何度も悩みました。しかし、今では思い切って本当によかった!と思っています。 私の場合、「こうでなくてはいけない」といういわゆる完璧主義者の部分があり、吃音意識を持つ自分のことをなかなか認めることが出来ない点も大きな問題です。先生とのレッスンでは、具体的な練習だけでなく、そうした精神面についても色々とアドバイスをして下さり、また、私の話を聞いて下さったりと支えて頂き、少しずつですが気が楽になりました。 「吃音は治すものではなく、良い話し方習慣をつけていくということ」という先生の言葉をいつも心に留めておきたいと思っています。 (2004年6月28日) ※江田よりのコメント: Yさんの業務内容は、人々の前での説明、会合の司会進行役、電話連絡など、話すことが大半を占めています。 そういった仕事の性格上、話すことに神経を払うものですが、〜でなければならない(must)、〜であるべき(should)という基準を設けると、その基準に達していない自分を責め、落ち込む度合いが激しくなるものです。 自分を受け入れるとは、そのような基準に達しているかどうかの尺度で自分を評価するのではなく、今のありのままの自分を良しとして、出来ることをコツコツ実践していくことかと思います。 これからも心の中のもう一人の自分と上手くつきあっていってください。♪ topへ |
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「話すことの恐怖から開放されている感じがしています。」 今でも覚えている・・・。小学校2年の時に劇をやることなり、自分のセリフが「あ、土が見えた」の一言だったが、その「土」という言葉が言いづらく、引っかかるようになってしまった。それがどもることとなった始まりだと思う・・・。 小さかったせいか、その頃はあまりどもるということに意識はしていなかったが、学年が上がるにつれて少しずつ意識するようになってしまった。 中学校に入ると思春期ということもあり、今まで以上にまわりの目を気になりだして、なぜ自分だけが普通に話すことができないのか、どうすれば話せるのか、病院とかで治療すれば治るのかなど毎日悩んでいた。結局どうしたらいいのかわからないまま時間だけは過ぎていった。その間に緊張すると全く話せないという状況となり、授業中に「誰かに読んでもらおうか」と言われただけでも緊張状態になってしまい、とても辛かった。 高校に入学後、吃音に関する本を見つけ、自立訓練法を知った。しかし以前と比べれば普段は少し話せるようになっても,人前ではあまり以前と変わることはなかった。すぐ緊張してしまうという状態は治らず、そうなってはどうにもことばが出てこなかった。 就職すると病院で受付に配属され、大勢の人前で呼び出しをさせられた。極度の緊張で名前を呼ぼうとしても言葉は一向に出ず、顔は真っ赤になり、逃げ出そうと思ったことは数知れなかった。 その頃なんとかしなければと思い,東京の吃音治療院に通うことにした。そこでは自己催眠や言葉を伸ばすこと、ゆっくりはっきりと話すことなど教わったが、なかなか上手くいかなかった。結局あまり改善することなく、その後はなんとか自分なりのやり方でごまかしながら話をしてきた。 しかし年齢とともに大勢の前で話をする機会が多くなり,普段はどうにか話せても人前に立つと息ができなくなり言葉も出にくくなってしまう。 そんな時にさわやかカウンセリングを知り,回数を重ねるにつれて少しずつだが話すことの恐怖から開放されていく感じがしている。まだ言葉が出なくなることがたまにあるが、そんな時腹式呼吸をすることによって、言葉が出たときはとても嬉しい。 普段意識していないと以前の話し方に戻ってしまうので、レッスンで教わった話し方をできるだけ意識しながら、自分をコントロールできるように習慣づけていきたいと思う。 (2004年6月25日) ※江田よりのコメント: 「年齢とともに大勢の前で話をする機会が多くなっている」Hさんですが、日常会話では支障なくても、いざ人前に立つと別の発語感覚に入ってしまうことはHさんに限ったことではありません。 必要は発明の母と言われますが、「(人前で話す)必要は(スピーチ)改善の母」でもあります。人前で話すことは緊張を伴いますが、これからも場を重ねてスピーチの達人になってください。 topへ |
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「少しずつ自分の喋りをコントロールできるようになってきたと感じています。」 私が喋ることに対して不都合を感じるようになったのは小学校の2年生位だったと思います。その頃の私は慢性的に声がかれていて、そのことを意識しているうちにだんだん吃音、早口になっていったのだと思います。 中学に進学してからは早口や発音の悪さを人に指摘されるようになり、だんだん人前で喋ることに対して恐怖感を覚えるようになっていきました。 高校、大学とその時その時で調子の良し悪しはあるものの、その漠然とした恐怖感は今でも続いています。私の場合、初対面の人と話すときや電話で話す場合は自分としてさほど違和感なく話せていると思っています。やはり人から指摘されてきた経験が自分の中の潜在意識として残り、それが早口につながっているのだと思います。 中学時代、高校時代、大学時代と度々なんとか早口や発音の悪さを克服しようとして発声練習は試みたのですが、練習すればする程、その分友達と喋っているときに自分の喋りを過剰に意識するようになって、逆に喋りが変になることがありました。これならまだ練習なんかしないほうがマシだと考えたりして、「これはもう治らないのかな」と半分諦めかけていました。 そんな中で江田先生のカウセリングに出会ったわけですが、このレッスンに取り組んでいくにつれて、吃音を克服するのではなく、上手くコントロールして共生していくものであるという意識をもてるようになったのは非常に価値のあることだったと思います。 私は電話でのレッスンを受け初めて半年くらいになりますが、まだまだ完全とは言えないものの、少しずつ自分の喋りがコントロールできるようになってきたと感じています。レッスンを継続することによって良いイメージを持ち、また自分の喋りを客観的にみる良い習慣を身に付けていったのが良かったのだと思います。 今後もよりよい方向を見据えながら、良い意味で肩の力を抜いて、レッスンに励んでいきたいと思います。 (2004年6月24日) ※江田よりのコメント: 「吃音を克服するのではなく、上手くコントロールして共生していくもの」というIさんの認識は、まさに砂漠の中のダイヤモンドの輝きです。 吃音意識を受け入れ共生しつつ、話し方をコントロールしていく習慣を培っていくなら、結果として話し方の改善がついてくるというものです。力みはいりません。Take it easy! です。 topへ |
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「吃音に対する考え方が180度変化しました。」 私は、物心ついたときにすでにどもっていました。初めはあまり気にならなかったのですが、小学校へ進学する頃には自分が普通に話していないことに気がつきました。小学生の頃はそのままの状態で、少し気になる程度でした。 ところが、中学・高校へと進学するにつれて、仲の良い友達からたびたび指摘されるようになり、吃音意識が強くなっていったのをはっきり覚えています。普通に文章を読むことができず、自分が発言すると周りでくすくすと笑い声が聞こえてきたり、とまどいや驚きの表情をされたりという経験は数え切れないほどあります。頭の中では言葉が思い浮かんでいるのに、いざ人前で話そうとすると言葉がつまって、結果としてどもりながら話すことしかできませんでした。授業中では、テキストの朗読が自分にあたらないか常に気になっていました。 このような状態を認識していくうちに、吃音を障害の一種として受け止め、「自分は障害者に準ずる存在ではないであろうか」という気持ちが強くなっていきました。満足に自分の意見を言うことができず、仮に話したとしても強くどもりながら話す自分は本当に健常者であるのか、とよく自問していました。そして、なぜ自分だけがこんな話し方であるのか、自分は生まれてきてよかったのかなどと色々考えました。今では、それが大きな間違いであったことに気づいていますが、当時は本当にそう信じ切っていました。 このような経過から、私はある瞬間から「自分の言葉」に対して思考が停止してしまいました。つまり、真正面から考えることをやめて、現実逃避してしまったのです。それは、勉強であったり、部活動であったり様々な形で表れました。 しかしながら、去年の11月、このままではいけないという気持ちが強くなり、自分の話し方について正面から考えることにしました。来年に就職活動が迫り、今のままではとても就職活動することはできないと痛感したのです。また、更にもっと他人に対 して自分の意見を確実に伝えたいという気持ちが強くなったことも影響しています。 そして、インターネットでさわやかカウンセリングのホームページに出会いました。今まで、ただの一度も「どもり」という検索ワードを使用したことはありませんでした。それ程、私はどもりという現実から逃げていたのです。ですが、今回は固い決心がついていたので躊躇なく入力することができました。 レッスンを進めていく中で、自分が「吃音」という現実を受け入れられるようになっていることに気づき、吃音に対する考え方が180度変化しました。現実から逃げ続けていれば、今の心境には達していないはずです。 レッスンでの「自分でその都度調節できるようになればいい」という江田先生からのアドバイスを日々実感しています。上手く話さなければならないという完璧主義を捨て、一語一語はっきり話そうとせずに音をつなげていくことなど、自分のペースで調節し、習慣づけしていくことがなによりも重要だと思います。 よくよく周囲を見渡してみると、大学の先生を含め、案外私のようにどもっている方がいることに気がつきました。みなさん自分なりの調節方法を持っていて、普通に話しています。私もレッスンを進めながら、あせらず自分なりの調節方法や立ち直り習慣を身につけていこうと思っています。 まだまだどもることが多いですが、それでも少しずつ自分のコントロールできる範囲が広くなっていることが良くわかります。焦らずに前向きな気持ちで習慣づけしていく次第です。 (2004年 6月23日) ※江田よりのコメント: 私は1996年に東京都江東区から山形県米沢市に移住しましたが、Kさんはかつての私の住まいから直線距離で200mたらずのところに住んでおられます。娘と同じ小学校卒業で、学年は一年違い。インターネットの出会いは実に面白い!! 吃音の健全な受け止め方を深めつつ、良きお話し習慣を身につけていってください。 topへ |
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「人とのコミュニケーションをはかって楽しんでいきたいです。」 私は物心ついた頃から吃音に悩まされてきました。幼い頃、父の仕事でアメリカに渡ったのですが、小学生の途中で日本に帰国しました。吃音が激しく自己紹介もままならなかった私を、みんなは私が日本語に慣れていなくて苦手なんだと思い違いしていました。そして小学4年生の時すぐまた転校しました。この頃から学校での国語の時間の朗読という、私にとって最も苦手な場面が出てきました。一段落ずつ読まされるのですが、最悪でした。 3年間の中学生活では良い思い出といえるものはありません。吃音のことでいじめにもあい、授業中教科書1ページ分など読まなければいけないときなど、辛かったです。読んでる途中の笑い声が未だに脳裏に残っています。 親にも相談しましたが、何回も音読して練習していきなさいと言うだけ。ついに不登校気味になって、初めて親が私の吃音について何かやってみると言ってくれました。 けれど、悪徳商法にひっかかったり、耳鼻科の言語外来にも通ったけど効果なし。耳鼻科の先生からは、個性だから気にしないようにといわれるだけでした。「こんな個性いらんしぃ。このまま一生治らないんだ、生きるのしんどい、しんどい・・・」こんなことばかり思っていました。 高校三年になると、心機一転しました。受験のための勉強や、甲子園出場が決まって、チアリーダーに熱中しました。受験対策の授業になり、一人ずつ読むということもなくなったので楽しく過ごせました。 めでたく大学に入学したのですが、ゼミなどで自己紹介しなくてはならないことが多かったので、また吃音が気になり始めました。 カフェレストランでパンの販売のレジでのバイトをしていましたが、お客さまに伝えなければならないことを伝えそびれてしまったり、「○円のお返しです」などというフレーズもスムーズに言えなくて、担当の社員に「なぁ、はよゆえや!」と何度も言われたり、手で払いのけられたり、嫌味を言われたりで、精神的ストレスになりました。 その頃、何とかしなければの一心で、さわやかカウンセリングのサイトを見つけました。江田先生ご自身のことや体験談を読んで、こんなにたくさんの人が自分と同じように悩んでいたのだなと知りました。 実際の電話でのレッスンで、「吃音を治そうとするのではなく、良い習慣を身につけていこうとする事が大事」と何度も言われました。江田先生は電話のレッスンではあるけれども、息遣い、呼吸の仕方など、微妙なところまでもよく聴きとって指摘してくれます。 カフェレストランのバイトでの話すことの難しさを江田先生に相談したら、「現実を受け入れなさい。今の自分の力を知ることは大事です。バイトを辞めることは逃げることじゃない」って言ってくださいました。私はそのバイトを辞め、今は話すストレスの軽いイベントコンパニオンをやっています。 日常生活での会話はまだまだ改善の余地がありますが、精神的には以前より楽になりました。 吃音は治らない病気や障害ではないとわかるとやる気がわいてきます。地道な習慣づくりが今の私に必要なことです。今(現在)の意味は後(未来)になってわかる日がくると思います。 吃音を与えられたお陰で、人に優しくできる、人の気持ちを考えられるようになったと思います。これからも人とのコミュニケーションをはかって、自分自身がその場で楽しんでいきたいです。自分が楽しいときは相手も楽しいでしょうから。 吃音と上手く付き合っていきながら、良い話し方習慣を身につけていきたいです。 (2004年6月13日) ※江田よりのコメント: Yさんは話し出す直前に息を瞬時出す癖がありました。それが日常会話での息継ぎを不安定にしていたことに気づいて、今は安定した息継ぎを実践努力しておられます。このような気づきと日々の実践は、話し方習慣の大きな変化をもたらすものです。 大学では社会福祉の分野の学びをなさっておられるとのこと。人々との関わりの中で良きコミュニケーションをはかっていってください。 topへ |
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「救急医療の現場で確実な情報伝達を目指していきます。」 1年前より私は、救急医療に従事している。1分1秒を争う領域で現場はいつも緊張感が漂い、傷病者氏名、疾患、薬剤名、処置内容など、現場では息つく間もなく発せられる。言い換えは絶対に通用しないので、難発性吃音の私にとって、発語しにくい言語があるとどもり、相手に上手く情報伝達出来ないことがよくある。 20年間吃音とつきあってきているが、これまでつらいことが多々あった。学校生活、職場で経験したことなど、記載するときりがないので省略するが、難発性の吃音者であれば分かっていただけると思う。 20代までは内向的な性格であり、吃音であることからさまざまな状況から逃げていた。しかし、この医療業界に入りスッテプアップし、キャリアを上げていく中で変化していった。『自分は吃音だけど、示すべき能力がある。人に誇れるべきものがある』と。 今となっては吃音なんてたいした問題ではないと思えるようにまでなった。 しかし、一刻を争う現場の中での吃音は、情報伝達に支障をきたす為、悩んでいた矢先、二月に江田先生のホームページに出会った。 レッスンを受けていく中で、予期不安の感情を受け入れながら、安定した話し方を習慣化していくことを指導され、現在も課題を念頭に置き生活しながら、レッスンを受講している。 どのような状況下でも、ゆっくりと正確に伝える事が出来ることを目標に頑張っていきたい。 (2004年5月17日) ※江田よりのコメント: 救急医療の現場の様子をSさんから伺いますと、そこは一刻を争う緊張の張りつめた空間であり、数々の医療用語が館内放送や内線で飛び交います。 「両下肢からの出血、右大腿切断、両股関節脱臼骨折、下腿部蒼白・・・」 間違えの許されない過酷な状況の中でのお仕事ですが、これからも更に確実な情報伝達スキルを身につけていってください。 (「救急治療室には運ばれるたくなぁ〜い!」・・・気の弱い私の本音です。) topへ |
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「言葉をコントロールできる場面が着実に増えているのを感じます。」 今振り返れば、私が初めて言葉の言いにくさを意識したのは小学校6年の時でした。先生にハサミを借りたときに「ありがとうございました。」が言いづらかったのを覚えていますが、その時はその程度であまり気にしていませんでした。 ひどくどもるようになったのは中学1年の9月頃だった思います。「先生!」と先生に何かを伝えようとしたとき、その後の言葉が出なかったのです。はっきりいってショックでした。今までそのようなことはなかったのですから。そのとき先生に「ん?」といったリアクションをされ、慌てふためいたのを覚えています。 それ以来、話すときに「この言葉はちゃんと言えるかな?」などと頭の中でシミュレートしてから話すくせがつき、言葉を意識しながら話をするようになりました。そして「これは言えないな。」と思う言葉は言い換えをするようになりました。しかし、言い換えれば言い換える程、私の心は傷ついていき、その事がまた更なる発語不安を引き起こすという悪循環に陥っていました。 今までどもりで辛かったのは、言いたい事が言えないために「お前、国語できないだろ?」とか「お前、学校の勉強は出来るのに(日常生活では)頭悪いよな。」とか言われた事です。こんな時には笑ってごまかすのですが内心、傷ついていました。またカラオケで電話でジュースを注文をするのが怖く、友達に電話してもらうときなど自分のことを非常に情けなく思いました。 しかし、何よりも辛かった事があります。それはどもりはじめた12歳から23歳まで「どもり」という病気があることを知らなかった事です。この自分の症状はなんなのか、一生どもるのか、なぜ他の人たちはいとも簡単に話せるのだろう・・・、などとまるで「ゴールの見えない暗闇の迷路」をさまよっているかのような11年間でした。本当に生きるのが嫌で死にたくなったことも何度かありました。 ひょんなことからインターネットで「どもり」と検索し、「さわやかカウンセリング」のホームページを発見したとき、私はこのホームページに釘付けになってしまいました。なんとここのページには私と同じような境遇の人達がいるではありませんか!そして「どもり」という病気の存在を知り、自分の症状が何であるのかが分かったとき、「ゴールの見えない暗闇の迷路」に光が差し込みゴールが見えてきたような気がしました。 それまで私は発語不安を感じる事はいけないことだと思っていたのですが、江田先生の「発語不安は決していけない事ではありません。むしろ発語不安の中で言葉をコントロールできることが大事なのです。」という言葉を聞いて感銘しました。そしてこの先生になら全てを打ち明けられると思い、江田先生にお世話になろうと即決しました。 同時に私の物事に対する意識もポジティブな方向へと変わりました。(というか変えました。)例えば、 「言葉がどもり、憂鬱 ⇒ 少々どもってでも話せるだけ幸せ」 「どもってるので正常者より劣る⇒正常者には体験できない吃音という世界を体験する事ができる」 「コップに水が半分しか入ってない ⇒ コップに水が半分も入ってる」 「雨でブルー ⇒ たまには雨もいいもんだ!」 という感じです。 今は月1回ほどのペースでレッスンを受けています。まだまだ日常会話ではどもる場面もありますが、レッスンを通して、「話し方」に対する認識と「自分の話し方(スピード)」を再確認することにより、言葉をコントロールできる場面が着実に増えているのを感じます。 確実にコントロール出来るようになるのはいつか分かりませんが、いつか来るその日を夢見て、「心地よい落ち着いた話し方」を意識していきたいと思います。 (2004年5月10日) ※江田よりのコメント: 不足していることを嘆くのではなく、今あるもの、出来ることを感謝して受け止めていくWさんのプラス思考こそ、さわやかカウンセリングの大切な柱です。 「言葉がひっかかる、憂鬱。」 → 「少々ひっかかっても話せるだけ幸せ。」 「吃音なので正常者より劣る。」 → 「正常者には体験できない吃音という世界を体験する事ができる。」 「コップに水が半分しか入っていない。」 → 「コップに水が半分も入っている。」 「雨でブルー。」 → 「たまには雨もいいもんだ!」 気持ちの良い意識変革です。このことば、この事務室の壁に貼っておきます! topへ |
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