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2003年5月〜2004年4月まで |
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| CONTENTS さわやか吃音(どもり)カウンセリング トップページへ |
「今まで逃げてきた吃音に対しての考えが変わり、正面から取り組むことができるようになりました。」 小学校3年の時に先生に「どもりは早く治さないと将来こまるね」と深刻そうに言われたのがとてもショックで記憶に強く残っています。そのままどうしたら良いのかわからずに、いつか何かのきっかけで治るだろうと思いつつ、吃音からずっと逃げていました。 学校の授業では、当てられそうな時は緊張しっぱなしで当てられないように願っていました。普通の授業なのに私だけ心拍数が異常に高くなっていたと思います。当てられなかった日はラッキーなんて思ってしまい、何とも情けない学生時代を過ごしてきました。 私は電話は嫌いです。どもるのがとても恥ずかしいので人前では電話をかけられません。前の職場でも周りに人がいないのを見はからってからかけていました。電話を受ける時も自分の名前が言えず「はい」だけしか言えませんでした。名前を言えるように何度も一人で練習しましたが、いざとなると緊張してしまい、また言えなかった・・・の繰り返しでした。 「ありがとうございました」などの決まり文句も苦手で、うまく言えません。決まり文句は、言うべきタイミングに言わなければならないと思えば思うほど言葉が出てきません。いつもごまかすように言ってしまっています。 早口のうえに活舌が悪いのですが、話を早く済ませたいという意識があると思います。それと話しかけられると早く応えなくてはと思い、考えをまとめないうちに口に出してしまいます。「考えをまとめながら話す」ことが出来るようにしたいと思います。 また最近思ったのですが、私は話す時に口をあまり動かしていないことに気が付きました。なので口の動きをはっきり動かすように心がけています。朗読などで練習をしています。 それから、話す時に息をほとんど吐き出さずに発語していたことにも気付きました。口臭を気にしていたのでしょうか・・・。これではせっかく複式呼吸をしても意味ありません。吐き出すようにするとかなり楽に話せるようになりました。 これらは江田先生のHPやレッスンを受けてみて気付いたことです。 またレッスンを通して、今まで逃げてきた吃音に対しての考えが変わり、正面から取り組むことができるようになりました。 時間はかかると思いますが確実な発語習慣を身に付け、あせらずに安定した話し方を経験していって、トラウマを断ち切れるようになりたいと思っています。 (2004年3月30日) ※江田よりのコメント: 吃音は、治る・治らない、という白・黒の世界ではなく、如何に安定した話し方習慣を身につけていくかに改善の道があると思います。 吃音に対しての健全な受け止め方を養い、正面から取り組んでいく姿勢をこれからも持ちつづけて、改善への確実なステップを踏んでいってください。 topへ |
「自信がついたので、今度放送クラブに入りたいです。」 レッスンを受けてから、ゆっくり話すことや腹式呼吸を心がけるようになりました。 本を声を出さないで読む時もゆっくりなリズムを心がけると、声に出す時もそのリズムで上手に話せることに気づきました。自信がついたので、今度放送クラブに入りたいです。 (お母様の手記です。)「悩んでいた長い月日が嘘のようです。」 娘の言葉が出にくくなったのは2歳の時です。ある朝突然、自分の名前の最初の音を繰り返したり長く伸ばしたりするようになり、幼稚園での出来事を話す時にも、単語の初めの音を繰り返すようになりました。ただ、おしゃべりなのは相変わらずで歌はつっかえずに歌うので一時的なものと思っていました。 小学校に入る前に小児科や保健センターで相談しましたが、そのような場所では上手に話してしまうので、普段の様子はわかってもらえませんでした。 小学校に入るとつっかかりがひどくなり、「ひーひー昼休みに、よっよっちゃんと・・」という具合でした。学校でのことを私に話す時に多くなるのは、話したいことがたくさんあって口が追いつかないように見えました。友達と大声で騒ぐ時や泣きながら話す時、「えっ」や「あーびっくりした」などの時は出ませんでした。 ただ積極的な性格で、授業中はよく発表し、全校生徒の前で話す代表に選ばれたこともありました。むしろそのような緊張する場面では失敗なく話せてしまうので、学校の先生さえも娘の症状には気づいていませんでした。 ところが3年生ごろから授業中や友達との会話の中でもつっかえるようになり、からかわれたこともあったようです。言語療法士の方に相談しましたが、本人が気にして口数が減らなければもう少し様子を見ましょうとのことでした。 しかしそのうち、出にくい言葉があると別の言葉に置き換えたりして、娘も気にし出したので、積極的な治療を決めました。 インターネットで見つけたのが「さわやかカウンセリング」です。5年生の夏休みが初回でした。腹式呼吸や話すリズムを教えていただくと、その1回だけでもう効果がありました。以来2週に1度のレッスンでほとんどつっかからなくなりました。 9月(2003年)から学校が始まって帰宅後私に話す時に、また単語の初めの音を繰り返すことがありましたが、学校での発表や朗読は大丈夫だったようです。 月に一度のレッスンを続けた結果、今年(2004年)に入ると家での会話も全くつっかからなくなりました。悩んでいた長い月日が嘘のようです。正直言って、私は最初、あまりに良心的な料金なので効果はさほど期待していませんでした。これほど短期間で改善したのは、先生のご指導はもちろんのこと、自宅から電話するということで無理なく続けられたことや、治したいと思った娘のタイミングなども大きいと思います。親子で感謝しています。 (2004年3月27日) ※江田よりのコメント: 小学生のKさんのお話し改善ぶりには、私も驚いています。「本を声を出さないで読む時もゆっくりなリズムを心がけると、声に出す時もそのリズムで上手に話せる」ことを自分で工夫して実践していくことなど、大人顔負けの取り組み姿勢です。 Kさんのお話し改善意欲とお母様の良き理解がこのような実を結ばせているのだと思います。放送クラブに入っていろいろなお話し体験にチャレンジしてください。 ※追記 4月27日のKさんとのレッスンで、4月に放送クラブに入ったことを聞かされました。生徒数600名の全校放送で、本の朗読、クイズ、連絡など、マイクを前にお話しているとのこと。タマゲマシタ・・・です!! topへ |
「ゆっくりと焦らず良い話し方習慣を身につけていきたいと思います。」 私の吃音が始まったのは、2、3歳の頃からだと両親は言います。ただその頃は自分で吃音の意識は無く、実感したのは小学校2年の時でした。 自分でもはっきり覚えているのですが、小学校の授業中、先生の問いに自信満々で手をあげ、いざ答えようとした時、声が出てこないのです。答えははっきりとわかっているのに・・・。その時みんなにすごく笑われ恥ずかしい思いをしました。その後、友達に「どんぐり食べたからどもりになったの?」と言われた事もありました。 小学生の頃の私は、無邪気だったのか何も考えていなかったのか、吃音をあまり深刻なものと受け止めていませんでした。そのうちに治るだろう、と思っていたのかもしれません。 しかし中学、高校と進んでも一向に改善されません。むしろひどくなる一方なのです。次第に「治さなくては」という意識をもつようになりました。自分で治そう治そうと思っていてもどうしたらいいのかまったく見当もつきません。風邪をひいたら内科に行けばいいし、虫歯ができたら歯医者に行けばいい。でも吃音はどこに行ったら治るのだろう。周りの人の中にそのような人がいないのに、何で私だけがなるんだろう・・・。そんな事を考えていました。そして、普通の人には無い特殊な病気だ、と思っていました。 大学に入りますますひどくなり、電話をする事も困難になってきました。特に自分からする電話をできる限り避けようとしました。相手が電話に出た時、第一声が出ないのです。相手がそれを察して私からの電話だとわかった事も何度かあります。しかしまったく電話を掛けずに一生過ごしていく訳にもいきません。そのような中、バイトを始めて電話で対応する機会が多くなってきました。 何とかしなければと思った時、心療内科をみつけました。吃音の事を話したら、精神安定剤をくれました。それでも効果がなく、次に自立訓練法を試みました。 しかし薬を飲んでいても、自立訓練法をしていても、電話を取った瞬間、体がガチッと固まってしまうのです。心療内科の先生にもしばらく様子をみましょうと言われ、そのまま終わってしまいました。精神的な気休めでしかありませんでした。 社会人になる時には何とかしたい!そんな決心をするようになりました。インターネットで検索し、その中で江田先生を選んだのは、先生自身も昔、吃音者だったというところです。この先生なら私の気持ちをわかってくれるかもしれない、と思いました。 レッスンを受けた最初の頃は、今までどれだけ焦って話していたかに、かなり驚きました。朗読がまったくできなかった私が、ゆっくり話そう、言葉をのばしながら話そうと意識する事によって、きちんと話す事ができるのです。その時には本当に感動でした。 朗読ができるようになると、今度は会話です。相手に応対されると、その人に合わせなければ、遅れてはいけないと思い、また吃音が始まってしまうのです。 昨年(2003年)の10月からレッスンを始め、自分のペースがだいぶつかめてきました。まだまだ会話が上手くいかなかったり、自分の名前を言う際につまってしまう事があります。そんな時、今までだったら「アッアッ…」と滞ってしまっていたのが、「え〜と」と一言入れるだけで元のペースに戻せるようになってきました。先生には習慣づける事が大切と言われました。改善の兆しが見えた今、少しずつでも習慣にして治していきたいと思います。 吃音と20年以上つきあってきたのです。これから20年かけて治すくらいの気持ちで、ゆっくりと焦らずマイペースで良い話し方習慣を身につけてきたいと思っています。 (2004年3月26日) ※江田よりのコメント: 発語不安を弱めようとするのではなく、また緊張感をなくそうとするのでもなく、ひたすら安定した話し方習慣を身につけていくこと・・・これがレッスンの指導指針です。 音楽の先生であられるIさんが、歌うが如く流れるようにお話ししている姿が想像できます。 topへ |
「これからもレッスンに取り組んでいこうと思っています。」 僕が吃音になったのは、両親いわく3歳頃ということです。難発性だと思うのですが、江田先生や他に体験談を書かれている皆様と同じ様に、言葉が出ないことによってさまざまな辛い体験をしてきました。 そんな中、言葉でコミュニケーションが取りにくい分、態度などで相手に嫌悪感をいかに抱かせないようにする事や、更にどのように好かれるのかを常に考えて実践し体得してきました。 また自分に対して自信を失っていて、このままでは廃人になりそうな気がしたため、自分の特技、才能を掘り起こして自信を取り戻しました。 そのようにして自分の中で、吃音というものに対して決着が一応付いていたかに思えていました。 ところが社会に出て仕事を始めるようになると、やはりそのハンディというものが身にしみて実感するようになってきました。 社会人としての責任、仕事上でのストレス、それに加えて吃音からくるストレス(これがかなり大きい・・・)により、鬱(うつ)病とまで行かなくても、その手前までは行っていたと思います。 そんな中でこのページを発見しました。レッスンを始めて7ヶ月ほどになりますが、もちろんまだまだ改善の余地が残されていると思います。 でも吃った時に徐々に自分の理性をコントロールできるようになってきていますし、たまにですけど、しっかりとレッスンの通りに発音ができる時があります。それだけでも僕としては十分成果が上がっていると思っています。今までは吃ったらパニックに陥り、何を言っていいのかわからなかったのですから・・・。 また、「よろしくお願いします」や「ありがとうございました」 などは、ほぼつっかえなくレッスンの通りに言えるようになりました。 これは僕にしてみればすごい進歩なのです。 あとは時間をかけて「たまに」を「ほとんど」に変えていければいいなと思ってます。 吃音であることを悲観し盲目的になっている方がいらっしゃいましたら、吃音になったことによって僕同様に何か得たものがあるはずですし、何か人より秀でたものが必ずあるはずです。 今一度自分を探索してみてはいかかでしょう? それに気づかれた上で、実際に吃音が改善されていくなら、吃音であって良かったと思えるはずですし、僕もそれを信じてこれからもレッスンに取り組んでいこうと思ってます。 (2004年3月11日) ※江田よりのコメント: 「今一度自分を探索してみてはいかがでしょう?」の問いかけは、吃音という辛さを経験したGさんならではの珠玉の一言に思えます。 何の益にもならない吃音というゴミの中に、意味を見出し自分の才能を掘り起こしていく姿勢に大いに励まされます。 (ところで、私の才能って何だろうかな?これから探さなくっちゃ・・・!江田のひとりごと・・・です。) topへ |
「旅先で「さわやかカウンセリング」にたどり着きました。」 私が吃音を何とかしようと思ったのは、前の職を辞めて、さあこれからどうしようかと思った時でした。時間が出来たので、大阪へ一人旅に出ました。その旅の時もちょくちょく吃音に悩まされました。 大阪へ向かうバスの中のことです。たまたま隣に座った人にちょっと挨拶をしようと思って「こんにちは」と言いかけ、止まってしまいました。始めの「こ」という音が喉に詰まって出てこないのです。何とか声を出そうと焦るのですが、全く出ません。「こ」が出ない!「こ」出ろ!などと、心の中で叫んでしまう有様です。まるで、車のギアがニュートラルの時にアクセルを思いきり踏み続けているような状態でした。おそらく、あの時声を出していたら、猛突進、思いきり大きな声になってしまって、コミュニケーションも何もあったものではなかったことでしょう・・・。 また旅館に滞在している時、大阪弁で早口で話しかけられたりすると、何か言おうと思ってもすぐ言葉が出てきませんでした。それで何か場の悪い感じになってしまうのでした。 大阪滞在中、私は生活不能者になったような気持ちになってしまいました。そういうことがあって、何か吃音について相談できるところはないものかと無性に思ったのです。 旅先でインターネットができる所に行き、吃音について調べていると、「さわやかカウンセリング」にたどり着きました。 「さわやかカウンセリング」をやってみて良かったと思うところは、今まで誰も教えてくれなかった吃音について、理解できる人と相談できたことです。 私は吃音について誰にも相談できず、独りで悩んでいたので、これは本当に大きなことでした。また、吃音が改善される方向性というビジョンをはっきりと示してもらえるので、とても励みになっています。 私は自分の名前を言うのが苦手で、始めの音がなかなか出てこない事があります。自己紹介の時など、いつも不安な気持ちになります。その事を先生に相談したところ、母音はことばが詰まりやすいから、声を伸ばすようにすればいい、と教えられました。その説明を受けた時は、今までのしこりがとれた気がして、とてもホッとしました。 先生は、吃音は病ではなく、今までの癖なので、良い習慣付けが大事だとよく言われます。私はまだ吃音の苦しみはありますが、レッスンを受けてからだいぶ心のストレスが減りました。何か、心の支えのようなものになっている部分もあります。 吃音というのは、とても微妙な位置にあるものだと思います。病といってよいのか、よくないのか・・・今いち良く分からないからです。その、良く分からないというところが大変厄介で、治したくてもそういう相談所もないし、本で調べても、その症状はいろいろで参考にはなりませんでした。親でさえ取り合ってもらえません。 言いたくても言葉が出てこないというのは本当に辛いことです。本人の苦しみの割には人々に理解されないのが吃音ではないかと思います。 さわやかカウンセリングはそういう状況にあった私にとって、とても役に立っています。 (2004年3月1日) ※江田よりのコメント: 心の整理をするためにひとり旅に出て、そこでも吃音の壁にあたったOさんにとって、旅先でインターネットを通して「さわやかカウンセリング」に出会ったのはまさに「犬も歩けば棒にあたる」体験だと思います。 「人生は出会いで決まる」とも言われますが、この出会いをお話し改善のチャンスとしてとらえていってください。 topへ |
「教師としてより良いコミュニケーション・スキルを身につけていきたいと思います。」 私は小学校の教師をしています。子どもが好きで、先生になることが私の夢でした。しかし、吃音である私にとって、教師になることは楽なことではありませんでした。教員の試験は、面接をとても重要視します。面接のたびに、名前もうまく言えず、言いたいことも伝えられず、情けない思いを何度もしてきました。私は、教師になるのに6年かかりました。 教師になってからも、吃音であることで苦労し悩んできました。職員会議で重要な内容を話さなければならなかったり、朝会で全校の前で話をしなければならなかったり、保護者との電話など、話す機会がたいへん多くなりました。 これまでの自分は、苦手なこと、大変なことから逃げて、吃音であることを否定し逃げ回ってきました。アルバイトをしたいのに申し込みの電話をする勇気がない・・・レストランに行き、食べたい物があるのに、言えないので違うものをたのんでしまう・・・本屋で探している本があるのに、店員に聞けない・・・。 しかし、教師になってからは、逃げてばかりはいられなくなり、吃音を強く意識するようになってしまいました。 そんな時、江田先生のホームページを見つけ、レッスンを受け始めました。先生のホームページを見たとき、同じ悩みを持つ方がたくさんいること、そして、江田先生のように克服された方もいることを初めて知り、熱いものが込み上げてきたことを今でも覚えています。 先生のレッスンでは、腹式呼吸や音をのばしたりつなげたりすること、電話での対応、ひっかかったときの対処法など丁寧に指導していただいています。 昨年、私は結婚しました。披露宴のスピーチがとても気になっていたのですが、江田先生から、「話す内容をしっかりと紙に書き、それを読んだほうがいい」というアドバイスをいただき、自分では満足のいくスピーチができました。 また、先日、学校で避難訓練があり、私は最後の感想・まとめを言う係りでした。その時は、話す内容を紙に書いて決めておかず、行き当たりばったりでいどんでしまい、全校の前で「え〜と・・・」と何度も言い、ところどころ詰まり、情けない思いをしてしまいました。これまでの自分は、「紙に書いて練習しても、どうせ本番では詰まるんだから、行き当たりばったりでやってしまえ」ということがほとんどでした。その結果、このやり方でうまくいったという記憶はありません。 江田先生のレッスンを受けるようになってから、吃音に対して徐々に前向きに考えられるようになってきました。今まで恥ずかしくて、情けなくて、苦しくて、人より劣っていると思い、誰にも話すことができなかった自分の吃音を、妻に話すことができました。その反応は、励ましであり、レッスンを受けていることを応援してくれました。 何で今まで言えなかったのか?人より劣ってみていたのは自分自身だったのではないでしょうか。 まだ「話せる場、話せない場」というのを自分でつくってしまっているので、そのギャップがなくなるように、普段の会話から気を付けています。リラックスして話せる場にいるときこそ、丁寧に、そして音をつなげることを意識して、もう一人の自分が「その話し方でいいぞ」と見ている感じで話すようにしています。 自分が小学生だったとき、音読なんてとてもできなっかたのに、今はクラスの子どもたちの前で、一人で音読をしています。 教師としてこれからも、より良いコミュニケーション・スキルを身につけていきたいと思います。 (2004年2月13日) ※江田よりのコメント: 「自分を人より劣ってみていたのは自分自身だったのではないでしょうか」とおっしゃる通り、吃音のために偽りの低いセルフ・イメージを自分勝手に作り上げてしまっていたことに気付かれたKさんです。 実際、吃音経験のある方々は、豊かな感性とさまざまな優れた能力の持ち主が実に多いです。(私を除いてのお話しですが・・・(笑)) 子どもの心をしっかりと汲み取れる心豊かな先生として、これからもご活躍ください。 topへ |
「吃音に対し否定的だったのが非常に前向きな考え方になりました。」 私が吃音を意識し出したのは小学生、低学年からだったと思います。兄も吃音だったので、自分も同じなのかな位に思っていたのでしょうか・・・。国語の授業の朗読で言葉が出なく、まわりから笑われ、又、ちょうどこの頃、学校からの連絡網で次の人に電話をしなければいけない事があり、自分の名前を言えなくて落胆したのを今でもはっきり憶えています。これが決定的な心のダメージで、今でも心の何処かにあると思います。 中学校・高校と改善する事なく、社会人になりました。 ある企業の生産管理担当に就き、当然、社内電話・取引先への電話も多く、非常に苦痛を感じながら日常業務をこなしてきました。電話する時に自分の名前が言えず、先に相手から自分の名前を言われたり、『は?』と聞き返されるともうパニックで、相手に不信がられた事もありました。 「なんで俺だけこんな思いをしなくちゃいけないんだ」と吃音を否定し続けてきました。(これでも12年もこの仕事を続けてきたのは我ながら凄いと思います。) 江田先生のレッスンを受けて、吃音に対する考え方はまるで変わりました。 何か一つ願い事がかなうなら吃音を治して、などと思った時や、逃げるようにしてきた事も多々ありましたが、江田先生から『今の自分を受け入れる』という事を言われてからは、吃音に対し否定的だったのが非常に前向きな考え方になりました。 『発語不安は消そうとしても消えるもんじゃありませんよ。正しい発語習慣を身に付ける事によって、不安がある中でもコントロール出来る様になります』と言われた時は本当に心の励みになりました。なぜなら今まで不安をなくそうと思えば思うほど、不安は膨らみ、そういう時は必ずと言っていいほどどもって、落胆してきたのですから。 レッスンを受けて5ヶ月位ですが、少しづつですが電話などでいい経験(さわやか経験)をする事により、よしよしなどと自分を褒めたりする事も出てきて、逆にどもった時は、あまりくよくよする事も無くなったように思います。 それと身近な人(特に家族)との会話が実に雑だった事もわかりました。単語・単語で話している事もわかり、『言葉を伸ばす事で次の言葉につなげる』と言われ、少しづつ身に付けています。 又、私は早口になる傾向があり、絡まりそうになる時は、少し言葉を伸ばしたり、スピードをコントロールしたりして、少しづつですが普段の会話にも取り組んでいます。 今では朗読の練習もかねて、子供に本を読んであげて、一石二鳥などと思う余裕も生まれています。(子供からも毎日、読んで読んでと言われてます!) 江田先生に会うまでは吃音について誰にも相談する事が出来ませんでしたが(恥ずかしいという思いがあり、しなかったという方が正解かも)、江田先生のレッスンを受けてからは今まで人に言えなかった事も言えるので気分的にもすごく楽になったと思います。 本当にあのままではずっと吃音で不幸になっていたかもしれません。これからは、吃音が治ります様にと願うのではなく、吃音とうまく付き合っていこうと思います。 (2004年1月30日) ※江田よりのコメント: 吃音を忌み嫌うのではなく、発語不安などのあらゆる感情を否定しないでそのまま受け止めながらも、その一方、安定した話し方習慣を培っていく・・・そんな姿勢をしっかりと保っておられるKさんです。これこそ吃音との「付き合い上手」の秘訣のようです。 topへ |
「前回のレッスンで思ったこと。」 前回のレッスンで思ったのですが、江田さんから指摘されたように「うっ、うっ」とつぶれたような声を出している時は、話すリズムが速くなり、十分に息が吸えていない状態で「早く次の言葉を言わなくちゃ」という意識が働いてしまい、無理に声を押し出しているからだと思います。でも自分では、「あ、今の声、変だな。不自然だな。」という感覚が全然ありません。 それは、おそらく、特に小学校高学年の時、話すと胸やお腹が痛くなるくらい無理に声を出していた(胸呼吸だっんだと今になって思います。)のでその当時と比べてしまうためか、レッスン中、江田さんから指摘される僕の不自然な声は、自分としてはまだ変には思えないからです。むしろ、今はあの発語する息苦しさから解き放たれた嬉しさで一杯です。 この話す息苦しさは多少改善されたものの、江田さんと会うまで続いていました。しかも妙なことにこの息苦しさが周期的(2〜3ヶ月おき)にひどくなることを、中学の時に気付いたのです。もちろん、精神的に不安定な時もひどくなりますが。 しかし、レッスンのおかげで、今はほとんどこの息苦しさはなくなりました。息苦しくなった時は腹式呼吸をして修正するようにしています。 長くなってしまいましたが、レッスンでの会話トレーニングの際、これからは、話すスピードが速くなり過ぎないように、1つの会話シュミレーションから次の会話シュミレーションに移る際、間を適度に空け、十分な息継ぎをしてから自分のペースで話していきたいと思います。 今まで、江田さんが言ったあと、すぐに言わなくちゃと思いすぎていました。なんか、江田さんにせかされている感じがして、先へ先へと進んでいた気がします。 次回レッスン、よろしくお願いいたします。 (2004年1月16日) ※江田よりのコメント: 自分の話し方(息継ぎ)のクセを自覚することは、自分の背中を見ようとするようなもので、なかなか難しいものです。けれど、聡明なIさんはレッスンを通して、自分の息継ぎ習慣が本来の自然な姿ではないことに気付かれたようです。 Iさんのみらず、受講生おひとりおひとりが様々な気付きを得ていただくことは、私にとって大きな喜びです。 topへ |
「今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたいと思います。」 私が自分の吃音を意識しだしたのは、小学校の2,3年生頃だったと思います。父も吃音があり、親戚にも吃音の人がいたので、遺伝だったのか、それとも父を見ていて、自分もあんな風になったらいやだなーと意識していたからでしょうか。 今となっては、自分が吃音になった原因はわかりませんが、それ以来、吃音の人が経験するありとあらゆることを経験してきました。国語の時間に朗読が出来ない、自分の名前が言えない、答えがわかっているのに答えられない、駅で行き先が言えない、卒業式で答辞や、送辞が言えない、・・・・・など、悔しい思いをたくさんしてきました。 中学、高校と進学するにつれ、悩みは一層深くなり、高校の何年生だったかは忘れましたが、何かの雑誌で知った、東京にある吃音矯正所の先生の著書を購入し、そこに書いてあったことを実践しました。それが効果があったのか、私の吃音はだいぶ改善されていきました。それでも完全に治ったわけではありません。緊張する場面や、何かの拍子に吃音は出てきます。 今でも一番辛く思い出されるのが、就職したばかりのことです。同じ営業所に私を含め、新入社員が十数人配属されました。その十数人が、各職場を回り、挨拶をしなければなりませんでした。 全員が一列に並び、はしから順番に「○○課に配属された、△△です」と言わなければならないのですが、私の番が回ってくると必ず言えないのです。数箇所回るので、初めの1,2箇所であれば緊張しているのだなということで済んだのかも知れませんが、全ての部署でそれですから、変な人・・・・・と思われたのは確実です。 就職してからも電話などで苦労しましたが、結婚し、その後今の家に引っ越しました。職場が遠くなって退職するまでの17年間そこに勤めました。 それから数年間、専業主婦だった間に、ある資格を取り、その資格を生かすため、昨年ある事務所に就職したのですが、その事務所の名前が私にとって、言いにくい名前だったのです。 また、あの辛い苦しい思いをしなければいけないのかと思い、ネットで検索してみたところ、江田先生のホームページと出会いました。 先生は、よくレッスンの中で、家族やごく親しい人と普段リラックスして話している時に、100%納得のできる話し方を意識して、自分でコントロールできることが大切だとおっしゃいます。 最近は、事務所の名前も言えるようになり、だいぶ自分でコントロールできるようになったかな、と感じてきています。 今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたいと思います。 (2004年1月15日) (追加) 「レッスンを受けて半年を経て思うこと。」 先生のレッスンを受け始めて、半年が過ぎました。 レッスンを受ける前の時の私の吃音状態は、程度で言えば「軽度」であったかもしれません。(昔は「超重度」でしたが、歳を重ねるごとに軽くなっていったことは確かです。そのあたりのことは前回の体験談を読んでいただけるとわかると思います。)主人でさえ、私が吃音で悩んでいるなどとは夢にも思っていないでしょうし、両親や兄弟も、昔は吃音だったが、今は治っているんだと思っているはずです。友達も私が吃音だとは思っていないでしょう。 でも、私は立派な吃音者です。周りの人達が私のことを吃音だと気付かないのは、私が吃音をうまく隠しているからです。言いにくい言葉は、言いやすい言葉に言い換え、話す必要のない時は、話さない・・・。そんな風に誤魔化しているからです。しかし実際は、いつも発語予期不安にかられ、絶えず吃音のことが頭から離れたことはありません。 そんな私が先生のレッスンを受けようと思ったきっかけは、今の事務所に就職が決まったことでした。事務所の名前が私の言いにくい言葉で始まる名前だったからです。 レッスンを受け始めてから一番変わったなと思うことは、常に正しい発語で話すように意識していることです。何気ない日常の会話でも丁寧に話すようにしています。 昔は、発語予期不安はあってはいけないものだと思っていました。予期不安があるから余計意識して、どもってしまうのだと思っていました。だから意識しないでおこうと思っていましたが、それは無理でした。 先生もレッスンの中で、予期不安は過去の失敗経験が記憶の中にインプットされているのだから、それを消し去ることは難しい。予期不安がある中でも正しい発語がコントロールできるようになることが大事だとおっしゃいます。実際、現在、事務所の電話が鳴ると一瞬「どもるかな。大丈夫だろうか」と不安がよぎります。でも受話器をとってみると言えている場合が多いのです。 まだまだ上手くいかないこともありますが、正しい発語がコントロールできるようになってきているのかなと思っています。 現在私は月に一度のペースでレッスンを受けています。常に正しい発語で話すようにしているものの、私の忘れっぽい性格では、月に一度先生の声を聞いてホッとしたいのが本音かもしれません。同じ吃音経験をお持ちの先生は、私の気持ちを理解してくださり、ご自分の経験もお話ししてくださるので、レッスンを受けた日は何だか心が落ち着くのです。 これからも、月に一度のペースのレッスン、よろしくお願いいたします。 (2004年3月4日) ※江田よりのコメント: 「今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたい」というSさんの新年の抱負は、指導させていただいている私の念願でもあります。 レッスンでは安定した自然で柔らかな話し方をなさるSさんですが、日常の会話では安定した話し方を心の中で意識化していく習慣をしっかり身につけようとしておられます。 発語予期不安はあってはならないものと思うのではなく、それはそのままにしておいて、日常の良きお話し習慣と実践を通して、どんな場面でも自分の話し方をコントロールできる自信を更に深めていってください。 topへ |
「話すことに悩みを抱えている方々の希望になれたらと思っています。」 私は小学校の時にいじめに合い、そのショックで一週間話すことが出来ず、立つことすら出来ない期間がありました。それ以降、話す時に声がつまったり、出なくなることがありました。それはずっと自分にとってのコンプレックスでした。 母親と遠くまでカウンセリングにも通いましたが、結局治らず、これは一生抱えて生きていかなければいけない「病」だと半ばあきらめていました。 就職して、それはもっともっと悪く自分の意識に入ってきました。営業の仕事に就きましたが、そこは話すことが多い仕事でした。商談の一週間前から一人で練習したり、とにかくつまらないようにと、それだけを考えすぎて気持ちが悪くなる時もありました。上手く行かない時の方がもちろん多く、その度に土日は部屋に引きこもりぱなしで、自分の殻の中に閉じこもっていたのです。 そんな私でしたが、ある事がきっかけで、「苦しいこと、辛いことが自分を磨き、作り上げるんだ」という事を教えてもらい、その言葉に希望を持って進んでいくことができるようになってきました。そして、「自分にとっての問題」に対して「感謝」をすることが出来る様になったのです。 考えてみれば、幼い時から人前で話したり、人をまとめたり、司会などの役割が多く、「なんで上手く話せない自分がこんな事をしなければいけないんだ。他の人ならつまらずに、もっと上手く出来るのに・・」といつも思っていました。 仕事で、 あるイベントの司会を任された時、自分がやったらきっと失敗すると思って「できません」と言いに行きました。そしたらまとめ役の方に、「みんなで純ちゃんがいいと決めたんだよ。純ちゃんにしか出来ないことがあるんじゃない」と言われました。その「自分にしか出来ないこと」という言葉がものすごい衝撃でした。その私にしか出来ない個性があるなら「絶対欲しい!」と思いました。 その方は続けて、「神様はその人にしか出来ない個性を与えて、人は自分にしかない個性を人生の中で探している。だから人間、一人一人が個性の王様なんだ」と私に教えてくれました。 その時、今までのことが全部つながったのです。私が話すときにつまることも何か意味があっての事なんだと思いました。もちろん、すらすら話せる方が良いと思われますが、私自身が形成されるにあたって乗り越えなくてはならない、不可欠なハードルなのではないかと。 何より、痛みを抱えている人の気持ちがわかる自分がいるのです。それは人生を生きていく上で大切な事だと思うのです。自分が初めからすらすらと話す人間ならば、人の気持ちも考えない、自己中心的な自分でいたと思うし、出来ない人は出来ないと決め付けてしまう人間になっていたと思うのです。 人は生きる価値を見出した時、自分が今まで抱えていた問題に対して、ある意味、些細なものだと思えることがあります。私の「ことばがつまる事」がそうでした。だから、いつの間にか「つまる事」を考えている暇がなくなっていました。 今、私は演劇をやっています。人に誘われて好奇心で始めました。実際の演劇の舞台では長い台詞を人前で語り演じます。途中「やっぱりこんな私がやるのは無理だ。お金をもらっている舞台なのに、お客さんに申し訳ない」と何度も辞めようと思いました。でも、演劇を通して自分が観てくれる方々に伝えたいメッセージがあるのです。その伝えたい想いの方が強くて、4年間も続けてきました。 江田先生のレッスンを受けようと決心したのは、レッスンにすがるというよりは、吃音の問題と向き合って生きていきたいと思ったからです。 先生のレッスンによって自分があまりにも話し方や吃音の受け止め方が無知だったことがわかり、これらを知ることで更により良い話し方の可能性を持てるようになりました。 このレッスンを含め、私の人生に起こることすべてが、未来の自分をつくる上で必要なことだと受け止めて、またそれらに感謝しながら進んで行きたいと思います。そして、話すことに悩みを抱えている方々の希望になれたらと思っています。 (2004年1月7日) ※江田よりのコメント: Jさんが演劇で舞台に立っておられることを電話で伺った時、思わず「エ、エ、エ、演劇を?」とつまってしまいましたョ(笑)。 どうしてこんなことばの達者な方がレッスンを受けるのか・・・、不思議に思いました。 実際、レッスンで陽気に語り笑うJさんからは、吃音意識のかけらも感じ取れません。 けれど、心の中では吃音意識で苦しんでこられました。そしてその苦しみから多くの大切なことを身をもって深く学んでおられます。 これからも持ち前の明るさと豊かな感性をもって、舞台で人々との会話で、更に豊かな表現力をつけていってください。 topへ |
「確実に発語できるという実感を得て」 私が吃音になった原因はわかりません。小学校の低学年位から最初の言葉が出にくかった記憶があります。学級委員長として授業の始めと終わりの号令をかける時にどもり、そして、学芸会の発表で大勢の人の前で決定的につまり、小学校高学年くらいではっきりと吃音を意識するようになりました。 吃音があるため、中学、高校と進んでも学校生活は楽しいものではありませんでした。大学は、あまり話をしなくても良いような仕事にということで、工学部の化学系にしました。また、東京には有名な吃音矯正所があるということで大学は東京にしました。 私のいった大学には学生相談室があり、そこに吃音の相談に行きました。そこで心理学の先生から4年間カウンセリングを受けました。そして、吃音矯正所にも6ヶ月位通いました。 その当時、いくぶん治ったものの、大学を卒業して地元の市役所に就職してからも話すことには大分苦労しました。電話が上手に出来ない、大勢の前で説明・発表が出来ないということで、話すことから逃げてばかりいたように思います。 45歳の時に昇進して係長になりました。これから話さなければならない機会が増えると思うと、重圧とストレスで眠れない日々が続きました。昇進して1ヶ月で鬱病になりました。私の人生で一番苦しい時期でした。2ヶ月の入院ののち仕事に復帰しましたが、将来に対する不安が消えませんでした。 現在の私はあまりどもっていません。外からみたら私が吃音だとは誰も気がつかないでしょう。私の吃音が好転した契機は4つあります。 一つは学生相談室で受けた「自律訓練法」というリラクゼーション法をマスターしたこと。 二つ目は学生時代に受けた民間の矯正所の方法で幾分改善したこと。 三つ目は鬱病から復帰後、上司に勧められ「話し方教室」に3年間通って場慣れしてきたこと。 四つ目が江田先生のレッスンを受けて確実に発語出来るという確信を得たこと。 「確実に発語出来るという確信」・・・これが私の求めていたものでした。確かに発語不安にかられた時、江田先生の指導の方法でどもらず言えた、この成功体験は私の大きな自信になりました。今の私には、これからまだ話すことに関して上達するのではないかという予感さえあります。 これからは、多少どもってもいいから、人を感動させたり、元気にさせたりするようなそんな話が出来るよう勉強していきたいと思っています。でも完璧に吃音が治ってしまったら、本当の自分ではなくなるような、自分の人格が変わってしまうようなそんな虞(おそれ)を感じながら、一生吃音と付き合っていこうと思っています。 (2004年1月1日) ※江田よりのコメント: Mさんの長きに渡る吃音改善のプロセスを興味をもって伺わせていただいています。レッスンを通して、どんな場面でも「確実に発語出来る」という自信への確かな足がかりを得ておらることは、私にとりましても大きな励ましです。 6年前に鬱病という大きな試練の中を通られたからこそ、人の心を深く思いやることができるのだと思います。人の心に語りかけるスピーチをなさるMさんの姿が楽しみです。 topへ |
「毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちとなります。」 言葉の大切さは今更言うに及びません。このような高度な言語機能は長い年月、遺伝子を受け継ぎ発達しながら今日まで連綿と続いてきたものと思います。せっかくの偉大な財産を十分に使いこなせない吃音者は本当に損をするはめになります。この辛さは説明の必要はありませんよね!吃音を治すために正常者との違いを見つけようと思っても見つかりません。 それはその筈、細胞まで含めたどんな精密検査をしても全く正常者と同じであるためです。そこで、違いは精神的なこととなります。人間は生まれた後、覚えるものは頭脳に記憶しながらの学習効果だと思います。成功したことは喜びとして伸びていく、その反対のことは苦手なこととして記憶に残り、生長どころか停滞と苦痛の相互作用の関係になっていくように思えます。 しかし成功にも失敗にも必ず原因がある筈です。そう考えて、私は自分なりに吃音の原因をいくつか仮定し、「この世で起こったことは必ずこの世で解決出来るものである」と信じて取組んでいます。 その一つとして、レッスンでもよくご指摘いただいたことでもありますが、言葉を延ばすことに取組んでいます。お経は言葉を延ばしながら唱えます。これは人の耳によく入るようにとのことかもしれません。「般若心教」を自己流ですが声を延ばすことに留意して唱えています。今では原文を暗記してしまいました。 その他に、主に今の50代以上の人々に勇気を与えてくれた小説として、司馬遼太郎作の「坂の上の雲」があります。その主人公である秋山真之が作文した「連合艦隊解散の辞」を東郷平八郎司令長官がゆっくりと穏やかに奉読した調子を真似て、ゆっくり語尾を延ばすことを心がけて読んでいます。これも暗記してしまいました。成果はそのうち出れば儲け物との感覚でほぼ毎日行っています。 江田さんとのレッスンでお誉めの言葉をいただいた時は、成果の一部が出たかなと思い嬉しくなります。吃音を見事克服し、プロの話し家としてご活躍されている江田さんのアドバイスを直に受けながらの毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちとなります。続けていれば自分も克服できるかもしれないと希望を湧かせてくれるものです。本当に感謝しています。 (2003年12月8日) ※江田よりのコメント: Uさんとのレッスンは昨年(2002年)9月10日にスタートしていますが、今の今までレッスンの中で一度もことばが詰まったりすることがなく、講談師のごとく立て板に水の如くすらすら話します。今でも実のところ「本当に吃音を持っているのかしら?」と思っています。 Uさんにお勧めしていることは、 (1)自分を見失って早口ペースにならないこと。 (2)過去の経験から浮き出てくる発語不安にこだわることなく、自分で納得のいく話し方習慣を忘れないでいくこと。 「自分も吃音を克服できるかもしれない」ですって?私は吃音を克服したと思っていませんよ。ただ安定した話し方習慣・立ち直り習慣をいつも忘れないでいるだけです。私もUさんと同じ花の?51歳。けれど気持ちは15歳の少年。気持ちの良い自己表現をともに身につけていきたいものです。 topへ |
「自分の中で何かが変わってきているのがわかります。」 僕は、記憶のある限り、小学生の頃から吃音を意識して毎日を過ごしてきたように思います。そういう僕を見て、親が言語矯正スクールなどに通わせてくれたのですが、ただこなすだけのものになり、また高額ということもあって、1年ほどで辞めてしまいました。ですから、自分自ら「どもり」は治らないんだなとずっと思ってきました。 小学生の頃からずっと野球をやっていましたので、常に周りには多くの人々がいて、吃音を真似されて馬鹿にされることもよくありました。そういう状況から逃げるように、いつの間にか自分の中で言い難い言葉を避けて、どもらないようにという事ばかり考えて話してきました。 それでいつのまにか周りの者は、「治ったんか?」などと、吃音に気付かなくなりました。でもそれは周りに隠しているだけで、自分自身は常に不安との背中合わせで、「何で俺は・・・」と泣きそうになる事もよくありました。 いつの間にかそういう生活にもある程度慣れてしまい、「あきらめ」という逃げ道を歩んできました。 でも大学に入り、3年が経ち就職活動を始めた時、社会に出て行く不安と、「やってやろう」という希望とで一杯でしたが、初めて行った面接では緊張と吃音に対する不安で名前すら言えない情けない思いと、これからどうしようと思うと自分が嫌になりました。 そんな時にインターネットで「どもり」と打ってみました。その時に目に留まったのが江田先生のホームページで、同じような悩みを持った方々の体験談を読んで自分よりもっと苦労されている方がいる事を知り、また共感できる話もたくさんあり、新しい光が見えました。 レッスンを受けて何より心強かったのが、江田先生が「吃音は病気じゃない。正しい話し方習慣を身につけることにより吃音意識に捕われることなく話すことができますよ。しかし、発語不安がなくなるわけじゃない。不安がある中で正しい話し方により、つまってもその場で修正していってください。」と言われた時です。これを聞いた時、うれしくてうれしくて、諦めていた自分に新たな光が差し込みました。 その時の感動は同じように吃音に悩んでいる人にしか分からないと思いますが、一生忘れることはないと思います。 レッスンを受ける事により、精神的にすごく楽になりました。日常会話でどもっても、今のは早口だったからもっとゆっくり話そうなど、自分の中で修正していこう、次はこうしようという様に、自分の中で何かが変わってきているのがわかります。 22年間も付き合ってきた吃音ですから、これからはレッスンを通して長い目でじっくり正しい話し方習慣を身につけ、社会に出て活躍していきたいと思います。 (2003年11月25日) ※江田よりのコメント: 学生から社会人となって仕事に就こうとする時、誰でも大きなストレスを感じるものです。ましてAさんのように話すことに不安があると尚更です。 けれどAさんはレッスンを通してお話し改善の正しい認識を会得しておられます。 ■吃音の改善は病気を治すという受け止め方ではなく、正しい話し方習慣を身につけていくということ。 ■発語不安を消し去ろうとするのではなく、不安の中でも話し方のコントロールができるということ。 これはAさんにとってまさに「目からウロコ」体験です。良い話し方に上限はありません。良きお話し習慣を身につけて社会で様々な経験を重ねていってください。 topへ |
「国語の教師を目指して」 小学生の頃に吃音に気づいて以来、私が悩まされた場面は大きく2つあります。それは電話と音読です。 子どもの頃は、特に国語の時間に行われる教科書の音読が辛くて仕方がありませんでした。「クラスの全員が同じ文章を見ている・・・言葉がつかえたらすぐにばれてしまう・・・」というプレッシャーを感じながら、他の友達が読んでいる個所より先を目で追って、「ここなら読めるな、でもここだと多分どもるな・・・」という風に自分を安心させるつもりが、実のところどんどん追い込んでいっていました。 毎日そんな具合ですから、指名されてもされなくても精神的疲労はとても大きなものでした。 国語には苦い思い出が多々あるのですが、そんな私が目指している職業は教師です。それも専門は国語です。不安がないわけではありませんが、教育への強い関心と得意分野が国語であるという事実が、その決断をさせました。 先日の教育実習では、朝の出欠確認で名前を呼ぶ際に少しひっかかったものの、授業やフリートークのときにはほとんど吃音は出ませんでした。言い換えをすることができたからだと思います。 しかし、職員室で端的に用件を伝えるとき、それも「○○先生はいらっしゃいますか」「△△教室の鍵をお借りします」など、言い換えが利かない場面だと、胸が圧迫されるような緊張感に襲われて、大変苦痛を感じました。また、保護者や業者、他の学校から電話が頻繁にかかってきていて、将来それを取らなければならない立場になることを考えると憂鬱になりました。 江田先生とのカウンセリングは実習が終わってから始めさせていただきました。軽く「エー」という音を言葉の前に入れることや、初めの音を少し伸ばし気味にすることなどの技術的な面だけでなく、何より心理的な面で支えていただいているように感じます。 これまでの私は、どもると「また失敗してしまった」と自分を責め、嫌悪を抱き、劣等感に悩まされていました。そんな具合ですから、似たような場面になると、「またどもるのではないか」と出口の見えない不安に襲われ、そしてまた失敗して、更に自己嫌悪に陥るという悪循環にはまっていました。 しかし江田先生の、「吃音は治そうとするのではなく、どもりそうになったとき自分をコントロールできる良い話し方習慣を身につけていくことが大切」という言葉に、どうすればどもりや発語不安を消すことができるだろうかと考えていた私は、何か目覚めた思いがしました。症状を消し去ろうという解決の道を探ることで自らを追い詰めていたのです。 「言いにくい言葉になると早口になって、その部分を早く終わらせてしまおうとしている」と指摘されたのも同様のことだと思います。 江田先生に客観的に診ていただいて、適切なアドバイスを受けられることで気持ちが楽になってきました。また、カウンセリングを受けていること自体、それが私に自信を与え、日常生活で多少どもっても、「次のレッスンで江田先生に聞いてみよう」くらいの軽い気持ちで受け流すことができるようになりました。 何年か前に大学で心理学の教授に吃音の悩みについて相談したことがあります。その時の教授の答えは、「吃音を活かせ」というものでした。結果的にはそのアドバイスで吃音が改善されたわけではないのですが、悲観的に考えすぎている自分に気づく良い機会になったと思います。 吃音によって言葉を考えるきっかけを与えられ、それが言葉への興味となり、国語教師という将来の夢につながっているのだとしたら、吃音が私の人生に及ぼす影響は良い意味でとても大きいのかもしれません。吃音のせいで、あれができない、これができないと考えるよりは、ずっと人生が楽しく、明るく見えてきます。 プラス思考へと考え方を転じて、吃音と上手く付き合っていこうと思います。 (2003年11月23日) ※江田よりのコメント: Kさんが相談した大学の先生は東北大学教育学部の長谷川啓三先生とのことですが、以前、私はトータル・カウンセリング・スクールhttp://www.kojochurchi.com主催の長谷川先生のセミナー開催の段取りをさせていただき、その時「家族療法」について学ばせていただきました。こんなこともKさんとのレッスンの中で話題となっています。 吃音の経験を通して生徒の心をしっかり汲み取ることのできる共感性を持ち、人生を前向き・肯定的にとらえていくKさん。教育の現場ではまさにこのような先生を必要としているのです。国語の先生として教壇に立っている姿が目に浮かびます。心より応援しています。 topへ |
「最近は生きている気がしています」 私は吃音歴32年の40歳です。 今まですべての事をネガティブに考え、なるべく人と話をしないで済む生活をと考えてきました。 どもらない社名で仕事を選ぶようにしたり、好きな人ができても、相手の名前がどもるようだと諦めたり・・・。 27歳の頃には、通販で吃音のテキストや治具を20万円の一括払いで購入しましたが、後から考えるとアドバイスも何もなく、なんでこんな物を購入したのかと後悔し、さらにマイナス思考になっていったものです。 しかし、年をとるにつれて逃げている訳にはいかなくなってくるものです。 パソコンで何回か検索した時に江田さんのカウンセリングを知り、一回ごとの電話のレッスンが手ごろな料金で受けられるので申し込み、現在10ヶ月ぐらいになります。 実際に上手くいく時、いかない時とありますが、できるだけレッスンでの話し方を実践していく事が必要だと思っています。 私の場合、全体にどもるのではなく、タ行などの破裂音といわれる音が言葉の始めにくるとどもるのです。 私がどもるということは同じ吃音の方でなければ気づかない程度で、人に知られたくないというこだわりが長らくありましたが、この意識を乗り越えつつあると思います。 これまで吃音で苦しんで死んでいたような年数からすると、最近は生きている気がしています。 (2003年11月6日) ※江田よりのコメント: Tさんの名前は「タ」で始まります。長い間無理に「タ」の発音をしていたので、歪められた「タ」しか言えなくなってしまいました。レッスンをさせていただいて、「タ」の発音さえ上手くいけばすべてOKなのになぁーと思ったほどです。 けれど、この10ヶ月間、持ち前の忍耐力でコツコツ良き実践を重ね、今では柔らかな「タ」が言えるようになってきました。Tさんの良き習慣意識の結実です。 topへ |
「話し方の習慣を自分自身で見つけていきたいと思います」 私が吃音に気づいたのは小学生の頃でした。私の父が吃音なので遺伝かなぁという位にしか思っていませんでした。それに小学生の頃はそんなに気にもならなかったのでコンプレックスにも思っていませんでした。 でも、中学・高校・大学と進むにつれてその安易な考えはすぐに崩れていきました。 高校生の時くらいから吃音を治したいと思い両親に相談したりしたのですが、私の地元にはそういう施設がないことと、両親もあまり乗り気ではなかったということで、その話はもう家ではしないことにしました。 でも大学生の時に都内で一人暮らしをすることになって、都内なら吃音を治せるところがあるかも知れないと思い、思い切ってもう一度母親に相談したのですが、案の定全く相談にのってもらえず途方にくれていました。 インターネットで吃音のレッスンを受けられるところを探すなどとは当初は思いもつかなかったので、自分の足でいろいろ探してみました。でもどこも高額でそんなに余裕のある生活をしていたわけではない私ではレッスンを受けることもできず、将来に対しての不安を大きく残しつつ、それでも何とか学生の頃までは上手くごまかすことはできました。 しかし社会人になってからその状況が一気に変わりました。私は都内で接客業をしているのですが、毎日の仕事の疲れや精神的ストレスにより、今まで話せていた言葉まで話せなくなってきてしまったのです。いきなり言葉が出なくなって、その言葉に対しての恐怖感が生まれ、それ以来、その言葉を避けるようになってしまったのです。 そういうことが続き、最後には自分の名前も名乗れなくなってしまいました。人と面と向かって話している時はまだどうにかなったのですが、電話は言葉だけで相手に伝えなくてはならないので、話せない言葉がどんどん増えてきている私には一番の恐怖になってしまいました。 接客業をしている私から人と話す能力を取り上げられるということは致命的で、一時期は退職まで考えたのですが、多分面接でも名前を名乗ることができないだろうなぁとか、名前も名乗れない人をどこの会社が採用するのだろう・・・と悪い考えばかりが頭を巡り、退職をとどまりました。 地方から出てきているので生活のこともあり、とりあえずは今の会社でやってみようと思い色々頑張ってみましたが、焦りや不安が増すばかりで、自分を追い詰めていくようになってしまいました。 私は立場上アルバイトさんに指示を出すことが多いのですが、「電話を取れない、かけられない私が上に立つことはどうなのだろうか・・・」「アルバイトさんに不信感を抱かれるのでは・・・」と毎日そんな事ばかり考えていました。時間が空いた時インターネットで吃音について調べたりもしていました。 そんな時、江田先生の「さわやかカウンセリング」のホームページを見ました。しかし電話でのレッスンと書いてあったので最初は諦めました。私は一人暮らしをしていて携帯電話しか持っていなかったし、パソコンは持っていても、インターネットが出来る環境ではなかったので無理かなぁと思って他のサイトをいろいろ開いて見てみましたが、どれも高額なレッスン料とレッスン回数に制限があるためパッとくるものはありませんでした。 それでも吃音を克服することを諦めることはできなくて思い切って自分の部屋に電話線を引き、インターネットを契約して江田先生のレッスンを申し込みました。 レッスン当初は先生に電話をするのもためらわれたのですが、今では先生と電話で話しをしている時は少し自分のペースで話せるようになって安心しています。今までずっと吃音を引きずってきたので、レッスンでの会話をいきなり日常会話で使うというのはなかなか難しいことですが、親しい人との会話では徐々に浸透してきていると思います。 また仕事や接客時の会話はまだまだこれからといったところですが、少しずつですが自分の話し方に自信が持てるようになってきました。それに、先生の「どもるというのは悪いことではないんだよ」という言葉にはすごく救われたような気がします。今まで誰にもそんな事を言われたことはなかったし、逆に両親には「どもらないように話なさい」と言われてきました。 そういう環境で育ってきたので、やっぱりどもるということは怖いし、恥ずかしいと思っていた部分があったと思います。ですからとても嬉しかったです。今は心が軽くなっている気がしています。 今は接客業をしているのですが、本当は別にやりたかった仕事があるので、今後吃音を克服し、自分の話し方習慣を身につけることが出来たら挑戦してみたいと思っています。 これからもレッスンを続けようと思っていますが、その中で自分の話し方の習慣を自分自身で見つけて、吃音を怖がらないように前向きに取り組んでいきたいと思います。 (2003年10月26日) ※江田よりのコメント: 「レッスンのために電話線を引きました。いつ頃受けられるのでしょうか」とのメールをいただいた時、Mさんの並々ならぬ気構えを感じました。 大学時代に自分で都内の矯正所を探したことは、その時は徒労に終わったかに思えても、良きお話し習慣を身につけたいという熱い願いは今ここにかなっているといえます。 これからもレッスンを通して「自分の話し方の習慣を自分自身で見つけて、前向きに取り組んで」いってください。 topへ |
「神様からもらったんだと前向きに思えるようになりました」 私が吃音を意識しだしたのは、小学校低学年だったと記憶しています。 三姉妹の末っ子として甘やかされて育てられた反面、いつも姉と比較されながら成長したように思います。 父がとても話し上手で、スピーチの名手であったので、私がどもった時などは「落ち着いてゆっくり話しなさい」と何度も怒られたのを昨日の事のように思い出します。 歳を重ねる事に、日常会話でも上手く他人には気づかれないようにと常に言葉の言い換えを咄嗟にして、どもらない言い易い言葉を話していたと思います。 他人に変に思われたくないという意識が強すぎて、余計に自分の名前などが詰まって言えず、難発状態に陥るという悪循環の繰り返しでした。 結婚して子供が産まれ、いつまでもこのままではいけないと思い、江田先生のレッスンを受けることにしました。 レッスンを通して自分なりに進歩したと思う点は、出来るだけ言い換えをしないようにと常日頃心がけるようになった事、そして失敗して言えなくても以前ほど落ち込まなくなったこと。吃音者であったおかげで人の心の痛みも多少は解るような気がします。 一生かけてでも、吃音という難癖を治してみせるという試練を神様からもらったんだと、前向きに思えるようになったのも、レッスンを受けての成果だと思っています。 (2003年10月25日) ※江田よりのコメント: お話しを伺うと、Tさんのお父様はスピーチに秀でておられるとのこと。父親の基準に合えば良いのですが、歯車が合わなくなると落ち込みも激しいものです。 「上手く話すべき」「人にちょっとでも変に思われてはならない」という禁止令が心にしっかりと根付いていることに気づかれたTさんは、今の自分を受けいれつつ、禁止令の解除に向けて安定したお話し習慣を培っておられます。 吃音は確かに試練ですが、Tさんのようにドンと構えて前向きにとらえていきたいものです。 topへ |
「先に光が見えるのがわかります」 娘が突然吃り出したのは2才半の時です。今でもその時の光景は目に焼き付いています。 どうしてこんなことになったのか、答えが欲しくて直ぐに本屋に走りました。「子供の吃音」について育児書を読みあさり、アドバイス通り関わっても月日は流れるばかり。 幼稚園に入り、そして小学校に入っても、治るどころか時にはひどすぎて何を話しているのか解らない醜い状態に陥ったりすることもありました。 幼稚園や小学校では数々の嫌がらせやいじめを受けました。教室に一人ぽつんと小さくなっている姿を見ると、娘と二人で誰もいない所に消えてしまいたいと思ったりすることもありました。 小児専門の精神科でカウンセリングを何度も受けましたが、結局は様子をみましょうというだけでした。放っておいても治らないことはこの何年かで充分承知しています。 「さわやかカウンセリング」のHPを見たのは何とか小学校を卒業した今年の春休みです。今まで色々な所に頼っては失望しあきらめていた時だったので、「やっとここにたどり着いた・・・」というかすかな希望が生まれました。「江田先生なら同じ吃音体験者として娘の気持を真正面から聞いてくださるのでは・・・」と。 娘が吃音になってから今までのことを江田先生にメールしたところ、快くレッスンを引き受けて下さいました。 2週間に1回のレッスンを始めて半年が経ちました。娘の場合、学校での本読みや発表は特につまりませんが、日常会話になると早口すぎて呼吸が上手くいかず吃ってしまいます。 レッスンの話を娘から詳しく聞いたことはありませんが、毎回楽しみにしている様子がうかがわれます。それだけに母親である私は、娘と同様に誰にも心の内を明かすことができなかった時に比べ、考えられないほど気持が楽になりました。江田先生には感謝の気持で一杯です。 約10年、真っ暗なトンネルの中を手さぐりで歩いてきた様な毎日でしたが、今ではその先に光が見えるのがわかります。多少の時間がかかっても、ゆっくりあせらず娘と共に歩いていきたいと思っています。 (2003年10月12日) ※江田よりのコメント: お母様からの初めてのメールはA4サイズ2枚にわたる長文で、自分の育て方の手落ちで娘が吃音になってしまったという、自分を責め懺悔する重苦しいものでした。 その娘さんがレッスンを受けて半年が経ちますが、娘さんのお話し改善以上に、お母様の心がとても明るくなってきたことは大きな変化です。「以前とは考えられない位、気持が楽になってきた」ことが、お母様との電話でのお話で肌で感じます。 「先の光を見つつ、ゆっくり焦らず娘と共に歩んでいきたい」というお母様の今の心境・・・。 どうやら一番成長しているのは娘さんではなく、お母様のようです。(笑) topへ |
「心がとてもさわやかなのです」 最近の出来事です。日頃お付き合いしている友人からの電話がありました。 友人 : 「今度の集会で進行役を引き受けていただきたいのですが・・・」 私 : 「エッ? ・ ・ ・」 私の心の中 : 「ドキン!ドキン!何と言って断ろう。私には絶対できるはずがないじゃないの!」 私は今までこのようなやり取りでは、まず最初に断ることを考えてきました。私は吃音でなかった記憶がありません。生まれた時から吃音という方はいないでしょうが、自由にのびのびと話していた記憶がないのです。 学校に入り、小学校・中学校・高校・専門学校、そして職場と、そのいずれでも、いつ言葉が止まるのかと不安と恐怖の連続でした。家では言いにくい発音の言葉は言わないようにしていましたので、親、姉妹は私が吃音で悩んでいることはほとんど知らなかったようです。自分に選択権があるときはそれでも良いのですが、学校での自己紹介、音読などで言葉を変えることが出来ない時など、「何で私なのか」と恨む思いでした。 時を経るうちに自分で工夫しながら話し、次第につかえずに話せるようになっていましたが、「言葉が止まって言おうとすればするほど口がゆがむ自分の姿を知られたら終わりだ」という恐怖は通奏低音のように響き、虚無感のただよう日々を送ってきました。 実際には治ったわけではなく、言葉が出てこないことはよくありましたし、言いにくい言葉を避けていたので目立たなかったというだけでした。 中学校に入る前に一度言葉の教室に通いましたが、その後は専門的カウンセリングを受けたことはありません。打ちのめられたような卑屈な思いを引きずり、一歩を踏み出す勇気さえなく、自ら求める気持もなかったと思います。 何処かに改善の方法があるのではないか、吃音を理由にして否定的な人生を送りたくない。今年に入りインターネットを開いて「吃音」と打ったことで、「さわやかカウンセリング」と出会い、今までになかった希望を感じる世界に踏み込むことが出来たのです。 ホームページを見て、皆さんのお話しが心のひだに入り込み、読んでいると押し込めてきた自分の気持がよみがえって、はじめてボロボロと涙がこぼれました。涙とともに深く癒される思いでした。 江田先生に「私はずっと吃音の恐怖を抱えています」と話しましたら、先生は「そのトラウマは消えることはありません。しかし、不安を抱えながらでも自分をコントロールし、話をすることは出来ますよ。私は今でも自分は吃音者だと思っています」と話されたのです。少しつまずくと、それまで積み上げた全部を否定してしまう傾向のある私には、本当に心から納得できる言葉でした。そして「お金を出してでも場を踏み、経験を重ねていってください」と言われたのです。お金を出してでも逃げたい私にとって、進んで皆さんの前で話すことなど信じがたい思いでした。しかし、お金を出さなくても、事態はやってくるようになりました。 始めの話に戻りますが、進行など出来るはずがないと思っていたので、二三日寝込んでしまいました。立ち上がろうとしても足が重く、ため息ばかりです。しかし、汗を流し七転八倒しながらも引き受け、集いを終えることができたのです。皆様のお名前などは、言えないからといって変えることはできません。先生のアドバイスを聞きながら、送っていただいたテープの中の名前を集いに登場する方々の名前に変え、大きな声で何度も練習をしました。言いにくい言葉が言える感覚を体感することは本当に嬉しい思いでした。言えるか言えないかの世界で生きてきた私でしたので、下を向いて必死に原稿を読んで舞台から降りたという感じでした。 挑戦してみると自分の姿を振り返る余裕も少し出てきて、今度は会場と響きあえるようになれたならいいなどと願っていることが本当に不思議です。言うことだけで精一杯(言えたからこそ思えるのでしょうが)、人と関わることが苦手・・・でも、そんな姿を初めて受けとめられる気がして、心がとてもさわやかなのです。育んでいったらきっと心から響き合えると、未来を思い描いています。 いつしか自分が何を願い、どう思っているかも見えなくなっていた私にとって、「本当は何を願い、どう生きたいのか」と自分に問いかけ生きることは嬉しく、希望の光を蘇らせていただきました。心から感謝いたします。 (2003年9月27日) ※江田よりのコメント: 「親・姉妹は私が吃音で悩んでいることはほとんど知らなかった」とおっしゃるように、Iさんは日常会話でことばがつまることは殆どありません。でも「自由にのびのびと話していた記憶がない」と言うほど、心にはいつも発語の恐れの影がありました。 しかし、聡明なIさんは話すことについて、今さまざまな気づきを得ておられます。 (1)吃音にまつわる今までの不安感情を否定して無理に押し込めるのではなく、浮き出るままにそのままにしておいて良いこと。 (2)不安で震える中でも、確実に話せる世界があるということ。 (3)失敗したからといって、今までのすべてを否定することは無意味なこと。 (4)話が下手という思いは、幼少にさかのぼる感情体験を引きずっている影のようなものであること。 今回は100名以上の方々の前で立派に司会・進行役をなさいました。「私は本来話をすることが大好きです!」と自己宣言をしながら、これからも人々と響き会える世界を広げていってください。 topへ |
「受講生との対談のページ」にOさんとご両親の対談記事が掲載されています。 「親子共々、良い方向に向かっているという安心感があります」 小5の娘の母です。娘の吃音が出たのが年中さんの時でした。娘は明るくひょうきんなところがある子ですが、その一方、友達同士がケンカしているところを見てお腹が痛くなったりすることもありました。 小学校に入って、クラスに娘よりひどい吃音の男子(体が震えてしまう)がいて、週一回早退してことばの学校のような所に通っているようでした。娘は学校で「お前も行かなくていいの?」とか男子に言われたりして、本人が「私もそういう所に行かなくちゃいけないの?」「絶対に行きたくない!」とか言っていました。ですから私達も「大丈夫。あなたはそんなにひどくないし、大きくなっていろいろな言葉を覚えるようになれば治っちゃうよ。」とか、「あせらないでしゃべりなさい。」とか、「もっとゆっくり」とか言って言い直しをさせていました。でも家族では皆(両親、姉)が早口で、娘の行動に対し朝から「早くしなさい」という言葉を使っていました。(良くない事はわかっていたのですが・・・) 3・4年になってその男の子とはクラスが変わったのですが、今まではクラスの中でどもる子は自分だけではなかったのがひとりだけになってしまい、自分の吃音の事を知っている子からだけでなく、知らない子からも同じ様な事を言われ(悪気はないのですが)傷ついていました。 私達もいろいろ話し合い、どこかに相談したほうが良いのか、それとも様子を見て自信をつけさせたほうが良いのか、いろいろ迷いながらも何もせずに時が過ぎてしまいました。 5年生になった時、体験学習で実行委員をやる事になり(吃音があるのに立候補しました)、皆の前で始めの挨拶を一人でしなくてはならなくなりました。原稿を書いて自分で練習を重ねていました。学校の先生のお話によると、その挨拶はなんとか心配なくできたようでした。けれど、クラスの出し物の劇の時、自分のセリフで言い難い言葉があり、結局本番はそのセリフの箇所をお友達と代わってもらい無事に終えました。 けれどその後から、日常会話でも今までの中で一番ひどくなり、本当に言葉が出なく口が曲がってしまい、最後には手で口を押さえてしまう程でした。見ていてかわいそうでした。 ある日娘が学校から帰ってくるなり、「ママ、私ことばの教室に行く!前は発表をいっぱいしていたけど、今は前よりどもるからしないんだ。答えがわかっていても手をあげないんだ。だから治していっぱい話をしたいし、苦手な音読もちゃんとやりたい・・・」と言うのです。高学年になってどもる事をとても意識するようになったようです。 私達も本人がそこまで思うなら何とかしてあげたいと思い、ことばの教室の情報を集めたりしたのですが、何とか良い方法はないかと思っていた時、江田先生のHPが目に留まりました。もしかしたらこの方法でできるなら、学校を早退する事なくレッスンが出来て良いのではと思い、まず先生にお電話をして状況をお話したところ、「このHPを娘さんとよく読んでからまたご連絡ください。」ということでしたので、主人とともに先生のHPを最初から全部読ませていただきました。読み終わると何だかとても気持が軽く楽になり、これならと思って娘と相談してレッスンを始めてみることにしました。 練習を始めて、先生も前はどもっていて、今も気をつけているからきちんと話ができるということを本人が理解し、自分の気持をわかってもらえているという安心感があったようです。「先生はね、とてもゆっくりお話するんだよ!」と言い、夏休み中に音読の練習なども何回かやっていただきました。 2学期が始まって、レッスンの成果を試してみたかったらしく、苦手な国語の音読の時間が何だか待ち遠しいようでした。自分の番がまわってきて、「最初はつまったけれど後は全部読めたよ!前は全然だめだったのに・・・。」と言って喜んでました。電話でのレッスンの後には毎回先生が娘の様子をお話しくださっているので、これからも焦らず(まだ時折会話でどもる事もありますが)レッスンを続けていきたいと思います。 何より親子共々、江田先生がついてくれているんだという気持が安心感となって、良い方向に向かっているのだと思います。これからもよろしくお願いいたします。 (2003年9月17日) ※江田よりのコメント: 愛する娘を思うお母様のお気持が伝わってまいります。親として我が子の吃音の重荷を軽くしてあげたいと思っても、具体的にどのように向き合っていけば良いのか悩むのが吃音の世界です。 今は娘さん、ご両親ともに安心感をもって良きお話し習慣作りに進んでおられることを伺い、とても嬉しく思います。これからも学校での朗読・発表など、どんどんお話し体験を重ねていってください。 topへ |
「何より自分が吃音に対して前向きになれました」 私がレッスンを受け始めて3ヶ月になります。最初は正直なところ、電話で効果があるのだろうかと半信半疑でした。でも、先にレッスンを受け始めた双子の妹が「すごくいいよ」と言うのを聞いて、また自分が実際に受けて、江田先生の丁寧なレッスンにとても感動しました。また吃音者の気持をよく分かってくれているのにもとても感動し、それまで後ろ向きだった吃音に対して、初めて前向きな気持になれました。 私が吃音を意識したのは小学生のころです。妹の体験談(Mさん 香川県在住 31歳)にもありますが、父親の暴力の影響が大きいと思います。私が小学生のころ・・・何年生だったかよく覚えていないのですが・・・父親が暴れた時、どこかに電話をしろと私と妹に言いました。吃音の症状が出始めていた私にとって、電話をするのはとても勇気がいることでした。何より、父が恐くて身動きできず部屋の隅で震えていました。そんな私たちを見て、父はまた狂ったように暴れ始めました。そのことで私はとても傷つきました。その時の気持は今でもはっきり覚えています。自分は親に愛されていない・・・何もできないダメな人間だ・・・と思いました。それまでは少し変だなと思っていた程度の吃音でしたが、自分は変だとはっきり思い知らされたという感じでした。 吃音のことで辛いことや悲しいことも数え切れない程沢山ありましたが、誰にも相談することもできず、いつも一人で悩んでいました。 また結婚して苗字が変わったことも私の大きな悩みになってしまいました。新しい苗字がとても言い難くて、一時は本気で離婚も考えました。こんなことで離婚を考えるのは私ぐらいだろうな・・・と、とても情けない気持になりました。 何とか吃音を治したいと思い、インターネットで調べて江田先生のホームページを見つけました。それは私にとって驚きでした。吃音で悩んでいる人がたくさんいるんだと、初めて知りました。みんなの体験談を読んで、涙を流し、また勇気ももらいました。みんなもがんばっている・・・私もがんばろうと思いました。 江田先生のレッスンはとても分かりやすく丁寧です。言い難かった苗字も少しずつ言いやすくなっています。何より自分が吃音に対して前向きになれました。精神的にもレッスンを受けることはとてもプラスになっています。今、レッスンを受けるかどうか迷っている方もいらっしゃると思いますが、一人でも多くの人に受けて欲しいと思います。 最後になりましたが、江田先生には本当に感謝しています。江田先生は私が言葉につまっても、優しくどうしてつまったか教えてくれます。そのことは私にとって大きな励みになっています。 人前でもすらすら話せる自分を目標に、正しい話し方の習慣づくりにがんばりたいと思っています。 (2003年8月20日) ※江田よりのコメント: YさんとMさん(香川県在住 31歳 女性)は双子です。お二人の体験談を読ませていただきますと、幼心に焼きついた辛い思いがひしひしと伝わってまいります。 今はご自分の吃音を客観視しつつ、「何より自分が吃音に対して前向きになれました」とおっしゃるYさんです。人前で確実にお話しなさるYさんの姿が目に浮かんできます。 topへ |
「自分の中に引っ込むことはしないと心がけています」 どもるということを自分が意識し始めたのは、小学校高学年ごろだと思います。親も気にしたのでしょう。5年生の時に吃音矯正所に通いました。小箱のスイッチを押すことで、しゃべりはじめるタイミングをつかむというような方法でしたが、あまり効果はありませんでした。 中学生になると、症状がひどくなりました。自意識が強くなる時期だったせいか、周りの人達と比べてしまい、自分は普通じゃないとか、このままでは自分の将来はどうなってしまうんだろうとか、悲観的なことばかり考えていた記憶があります。 校内の作文コンクールで優勝して全校朝礼で読まされることになってしまい、ずる休みを続けたあげく母に泣きついて、先生に頼んでやめさせてもらった辛い思い出もあります。 しかし高校生になり、さらに大学へと進むころになると、かなり改善されてきたのです。生来にぎやかなのが好きなため、家にとじこもることができず、クラブ活動やアルバイトなどを積極的にしたので、知らない人に会う機会が急に増えたのがその理由かもしれません。全くどもらないというわけではないのですが、それを気にするヒマもなかったという感じで、40人ぐらいの中学生を前に塾の講師をしたこともありました。 就職してからも、編集者という立場上、知らない人に電話をかけたりする機会が多かったのですが、さして不自由は感じていませんでした。 ところが、転職していわゆる営業職に就いた頃から、再び吃音の症状が出始めてしまったのです。電話で話すことは慣れていたはずなのに、初対面の人(というよりまだ会ってもいない人)に電話を通して好感をもってもらわなければいけない、というプレッシャーが引き金となったのでしょう。そのうちに悪循環になってしまい、家族に電話をする時ですら吃るようになってしまいました。 その後、再び転職し、いくらか治まったように見えました。50人ほどの聴衆を集めたセミナーの司会を無事に勤めたりもしました。 ところが昨年、再び転職しようと面接を受けたところ、その面接で激しく吃ってしまったのです。ほとほと自分が情けなくなり、それをきっかけに、会社の電話を取るのも怖くなってしまいました。親しいクライエントで、ふだん面と向かって話している時の私を知っている人ほど、電話で突然こちらが黙り込むと困惑するようでした。 一日に10〜20本も電話をかけなければならないような仕事なので、ストレスがたまる一方でした。出社拒否になる前に何とかしなければと焦っているうちに、江田先生のHPを発見したのです。机上の理屈ではない、経験者ならではの実践的なアプローチに納得したのと、吃音に苦しむ人たちへの本気の思いが伝わってきて、お力を借りてみようと思いました。 2002年の11月にレッスンを受けるようになってから、ちょっと吃ってもそれを気にしないということが出来るようになりました。それまでは、職場で朝一番の電話で吃ってしまうと、「あぁ、今日はもうダメだな」となって、結局一日中引っぱってしまう、という感じだったのが、「まぁ、そういうこともあるよね」と立ち直れるようになったのです。さらにレッスンでゆっくり話す訓練をすることで、生来の早口の癖を直し、一定のリズムで話をする習慣をつけることが大切だと実感できました。(といっても、これを習慣化することは容易くはないのですが・・・) 私が心がけていることは、吃音が出ることを怖れて、自分の中に引っ込むことはしない、ということです。吃りながらでもどんどん話をして、仕事でも遊びでも、やりたいことをやっていこうと思います。吃音を治すことを諦めてしまったわけではありませんが、吃音が完全に治る日をじっと待っているよりは、それと上手く付き合っていく方法を考えるのが、江田先生のおっしゃる「今をうけいれる」ことだと思うのです。 (2003年8月3日) ※江田よりのコメント: 中学校の作文コンクールで優勝したのに朗読が出来なくて悔しい思いをなさったSさんにとって、その記憶は今も鮮明です。私は中学の時、視力と色盲の検査で、「右・左・上・下」や数字が上手く言えないのででたらめに言ったことがあります。今となればお笑いですが、その時は必死でした。 今は仕事で多くの交渉業務をこなしておられるSさん。これからも「今をうけいれ」て、吃音i意識と上手く付き合いながら、より良いお話し習慣を育んでください。 topへ |
「吃音という試練を通してピカピカに光れる自分になりたいです」 私の吃音歴は、小学校高学年の頃からですので、約20年近くになります。父親の暴力・暴言が吃音の引き金になったように思います。父は少しでも気に入らないことがあると爆発したようになり、家中のものが壊れるほど暴れまわります。包丁をもった父親を泣きながら止めたり、首が折れるのではないかと思うほど髪の毛をつかんで振り回されたこともあります。私が小さい頃からずっとそうでした。 今、思えばちょうど多感な時期に言葉がつまるようになり、それを意識し過ぎてますますひどくなっていったように思います。中学・高校では、友達がすらすら言えるような言葉もつまってしまい、本当に苦しみました。特に私は自分の名前がとても言いにくく、苦しかったです。自分ではどうすることもできないと思い、死ぬことばかり考えていた時期もありましたし、人を避けて話さないようにしていた時もありました。 江田先生のHP[さわやかカウンセリング」に出会ったのは、私と同じ様に吃音に苦しむ双子の姉が教えてくれたからです。姉が自分から吃音のことを話してきた時はとても驚きました。 今までお互いに気まずい思いをしてきたことは数え切れない程あったのに、20年来、ただの一度もそのことについて話し合ったことはなかったからです。今では姉もレッスンを受けるようになり、「この言葉ってちょっと言いにくいよね・・・」と普通に話していますので精神的にとても楽になりました。何よりもレッスンを受けた後の姉の顔がとてもイキイキして楽しそうなので、私も嬉しくなります。 私は今年の6月からレッスンを受けていますが、同時期に祖母が亡くなり、人の死を通して「完全自己否定、自己卑下型」であった自分の生き方を深く考えるようになりました。 昨年、ある男性と短い間でしたがお付き合いをしていた時、「おまえはおかしいんだよ」などと面と向かって罵倒され、とてもショックを受けました。それからますます自分に自信がもてなくなっていました。姉や母、友人が励まし支えてくれましたが、何だか悪い夢を見ているような気持がずっと続いていました。 でもレッスンを受けるうち、「吃音の私」を認め、受け容れられるようになり、考え方も明るく前向きに、そして何よりも精神的に強くなってきたようです。 今まで絶対避けていたこと・・小さなことですがケーキを買ったり、「回覧版で〜す」と近所に持っていったり・・「どんどんやってみなきゃ!」と思えるようになりました。また言葉がつまるのではという恐怖に支配される時もありますし、体が硬直し喉が詰まったようになる時もあります。だけど確実に「あっ、言えてる!え、これ私?」って思うことが多くなってきています。 また友人と話す時、吃音であることを覚られないようにと、やたら早口で喋りまくっていたのですが、今では落ち着いてゆったり言葉を伸ばし気味にして話せるようになりました。言葉を優しく大切に話すように心がけていきます。最大の目標である「電話を自由にかけられる私!」になるまで地道に頑張っていきたいです。 私は威圧的だったり、すぐ大きな声を出す男性には自分で感情をコントロールできないほど萎縮してしまいます。でも、江田先生はとても穏やかで優しい方ですので、リラックスして楽しくレッスンが受けられます。言葉が見つからないくらい感謝しています。また先生は吃音者の苦しみ、悲しみをとてもよく分かってくださるのでとても有難いです。 最後になりましたが、同じレッスンを受けている方がいらっしゃるということは何よりの励みです。 私の好きな言葉に、「洗濯機の中に放りこまれてピカピカになって出てくるか、粉々に壊れて出てくるのかは自分次第」というのがあります。私は吃音という試練を通して少しでもピカピカに光れる自分になりたいです。 (2003年8月1日) ※江田よりのコメント: Mさんが双子のお姉さまと一緒にレッスンを受けておられることは、姓が違うので始めは分からず後になってお話を伺いびっくりしました。しかも誕生日が「きんさん、ぎんさん」と同じ8月1日とのこと! 「洗濯機の中に放りこまれてピカピカになって出てくるか、粉々に壊れて出てくのかは自分次第」というフレーズを、私もしっかりと心に刻んでいきます。人生の中で「こんなことさえなければ!」と思われることがありますが、Mさんのように自分を見失わずに前に進んでいきたいです。 私も身も心もピカピカになりたいですが、頭がピカピカになるのはちょっと・・・(笑) topへ |
「さわやかカウンセリングと出会って」 私は技術系の地方公務員です。吃音とは3歳ぐらいからの付き合いです。吃音を改善したい、人前でスラスラしゃべりたい・・・、そのことで私の人生は変わると信じて生きてきました。 江田さんのカウンセリングとの出会いは、2002年10月頃、米沢興譲教会の田中牧師のメッセージテープを通してです。田中牧師は、「江田さんは吃音という賜物を活かして、電話によるカウンセリングを始められ、主からすばらしい祝福を賜っている・・・」と話しておられ、この言葉を聞いて直感的に私の求めていたものがあると感じ、直ぐインターネットで調べ、メールで申し込みをしました。 トライアルコースの初回カウンセリングでは、私の大嫌いな朗読が、何と少しつかえながらも、読めたではないですか!感動でした。涙しました。 私は25歳で洗礼を受けたクリスチャンです。しかし、学歴・知識・能力など、私の心の中にあるこれらの偶像を第一と考えて過ごしてきました。一喜一憂の生活でした。 しかし7年前、それが変えられる時がきました。叔父からプレゼントされた田中信生牧師の「一元に生きる」というメッセージでした。実はそのテープを数ヶ月以上転がしておいたのですが、ふと「まあ聞いてみてやれ」と寝床で聞き始めました。聞いているうちに、起き上がって聞き入っていました。こんな世界があったのだとびっくりしました。 それから田中牧師主宰のトータル・カウンセリング・スクールを受講するようになり、次第にそのままの自分を受け容れられるようになってきました。 それと同時に、母に対する言いようのない怒りが出てきました。それは数ヶ月間続きました。その怒りは何だったのでしょう。「母に甘えたいのに出来なかった」ということが怒りとして表にでたのでしょうか・・・。 神様は、その私をそのままにはしないで、怒りを少しずつ癒してくださいました。「母も仕方がなかったのだな」と思えるようになってくるとともに、私の周りの人間関係も変えられ、更に私の吃音の仕組みも少しずつ理解できるようになりました。 私の中でカウンセリングは大変重要な部分を占めるようになりました。神様からの「私への恵みは十分である」とのみ言葉とともに、自己受容のカウンセリング・マインドで大いに助けられました。 今の不安定な世情の中で、カウンセリング・マインドは職場、家庭、教会、地域で必要不可欠と考えています。 さて、吃音の原因の仕組みは理解できるようになりましたが、仕事上、緊張の中で話さなければならないこと、またスムーズに話せなかったら上司から叱責があることや、教会での聖書拝読など、吃音によるストレスの状況はあまり変わりませんでした。その時期に出逢ったのが江田さんの電話カウンセリングです。 江田さんのカウンセリングを受けてから、職場での会話・スピーチや教会での聖書の拝読など、楽になりました。確かに発語の不安は出てきますが、不安がある中でドモらずに話せたり読めたりする機会が増えていくのです。江田さんは成功の経験を積み重ねていくことが大事なんですよと言われます。 江田さんのアドバイスは的確です。私の特徴は、しゃべれる部分はスピード・アップしてそして突っかかり止ってしまったり、話の区切りを十分に取らないため途中で不安定になってくることなどです。 何回かのカウンセリングで指摘されて、少しずつ実感できつつあります。このように方向を変えることが出来るのですね。こんな経験を私の周りで吃音で悩んでいる方に話し、江田さんのカウンセリングをPRしています。 終わりに、「神様の御業をあらわすために、カウンセリングや吃音を通して私を使ってください」と祈っています。 (2003年7月12日) ※江田よりのコメント: Tさんの吃音歴はなんと半世紀にも及んでいます。「50年以上吃音であるのに何を今さら改善なんて・・・無駄な努力だ・・・」と、受け止めがちですが、Tさんは、カウンセリングの学びを通して、吃音である自分の状態をしっかり受け容れると同時に、吃音改善に向けて昨年10月に勇気ある一歩を踏み出しました。 初回レッスンでは、朗読でことばが滑らかに出た感動に涙したTさん。決して軽いとは言えない吃音状態でスタートしたレッスンですが、今まで(2003年7月14日現在)計24回のレッスンを重ねる中、「発語の不安のある中でも詰まることなく話せたり読めたりする機会が増えている」ことを体験しておられます。 Tさんの前向き肯定的に生きる姿勢に、私も多くのことを学ばせていただいています。 ■米沢興譲教会(トータル・カウンセリング・スクール)のホームページは、http://www.kojochurchi.com です。 topへ |
「自分の満足のいく話し方になるように頑張っていきたいと思います。」 私は今、高校1年生です。自分で話し方が変だなぁーと感じたのは、私が幼稚園の時でした。その時は自分が小さかったこともあり、全然気にしていませんでした。 でも、小学校の高学年になると普通に友達と話す時も詰まってばかりだし、国語の朗読の時間も詰まって全然読めませんでした。なので、国語は大嫌いでした。皆の前で何か発表をする時も、心臓がバクバクしてものすごく緊張してしまいます。更に話す時も詰まり詰まりでもう最悪でした。 一番嫌いだったのは、友達に「どうして詰まるの?病気なの?話し方変だね」と言われることです。そうやって言われた時はとてもショックでした。 中学校に入っても、同じでした。全然スラスラと話せないし、友達には「どうして詰まるの?」って聞かれるし、とても嫌でした。国語がある日とか発表のある日とかは学校を休みたいと母に何度も言っていた時期もありました。 今年の四月、父がこの「さわやかカウンセリング」を紹介してくれました。今もカウンセリングを受けています。 最近国語の時間に「3分間スピーチ」がありました。私は最初それを授業でやると聞いた時、「とても」が100回つくほど嫌でした。「なんでそんなことするの〜っ」と叫んでいました。でも仕方がありません。私はカウンセリングで習った腹式呼吸や語尾を伸ばすこと、ゆっくり話すことを意識しながら練習しました。 自分の番が回ってくる前日、「もういいって!」と言うぐらい、何回も何回も練習しました。 いよいよ発表の時、先生が「では今日の人、お願いします」と言った時、いつもと違っていたのは「緊張感」でした。いつもの私ならこういう皆の前で発表する時とかは、息ができないくらい緊張していてすごいのですが、今回はなぜか緊張はしているのですが、適度に緊張していて、心にとても余裕がありました。最初、また詰まるのかなという不安もありましたが、自分としてはとても満足にスピーチが言えたと思いました。声もふるえなかったし、詰まったのは2〜3回だけだったので、以前はみんなの前で話すのは大嫌いだったけど、少し好きになりました。 自分が描いている理想の話し方になるには、とてもとても長い時間がかかると思うけど、少しでも自分の満足のいく話し方になるように、話すことが大好きになるように頑張っていきたいと思います。 (2003年7月9日) ※江田よりのコメント: 学校での「3分間スピーチ」体験は、話すことの自信を深める意義ある一歩でした。今までは朗読や発表など、事前にどんなに練習してもその場になると上手くいかないという無念さを味わってきたことでしょう。 けれどレッスンを受けてからは、吃音改善の方向性を踏まえた上での努力は決して徒労に終わらないことをNさんは身をもって感じているようです。これからは安定した話し方の実践あるのみ。実り多い有意義な高校生活を送ってください。 topへ |
「今は気持がすごく楽です」 私は、父親と兄が吃音ということもあって、小学校入学の頃から吃り始めました。小学3年生の時、大阪にある吃音矯正の学校へ夏休みだけ入りましたが、期間が短かった事もあり、改善には至りませんでした。 自分ではどうすることもできないまま大人になりました。その後結婚しましたが、家が商売をしていたこともあり、いろいろ苦しみました。 そんな中、米沢興譲教会の礼拝テープやホームページを通して江田先生のことを知りました。そして私もぜひカウンセリングを受けたいと思い、申し込みました。 今は気持がすごく楽です。試練であった吃音が江田先生との出会いを通して私に様々な思いを与えてくれました。自分を励ますこと、誉めること・・・今までの自分になかったことです。本当に感謝しています。 また昨年のクリスマスには教会で洗礼を受けさせていただきました。イエス様が私にくださった大きな恵みであると思っています。 (2003年6月21日) ※江田よりのコメント: 「自分を励まし、誉めること」、そしてお話し操縦法をご自分のものとなさって「今は気持がすごく楽」になっているKさんです。クリスチャンであるKさんは、以前は教会での聖書朗読(輪読)が恐怖でしたが、今は自信をもってゆっくり読むことが出来、またお仕事での電話(仕入注文)も確実に安定しておられることを伺い、嬉しい限りです。 これからも自分をいたわり、励まし、誉めて、Kさんならではの心のハーモニーを奏でてください。 topへ |
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