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CONTENTS

コミュニケーション上手であるための3つのヒント
吃音(どもり)が「治る」という意味の間違ったとらえ方

今の自分を受けいれるとは

改善の可能性が十分にあることを信じていくこと

Have A Break ちょっとひと休み

今井和彦さんの吃音体験談
追加記事(2005年9月26日) 「神様に愛された5年間」


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         コミュニケーション上手であるための3つのヒント


      IT企業の社員採用基準についてのアンケート調査で、こんな結果が出ています・・・。

             IT企業81社の採用基準        (リクルート社の調査、複数回答)

               重視する項目             重視しない項目
コミュニケーション能力 53% 最終学歴(出身校名) 59%
特化した専門知識 38% 前の会社名 59%
新しい技術への対応力 37% 専攻学科 52%
自己投資能力(学習意欲) 32% 一芸に秀でていること 51%
責任感 32% 英語力 26%
技術分野 32% 保有資格 16%
年齢 26% 転職回数 14%
チャレンジ精神 24% 忍耐力 14%
一般的な知識 24% 同職種であること 12%
10 協調性 21% 10 独創性 10%
10 経験年数 10%
 
 コンピュータ、情報システムなどの分野であるIT企業を対象としたアンケートですが、会社の採用基準として重視する項目で際立って高いのが、「コミュニケーション能力」です。これは注目に値します。

 コミュニケーション能力とは、ことばや文書を通して個人と、また組織の中で相手を理解しつつ自分の考えを伝え、お互いにより良いものを創り出していく能力と言えましょう。情報通信技術が飛躍的に進展していますが、テクノロジーがどんなに発達しても話すこと(スピーチ)による伝達表現は今も将来も重要な位置を占め続けることと思います。
 相手との一対一の会話、会合での発言、組織内での伝達、研究発表など、IT分野に限らず、コミュニケーション能力は医療、教育、営業、家庭などでのすべての生活領域で必要とされています。

 吃音(意識)を持っていると、自分はコミュニケーション能力が低いと思ってしまうものですが、吃音を感じながらもコミュニケーション上手であることは可能です。ぜひ前向きに受け止めていただきたいです。

          コミュニケーション能力を高める3つのことをご紹介いたします。

1.自分が好きであること。(自己受容ができていること)

 「自己受容は他者受容に比例する」という心の法則があります。自己受容とはありのままの自分をすっぽり受け入れ、自分を好きになっていることです。自分が好きだと言える人は意外と少ないものです。「こんな自分じゃダメだ・・・」「私なんて・・・」などと自分をたたいたり自己卑下することが多いのです。
 自己受容ができていないと、人と自分とを比較して、優越感と劣等感を振り子のように行き来します。また、相手を肯定して受け入れることが難しいので、すぐに批判的、攻撃的になったり、妙に媚びたりして本人が気づかないうちに健全な対話(コミュニケーション)がとりにくくなってしまいます。

 自己受容ができていると、自分を肯定していますから、相手との意見の違いも受け入れる余裕ができるものです。会話も相手に耳を傾ける姿勢が根底にありますのでコミュニケーションが円滑に進みます。

 自己受容はすべての良い人間関係の土台、マスターキーです。毎朝、鏡の自分の顔を見て、にこっと笑える人は自分が好きだと思います。自分に微笑むなんて気が進まないと思っても、ぜひ形からでもなさってください。自分にスマイルです。


2.会話でエコーをする習慣を身につけていくこと。


 エコー(こだま)とは相手の話したポイントをとらえて、ことばを相手に返すことです。誰かがあなたに何か相談めいて話しかけてきた時などに、エコーの話法をつかうと相手はとても話しやすくなります。私は人から相談など受けるとき、自分の意見、価値観を述べないで、意識的にエコーを使うようにしています。

 エコーをすることによって・・・
@相手は自分の話をそのまま聴いてくれているという安心感を感じます。
A私(聞き手)は相手の語っている内容を的確につかむことができます。

 エコーとはどんな対話なのか、例を挙げて紹介いたします。
 
 相手のことばからカギになる言葉を拾ってエコーする、センテンス・エコーの例です。

(例1)
相手 :「恵子さんと駅で待ち合わせをしたのですが、東口と西口を間違えてしまって、恵子さんに悪いことをしてしまいました。」

エコー:「待ち合わせ場所を間違えてしまったのですね。」

(例2)
相手 :「人の話を聴くというのは本当に難しいですね。最後まで聴こうと思いながらつい自分の意見なんかを言ってしまってい
      るんですよ。」

エコー:「聴くつもりが、ついこちらの意見を言ってしまうのですね。」

(例3)
相手 :「普段は誰にでも『おはようございます』と言えるんだけれど、朝礼でみんなの前で「おはようございます」ってなかなか
      言えないのですよ。

エコー:「うーん、場面によって「おはようございます」が言えない・・・


 次にひとかたまりの文章の中から枝葉末節は捨てて要約して返す、メッセージ・エコーの例です。

(例1)
相手 :「私勉強ばかりしていましたからいつも優等生でした。みんなにあの人は特別な人ってみられて、友達もいませんでした。
      両親は満足しているみたいだけどね・・・私が何を考えているのか今でも知らないと思う・・・心から楽しいって思えたこと
      なんて一度もなかったし、生きていてよかったとも思わない・・・今まで何でもキチンとやってきた分、今はもう何もしたく
      ないんです。」

エコー:「今はもう、何もしたくないというお気持ちなんですね。」

(例2)
相手 :「自分を好きな分だけ相手をも好きになれるっていうけど、私は自分が好きじゃないから他人ともうまくいかないん
      だよね・・・
      自分の短所も受け入れるっていうことでしょ・・・自分で受け入れていない所を持っている人を見るとムカムカして
      くるって・・・
      私、なんだかしょっちゅうムカついているし、それだけ自分を受け入れてないってことなんだよね・・・人間関係を豊かに
      するには、ここを乗り越えないといけないんだよね。」

エコー:「人間関係を豊かにするために、自分を受け入れたいと願っておられるんですね。」

 エコーを会話の中に採り入れると、相手はあなたとの話しに心地よさを感じ、気持ちを素直に表せるようになるものです。自分の意見、考え、評価は一切言わないで、ただ耳を傾けてエコーする。ぜひ実践なさってください。


3.複数の人々を前にしてのお話し(スピーチ)経験を重ねていくこと。

 複数の人々の前で自分の考えを述べることは対話と異なり、聴衆に向かって一方的に話しかけることですので話し手の緊張感は高くなるものです。
 けれど、発表の仕方、スピーチの心構えを具体的に身につけていくことによってコミュニケーション能力は確実に高まります。完全主義を捨てて、失敗を恐れないで経験を積んでいくことが自信をつけていくカギのようです。
 詳しくは「スピーチ教室」のページをご覧ください。
 
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吃音(どもり)が「治る」という意味の間違ったとらえ方  

 吃音が治るとはどういうことなのでしょうか。吃音意識を持っておられる方々の中には、願望として思い描くあまり、吃音改善のプロセスから外れた幻想に近いものを抱くことがあります。それら「幻想」のいくつかを挙げますと・・・

(幻想 その1) 吃音が治ると、発語不安がきれいさっぱりなくなる。

 発語不安は過去の失敗経験の感情が、ある場面で引き起こされる不安感情です。人間の脳はことばがつかえてしまったことも含めて、過去のさまざまな感情体験を詳しく記憶しています。
 私の家では犬を飼っています。近所の方々は子犬の時から馴染んでいますので、絶対に噛まないことはよくわかっていますが、犬に噛まれたことのある近所のおばさんは、近寄ると身構えて避けようとします。決して噛まないと理性ではわかっていても、感情が拒否するのです。
 感情は正直ですから、それを否定して理性で押さえ込もうとすればする程、無理が生じます。発語不安の全くない状態を求めることは階段をいくつもとばして駆け上がろうとするようなものです。発語不安が残っていても良いのです。発語不安のある中で話していくというプロセスが必要です。


(幻想 その2) 吃音が治ると、人前で緊張しないで話せるようになる。
 
 吃音者は自分と健常者とを分けて、周りの人たちは皆一様に人前で楽に話しているように受け止めがちです。けれど健常者でもPTAでの自己紹介など、改まった場で話すことを不得手とする方々は多くいらっしゃるものです。場面によっては緊張してことばが詰まったり震えたりすることもあります。


(幻想 その3) 吃音が治ると、言い難さがなくなる。
 
 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお父さん、横田滋さん(71歳)が記者会見で話すのをニュースでお聞きになったことと思います。 お気づきのように、胸呼吸で息継ぎをして文節で区切れがちにお話しなさいます。聞いていて決して楽にお話ししているとは思えませんが、横田さんなりに発語を調整しておられ、その話し方から、お父様の誠実さと、娘を思う熱い願いが聞き手に伝わってきます。
 吃音が治るとは言い難さがなくなることではなく、言い難さがある中でも話し方をコントロールし続けていくことにあると思います。

(幻想 その4) 吃音が治ると、ニュースキャスターのように話せるようになる。

 毎日テレビで耳にする話し方の多くは、早口です。ニュース・キャスターは限られた時間に多くの情報を提供しなければなりませんので、スピードjが要求されます。また、お笑い番組も「超」早口傾向です。メディアを通して耳に入る早口ペースが発語スピードのイメージとして脳にインプットされていくものです。
 吃音者に見られる早口は、早く話を終わらせたい、どもらないように勢いをつけたいとの発語不安の無意識の反動形成ですが、必要な場面ではゆっくり音を伸ばして話す(読む)ことができる幅をつける必要があります。
 ニュースキャスターのように話せるようになると思うのは願望の変形であり、その話し方に倣う必要は全くないと思います。

                では、吃音が「治る」とはどういうことなのでしょうか。

■吃音が「治る」とは・・・発語不安のある中でも、安定した話し方を意識してコントロールして話す習慣を身に着けている状態です。言いにくさがあっても問題ありません。

■吃音が「治る」とは・・・立ち直り習慣を身につけている状態です。仮に1日に10回どもる人と、100回どもる人とを比べると、10回の人が勝っていると思いますが、問題はどもる回数ではなく、立ち直る回数です。立ち直り習慣を培っている人はたとえどもる回数が多くてもコントロールする領域を広げていることになります。

■吃音が「治る」とは・・・話し方の調整意識が習慣化し、その状態を持ち続けていることといえます。
 吃音が出なくなったと思っても、それはある環境下でのことで、緊張を強いられる場面に置かれると吃音意識が浮上するものです。安定した話し方の習慣作り意識を忘れないで持ち続け、「第二の天性」としてしまうことです。

■吃音が「治る」という尺度はありません。日常の会話で安定した話し方習慣・立ち直り習慣を培っている状態が大切であり、改善の結果は追いかけてくることでしょう。

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今の自分を受けいれるとは  

 カウンセリングをさせていただく中で、クライエント(来談者)が今までお気づきにならなかったことが明確になり、新たな視点で物事を見つめていかれることがあります。状況は変らないのですが、前向きな受けとめ方へと変化が出てくるのです。
 そのひとつに「今を受けいれる」という姿勢があります。問題のある状況、自分の弱さ、今自分の置かれている立場を、あきらめの境地ではなく、すべての現状をそのまますっぽりと肯定的に受けとめていく人生観です。
 この「今の自分を受けいれる」という受けとめ方は私の吃音歴を通して大きな力となりました。幼少時に吃音であっても成人になるまで8割程度は治ってしまうと言われていますが、自分はずっとそのまま尾を引いている現状・・・。「これじゃダメだ。これじゃダメだ」ともがいても一向に改善されない焦りが心の中で増幅します。理想の自分像が高ければ高いほど落ち込みも激しいです。けれど、「これさえなければ・・・」と考え続けるならば、自分の人生ずっと不幸になってしまうのではないかと思い、ある時点でそのまま受けとめることにしました。
 自分の吃音を肯定していくと:
@現実の自分とあるべき自分との落差が縮まり、落ち込む度合いが少なくなりました。
Aほんの少しの改善でも自分をほめる力が出てきました。
B吃音改善の最終段階(100人程度の静まった人々の前で、ストレスを感じつつも自分で納得のいく話し方で話せるレベル)へのステップを「結果として」進んでいくことになりました。自分がなぜどもるのかの客観的な認識と、良いお話し練習の積み重ねは改善に向けての2大推進力となりました。

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           改善の可能性が十分にあることを信じていくこと

 吃音の改善の可能性があることを信じて努力なさることは「今の自分を受けいれる」ことと矛盾するものではありません。吃音経験が長引いても、改善の可能性が残されていることを信じて、具体的な練習方法を見出しつつ、地道な努力を続けることを心よりお勧めいたします。思い煩うマイナスのエネルギーを改善に向かわせる日頃の小さな努力というプラスのエネルギーに変えていくのです。例えば、日常ほとんど吃音を意識されない方にとっての毎日3分程度の朗読練習などはでも話し方の調整に役立つものです。
 吃音改善の最終段階から更に完全にフリーになることは「神のみぞ知る世界」と言えます。カウンセリングと練習をどれくらい積んだからといって、誰も予測のできない世界です。しかし40才代、50才代の方々にも改善のステップが開かれていることを信じていただきたいです。実際に私がこのようになっているのですから。 

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Have A Break ちょっとひとやすみ

人生どうやら4つの生き方があるようです。

(1)(−)⇒(−)の生き方

マイナスからマイナスの生き方とは、今もダメ、将来もダメ。ダメダメ人生、ふて腐れ人生ともいえます。案外楽かもしれません・・・。

(2)(+)⇒(−)の生き方
これはプラスからマイナスの人生観。「今はいいけど、将来だめよ」の受けとめ方です。「今は顔が美しくても、すぐにおばあちゃんになっちゃうのね」とか、将来のマイナス要素をサッサと取り込んでしまって今を楽しめないという取り越し苦労型人生。

(3)(−)⇒(+)の生き方
今はダメだけれど、とにかく頑張って!というマイナスからプラスの人生観。目標があることはとてもエネルギッシュですが、到達したと思うとすぐそこがマイナスに変ってしまい、新たな目標に向かって限りなく走りつづける「頑張れ人生」です。このタイプ、意外と多いようです。現在の満足感が乏しく、ずっと続けていくとエネルギー切れになるかも。

(4)(+)⇒(+)の生き方
これは今の自分自身と取り巻く環境を肯定的に受けとめ、将来に希望をもって進んでいくプラスからプラスの人生観です。人生いろいろな問題に直面するものです。吃音もそのうちの一つかもしれません。一見マイナスと思われることもすっぽりと受けとめて将来を見つめていく人生は、心に余裕とユーモアが生れます。こんな受けとめ方、身に付けていきたいものです。

                       A Blessing In Disguise (変装した祝福)
 
 これ、受験生がどこかで習う決まり文句。ブレッシング・イン・ディスガイズ − 変装した祝福。なぜかこのことばが好きです。理由はこのフレーズを習ったとき、「俺のどもりも何か変装した祝福なのかな」と心の中で思っていたからです。実際、どもることがいいと思う人、いませんよね。「電話でさらりと自分の名前を言えるようになりたい。」「話すときの不安な気持をなくしたい。」「気になることばをスムーズに言えたらなあ・・・」みんな本心です。しかし、しかしです、すべてが悪いことだらけとは思えないことがあります。
 ことばで苦労された方は、人間的に厚みがある。そして粘り強さがある。人生スイスイ思うように進めていくことだけしか知らない人は、他の人の気持がわからなくなりますね。何でもうまくいって当然だなんて考えていたら、その人の人生、本当に危ないです。私も確かに吃音でイヤなことがあったけれど、物事を立ち止まって考えるチャンスにもなったし、今考えるとすべてが悪いとは思わなくなっています。
A blessing in disguise・・・このフレーズ好きです。


                                 本 末 転 倒 

 この四字熟語、英語では put the cart before the horse というそうです。馬の前に荷車をつなぐとは面白い表現です。物事の順番、価値付けの優先順位が反対になっているということですが、吃音改善の受けとめ方も本末転倒になってしまうことがあるのでは・・・と思うことがあります。
 吃音を治すことが人生の目標みたいになってしまって、本当に大切なことと、すべきことをないがしろにしてしまっていたら、ちょっと変ですね。生活の場面場面でことばが引っかかるという不自由は確かに問題なのですが、それはそうとしつつ物事にあたっていくという姿勢はとても大切です。仕事、勉強、家庭生活、将来の目標に向けて具体的な努力を払っていくことは、吃音であろうがなかろうが関係ありません。多少お邪魔虫になることはありますが、これに道を阻まれては残念です。十円玉でも目の前に置けば、太陽の光すべてをさえぎることができますから・・・。
 吃音改善が人生の主役ではありません。あなたご自身が主役です。どうぞご自分のなさりたいことを進めてください。吃音改善はその中で同時に進んでいくものです。


 being と doing

 英語でビーイング (being) は存在、本質、本性を意味します。人間のことを human being というように人間は動物とは違って、特別の存在となっています。また、ドゥーイング (doing) は「する」という do に ing がついて、行動、振る舞いとなります。
 さてこのビーイングとドゥーイングという2つの事柄は人間理解にとても役立ちます。ビーイングとは私の本質で、オギャーと生れた赤ちゃんの時の私、10歳の時の私、30歳の時の私、50歳の時の私、80歳の時の私・・・年齢にかかわらず私の本質は変わりませんし、今このように生かされ存在していることに深い価値があるととらえます。何ができるか、何を持っているかということは私の本質・ビーイングではありません。
 ドゥーイングとは成長する中で学習し習得したり、努力して獲得したり、あるいは努力なしに生まれつき与えられていたりします。例えば、能力、財産、学歴、社会的地位、美貌、資格・・・などさまざまです。ドゥーイングは見える部分ですので、一般に人はドゥーイングで評価します。これは別に悪いことではありません。ドゥーイングを磨いていくことは自分自身の励ましになりますし、ドゥーイングなしに社会生活を送ることはあり得ないでしょう。
 ただ、ドゥーイングを尺度にして自己評価していくと、「〜ができるから、〜を持っているから私は価値がある」と考え、また反対に「〜ができないから、〜を持っていないから私は価値が無い」と受けとめてしまい、ドゥーイングに振り回されて自分自身を見失ってしまうことがあります。
 人とのコミュニケーションについて考えると、確かに吃音はマイナスです。だからといって私というビーイングの価値が下がるわけではありません。私のビーイングをいつも大切にして温めていくことによって、ドゥーイングに振り回されず、また健全にドゥーイングを育むことにもなります。
 
「吃音というドゥーイングに振り回されないで、自分を大切に」を心掛けたいものです。


プラスからプラスの生き方

 発明家のトマス・エジソンは、古い木造の小屋に自分の大切な研究文献などを保管していましたが、ある夜大火事となってしまいました。その時、彼は息子に「お母さんを呼んでおいで。お母さんは小さな町で育ったから、こんなすごい火事は見たことがないはずだ」と言ったというのです。
 また彼が電球の実験をしていた時です。フィラメントがすぐに焼き切れてしまい、すでに千回を越える試行錯誤をしていますと、ある人が「トマスさん、そんなに失敗しているのにまだ続けるつもりですか」と尋ねました。「これは失敗ではありません。使えない材料が一つずつわかってきているのです」と答えました。ついに日本からとりよせた竹を使って、世界初の電球を完成したのです。
 ないものに目をとめて嘆くよりも、今あるものを肯定し受けとめていくことは、プラスからプラスの生き方です。「この程度でしか話せない。ダメだ」ではなく、「こんなに話せるぞ、さらに楽にはなせるぞ」と受けとめていくとエネルギー切れになりません。



                           自 己 開 示

 こんなこと恥ずかしくてとてもとても人には言えないと思われることを、ことさら隠すことなくサラリと言えることを自己開示といいます。自分の失敗体験など人には言いたくないものですが、心の中で整理されてこだわりがなくなってくると、「こんなことしちゃってね・・・」「あの時の気持はね・・・」と自己開示できるようになります。
 吃音であることを受けとめ、必要とあれば「私はちょっとどもりますので・・・」と言えることも自己開示です。このような姿勢は自分を楽にしますが、なかなか簡単にはできないものです。
 私が吃音がひどかった時、「どもりは治る」とか書いてある本を買うことができませんでした。「どもる」イコール「自分」と感じ、どもりだと思われるのが恥ずかしいのでこのような本を手にしたくなかったのです。妙なこだわりの心理です。
 吃音を隠そうとすればする程マイナスの心理が働いてしまうものです。自分の吃音であることを受けとめ、改善に向けていく過程で、「私はちょっとどもりますので・・・」と開き直れることは前向きな自己開示だと思います。



                            星に願いを

 よく「流れ星を見たとき願い事をすれば叶えられる」といいます。それにはちゃんと理由があるのです。「○○大学に合格できますように!」と言える人はいつも大学受験のことを考えて一生懸命勉強していることでしょう。「○○さんと結婚できますよう!」まあ、これだけの熱意があれば相手も納得するに違いありません。要するに、流れ星を見る一瞬にはっきり願えるほどいつも考えているので、実現する可能性がとても高いのです。
 それでは「どもりが治りますように!」と流れ星を見た瞬間に願うのはどうかといいますと、ちょっと条件があるようです。それは改善に向けてのちょっとした日頃の意識と習慣付けをコツコツ積み重ねているかどうかです。でないと、「あのお月様が欲しいー」と泣いている女の子と一緒になってしまいます。



                            つきあい上手

 自分の周りでどうもつき合いにくいなと思う人がいるなら、自分の中にあるイヤだと思っているものを相手も持っていたりして、気持が引き出されていることがあるようです。
 ケチな自分を認めたくないと思っているところに、他の人がケチなことをしていると「あの人はなんてケチなんでしょう」とつい非難したくなるようなことと同じです。
 もしこんな時イライラしたらどうすればいいかというと、先ず、自分のケチを隠そうとしないで素直に認めること。そして相手との距離を保っていくことが一番です。そうすると振り回されなくなるものです。
 吃音とのつき合い方も、友達になれれば一番いいですが、そこまでいかなくても、自分が吃音であることを認めつつ、距離を保ってあまり意識の中に入れないでいく・・・こんな具合がいいようです。


                                  工夫はいろいろ

 私が高校生のとき、扇谷正造さんが学校で講演をしてくださいました。ご存知のように「週刊朝日」の元編集長で、マスコミ評論、また講演ではスピーチの名手ですが、その彼の若い時はひどい吃音だったそうです。
 彼は「ヤ行」が不得手でした。たとえば「安田くん」の「ヤ」が言えない。彼の克服法は、心の中で(アイウエオ、カキクケコ・・・)と唱えて、マミムメモまでくると、そこから続けて「(・・モ)ヤスダくん」と続けるのです。これを何度も繰り返していくうちに、いつとは知らず発語不安がなくなっていったとのことです。工夫の仕方は人それぞれです。


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 今井和彦さんの吃音体験談 

  今井和彦さんは吃音に苦しんだご経験をお持ちで、クリスチャン実業家として活躍しておられます。また、「さわやかカウンセリング」の良きアドバイザーでもあられます。ここに今井さんの体験談と人生観をご紹介いたします。

今井和彦さん

           

 今井和彦さんのプロフィール

      ■1958年9月19日生れ(49歳)
      ■株式会社カスタムエージェント代表取締役社長(創業者)
      ■不動産・建築で山形県内10店舗目標。現在5店舗目を山形市に準備中。
       年商10億円。社員数20名。株式店舗公開企業を目指し躍進中。
      ■カスタムハウジングF.C.東北ブロック長
      ■琵琶湖アイアンマントライアスロン完走。(水泳3.9キロ、自転車180.2キロ、
        マラソン42.195キロ) ベストタイム10時間29分28秒。
      ■好きな言葉:絶望を感じないところに本当の優しさはない。
                (宮城教育大学元学長 林竹二先生)

              

どもり(魔物)との戦い (その1)

 私は物心がついた頃からどもりだったようです。神経質な母親に原因があったように思います。小学校の低学年の頃から、自分の名前が言えず、「ハイ」という返事さえ出来ませんでした。かなり重症であったと思います。本を声を出して読むことが出来ず、先生に怒られて廊下に立たされたこともありました。「どもりの今井!」とバカにされて、その相手とケンカしたことの言い訳が先生に出来ず、悔しい思いもしました。
 
 中学校では、卓球部の部長になりましたが、月曜日に大会の成績報告を朝礼で全校生徒の前でしなければなりませんでした。中学時代は、自分が嫌でしかたがありませんでした。そのため自分の殻に閉じこもっていて、「暗闇の牛」というあだ名をつけられていました。
 高校は、一生懸命に勉強をして酒田東高校(進学校)に入りましたが、卓球部の部活動以外に楽しいことは何一つありませんでした。今思い出してもぞっとしますが、一歩間違えれば犯罪を犯していたかも知れません。
 学校へは行ったり休んだりで最下位で卒業しました。その時の校長、平田亨先生から助けていただいたと思っています。
 
 高校卒業後就職しましたが、面接の時「あなたは、少しどもりますね」と言われました。小林信治部長に採用していただきましたが、今でもこんな私を採用していただいたことを感謝しています。電話が出来ず、会社名を「第一スミハンです」と言うことが出来ませんでしたし、電話が怖くてしかたがありませんでした。「なんでこんなことで、この俺は苦しまなければならないんだ!」と両親の前で食ってかかったこともありました。
 そして、24歳の時、死ぬことを覚悟しました。    


どもり(魔物)との戦い (その2)

 高校を出て、大学受験に失敗して一年間東京の予備校に入ることにしました。何となく早稲田大学の文学部演劇科に行きたかったので、予備校は高田馬場にあります早稲田学院を選びました。それで、杉並区の上井草にある予備校生のための下宿寮「大沼荘」で暮らすことになりました。
 寮のご主人が山形県出身ということでしたが、”どもり”と”なまり”でなかなか生活に馴染めませんでした。西武新宿線で切符を買うのに声が出なくて(当時は全てが自動改札機ではなかった)落ち込んでいました。五月病にかかってしまい、寂しくてしかたがありませんでした。ひとり下宿の部屋で泣いていたこともありました。
 
 そんな状態だった時に、池袋の映画館テアトルダイヤ(地下にある)で、ジェームズ・ディーン主演の映画「エデンの東」「理由なき反抗」を見ました。オールナイトで、後ろの方で立って見ていたのですが、感動するとともに、とても切なくなってしまいました。ジェームズ・ディーンが演じる主役の”キャル”は自分自身であると思ったからです。映画館を出る時には、さながらジェームズ・ディーンのごとく、始発電車で朝帰りをしました。とてもさわやかな朝でした。
 それからと言うもの、すべてをジェームズ・ディーンのようにしたくて仕方がありませんでした。さっそく床屋に行ってオールバックの髪型にしてもらいました。白のTシャツ、青のジーパン、赤のジャケットを買い込み、「理由なき反抗」の主役になり切りました。彼の好きな作家が、フランス文学者のジャン・ジュネ「泥棒日記」だと知ると、さっそく買ってきて読みました。ディーンの好きな俳優は、マーロン・ブランドだったので、「欲望という名の電車」という映画も見ました。
 ディーンの伝記映画「青春よ永遠に」の中で、作曲家であり親友のレナード・ローゼンマンが彼のことで、こんなことを言っていました。
 「『君は本読みに何か困難なことでもあるのかい?』(彼は指でなぞるようにしてボソボソと読んでいてなかなか前に進まなかったので、そう思ったとのことでした。)と尋ねると、ジミー(ディーン)はひどく怒りました。しかし結局彼はそのことを認めました。私が思うに、彼はよくアドリブを使って演じていたのですが、それは私の推測ですが、台本をその通りに読むことができなかったので、自分のアドリブで演じていたのかも知れません」
 それで、私はますますジェームズ・ディーンが好きになりました。
 
 「エデンの東」の中で、2階の倉庫から氷を下にぶん投げる悪事を働き、父親から聖書を読まされるシーンがあります。その個所を見つけ出しました。旧約聖書、詩篇第32編6.7節「大水の押し寄せる悩みの時にも、その身に及ぶことはない。あなたはわたしの隠れ場であって、わたしを守って悩みを免れさせ、救いをもってわたしを囲まれる」。
 原作者ジョン・スタインベックの「エデンの東」を読み、ごく自然に聖書と親しむようになっていました。自分の「どもりという苦しみの実体験」を通して、聖書の言葉がだんだんと自分のものとなってきていました。
 
 神田神保町の古本屋で昭和30〜31年の映画雑誌「映画の友」で、ジェームズ・ディーンの載っているものはすべて買いあさりました。当時の編集長は淀川長冶さん(日曜映画劇場の解説者)でした。そこで彼の3つのモットーを知ることとなりました。


 1.Welcome trouble! (困難よいらっしゃい!)
 2.Welcome stranger!(知らない人よ、大歓迎!)
 3.I have never met the man I didin't like!
   (私は嫌いな人に出会ったことがない!)
 私はジェームズ・ディーンを通して、少しずつ変ってきていました。

                                        
どもり(魔物)との戦い (その3)

 
ちょうど20年前の1982年9月30日、その日に死のうと考えていました。ジェームズ・ディーンは、1955年9月30日に交通事故で死んだので、自分も24才で死ぬものだと決めていました。ジミー・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンがそうだったように。
 第一スミハンは9月30日付けで辞めることにしていました。辞める一ヶ月前は、会社の倉庫で毎日こっそり新約聖書を読んでいました。「どもり」でとても苦しんでいましたので、聖書の一つ一つの言葉がとても身にしみ、励まされました。

 「こころの貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。」
                           マタイによる福音書5章3節

 聖書を読むうちに、自分は元気を出して、生きなければならないと思いました。
 「淀川長治さんは晩年自分が死ぬことを考えて、他人に迷惑をかけないようにと、自分の最期の死に場所を考えたそうです」と、永六輔さんはおっしゃっていました。本田宗一郎さんは、自分の葬儀のために車の渋滞を起こしてはならないと、社葬をやらなかったそうです。
 人間は何のために生きるのか。私は、究極は死ぬために生きるのだと思います。ですから、より良い死を迎えるために生きなければならないのだと思います。そして死んでからも生き続けられるとしたら、その人は本望だと思います。
 永六輔さんは、障害を持っている人は、人生の先輩であるとおっしゃっていました。誰だって年を取ってくれば、自由がきかなくなってくるのですから。私は今でも、酒を飲んだ時や、体調が悪い時、また緊張した時は声が出にくくなります。しかし、私はこの事を全然苦に思っていません。それどころか、それを私の持ち味、切り札だと思っています。
 私は24歳の時に一度死に、そして25歳から(9月19日生まれ)新しく生まれ変ったと思っています。

 会社を辞めて、農業を始めました。タバコを止めて、マラソンを始めました。宅地建物取引主任者の勉強を始めました。そして、人生5ヵ年計画を立てました。

◎第1期(25〜29歳)
・農業をやりながら、宅地建物取引主任者、2級建築士、行政書士の資格を習得する。
・酒田市青年センター英語教室の指導員をする。
・酒田市長選挙で、新人候補者の青年部長をする。
・酒田トライアスロンおしんレースを企画・立案し、事務局長をする。
・「愛・平和・未来・子供たち」(秋山ちえ子、井深大、永六輔、青木進々)酒田展を企画・立案し、事務局長をする。

◎第2期(30〜34歳)
・父親と意見が合わず、農業を止める。
・守屋久美子さんと結婚をする。
・ジャパン・スーパーデュアスロンin庄内を企画・立案し、事務局長をする。
・いろんな活動を一旦清算し、トライアスロンの練習に没頭する。
・琵琶湖アイアンマン(水泳3.9キロ、自転車180.2キロ、マラソン42.195キロ)で、ベストタイム10時間29分28秒を出し、ハワイ鉄人レースを11時間11分4秒で完走する。
・酒田地区車庫証明センター理事長となる。

◎第3期(35〜39歳)
・(株)ジーエイジェントを設立し、学習塾と不動産業を始める。
・会社経営を本格的に始め、自宅から現在地に所在地を移す。
・不動産フランチャイズ、住通チェーンに加盟し、全国大会で営業成績第4位となる。

◎第4期(40〜44歳、現在43歳)
・県内10店舗の目標を掲げ、鶴岡店、米沢店、イオン三川情報プラザ、山形店を出す。
・県内一流企業を目指し、社名を(株)カスタムエージェントに変え、建築業に参入する。

◎第5期(45〜49歳)
・県内10店舗直営店ノウハウを確立し、全国にフランチャイズ展開を始める。
・株式店頭公開企業を目指し、横浜に移り住む。

◎第6期(50〜54歳)
・売り上げ100億円を達成し、日本の不動産業界を変える。
・韓国、中国、東南アジアに進出する。

◎第7期(55〜59歳)
・ニュージーランドに移り住む。

 私の夢は100倍です。
 「御言(みことば)を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである。」
                                                   マルコによる福音書4章20節
                                     
                                                                   

                    神様に愛された5年間   (2005年9月26日 追加 )  

 5年前(2000年)の9月中旬に妻と1歳の息子、洋と3人で山形県米沢市に移住してまいりました。 当社米沢店を10月1日にオープンさせるために、社長である小生自らが米沢支店の勤務をかねるという通常では考えられない動きでした。 身の程を知らないとは、まさにこのことであったと思います。
 その年の12月、妻と二人で田中信生先生の講演会を米沢で初めて聞かせていただきました。 神様の大いなる恵みでした。 この日以来、妻は毎週教会に通わせていただいております。

 3年前の1月、ニュージーランドへの旅で、田中信生先生とご一緒させていただき、2月に妻と一緒に洗礼を受けさせていただきました。 神様の大いなる恵みでした。 その年の5月には山形市に引越すことができました。 銀行融資が難しいと思われたのですが、神様の援助でマンションを買うことができました。 この5年間、何度も厳しい状況がありましたが、その度ごとに神様に助けていただきました。 神様の大いなる恵みにただただ感謝です。 艱難、試練を通して神様に信仰を強めていただきました。
 社長が本社(山形県酒田市)に在籍しないこの5年間で会社は大きく成長し、5年計画の目標はほぼ達成しました。 社長をさせていただいてただただ感謝です。
 
 それで今度、11月4日付けで本社に戻ることにしました。 新たな5ヵ年計画への挑戦です。 本部体制を強化し、不動産・建築のフランチャイズで全国展開を考えています。 株式上場を視野に入れたいと考えています。
 
 息子の洋は来春小学校ですが、宮城県丸森町の啓明小学校に入れたいと思っています。 洋に将来何になりたいと聞くと「牧師になりたい!米沢興譲教会の牧師になりたい!」と言っていますので、伝道師を育てる学校を選びました。 来春までにマイホームを新築したいと考えています。 信仰を持って、イエス様と共に歩む人生は何とすばらしいでしょう。 「ハレルヤ」です。
 これから神様の良き証し人として、日々励んでいきたいと思っています。

 「主は彼に言われた。 『だれが人に口を授けたのか。話せず、聞えず、また、見え、見えなくする者はだれか。 主なるわたしではないか。 それゆえ行きなさい。 わたしはあなたの口と共にあって、あなたの言うべきことを教えるであろう。』」
                                                           (出エジプト記 4:11、12)
 
 かつては吃音で人前で話をすることも電話をすることも出来なかった小生を、神様は選んでくれました。 イスラエルの民を救い出したモーゼのごとく、小生はやまと民族を導く伝道師になりたいと思っています。
                                                                         (完)

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