つた
さわやか吃音(どもり)カウンセリング
 電話カウンセリング&レッスン体験談
50歳〜

     「さわやかカウンセリング」の電話でのレッスンは、北は北海道から南は九州、沖縄県までの全国、そして海外
      (アメリカ,、ニュージーランド、アイルランド、オーストリア)の皆様とさせていただいています。
       このページでは
50歳以上の方々の体験談をご紹介いたします。


CONTENTS

Aさん (愛媛県在住 55歳 公務員 男性)
「大勢の人々の前で笑顔で余裕をもって話すことを目指して、とにかくこれからも前向きに
取り組んでいきたいと思っています。」
                           (2008年8月14日)
Sさん (三重県在住 50歳 公務員 男性)
「何度もカウンセリングを受けながら、何回も自分で苦労しながら、安定して言える感覚を
つかもうとしています。」
                                   (2008年5月23日)
Aさん (福島県在住 51歳 会社経営 男性)
「以前あった電話での重圧は半減もしくは、ほとんどなくなったと思います。」    (2007年12月3日)
Aさん (大分県在住 58歳 会社員(スーパー店長) 男性)
「全ての商品をスムーズに店内放送できるようになりました。」
          (2007年10月21日)
Tさん (大分県在住 55歳 会社経営 男性)
「希望の光は見えていますので、あぜらずに進みます。              (2007年8月19日)
Kさん (愛媛県在住 51歳 会社員・主婦)
「気持が本当に楽になりました。」                         (2007年6月24日)
Sさん (滋賀県在住 67歳 会社嘱託 男性)
「言葉は夢、言葉は希望、事葉は力。人生いよいよ楽しくなってきそうだ。
      (2007年1月2日)
Mさん (香川県在住 50歳 自営業 男性)
「人生の宿題を仕上げる。」                             (2006年8月7日)
Kさん (東京都在住 54歳 自営業 男性)
「今思っていること」                                (2005年5月10日)
Oさん (東京都在住 52歳 主婦(在宅業務))
「いやな記憶が多く失ったものも多い人生でしたが、このまま終わるのもいやなので
努力して克服したいと思っております。」
                     (2005年4月20日)
Iさん (長崎県在住 52歳 会社経営 男性)
「これまでの自分と違うものを感じています。」                   (2004年7月18日)
Mさん (広島県在住 51歳 公務員 男性)
「確実に発語できるという実感を得て。」                      (2004年1月1日)
Uさん (東京都在住 51歳 会社員 男性)
「毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持となります。」            (2003年12月8日)
Tさん (広島県在住 56歳 公務員 男性)
「さわやかカウンセリングと出会って」                      (2003年7月12日)
Kさん (東京都在住 51歳 会社員 男性)
「ここまでこられたことが嬉しいし、これからの進歩が楽しみだ。」         (2002年12月7日)
Kさん (北海道在住 50歳 病院勤務 女性)
「諦めなくて良かったと痛感しています。」                    (2002年11月26日)

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 Aさん (愛媛県在住 55歳 公務員 男性)  
 

    「大勢の人々の前で笑顔で余裕をもって話すことを目指して、とにかくこれからも前向きに取り組んでいきたいと
     思っています。」

 私が吃音を意識したのは、小学校の高学年になった頃からで、もともとおとなしく、人見知りのする性格の影響もあったのかもしれません。ただ、6年生のとき、当時の担任の先生から吃音矯正教室のようなものを紹介され、しばらく通ううち、その教室が合っていたのか、一時期、ある程度自信をもって人前でしゃべったり、授業で発表できるようになり喜んでおりました。
 ところが、中学生になって思春期を迎える頃になると、言葉が再びつまり気味になり、人前で朗読したり、自己紹介や発表をするのが非常に苦痛になってきました。

 その後、高校・大学・社会人と吃音意識を持ちつつそれなりになんとか過ごしておりましたが、50歳代半ばを迎え、人前で話をする機会がふえてきました。しかし結婚式などで大勢の前で話をすると、すごく緊張してまともに話ができなくなったり、電話で自分の名前を言うことがつまり気味となり、このままではいけないと思うようになり、大阪まで行って「話し方教室」を受講したりもしました。
 ただ、その講座も2日コースといった一時的なものであり、もう少し普段から継続的に受講できるものはないかと探していたところ、「さわやかカウンセリング」のHPをインターネットで見つけ申し込むことにしました。

 今年1月からレッスンを受け始めて7ヶ月ほどが経ちます。まだ、江田先生の言われる「安定した発語感覚」を取得したとは言えませんが、先生から様々なアドバイスを受ける中で、自分なりに感じていることがありますので、ここで紹介させていただきます。

1 腹式呼吸について。
  後で振り返ってみると、緊張した状態での話し方では、肩で呼吸をしていて言葉も途切れがちになっていることに気づきます。レッスンなどでやってみて、朗読するときは、腹式呼吸は特に有効な気がします。

2 肩の力を抜いてリラックスすること。
  結婚式など、大勢の人の前で話をするとき、肩に力が入り、体が堅くなってよけいに緊張して話ができなくなっている状況を感じることがあります。4月から毎週スポーツクラブにも通い、もともと柔軟性に欠ける体をストレッチ体操などを行い柔らかくするよう心がけることにより、メタボ対策に役立つし、話をする上でもよい影響が出るものと思っております。

3 ゆっくりと伸ばすような感覚で、安定した発語感覚を身につけること。
 ホームページでは、息継ぎ、伸ばす、つなげることが紹介されていますが、先生から自分で調整しながら話す感覚を身につけることが大切とアドバイスをいただいておりますので、頭で理解するだけでなく、ゆっくり話すことを心がけることから、自分にあった話し方の調整方法を身につけたいと思います。

4 話す機会を大切にすること。
 50歳も半ばの歳になると、大勢の人の前で話す機会が増えてきますが、話をする前に、できるだけ原稿を作成するなりして事前に準備をしておくと、少しは安心してしゃべることができると思います。
 大勢の人の前で話をすることから逃げずに、普段の訓練の機会ととらえ、むしろ積極的に機会を活用したいと考えています


 終わりに。
 安定した発語感覚で、大勢の人の前でもあがらずに話すことはそう簡単ではありませんが、前向きに取組んでいけば何とかなるのでは思いつつ、これからもレッスンを受けつつ、積極的に話す機会をつくって行きたいと考えています。
 電話も時々、意識しすぎて自分の氏名がすんなり出てこなかつたり、大勢の人の前で話すときも単に話すことに汲々(きゅうきゅう)としていて、まだまだの感はありますが、笑顔で余裕をもって話すことを目指して、とにかくこれからも前向きに取り組んでいきたいと思っています。
                  
                                 (2008年8月14日)

※江田よりのコメント:
 さわやかカウンセリングは、受講生の良き話し方の習慣作りのお手伝いをさせていただくという観点から、受講生の主体性を重視してい
ます。
 Aさんがご自分で良き話し方感覚を工夫している姿勢はまさにそのお手本といえます。ご自分なりの発語感覚を育んでいってください。

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 Sさん (三重県在住 50歳 公務員 男性)  
 

   「何度もカウンセリングを受けながら、何回も自分で苦労しながら、安定して言える感覚をつかもうとしています。

 突然、特定の言葉が出なくなる!電話で課名が言えない!自己紹介でうまく名前が言えない!こんな悩みを抱えている方いませんか?

 昨年の12月に突然そんなことに襲われました。私は昔、どもりでした。でも、年月とともに気にならないようになっていたのですが、突然、自分の課名と名前がスムーズに言えなくなったのです。前からそのような兆候はあったのですが、特に意識するようになり、ますます悪化したのでした。

 自分にとって言いにくい言葉ってありますよね。私にとっては「カ行、タ行」とかですが・・・。電話の向こうでは、「きっと笑っている!」「何回も相手から、もしもしが響いて返ってくる」「でも、言葉が出ない」。普通のことが、普通にできない、このもどかしさ。情けないやら、悲しいやら。周りの人達は、こんなことで悩むことはないのに!自分だけが、どうしてこんなに苦しまなくてはいけないのか。どんどん追い込まれてしまいました。仕事に集中できず、電話が怖い日々が続きました。

 年が明け、藁をもつかむ気持ちで、インターネットで探しました。精神的に限界に達していた時です。「さわやかカウンセリング」が、まず目にとまりました。体験談を読むうちに、自分と同じような方々が大勢いることが分かり、割り切れました。
 
 そして、レッスンを受け、半年が過ぎようとしています。すぐに、結果は出ません。そんな簡単に治るなら苦労はしません。何度もカウンセリングを受けながら、何回も自分で苦労しながら、安定して言える感覚をつかもうとしています。まだ、チャレンジ中です。

 まだまだ、安定しているわけではありませんが、随分と改善してきている気がします。ちょっとしたことで、よくなることがあるのです。やはり最後は、自分でつかまなくてはなりません。私は日常、早口になりがちですので、伸ばしながらゆっくりと話すことがポイントかなと思っています。

 このカウンセリングを通して、更に安定した発語感覚をつかんでいきたいです。これからも人前で話すことや、電話に出ることが多いため、継続してレッスンを受けていこうと思います。
                                                
(2008年5月23日)

※江田よりのコメント:
 Sさんは過去の吃音意識が再浮上してきたため、電話応対に支障が出てきました。日常の会話はよどみなく話されるのですが、ことばがひっかかる感覚は根強くあったようです。
 
 吃音意識を否定せず、そのまま肯定的に受け止めながら、自分の内面の安定発語感覚をあくまで“育てていく”姿勢を持ち続けていくことが改善の道だと思います。


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 Aさん (福島県在住 51歳 会社経営 男性)  
 

              以前あった電話での重圧は半減もしくは、ほとんどなくなったと思います。
  
 私が言葉がひっかかるようなったのは、小学校の低学年の頃でした。近所に住んでいた吃音の人の真似をしたせいか、親が厳しく怖かったせいなのか、その理由はわかりません。但し、当の本人は全く気にすることもなく、自分から進んで手を挙げ、劇などでは主役を好み、目立つことが好きな性格でした。
 それは、中学、高校、そして大学に進んでも同様で、年齢とともに少し恥ずかしかり屋な面は出てきましたが、引っ込み思案なタイプではなく、サークルの発表会では司会進行を引き受ける程でした。実際、すらすらとそつなくこなし、臆することはありませんでした。
 ただ日常の会話、電話とかで少しつっかることがある、そんな程度だったと思います。ですから、話すことの劣等感を持つこともなく、社会に出て、35歳頃までそのまま過ごしたと思います。

 ところが40歳を過ぎて徐々にだと思いますが、吃音する傾向が強くなってきました。次第に人前で発言することをためらうようになり、電話をする場合もおっくうになってきました。しかし、それでも結婚式のスピーチ、更には選挙の応援演説等も頼まれ、引き受けていました。

 その後、今の会社の経営者となりましたが、環境のせいなのか、年齢のせいなのか、吃音傾向・吃音意識は以前に増して強くなったような気がします。会社の経営者となって、より緊張する場面と人に遭遇することが多くなりました。それに伴い、自分自身、人前で話すことに大きな重圧を受けるようになってきました。自ら手を挙げて発言するようなことは少なくなりました。

 出来れば改善したい。何か良い方法はないか・・・。インターネットであちこち探しました。

 そんな時、さわやかカウンセリングのホームページに出会いました。電話だけのレッスンで大丈夫 なんだろうかと思いましたが、ホームページから申し込んで数ヵ月後、意を決して電話をし、ようやくレッスンが始まりました。

 電話でのレッスンを受けて7ヶ月が経ちますが、今、私はこう考えています。
 色々な自分がいる。吃音する自分はまぎれもない自分。しかし、レッスン中は全く普通に話せる、そんな自分もいる。ゆるやかに、のびやかに話す自分を育てていく。それを大きく育てていくことが吃音を解決していく。それを身体にしみこませて、習慣化していくことで、別の自分を確立していくことが出来る・・・。

 最近変化は出てきています。電話とか日常の会話のなかで、早くてちょっとつまずくなと感じた場合、レッスン中の言葉のリズムが思い起こされ、軌道修正できるようになって来たような気がします。以前あった電話での重圧は半減もしくは、ほとんどなくなったと思います。更なる課題は人前で話すことです。先生のご指導のとおり、緊張する場面で話すことを自ら積極的に経験していかなくてはと思っています。

 まだまだ道半ばです。ゆるやかに、のびやかに話すことを習慣付け、新たな自分づくりを行っていきたい。今までもそうでしたが、これから仕事でもプライベートでも色々な話す場面に遭遇します。避けることはできません。決して臆することなく、逆に人前で話すことに喜びを感じられる、そんな自分を育てることが出来たらと思っています。

 自分にもっと幅を持たせたい。何処まで出来るかわかりませんが、自分自身を高めていきたいと思っています。

                                                            (2007年12月3日)

※江田よりのコメント:
 Aさんの話し方は申し分なくとてもきれいです。よもや話すことで不自由を感じていることなど、私を含めて誰も思えないでしょう。けれど、仕事の立場上、多くの人の前で話すことが多いAさんにとっては吃音意識は大きな問題です。自分の内に潜んでいる吃音意識と向き合いながら話し方を高めていく必要が生じてきます。

 会社経営者としての立場をフルに活用して、人前で話すことに喜びを感じられる本来の自分を育ててください。



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 Aさん (大分県在住 58歳 会社員(スーパー店長) 男性)  
 

               全ての商品をスムーズに店内放送できるようになりました。
  
 私は58歳のサラリーマンです。吃音を意識しだしたのは、小学三年生の頃からです。ですから、約50年間、吃音意識がいつも頭の片隅にあり、吃音さえなければもっと違った人生が・・・と、よく思いました。吃音の原因は、5〜6歳の頃、近所の吃音の子のマネをよくしたそうです。

 現在、日頃の会話等では、殆ど吃音は出ない(無意識に言いやすい言葉に代えているので)ので、自己紹介などで言葉が出ないで間が空いたりすると、親しい友人等は、どうしたの?という顔をする程度です。そのくらい日常の生活では不便はないし、周囲の人も私の吃音に気がついていません。
 ただ、私の苗字は「あおやま」(本当は違いますが、非常によく似た名前なので仮に「あおやま」とします)といい、母音で始まります。電話をかけるとき、自己紹介のとき、名刺交換のとき、歯医者等の受付で自分の名前「あおやま」の「あ」が出てこないときがあります。これさえなければ、私の吃音意識はもう少し軽かったかも知れないと思ったりもしました。

 そんな私が、江田先生のこの「さわやかカウンセリング」を受講するようになったのは、今年の4月に勤務先の会社で大きな組織替えがあり、これからは最も苦手な「自己紹介」があるだろうことを私なりに感じたからです。これまで長い間、私の吃音を知らない人までにも知られてしまう、という強い恐怖心に駆られました。
 
 そのような時、私の最も嫌いな言葉、「吃音」「どもり」をインターネットで検索しました。今から何十年か前、東京の大学に在籍の時、人目を避ける様にして池袋の吃音矯正所に何度か通いましたが、心が傷ついただけで改善されませんでした。ですから、インターネットで検索している時も、正直あまり当てにしていませんでしたが、あちこち見ていましたところ、この「さわやかカウンセリング」のホームページに目が留まりました。

 その中の「さわやかワンポイント・レッスン」に江田先生ご自身の声で、「安定した話し方の三要素 - 息継ぎ、伸ばす、つなげる」を録音している箇所があり、それを聞いて「これなら」と思い、費用も比較的安かったので受講することにしました。

 受講2回目のとき、店長会議で自己紹介がありました。結果は駄目でした。その日は立ち上がれないほどの屈辱感を味わい、「やっぱり、だめか・・・」と思いました。次回の受講で江田先生にその事を告げると、「良い経験をしましたね」というようなお話をされたと記憶しています。私としてはその様な経験は二度としたくなかったのですが・・・。

 今年の4月からレッスンを始めて、今まで15回のレッスンを受けています。おかげさまで、今ではお得意先に電話をかけるとき「○○商事、○○店のあ〜おやまです。」と100%言えるようになりました。受けるときは今までは名前を言わずに「○○商事、○○店です」で済ませていましたが、「ありがとうございます。○○商事○○店のあおやまです」と言えるようになりました。近くに人がいる時は、たまに「ありがとう」を抜かしますが、今までのようにいちいち気にしないで自然にことばを繋げています。

 また、私はスーパーマーケットに勤務していますので、毎日チラシの商品を店内放送しなければなりません。幸い、誰もいない時に録音するので、今までも比較的、楽でしたが、それでもチラシを見ながら発語不安のありそうな商品は読まなかったり、「青森産のふじりんご」のように私にとって苦手な「あ」で始まる「あおもり」を省いて読んでいました。それがカウンセリングの回を重ねるに従い、少しずつですが「伸ばし感覚」も身に付き出し、全ての商品をスムーズに店内放送できるようになりました。
 この放送も録音ではなく、リアルタイムで出来るかとなると、今のところまだ不安がありますが、とにかくこのカウンセリングを通じて「私にあった正しい話法」を身につけていこうと思っています。

 58歳になって今更・・・と思った時もありますが、「吃音」「どもり」という言葉は、この半世紀近く私に付きまとった一番いやなことばです。ですから、江田先生との出会いで是非ともこのやっかいな「吃音」を私なりに克服?「おさらば」したいのが本音です。
                                                           (2007年10月21日)

※江田よりのコメント:
 50年間の長きに渡る吃音意識とは「おさらば」したいものですが、これを取り去ろうと思えば思うほどまとわりついてくるものです。吃音意識は自然な感情ですので、それはそのままOKとしつつ、より安定した発語感覚を育てていくことが大切です。

 私はAさんより一足先に経験を通して調節感覚を身につけてきましたので、Aさんの一番いやな「吃音」「どもり」とはきれいさっぱり「おさらば」しちゃいました。(笑) 私の後を辿りつつあるAさんも、私と同じように話し方の調節感覚をこれからもさらにしっかりと身につけていかれることでしょう。


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 Tさん (大分県在住 55歳 会社経営 男性)  
 

                希望の光は見えていますので、あせらずに進みます。
  
 私は昭和27年4月生まれの55歳です。福岡生まれで、小学校入学3ヶ月くらい前に現住所の大分市に移ってきました。小学校入学時の不安な気持ちを今でも思い出します。
 
 吃音のきっかけは、小学校4、5年の社会科の授業で大分県内の地域の暗記の発表のときに、最初はうまく言っていたのが途中から突然、玖珠郡(くすぐん)という言葉が出なくなりました。後が言えずにその場は暗記していないということで終わりました。この頃に今の江田先生と知り合っていれば(江田先生もこのときは吃音真っ最中だったみたいですが・・・)人生が変わっていたかも知れません。

 吃音者であるがための経験も、語り尽くせないほどあります。国語の音読の順番待ち、駅での切符買い、レストランでの注文、自己紹介、電話をかけることなど自分の名前が言えないのだからとんでもないこと・・・等々きりがありません。

 中学生のときに、福岡の吃音矯正所に行った憶えがありますが、全然効果がありませんでした。それから40代のときに、東京の吃音矯正所に4、5回行きました。吃音は良くはならなかったけれども、腹式呼吸により呼吸の重心の位置が胸から腹に下がり、体の調子が良くなりました。森田療法の本も少し読みました。

 父が小さな建設会社を営んでいたので、工業高校に行きました。高校3年生のとき父が胃癌で亡くなりました。卒業してすぐに入社して働いていましたが、2、3年後倒産しました。そしてすぐに今の会社を共同経営で始めて、平成11年に社長に就任して現在に至っています。

 話すことが辛くて何度も会社を辞めようと思いました。私の最大の敵は発語予期不安でした。発語予期不安がなければ上手に話せると思っていました。しかし、取り除こうとすればするほどそれは強くなります。

 「さわやかカウンセリング」のレッスンを始めたのが平成15年4月ですが、この4年と半年の間でさまざまなことを学びました。
 それらの中で、感情は意のままにならず、発語予期不安があっても今、自分がやらなければならないことをためらわずにやっていくことを学びました。今、自分がやらなければならないことは、適切な「息継ぎ」「伸ばす」「つなげる」を習慣化していくことと思っています。習慣化しないと、発語予期不安に負けてしまいそうです。会社の経営も吃音の改善と同様で、今やらなければならないことをためらわずにやっていくことです。

 私の吃音の長い旅は45年も続いていますが、改善の意欲がある限り続きます。希望の光は見えていますので、あせらずに進みます。大勢の人々の前でスピーチをすることを目標に励んでいきます。
 
 江田先生と知り合えて本当に感謝しています。今は人生前向き、肯定的に生きています。
                                                           (2007年8月19日)

※江田よりのコメント:
 「さわやかカウンセリング」は2002年の4月にスタートしましたが、今までに700名以上の方々と電話でのレッスンをさせていただいています。この仕事をさせていただいて嬉しいことは、私の吃音体験がこのような形で皆様のお役に立っていること、そして多くの方々との出会いです。吃音経験者でなければわからない心の接点を持ちながら、実際的に話し方を高めていくことを共有できることは大きな喜びです。

 私もTさんと同じ昭和27年(5月)生まれの55歳。同じように人生前向き、肯定的に生きていきます。


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 Kさん (愛媛県在住 51歳 会社員・主婦)  
 

                     気持ちが本当に楽になりました。
 
 
私が吃音を意識しだしたのは、小学校の3年生位だったと思います。もともと恥ずかしがりやでおとなしく人前が苦手で、今思うとプライドが高く失敗を恐れていたように思います。
 小学校での楽しい記憶はなく、親も私の吃音に気付いていたと思いますが、その内治るだろうと思っていた様です。

 しかしそのような状態で中学生になり、辛さは倍増していきました。本当に情けない自分に腹が立ち、本を読んだり決まった言葉を言う以外は、何とか言い換えなどで切り抜けていました。音読した記憶はありません。最初の言葉がでないのです。学校生活が嫌いになり、楽しくないことは悲しいことです。
 中学2年の夏休みに、先生の紹介で吃音の矯正教室へ行きました。そこへ行くとみんな一緒なので、安心して音読もできました。そういう状態なので進学したい高校も諦め、仕事をしながら定時制に通う事にしました。

 実際に仕事をしてみると、学校よりも仕事をすることが、吃音を意識する者にとってどんなに大変か思い知らされました。学校は逃げることができても仕事からは逃げれません。逃げることは辞める事を覚悟しないといけないと言うものの、やっぱりダメだと辞めた事もありました。なるべく話さなくていい別の仕事を選んで、一生懸命働きました。

 職場では吃音で自分に出来ない事がある分、出来ることは真面目にやらねばという気持ちでした。
 店舗での商品を出す仕事をして6年位経った頃、レジへはどうかと言う話が出ました。当然私は断りました。とんでもない、できない・・・何回か断ったのですがあまりにも熱心に勧められるので、自分の吃音の事を話しました。店内放送は出来ないけど良いかどうかと聞きました。内心、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」も言えるかどうか不安でした。

 良い事、嫌な事いろいろありながら、このまま過ごしていくのだろうと思っていたら、何と今度は事務所に変わる事になったのです。これはどうにも出来ません、辞めようと思い、覚悟もしました。退職願も書きました。一番苦手な電話応対は避けられません。10日間は日常生活も差し支える位悩んで死んでいる状態でした。

 そんな中、2日間あった休みの日に考えました。「そうだよね、辞めてもいい。辞めてもいいけど、あとで絶対後悔だけはしない様に自分で出来る事は何でもやろう。」

 何かないかと「吃音克服法」で検索しました。いろいろ見ましたが、「さわやかカウンセリング」のHPの皆さんの体験談を読んで共感しました。私の言いたかった事、聞いてほしい事、今まで周りの人には理解してもらえないと思うことが全部載っている・・・私もカウンセリングを受けようと思いました。

 電話でのレッスン初日はドキドキして腹式呼吸もうまく出来ず、緊張しましたが、今まで吃音の事で誰かと話をするチャンスが全くなかった私にとって、先生からいろいろ説明を伺えて何だか少しほっとしました。音読したことがほとんどない私がレッスンで音読をして、録音された自分の声を聴いた時は嬉しかったです。(でも、自分の声がもっとキレイだといいのにな〜と思いました。)

 今の私にはゆっくりペースで話す事がいちばん必要だと思っています。身につけることは簡単ではありませんが、実践あるのみです。
 今まで、職場の電話の音にビクッとした私ですが、最近はゆっくり言おうと思いながら出ています。気持ちが本当に楽になりました。周りの人を見るとてきぱきと出来ていいなと思うことがありますが、みんなそれなりに悩みがあるのだと思います。
 
 話すことに多少は失敗してもそれを良しとして、そんな自分を認めていきたいです。何だか吃音に神経質になって一番厳しかったのは自分自身であったのかも知れないと思うこの頃です。
                                                            (2007年6月24日)

※江田よりのコメント:
 長年勤めてきた職場で、事務職に配置転換することになり辞表まで用意したKさんですが、今は試練を宝に変えて仕事に励んでおられます。

 「何だか吃音に神経質になって一番厳しかったのは自分自身であったのかも知れない」と思う今のKさんの心境は、自分の吃音を客観的に捉えられるようになってきたことの表れだと思います。


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 Sさん (滋賀県在住 67歳 会社嘱託 男性)  
 

              「言葉は夢、言葉は希望、言葉は力。人生いよいよ楽しくなってきそうだ。」

 “世の中で一つだけ私の思いをかなえてくれる神様がいたら、ただ一つだけお願いいたします。私の思いを、たくさんの人前で思い通りに話したい。そしていい話を聴いたと言われて心からの拍手をいっぱいあびたい。”

 私は昭和14年、1620gで生まれた。物心ついた時からどもりだったし、今思うとチヨット知恵も遅れていた。勉強も少し遅れた。中学校で国語の時間、何行かづつ「前の席から順に読んで」と先生の声。「また、来た」。もうこの時から胸がしめつけられる思いだ。順番がきた。そのころの教室はひとクラス52〜53名。どうでもなれ、と読みはじめると先生が「S君ゆっくり読んだら大丈夫だから」と中途半端になぐさめてくれる。少し気にしていた後ろの女の子が「クスッ」と笑った。チヨット色気も出てきた私にとって血の気が引く思いで、恥かしく、みじめで、悲しかった。私は許せなかった。休み時間つい手を出してしまった。

 夏休みに親戚のおじさんのすすめで吃音矯正教室へ通った。毎日、口の開き方の練習ばかりだったと思う。子供心に何か違うと思いやめた。勉強もテストもあまり良くない上にどもって話がまともに出来ないと本当にバカみたいに思われる。
 中3になっていつの間にか心掛けることがあった。『人の3倍』『人より3倍』・・・、何をするにも人の3倍努力しないと遅れてついていけないと、いつの間にかこれらのことばが自分の座右の銘となっていた。勉強、運動、私はがんばった。小、中通して学校で弱気にならなかった。いじめる人がいれば、鼻血の出るまで戦った。高校は工業高校に入学した。母の親心から機械、電気系を学ばせれば人とあまり口をきかずにすむだろうと思ったらしい。
 私は、電気通信科に入学した。男ばかりのせいか、見識のせいか、みんな私のどもりなどあまり気にもしていなかった。昭和33年、卒業した。

 一応一流会社に入社した。そこは「生き馬の目を抜く」世界だった。もたもたしていると人に抜かれる、仕事を人にとられる、負けてたまるか、実績と成果の世界。「人の3倍、人より3倍」どもる分だけ実績を積もう。しかしどもることは大きなネックだった。
 会議の席上や成果発表の時では、言葉の出だし、つなぎがつまった。電話ではこちらが名前がつまるので相手は必ず間をおいて2回○○ですがと、顔の見えない分たたみかけてくる。自分でも息を詰まらせ真赤になってゆくのがわかる。息を吸ってない。意識してわざと息を吸ってもダメ。いろいろ試してみるが悪循環と言うか、後悔を残しあちこちでボロがでる。
 
 毎朝、課でラジオ体操の後、輪番で約80人の前で3分間スピーチをする。スピーチは出だしは魅力的に最後は行動を促すようにといわれているが、そんなことは私にはムリと思い、朝から暗くなることもあった。
 
 QC事例発表会、安全大会、省エネ事例発表会では、私が省エネ事務局をしていたこともあって、工場内12工程12名の一人として発表することになった。課長が私の前に来て「S君どもる事は恥かしい事でも何でもない。イギリスのケンブリッジ大学にはどもる人が多いそうな・・・君も頭がいいと言うことだろう」
 何か変なおもいで、嬉しくもあった。つづいて「あのなー、映画、TV俳優は台本を1つ1つ何回も何回も読んだ上でセリフとして話している、何回も読んで暗記しているからその人物になりきれる」成るほど、暗記しているから余裕が生まれる。余裕があるからその登場人物になりきれるのかと思った。私は、余裕をもって、ゆっくり声出しをしようと思った。
 いよいよ本番が来た。講堂には250人ぐらいはいる。「ところで・・・」「さて・・・」セリフは暗記している。暗記しているから余裕と変な自信がある。自信たっぷりに大きな声で発表出来た。嬉しかった。何かしら今までにない自信を感じた。それで発表が良かったということで工場代表となってしまった。一難去って、また一難である。

 今度は東京研究所の大講堂で、各研究所も全部参加で13工場、会長、社長・・・の前である。東京駅に着き山手線に乗換えた時、このまま逃げられるものなら逃げたいと、一瞬思った。しかしここで仮にやめたら自分はここまでの人間、これで終わりの人間、試すつもりでいいではないか、工場であんなにうまくいった、自信を持て!と自分に言いきかせた。
 幸いにも、東京での発表もうまくいった。

 その夜、社長主催のレセプションがあった。その席上、昔工場の上司、今は本部長がかけよってきて「S君、君が壇上にあがってきた時、大丈夫かとドキドキしたよ」と言って喜んでくれた。工場へ帰って例の課長と10人程で“ご苦労さん会”をしてくれた。何とも言えない充実感と満足感。そして心の底から喜びがわいてきた。涙が溢れてきた。トイレに行った。涙が止まらなかった。結婚し、子供もでき、仕事もそこそこうまくいけたが、人生の中でこんなに感激した事はなかった。
 
 歳と共に、人をのみ込むことをおぼえ、今までの変な自信をからめていた。しかし、話をする大事な場面でつまってしまう。息を吸ってゆっくり話せ、やっぱり息を吸ってないと、自分でわかるのだがその場での調節がなかなか難しい。これ以上の自己流の改善はムリかとまあまああきらめていた。

 そんなとき、なんの気なしに「吃音」で検索してみた。「さわやかカウンセリング」のHPを見た時「あ!これかも!」と思った。即、電話をした。

 レッスンを重ねるにつれ、手応えを感じ「これが本当の自信につながるかなー」と嬉しくてならない。何も無理をしなくてもよろしい、自分流でよろしい、言葉も声も自然でいいですよ・・・と先生はおっしゃる。川の流れのようにことばが流れる感覚が育っている感じだ。以前は自分の姓、出だしが苦しかったが、今は出だしですーと声がでる。どもってせき込んでいる時間より、ゆっくり息をすって、すーと声を出す方が楽で相手によく伝わり、時間も短い様に思う。

 言葉は夢、言葉は希望、言葉は力。人生いよいよ楽しくなってきそうだ。
                                                              (2007年1月2日)

※江田よりのコメント:
 「さわやかカウンセリング」の受講生では67歳のSさんが最年長です。高度経済成長の昭和の時代を生き抜いてきた証が切々と綴られています。大講堂での発表の後、トイレでひとり嬉し涙するSさんの気持ちが伝わってきます。 
 
 レッスンや私との会話では、吃音を全く感じさせず申し分なく滑らかにお話しなさいますが、Sさんとしては更に話し方に磨きをかけたいということでしょうか・・・Sさんのひたすら前向きな姿勢に私もたくさん学ばせていただいています。


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 Mさん (香川県在住 50歳 自営業 男性)                                
 

                        「人生の宿題を仕上げる。」
 
 私は、小学校、中学校、高校、大学と皆さんが体験して来た事と同じ様に、吃音に対して苦労してきました。しかし、就職と同時に人前で話す機会が一段と増え、悪循環を繰り返し、ますます吃音がひどくなり、最初の一言が言えなかったり、言えたとしても後が続かず、何を言っているのか分からない程でした。

 そんな自分に嫌気がさしストレスも溜まるばかりで、どうしようもありませんでした。何とか心の整理をしようとしても出来ず、8年勤めた職場を退職し自営の道に入りました。 
 吃音に対するエネルギーを仕事に変えて頑張って来ましたが、やはり心の中では、吃音の意識に束縛されていました。自分なりのイメージトレーニング、腹式呼吸など時々していましたが、全く効果がなく挫折する毎日でした。

 50歳になった時、インターネットで吃音を検索している時、さわやかカウンセリングのHPを見て人生の宿題をする時が来たと思いました。カウンセリングを受けて3ヶ月がたちましたが、江田先生とのレッスンで暗闇から一筋の光が見えて来た様な気がします。

 レッスンでは上手く言えても実践では谷底へ落とされる思いもまだありますが、レッスンの合間にする江田先生との雑談の中に、自分の進むべき道のヒントがありそうな気がしています。今は、江田先生とのレッスンが、心の自信になっております。
 
 人生の宿題を仕上げる為、江田先生の力を借りて努力したいと思っております。
                                                         (2006年8月7日)

※江田よりのコメント:
 レッスンの中で、私の吃音経験と改善のプロセスについて雑談をさせていただく時がありますが、それが何かのお役に立てればと思っています。Mさんのように50歳までの長きにわたる吃音経験をお持ちの方は、レッスンで語られることが偽りか真実かをしっかり見抜く目を経験上お持ちだと思います。

 Mさんの「人生の宿題を仕上げる」お手伝いをさせていただくことは、私にとって大きな喜びです。

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 Kさん (東京都在住 54歳 自営業 男性)
   
  「今思っていること」

私は毎日車の運転をしている。
狭い道では周りに気を配り、徐行や一時停止をして、歩行者に注意して事故の起きないように走っている。

しかし、話をすることは車の運転とは違い、吃音を気にして意識しながら話すとうまくいかない。
どもらないように構えると、余計うまくいかない。
車なら安全運転に気を配れば良いのに・・・話をする時はなかなか安全運転のようにならない。

大学を卒業した頃は、「声をやや低く・穏やかに・ゆったりと」を心がけて話すようにと思っていた。
けれど、そう心がけていてもあれから三十余年、未だに吃音に悩まされている。

レッスンで江田先生から「急(せ)いて話そう、話そうとしない事」と言われて目が覚めたような感じがした。
今まではどうしたらどもらないで話せるかということばかり考えていた。
結果として早口になり、話すと疲れが残るようになった。

「伸ばすとことばが安定する」ということをことも江田先生から指導を受け、やってみてそのとおりだと思っている。
単純なことだが、今まではこんな感覚とは全く無縁だった。

レッスンを始めて1年8ヶ月。いろいろ発見がある。
今後も先生の教えに沿って精進していくつもりだ。
                                                (2005年5月10日)

※江田よりのコメント:

 
「どもらないように話すにはどうしたらよいか・・・」と考えるとますますうまくいかなくなります。
 多少ひっかかってもOKとする心の幅をもたせて、「こんな風に話すといい具合だな・・・」と安定感を時折確認していく習慣を育てていくと、うまくいくものです。
 これからも実践を通して多くの発見をしてください。

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 Oさん (東京都在住 主婦(在宅業務) 52歳)
                           
 

  
          「いやな記憶が多く失ったものも多い人生でしたが、このまま終わるのもいやなので
              努力して克服したいと思っております。」

 私は今まで「話し方が変だ」とか色々言われ、その都度、言った人を恨んできました。昨年12月にレッスンを始めて、今は月1回のペースで受けていますが、レッスンで「自分の話し方を客観的に見る」「音を伸ばす」ことを学び、初めて他人との違いに気がつきました。自分の話し方に関して触れたくなく避けてきたこともあり、全く気がつかなかったのです。

 私が吃音になったのは多分、小学校3年生の頃です。はっきり自覚してきたのは5〜6年生の頃です。将来、就職も結婚もできないのではないかと思い絶望的になったことを覚えております。性格も暗く消極的になり常に緊張していました。
 中学・高校と吃音意識は更に強くなりましたが、軽かったので家族は自然に直ったと思っておりましたが、私からまだ直っていないとは言えませんでした。

 19歳の時、思い切って1週間だけ民間の吃音矯正所に行きました。小学生の時から電柱の広告を見ていて、あそこに行けば直ると思っていたのです。しかし全く無駄でした。もう直そうと思わなくなり、そのまま隠して生きていく以外にないと思いました。
 その後、就職試験を受け、何とか採用され、何度も屈辱的な気分を味わいましたが、我慢して結婚退職までがんばりました。

 最近、また仕事で電話をする機会が増えたので、今度こそ克服する最後のチャンスと思い、インターネットで調べ、「さわやかカウンセリング」にお世話になったのです。
 テキストは実際によく使われる言葉が多く、何度も声に出して読んでいると身についてきます。繰り返すことが良い結果を生むような気がします。

 今までの話し方を変えるのは非常に困難なことですが、あんなに怖かった電話もコツがわかったので以前ほど怖くなく、何事も常に練習だと思って臨んでいます。最近は自分が話している時も早口になる傾向がありますから、気がつき次第ゆっくりと伸ばして話すようにしております。

 いやな記憶が多く、失ったものも多い人生でしたが、このまま終わるのもいやなので、努力して克服したいと思っております。
                                                  (2005年4月20日)

※江田よりのコメント:
 人生50歳を過ぎると何かにつけて過去を振り返ることが多くありますが、私もOさんと同じように、小学生の頃「どもりは治る!」という電柱の貼紙広告を見て、「どもり」とは自分のことだと幼いなりにも察知していました。
 過去を振り返ると吃音のいやな記憶が多く、失ったかのように思えることがあるかと思いますが、今は人生100年。折り返し点に立った気持ちでこれからの人生、何事も前向きにチャレンジなさってください。

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 Iさん (長崎県在住 52歳 会社経営 男性)
                                
 
 
         
          「これまでの自分と違うものを感じています。」

 吃音を意識したのは小学校2年生ぐらいだったでしょうか。それからもう45年ぐらいの長いつきあいです。今まで「自分に吃音が無かったら」とか、「何とかして吃音を直そう」と何度思ったことでしょう。今まで吃音の矯正所へも二度ほど行きましたが、いつのまにか元に戻っていました。そして近年は、日常生活や仕事でもそんなに困るようなことはないし、もうこのままでいいと思うようになっていました。

 そんな時「さわやかカウンセリング」のHPに出会いました。そこに書かれていることを読んでいるうちに、「吃音が治るということは、話し方をコントロールできるようになること」というようなことが書かれていて、今まで自分が持っていた吃音に対する意識が変わり、これならまだ自分にもできるかもしれないと思いレッスンに挑戦いたしました。

 レッスンを重ねていく中で、これまでの自分と違うものを感じていますし、何かしら手ごたえを感じています。
 「話し方をコントロールできるようになる」ということを頭で理解するだけではだめで、習慣づける。今は「吃音を治すのではなく、話し方習慣を変えるのだ」と思うようにしています。
 今までの長い習慣を変えることは容易ではありませんが、今度こそは、吃音を克服できるのではと信じています。
                                            (2004年7月18日)
※江田よりのコメント:
 45年の長きに渡って吃音意識とつき合ってこられたIさんですが、日常生活や仕事では話すことにさほど困ることはないものの、会合でのスピーチなどでより確実なお話しを願ってのレッスン受講です。
 「吃音とは治すものではなく、良き話し方習慣を身につけていくもの」ということがIさんとの共通の認識です。私もIさんと同じ52歳。人生いろいろですけれど、話し方の認識はひとつのようです。 

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 Mさん (広島県在住 51歳 公務員 男性)
                             
   
                 
「確実に発語できるという実感を得て」

 私が吃音になった原因はわかりません。小学校の低学年位から最初の言葉が出にくかった記憶があります。学級委員長として授業の始めと終わりの号令をかける時にどもり、そして、学芸会の発表で大勢の人の前で決定的につまり、小学校高学年くらいではっきりと吃音を意識するようになりました。

 吃音があるため、中学、高校と進んでも学校生活は楽しいものではありませんでした。大学は、あまり話をしなくても良いような仕事にということで、工学部の化学系にしました。また、東京には有名な吃音矯正所があるということで大学は東京にしました。
 私のいった大学には学生相談室があり、そこに吃音の相談に行きました。そこで心理学の先生から4年間カウンセリングを受けました。そして、吃音矯正所にも6ヶ月位通いました。
 その当時、いくぶん治ったものの、大学を卒業して地元の市役所に就職してからも話すことには大分苦労しました。電話が上手に出来ない、大勢の前で説明・発表が出来ないということで、話すことから逃げてばかりいたように思います。

 45歳の時に昇進して係長になりました。これから話さなければならない機会が増えると思うと、重圧とストレスで眠れない日々が続きました。昇進して1ヶ月で鬱病になりました。私の人生で一番苦しい時期でした。2ヶ月の入院ののち仕事に復帰しましたが、将来に対する不安が消えませんでした。

 現在の私はあまりどもっていません。外からみたら私が吃音だとは誰も気がつかないでしょう。私の吃音が好転した契機は4つあります。
 一つは学生相談室で受けた「自律訓練法」というリラクゼーション法をマスターしたこと。
 二つ目は学生時代に受けた民間の矯正所の方法で幾分改善したこと。
 三つ目は鬱病から復帰後、上司に勧められ「話し方教室」に3年間通って場慣れしてきたこと。
 四つ目が江田先生のレッスンを受けて確実に発語出来るという確信を得たこと。

 「確実に発語出来るという確信」・・・これが私の求めていたものでした。確かに発語不安にかられた時、江田先生の指導の方法でどもらず言えた、この成功体験は私の大きな自信になりました。今の私には、これからまだ話すことに関して上達するのではないかという予感さえあります。

 これからは、多少どもってもいいから、人を感動させたり、元気にさせたりするようなそんな話が出来るよう勉強していきたいと思っています。でも完璧に吃音が治ってしまったら、本当の自分ではなくなるような、自分の人格が変わってしまうようなそんな虞(おそれ)を感じながら、一生吃音と付き合っていこうと思っています。
                                                (2004年1月1日)

※江田よりのコメント:
 Mさんの長きに渡る吃音改善のプロセスを興味をもって伺わせていただいています。レッスンを通して、どんな場面でも「確実に発語出来る」という自信への確かな足がかりを得ておらることは、私にとりましても大きな励ましです。
 6年前に鬱病という大きな試練の中を通られたからこそ、人の心を深く思いやることができるのだと思います。人の心に語りかけるスピーチをなさるMさんの姿が楽しみです。



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 Uさん (東京都在住 51歳 会社員 男性)
                             
   
            
「毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちとなります。」

 言葉の大切さは今更言うに及びません。このような高度な言語機能は長い年月、遺伝子を受け継ぎ発達しながら今日まで連綿と続いてきたものと思います。せっかくの偉大な財産を十分に使いこなせない吃音者は本当に損をするはめになります。この辛さは説明の必要はありませんよね!吃音を治すために正常者との違いを見つけようと思っても見つかりません。
 それはその筈、細胞まで含めたどんな精密検査をしても全く正常者と同じであるためです。そこで、違いは精神的なこととなります。人間は生まれた後、覚えるものは頭脳に記憶しながらの学習効果だと思います。成功したことは喜びとして伸びていく、その反対のことは苦手なこととして記憶に残り、生長どころか停滞と苦痛の相互作用の関係になっていくように思えます。
 
 しかし成功にも失敗にも必ず原因がある筈です。そう考えて、私は自分なりに吃音の原因をいくつか仮定し、「この世で起こったことは必ずこの世で解決出来るものである」と信じて取組んでいます。

 その一つとして、レッスンでもよくご指摘いただいたことでもありますが、言葉を延ばすことに取組んでいます。お経は言葉を延ばしながら唱えます。これは人の耳によく入るようにとのことかもしれません。「般若心教」を自己流ですが声を延ばすことに留意して唱えています。今では原文を暗記してしまいました。
 その他に、主に今の50代以上の人々に勇気を与えてくれた小説として、司馬遼太郎作の「坂の上の雲」があります。その主人公である秋山真之が作文した「連合艦隊解散の辞」を東郷平八郎司令長官がゆっくりと穏やかに奉読した調子を真似て、ゆっくり語尾を延ばすことを心がけて読んでいます。これも暗記してしまいました。成果はそのうち出れば儲け物との感覚でほぼ毎日行っています。

 江田さんとのレッスンでお誉めの言葉をいただいた時は、成果の一部が出たかなと思い嬉しくなります。吃音を見事克服し、プロの話し家としてご活躍されている江田さんのアドバイスを直に受けながらの毎回のレッスンの終了後はさわやかな気持ちとなります。続けていれば自分も克服できるかもしれないと希望を湧かせてくれるものです。本当に感謝しています。
                                                   (2003年12月8日)

※江田よりのコメント:
 Uさんとのレッスンは昨年(2002年)9月10日にスタートしていますが、今の今までレッスンの中で一度もことばが詰まったりすることがなく、講談師のごとく立て板に水の如くすらすら話します。今でも実のところ「本当に吃音を持っているのかしら?」と思っています。
 Uさんにお勧めしていることは、
(1)自分を見失って早口ペースにならないこと。
(2)過去の経験から浮き出てくる発語不安にこだわることなく、自分で納得のいく話し方習慣を忘れないでいくこと。

 「自分も吃音を克服できるかもしれない」ですって?私は吃音を克服したと思っていませんよ。ただ安定した話し方習慣・立ち直り習慣をいつも忘れないでいるだけです。私もUさんと同じ花の?51歳。けれど気持ちは15歳の少年。気持ちの良い自己表現をともに身につけていきたいものです。
 
 

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 Tさん (広島県在住 公務員 56歳 男性)
                              
            
                 
「さわやかカウンセリングと出会って」

 私は技術系の地方公務員です。吃音とは3歳ぐらいからの付き合いです。吃音を改善したい、人前でスラスラしゃべりたい・・・、そのことで私の人生は変わると信じて生きてきました。

 江田さんのカウンセリングとの出会いは、2002年10月頃、米沢興譲教会の田中牧師のメッセージテープを通してです。田中牧師は、「江田さんは吃音という賜物を活かして、電話によるカウンセリングを始められ、主からすばらしい祝福を賜っている・・・」と話しておられ、この言葉を聞いて直感的に私の求めていたものがあると感じ、直ぐインターネットで調べ、メールで申し込みをしました。

 トライアルコースの初回カウンセリングでは、私の大嫌いな朗読が、何と少しつかえながらも、読めたではないですか!感動でした。涙しました。

 私は25歳で洗礼を受けたクリスチャンです。しかし、学歴・知識・能力など、私の心の中にあるこれらの偶像を第一と考えて過ごしてきました。一喜一憂の生活でした。
 しかし7年前、それが変えられる時がきました。叔父からプレゼントされた田中信生牧師の「一元に生きる」というメッセージでした。実はそのテープを数ヶ月以上転がしておいたのですが、ふと「まあ聞いてみてやれ」と寝床で聞き始めました。聞いているうちに、起き上がって聞き入っていました。こんな世界があったのだとびっくりしました。
 それから田中牧師主宰のトータル・カウンセリング・スクールを受講するようになり、次第にそのままの自分を受け容れられるようになってきました。

 それと同時に、母に対する言いようのない怒りが出てきました。それは数ヶ月間続きました。その怒りは何だったのでしょう。「母に甘えたいのに出来なかった」ということが怒りとして表にでたのでしょうか・・・。
 神様は、その私をそのままにはしないで、怒りを少しずつ癒してくださいました。「母も仕方がなかったのだな」と思えるようになってくるとともに、私の周りの人間関係も変えられ、更に私の吃音の仕組みも少しずつ理解できるようになりました。
 私の中でカウンセリングは大変重要な部分を占めるようになりました。神様からの「私への恵みは十分である」とのみ言葉とともに、自己受容のカウンセリング・マインドで大いに助けられました。
 今の不安定な世情の中で、カウンセリング・マインドは職場、家庭、教会、地域で必要不可欠と考えています。

 さて、吃音の原因の仕組みは理解できるようになりましたが、仕事上、緊張の中で話さなければならないこと、またスムーズに話せなかったら上司から叱責があることや、教会での聖書拝読など、吃音によるストレスの状況はあまり変わりませんでした。その時期に出逢ったのが江田さんの電話カウンセリングです。

 江田さんのカウンセリングを受けてから、職場での会話・スピーチや教会での聖書の拝読など、楽になりました。確かに発語の不安は出てきますが、不安がある中でドモらずに話せたり読めたりする機会が増えていくのです。江田さんは成功の経験を積み重ねていくことが大事なんですよと言われます。

 江田さんのアドバイスは的確です。私の特徴は、しゃべれる部分はスピード・アップしてそして突っかかり止ってしまったり、話の区切りを十分に取らないため途中で不安定になってくることなどです。
 何回かのカウンセリングで指摘されて、少しずつ実感できつつあります。このように方向を変えることが出来るのですね。こんな経験を私の周りで吃音で悩んでいる方に話し、江田さんのカウンセリングをPRしています。
 
 終わりに、「神様の御業をあらわすために、カウンセリングや吃音を通して私を使ってください」と祈っています。
                                                    (2003年7月12日)

※江田よりのコメント:
 Tさんの吃音歴はなんと半世紀にも及んでいます。「50年以上吃音であるのに何を今さら改善なんて・・・無駄な努力だ・・・」と、受け止めがちですが、Tさんは、カウンセリングの学びを通して、吃音である自分の状態をしっかり受け容れると同時に、吃音改善に向けて昨年10月に勇気ある一歩を踏み出しました。
 初回レッスンでは、朗読でことばが滑らかに出た感動に涙したTさん。決して軽いとは言えない吃音状態でスタートしたレッスンですが、今まで(2003年7月14日現在)計24回のレッスンを重ねる中、「発語の不安のある中でも詰まることなく話せたり読めたりする機会が増えている」ことを体験しておられます。
 Tさんの前向き肯定的に生きる姿勢に、私も多くのことを学ばせていただいています。

■米沢興譲教会(トータル・カウンセリング・スクール)のホームページは、http://www.kojochurchi.com です。

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 Kさん (東京都在住 51歳 会社員 男性)
   
      
「受講生との対談のページ」にKさんとの対談記事が掲載されています。
 
          「ここまでこられたことが嬉しいし、これからの進歩が楽しみだ。」


     新しい職場に勤めて8ヶ月半になる。
     今、ほんの少し気持が楽になったようだ。
     明日は仕事が休みだからということだけではない。

     「さわやかカウンセリング」に出会った1ヶ月前頃、
     休みの日でも、会社に行くことを思うと、
     気持が重かった。胸がつまって、苦しかった。
     リストラにあって、51歳で新しい職場に変わった。
     ビル管理関係の多くの資格免状と、経験4年と、51歳の履歴書が、
     副主任の地位と、若い人達よりもかなり多くの給料を与えた。
     給料の少ない若い人が、仕事が良くできた。
     今までと同じ職種であったが、
     ここの職場の仕事は、ここ独特の難しさがあった。
     前の職場は7人で、わりとのんびり仕事をし、
     自分の仕事分担を上手にこなし、周りの人達も認めてくれた。
     電話や会話でたまにどもったが、今ほど気にしなかった。

     新しい職場は23人もいる大きな職場であった。
     仕事や人間関係の不安、緊張の中で、たまに出るどもりが、
     ますます自分を不安、緊張、自信のない者にした。
     電話が特に自信がなかった。
     「主任。ホーチキから電話です」と言う時、
     ホーチキの「ホ」がなかな出なかった。
     「○○ですが、ハロンボンベ室の排気ファンの停止をお願いします」
     と言う時、ハロンの「ハ」がどもった。
     言えないだろうという言葉を、たくさん自分で思ってしまった。
     小山の「お」。浜野の「は」。海野の「う」。オイルポンプの「オ」。
     会社を辞めなければだめかとも考えた。
     勤めて1ヵ月後に、給料を大幅に下げてもいいから、
     副主任の地位を取り除いてくださいと、所長に頼んだが、
     頑張れと励まされ、副主任の地位は取り除けなかった。
     その事は、家族を支える51歳の男として情けない事だが、
     それほど苦しかった。

     苦しかったが、一日、一日、会社へ行って、そして帰ってくる。
     そんな毎日であった。時が過ぎた。
     昔、40年前に通った吃音矯正所が言っていた
     腹に力を入れ、腹から息を出す方法や、
     しゃべる前に深呼吸をする事に頼って、練習してみた。
     その方法で乗り切って来たが、やはり毎日気持が重く、胸に圧迫感があった。

     そんな時に、吃音をもっと軽くしたいと思って、
     最近覚えたインターネットで「さわやかカウンセリング」を知って、
     レッスンを受けた。
     腹式呼吸、語尾を少し延ばす事、なめらかに話す工夫、
     ゆっくりな朗読・・・。
     これらの練習を、安い費用で、電話で70分もお相手してくれるなんて、
     とてもありがたい。
     みんなが言っているように、
     江田先生は、やさしく、そして丁寧にレッスンをしてくれる。

     レッスンを受けて1ヶ月が過ぎた。
     話し方のお手本を得ることができた。
     どもらない職場の人達とは少し話し方が違うが、
     さわやかカウンセリングの話し方が、私のお手本である。
     職場での電話や会話に、少しずつなめらかな話し方を
     取り入れる事ができつつある。
     気持もだいぶ楽になってきた。
     週に1度、レッスンを受けて、テープで練習すれば
     何とかこの苦しさを乗り越えられそうな気がする。
                                         
(2002年12月7日)

※江田よりのコメント
 リストラの憂き目に会い、新しい職場でことばのストレスを背負いながらの仕事がいかに辛く、孤独なものか・・・。しかし、その中でレッスンが始まり、確実に改善に向けての方向づけが与えられ、Kさんの心に光が差し込んでいます。
 そんなKさんの改善への熱意に支えられ、雪深い米沢で電話をとらせていただいています。Kさんの熱意にここの屋根の雪が融けそうです。      (2002年12月8日)


     2ヶ月後にKさんからこのような嬉しい便りが届きました。ご紹介いたします。

 今の新しい職場で働いて11ヶ月になろうとしている。大学1年と高校2年の息子と、妻と、私の母とともに生活している。新しい職場についてと、その時の気持などについては前回書いた。
 さて、「さわやかカウンセリング」のレッスンを受けて3ヶ月半になる。レッスンでは発語不安は全くない。朗読などは気持ちよく上手にできる。少し語尾を延ばし、息継ぎも腹式呼吸を採り入れ、本当に気持ちよく楽しくできる。
 江田先生もおっしゃっているように、目的はレッスンが上手になることではない。レッスンで学んだことを、職場や普段の生活で実践して、そこでなめらかに話しをすることである。
 語尾を延ばし、腹式呼吸を会話の中に採り入れることにより、会議の報告や日常の会話、また業務電話など、見ちがえる程、なめらかに話せるようになってきた。
 けれど、たまに力んでしまう時がある。「○○さん。日立電線の石川さんから電話です。」の「ひ」がつまった。○○さんと日立の間を意識してしまって、なめらかに続けられなかった。「日立」の前で息を入れてもいいのだが、自然な呼吸ができなかった。だいぶ気持があわてて、うわずっていた。
 まだこのように時々うまくいかない時があるが、めげてはいられない。「今度は滑らかにフッとお腹で息を吸えるようにやってみよう」とその都度思っている。レッスンとテープ、そして実践することで、失敗の数を減らすことができると思うし、実際上手くできるようになってきている。

 自分でもここまでこられたことが嬉しいし、これからの進歩が楽しみだ。
                                                      (2003年2月8日)

※江田よりのコメント:
 レッスン開始後、約3ヶ月目で「会議の報告や日常の会話また電話など、見ちがえる程なめらかに話せるようになってきた」ことは、Kさんのひたむきな改善意識と実践努力の積み重ねの結果です。
 失意のどん底にあった半年前のKさんが、今を喜び、将来の更なる改善をはっきり心に描いておられます。
 人生は晴れの日ばかりではなく、雨あり、風ありです。けれども雲の上にはいつも太陽が輝いていることを、Kさんのように忘れないで進んでいきたいです。
                                                     (2003年2月9日)


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 Kさん (北海道在住 50歳 女性 病院勤務)


                   「諦めなくて良かったと痛感しています。」
 
 私は物心ついた頃から吃音に悩まされていました。両親も心配しておりましたが、為すすべもなく、ただゆっくりと話しなさいと言うのが精一杯の様でした。高校に入った頃から少しづつ改善され、周囲からは時々発音が悪く、どもる程度ご思われていたようでした。
 そんな時、友達から放送部に入ろうと誘いがあり、不安はありましたが発音練習から始めるとのことで、吃音が緩和される良い機会になるのではないかと思い、入部しました。その甲斐があり、吃音も大分改善され、文化祭では朗読大会のクラスの代表に選ばれてしまいました。その時はかなり悩みましたが、会場には何百人がいたとしても全員が聴いている訳はないだろうと気持を楽に持つことにしました。感情を込めた朗読など出来ませんでしたが、読み終えたという充実感を得ることができました。あまり考えすぎず、とにかくチャレンジするということの大切さを体験したことは、私にとって大きな前進となりました。

 それから数年経ち、就職しました。仕事では電話のやりとりは欠かせません。ですが、自分の名前を言おうとすると声が出ないのです。名前の代わりに職場名を告げることでなんとかすごしてきました。
 自分の名前が言えないという、本当に辛い毎日でした。職場だけではなく、日常生活も不便でした。友達にも電話することが出来ず、予約制の病院にもかかれないことなど、情けない気持で一杯でした。
 そんなある日、同僚の電話の話し方を聞いていて、同じ様に真似てみたところ、信じられないほどスムーズに自分の名前が言えたのです。十数年も悩み続けてきた事から解き放たれ、夢のようでした。

 ところが、昨年の10月頃、何気なく、「前のように名前が言えなくなってしまったらどうしよう」と思ってしまったのです。その途端、本当にその事が現実になってしまいました。
 精神科に受診しましたが、そのような患者さんは扱ったことがないので治療は出来ないと言われました。目の前が真っ暗になり、仕事を辞めることも考えたりしました。

 そんな時、インターネットで江田先生のことを知り、それこそ藁をもつかむ気持でメールしてみました。すると、先生からすぐに電話をいただきました。これからのレッスンの打ち合わせの電話でしたが、とても親切に丁寧に説明していただき、お話しているうちに、まだレッスンを受けていないのに、なにか心が軽くなり、治るという自信さえ湧いてきました。本当に救われた気持でした。
 カウンセリングを受けて3ヵ月が過ぎましたが、今ではほとんど詰まることなく、名前も言えるようになりました。レッスンを受ける前は10分ほど話をしただけでも疲れていたのですが、今では一日中職場で話をしていても、とても楽になりました。

 今回、諦めかけていた時、こんな言葉を思い出しました。
 「何か困難な事に打ち当たった時、どうしたら逃れられるかと考える人と、どうしたら解決出来るかと考える人がいる。前者を選択した者は何も進展しない。」

 私は、このままではいけない、なんとか解決しなくてはと思い直しました。そして、今、とても信頼できる江田先生と出会うことが出来たことに感謝しつつ、諦めなくて良かったと痛感しております。
                                               
(2002年11月26日)

 
2日後、Kさんからこんなうれしいメールをいただきました。本人ご了解のもと、掲載させていただきます。

 
今日、病院の避難訓練がありました。年に2回行っているのですが、事前放送があり、私が担当することになりました。原稿は今日渡されましたので、ぶっつけ本番でしたが、放送後、「デパートのアナウンスを聞いているみたいだね」って言われました。ヤッター!って感じです。先生のレッスンのお蔭です。ありがとうございました。

※江田からのコメント
  Kさんの引用された「何か困難に打ち当たった時、どうしたら逃れられるかと考える人と、どうしたら解決できるかと考える人がいる。前者を選択した者は何も進展しない。」ということばは胸にビーンと響いてきます。
 Kさんのように、精神科でもお手上げ状態にあっても、名前が言えない今の状態を嘆くのではなく、改善の可能性を探していくプラスのエネルギーにチェンジしていく人になりたいものです。
 避難訓練のアナウンスの感動は今もなお青春真っ只中といった感じですね。そういえば、私もKさんと同じ50歳。Kさんが文化祭で全校生徒の前で朗読をしていた時、私は文化祭でエレキバンドを組んでバンバン弾いたら、3日間ほど女の子の熱い視線を感じたものでした・・・。あの時は自分が吃音であることを完全に忘れたひと時だったなぁー・・・・33年前の郷愁です。

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