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40歳〜49歳 |
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「さわやかカウンセリング」の電話でのレッスンは、北は北海道から南は九州、沖縄県までの全国、そして海外 |
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「吃音を100%コントロール出来るように頑張りたいと思っています。」
私は社長という立場上、社員の結婚式では主賓という立場で招待状を頂きます。この招待状は本来うれしいものだと思いますが、吃音者の私にとっては非常につらく、内心出席しなくても良い方法は無いだろうかと探してみたりしてしまいます。 10年程前に始めての主賓挨拶で極度の緊張状態に陥り、吃りまくって、しどろもどろで何を言っているのか分からない挨拶になってしまい、とても恥ずかしい思いをしました。その後、結婚式が5回程ありましたが、親族だけで済ますと言う事で、幸か不幸か招待されることはありませんでした。(社員が気を使ったのもあると思いますが) ところが3年前に入社して半年ぐらいの新入社員から結婚式の招待状を頂きました、当然、主賓の挨拶があります。断るわけにもいきませんので、出席することになりました。 久しぶりの主賓の挨拶まで2ヶ月をきり、不安と言うより「必ず失敗する」と言う想いで頭がいっぱいになっていた頃、さわやかカウンセリングのホームページを見つけました。 何度かレッスンを受け、江田先生のお話をお聞きしていますと、他の矯正施設との違いが分かり、ここなら「人前でスムーズに話せる様になるかもしれない」いう思いが湧いてきました。 江田先生が「吃音意識は根強く残るものです。全てコントロールして下さい。私も話に夢中になるとひっかかりやすいので意識的にコントロールしていますよ。」と言われました。 私は今までに「二カ所の催眠療法所、吃音教室、合宿系吃音教室」など、いろいろな吃音矯正機関に通いましたが、あまり効果はなく長続きしませんでした。それは教室に通うことにより、私から吃音意識そのものを消し去り、普通に何の抵抗も無く言葉を発せられる様になると思っていたからだと今になって気付きました。 3歳ぐらいから吃り始め、直したいと思ってから37年余り、ずっと吃音者という自分が受け入れられず、吃音者ではない自分が本当の自分だと思っていました。 直すのではなく、コントロールする。それは吃音者の自分を否定するのではなく、「私は吃音者」と言う事を受け入れ、「うまく付き合っていく」という事を江田先生に教えていただきました。なんだか肩の荷が下りたような気がしました。 主賓挨拶のほうですが、レッスンを受け始めてから3回ありまして2勝1敗といった感じで、まだまだ勉強が足りませんが、大分慣れてきたと思います。今後もありそうですので頑張らねばなりません。 仕事で打合せや会議などで、いろいろな方にお会いする機会が多いのですが、最近、吃音の方にお会いすることがありました。吃音者は吃音に対して敏感で、ちょっとしたことから「この人は吃音者かな」と感じることがあると思いますが、その方も最初は分かりませんでしたが、話し込んでいくと吃音者だと気付きました。 お仕事は大企業の営業職で、人前でお話されることが多い立場の方です。しかし堂々とお話をされ、吃音も少し苦労されているのが分かりますが、うまくコントロールしながらお話されています。 この方のように吃音を持っていても、バリバリと仕事をされている方に出会いますと、自分も負けてられない、頑張らねばという思いが湧いてきて、前向きな自分になれるので、とてもうれしく思います。 今後の目標としましては、江田先生のレッスンを受けている間は「緩やかペース」が実行できていると思うのですが、日常生活の中ではなかなか出来てませんので、日常生活の中や緊張しない場面でも「緩やかペース」で話す様に意識し、吃音を100%コントロール出来るように頑張りたいと思っています。 (2008年9月1日) ※江田よりのコメント: 吃音意識を持っている自分が受け入れられず、吃音者でない自分が本当の自分だと思っていますと、いつもでも今の自分を否定し続けることになってしまいます。まさに青い鳥を追いかけるようなものです。 今を受け止めながら、より良い話し方感覚を「育てていく」意識こそ、今を楽しみ将来を信じる姿勢につながっていきます。会社の経営者として、良き話し手として、更に話法を高めてください。 topへ |
「ビクビクしながら生活する日々から抜け出せるように少しずつ前へ進めたら・・・と思って一歩踏み出しているのが今の心境
です。」 私の吃音に関しての追憶を遡(さかのぼる)と、小学校4年生の頃だと思います。当時は目立つ存在で本読みを得意としていた記憶があるにもかかわらず、普段しゃべる時にひっかかることが多く、それを人に指摘されてから性格が変わってしまったような気がします。 まるで人に弱みを握られてしまったような気持ちになり、なるべく目立たないように、いばらないようにと心掛けてきました。 本来の私は負けず嫌いな性格なのに、吃音のせいでこんな思いをしなくてはいけないなんて・・・と何度くやしい思いをしたことでしょうか。 小学一年生の時に父を亡くしてから、とにかく母、祖母、兄弟3人で暮らしていくことに必死で、吃音のことを家族に相談することなど一切ありませんでした。言っても気が小さいと叱られ、とりあってもらえず、6年生の時に思い切って先生にも相談しましたが、話を聞いてもらっただけで結局何の解決にもなりませんでした。 学生の頃は本読みの時など、かなり前から順番を数えたり、あまりの緊張で心臓はドキドキするし頭はボーッとして、倒れる寸前までいったこともあります。 思春期の中学、高校生時代はとにかく恋愛にも消極的で、毎日おどおど過ごしていたように思います。 次に思い出すのは、大学と就職の面接試験です。なるべく面接の無い大学を探したり、銀行の就職試験ではやはり初めに氏名を名乗る時につかえてしまい、案の定、不合格となりました。接客業なのですから当たり前なのですが、不合格と聞いてなぜかホッとしたのを覚えています。 就職してからも言葉がつまることがある度にごまかしながらやってきましたが、私に対しては、公の前では必要以上に緊張する人というイメージがついていたと思います。 結婚の時も、女性の場合はほとんどの方は苗字が変わりますが、私の場合は半分は相手を苗字で選んでいました。吃音者の方には、どうしても苦手な音があると思いますが、いくら素敵な方でも苗字が言いにくい名前だと自分の気持ちにブレーキをかけていたように思います。普通には非常にばかげた話ですが私はとても真剣に悩みました。こんな心理は吃音者でないと理解してもらえないだろうと思います。 専業主婦となった今では、あまり人前に立つ機会も無くなりましたが、娘が成長するにつれ、PTAや近所の行事などに公に出る時もあると思います。その時に果たして自分はどうなるのだろう・・・と予想がつきません。しばらくそういう場面から離れていただけに、一瞬治っているのではないかと錯覚をします。 私の場合は緊張した時にのみ吃音症状が出てしまうので、日頃の付き合いの中では人に知られていない分、余計に知られたくないという気持ちが働いて、必要以上にこだわってしまうのだと思います。 先生にも言われるように、公の場で発言する機会を作ることによって自信がついてくることは頭ではわかっているのですが、やはり恐い気持ちが勝ってしまってそういう機会を多く持てないでいます。 「言えない自分」を受け入れて、認めて、さらけ出すことは、私にとってとても勇気のいることです。 本当に緊張している自分をコントロールすることが出来るのか夢のような話ですが、ビクビクしながら生活する日々から抜け出せるように少しずつ前へ進めたら・・・と思って一歩踏み出しているのが今の心境です。 吃音意識は体が学習したものですので、いつまでも記憶の引き出しに入っているものです。それがMさんのように公の場で引き出しが開いて、体の反応になってことばが出にくくなります。 日常、Mさんは実にきれいな申し分のない話し方をなさっています。書道の先生をしておられるので、字はきれい、ことばもきれい・・・その分、吃音意識を持っているギャップに悩まされるのかもしれません。 ご本人がおっしゃっておられるように、今必要なことは、いろいろな場で話す機会を出来るだけ多くもつことです。言いづらさを感じながらも調節して話せることが本当の自信につながります。これは決して夢ではなく、必ず経験できることです。一歩といわず、二歩三歩と踏み出してください。 topへ |
「今の自分にはそれなりに調節して話す感覚が身につきつつあることを感じてます。」
私は「あ」と「お」で始まる言葉を話すときに不安になり、どもってしまうことがよくあります。私はコンビニを経営しているのですが、「ありがとうございました」と言うときに詰まってしまいます。買い物をしたお客さまがレジで清算をするのですが、そこでの「ありがとうございました」の一言がどもってしまうのです。タイミング良くちゃんと言おうと思えば思うほど不安になり余計言えません。
(2008年8月6日)店には、バイトのスタッフもいます。バイトの人には、ふだん仕事を教えたり、しっかり仕事ができなければ注意したり、よくやってくれる人には褒(ほ)めたりしています。しかし、自分がこんな状態では示しがつきません。 何とかせねばと思いネットで「さわやかカウンセリング」を見つけました。レッスンを始めて1年近くになりますが、今ではちゃんと「ありがとうございます」と言えます。私の吃音は、21歳ぐらいのときに始まって、今が49歳ですから、相当長い間、根強く身についています。 レッスンを始める時はまず姿勢を整えて、腹式呼吸をするのですが、この自然な呼吸法をしっかり身につけたいと思っています。 仕事の現場で時々不安になってスムーズに言えないこともあります。以前の自分ならそういう時何とかしなくてはと思って、焦り、不安に振り回されていました。しかし、今の自分にはそれなりに調節して話す感覚が身につきつつあることを感じてます。 Oさんとのレッスンでは、どこが言いにくいのかは私には全くわかりません。それほど支障なく完璧に話されます。言いにくさはその人の内面の発語感覚の世界ですので、各人が自分で安定感覚を見いだし育てていくことに尽きます。 これからもOさんがご自分なりの自然な安定感覚を育んでいかれるのが楽しみです。 topへ |
「司会、自己紹介、スピーチなど、人前での話が楽に自信をもってゆっくり話せるようになりました。」
私は今まで吃音について、寝てもさめても気になり、とことん悩み苦しみました。まず、 1.人前で話せない。 2.自己紹介でどもる。 3.料理を注文できない。 4.司会ができない。 5.電話で自分の声が周囲で聞かれている場所では、どもる。 等々・・・。まだ他にも書ききれない位あります。 このような中で「さわやかカウンセリング」に受講を申し込んで、約1年間、月2回の電話でのレッスンを受けました。正直、吃音の私にはレッスンは楽ではありませでした。最初はろくに話せませんでした。江田先生には、「話し方が暗いですね。明るく話しましょう。」と言われる始末でした。 けれど、1年間のレッスンの成果として、1〜4までは、完全とは言えませんが99%克服できました。皆さんに信じてもらえないかもしれませんが、司会、自己紹介、スピーチなど、あれほどどもって第一声がでなかったのに、楽に自信をもってゆっくり話せるようになりました。 子供のスポ−ツ大会で挨拶をしたときのことですが、帰ってから子供に「アナウンサ-みたいな話し方だったね」と言われるくらいでした。自分でも不思議に思います。コ−ヒ-を注文するのもコ−ヒ−が言えず苦労していた自分が、なぜこのように変われたのか考えました。 結論は話すことの「自信」をつけたことでした。どうして自信がついたかの理由は下記のとおりです。 @.江田先生による指導で、話し方の基本ができ、人前で話すコツを教えていただき、何度も練習 しました。 このことによってどもって声が出ない自分に、楽に落ち着いて話ができる調節方法が 身につきました。 A更に、人前で話したことの成功体験の積み重ねにより絶対どもらないとの自信がつきました。調整し ないと今も吃音がでると思います。吃音は外部刺激によって生じると言われていますが、話し方に 自信をつけていくにつれて、外部刺激に鈍感になっていったか、気にならなくなって、その結果と して克服につながったのだと思います。 しかし、まだ課題となっているのが5.の電話です。電話では今もどもります。場合によっては瞬時、声が出ないこともあります。人前だと今までの成功体験により、落ち着いてゆっくり話せます。けれど電話は相手の顔が見えません。これであわてまくって、早口でどもりながら話してしまいます。相手の顔が見えないという恐怖が、心を不安にし、緊張し、自信がなくなり言葉につまるのだと思います。 電話は、私にとっての最後の課題です。今考えると、電話が嫌いだ、苦手だとの意識が今まで強すぎたのかもしれません。叱責の電話、クレ−ムの電話など、実際はほんのわずかです。電話って便利だ、電話で話すのは楽しいことだと思うことは苦手意識克服の第一歩かもしれません。ですから、すでに電話を好きになっている自分を思い描いています。 (2008年2月9日) ※江田よりのコメント: 話すことの自信をつけていくのは実際に経験を重ねていくことに尽きます。Iさんは話すことが多い仕事にありますので、レッスン受講生として好環境です。 最後の課題が電話とのことですが、「電話を好きになっている自分を思い描いている」ことが、そのとおりになっていくことを信じています。 topへ |
「堂々と人前で話せるようになり、上を向いて生きている自分の姿を描いています。」
私は子供の頃から吃音で苦しんできました。ずっと下を向きながら生きてきたような気がします。子供が大きくなるにつれ、子供関係や地域での役員などがまわってくるようになり、話せない、話したくないでは済まなくなってきました。
そこでまず話し方教室に通ってみることにして、人前に立つことに少しずつ慣れることを心がけました。5〜6人の少人数の前で話すことを繰り返すことによって、少しずつですが人前に立つことの過度な緊張感が弱まってきました。 けれど次に気になってきたのは、いくら話し方教室で話すことを重ねても、吃音そのものは改善されず、日常の話し方も少しも変わらずで、これ以上の上達があまりなかったことです。言葉が切れ切れになってしまい滑らかに話せないのです。それに相変わらず電話も苦手のままです。吃音を理解できるところでの話し方のトレーニングが必要だと思いました。 その頃、さわやかカウンセリングのHPを見て、少しでもスムーズに話せたら、電話の苦手も解消されたらと思いレッスンを受け始めました。 今は自分の持っている吃音(意識)をそのまま受けとめながら、滑らかにつなげる話し方を身につけられるのだという手応えを掴んでいます。これからも、少しずつ前に進んでいけたらと思います。そして堂々と人前で話せるようになり上を向いて生きている自分の姿を描いています。 ※江田よりのコメント: 人前でのスピーチに慣らすために「話し方教室」に通い始めたKさんの姿勢に拍手します。今は電話でのレッスンを受けながら、話し方教室でスピーチをしているということですが、これはとても効果的だと思います。 人は描いたとおりの人生を歩むものです。堂々と人前で話して前向きに歩んでいる自分に気がつくことでしょう。 topへ |
「現れた吃音症状に対して、なんとか吃音症状を取り除こうと間違った努力をしていたことに気づきました。」 私はどちらかといえばそれほど頻繁に吃る方ではありません。「本当に吃音者なの?」と不思議がられることもあります。しかし、苦手な場面や苦手な相手と話す時には言葉が出て来ない(難発)ことがよくあります。ただ、そんな時には、とっさに違う言葉に言い換えて話しているので、周りの人は「私の抱える吃音」に気づいていないのではないか、と思います。 吃音を意識するようになったのは物心がつき始めた頃からなので、いつ頃から吃るようになったのかは正確にはわかりません。ただ、頻繁に吃るわけではなかったので、吃音で何か強烈に失敗したような経験の記憶はありません。 吃音の方がよく「朗読が苦手」と言われますが、私の場合は決まった原稿をそのまま読む朗読のような場面では比較的吃らず、日常会話などの中で吃音が現れます。ただ、日常会話の場合には、「いい難い言葉」があった場合には言い換えをすればなんとか吃音をごまかせるので、もどかしさを感じつつもなんとか生活できていました。 しかし、言い換えはやはりごまかしなので、自分の感じていることや考えていることをうまく、正確に伝えることができない、そういったもどかしさや落ち込みを感じつつ今まで生きてきたように思います。 ところが、一昨年、仕事の関係で名古屋に転勤になったのを契機に吃音症状が重くなり、以前より頻繁に吃音が現れるようになってしまいました。今まで、吃音については「あまり考えないようにしよう」と思っていた私でしたが、「自分の吃音に真剣に向き合う必要がある」と考えるようになりました。 今まで、私は、吃音症状が出た時に、「吃音はあってはならないもの、吃音せずに話さなければいけないもの」という意識が強くありました。しかし、最近考えるようになったのは、「吃音(難発)の発生自体は自分の意志ではコントロールできないものである、という認識を持たなければいけない」、そのうえで「自分に発生した吃音にいかに対処していくか」そのことを考えなくてはいけないのではないか、そんな風に考えるようになりました。 吃音は自分の意志とは関係なく、突然に現れてくるものである。そして、その発生自体は自分の意志でコントロールできないものであるということは、当たり前のことかもしれませんが、今までそういった吃音の前提となる基本的な理解が頭になく、現れた吃音症状に対して、なんとか吃音症状を取り除こうと間違った努力をしていたことに気づきました。 吃音の発生は自分の意志ではどうにもならない。その前提に立って、吃音症状が現れた時にあわてず、客観的に自分に発生した吃音を観察できるような心の余裕を持てるようになりたい。今はそんなことを考えています。 (2007年4月14日) ※江田よりのコメント: Nさんは仕事柄、人前で話すことが多く、レッスンではNさん自作のスピーチ原稿による演習をさせていただいています。Nさんのように全くといって良いほど吃音を感じさせない“隠れ吃音者”(?)とも言える方は結構多くいらっしゃいます。 吃音症状を取り除こうとするのではなく、また吃音意識があることをいけないとするのではなく、客観的に話し方を捉えていこうとする姿勢は健全なあり方だと思います。 topへ |
「悪い事ばかりじゃない。吃音とうまく付き合っていこう!」 「さっちゃん、どうしてあ、あって2回言ったりするの?」
こんな事を友達に言われ始めたのは、日本語をやっとまともに話し始めた4、5歳のころでした。それから40年・・・何とまあ、どもりとの長いつき合いでしょう。 小・中学校では、他の体験者の方々の手記にも多く見られるように、音読や学年始めの自己紹介などの恐怖におびえ、小学4年生だったでしょうか、本来はどちらかというと積極的で目立ちたがりやの性格なのに、どもってしまうという理由で、人前に立ったり発表したりするのを避けていたため、そのギャップからくる欲求不満からか、爪をかむ癖も出て、何とそれも今現在まで続行中なのです。 高校は音楽科に進学しました。もちろんピアノが大好きで周りの勧めもあったのですが、何より、普通高校よりは人前で話す機会が少ないだろう、という理由で決めたのです。 ところがどうでしょう! 携帯電話なんて夢の時代。入った女子寮では電話をかけるのに寮母さんの部屋の前で名前を大きな声で言って借りなければならず、名前が言えない私はわざわざ近所の公衆電話までかけに行ったりしました。もし寮の電話に出てしまうと、かかってきた人を大きな声で呼ばなければならないので、いつも電話の前を全速力で駆け抜けていました。 それに何と言ってもつらかったのは、ピアノの実技テストで、舞台の上で自分の名簿番号と名前、曲目を言ってから演奏することでした。何度も名前がつまって言えない事がありました。私にとって実技テストは、ピアノの演奏はもちろん、それと同様いやそれ以上に、この一大事に向けて夜も眠れない日が続くのでした。何ともたいへんな高校生活だったわけです・・・。 今、二人の高校生を我が子に持ち、ピアノ講師の仕事をしています。相変わらずしばしば現れる吃音保持者ならではの壁を乗り越えながら、初めて私がこの悩みを表に出す決心をさせてくれたのがこのホームページでした。そして生まれて初めて吃音のことを口に出して話せたのが江田先生でした。 これまでの長い間、両親にも親友にも、今の家族にも一度として吃音の悩みを打ち明けたことはありませんでした。また彼らも、気づいていたのでしょうが、あえて口に出してそれを持ち出すことを避けていたようです。自分だけでは何かをする勇気もありませんでした。 それがこの何とありがたいインターネットという代物の普及によって、私の生活にこんなにも明るい光が降り注がれたのです。 江田先生の心地よいリズムを持った話し方、レッスン中はそれに乗せられてとてもスムーズに話せます。普段の生活では、時には頭に血が上ってしまってまだまだダメですが、レッスンの時を思い出しながら、力を抜いて・・・と習慣づける努力をしています。 長きに渡って吃音という重荷を背負ってきたわけですが、でも考えてみればそれがあったからこそ半ば逃げで入った音楽の世界で、無二の親友を得、かわいい生徒達と出会え、そして今の家族も得る事ができました。その上、この同じ悩みを持つ方々や江田先生との出会いも訪れたのです。 悪い事ばかりじゃない。うまくコントロールしながらこれからもこの吃音と付き合っていこう!どうしても無理な時は逃げればいいし、時には正面対決していこう! (2007年3月13日) ※江田よりのコメント: Yさんのように表面に吃音が表れにくい人は、単に滑舌が悪いことと受けとめられ、悩んでいるとは思われないようです。電話でのレッスンで、自分の吃音(意識)を客観的にとらえて、心の扉をオープンできるようになっていることは嬉しい限りです。 私もYさんと同じように長きに渡って吃音とうまく付き合っている者です。吃音意識を特別なものとして捉えることなく、ピアノ発表会の司会など、いろいろなお話し場面に接していってください。 topへ |
「レッスンで良い感触を体験し、それが言語習慣の面でも精神の面でも良いイメージを得ることができていると思います。」 私は現在46歳になる男性です。今年の9月からお世話になり、現在7回のレッスンを体験しました。現在時点では目に見える形での変化はまだ感じられませんが、月に3〜4回のレッスンは、悪い習慣へ傾きがちな日常生活において、良い矯正効果を持っていると思います。 私の吃音体験は、通常の方(?)と比較して遅い、18〜20歳くらいからです。実際には小学生の頃、アニメの登場人物である吃音者の物まねをした記憶があるのですが、当時は朗読や人前の発表に対して吃音を何ら意識したことがありませんでしたので、吃音を意識したのは成人になってからと考えて良いと思います。そういう意味では、最初の挫折は就職活動においてでした。 どもることがあることを正直に言うと、あたかも欠陥人間であるかような対応をされてショックを受けた記憶があります。就職できた会社は、その意味では大変おおらかな会社でしたが、実際に仕事をしてみるとそうは上手くいきません。警備会社だったこともあり、電話等の対応を厳しく言われ、自分が吃音者であることを強く意識させられました。 それから幾つかの吃音矯正所を回り、一時良くなったこともありましたが、良くなったときでも、「どもったらどうしよう」いう意識がぬけず、結局吃音症状は悪化していきました。その間催眠療法を含めて、4箇所の吃音矯正所を回りましたが、中にはインチキといっても良いような所もあり、高い授業料を取られて悔しい思いもいたしました。 今、吃音に苦しんでいる方は多いと思いますが、治療代、あるいは器具代と称して高額な料金を徴収するところはやめた方がよいと思います。人間苦しい時は心が弱っています。そういう人間に高額な料金を請求する人は詐欺師といっても間違いではないでしょう。あくまでも私の経験ですが、全ての人に即効性のある吃音治療など存在しないのですから。 結局、私は28歳の時会社を辞めました。それは逃避でした。取りあえずすることもないので、ある国家資格試験を受験し、5年目に合格しました。そして結婚もしました。周りの方の助けもあり、人生はうまく回り始めましたが、吃音症状は改善した訳ではありません。電話でいたずら電話と間違えられたりして、情けない思いもし、妻に当たったりもしました。 その時、妻がインターネットであるカウンセリングを探してくれました。そこは自分の心を高めることによって吃音を治癒しようという所でした。結果としてそれが良かったのだと思います。そこには1年半ほどしか在籍できず、吃音症状が完治した訳ではないのですが、吃音であることを恨む気持ちが薄らぎました。 今、江田先生のレッスンを受けていますが、とても良い体験ができていると思います。実際の生活ではレッスンの時みたいにうまくいくという訳ではありませんが、レッスンで良い感触を体験し、それが言語習慣の面でも精神の面でも良いイメージを得ることができていると思います。 (2006年12月11日) ※江田よりのコメント: Tさんの言われる「全ての人に即効性のある吃音治療など存在しない」ということは、4箇所の吃音矯正所に通った経験から言えることだと思います。 即効性を求めて吃音を直そうとするのではなく、自分にとって安定した話し方感覚を経験を重ねて“育てていく”ということを心に留めていきたいものです。 topへ |
「暗く長い洞穴にパッと明るい日ざしが差し込んだようです。」 私がしゃべることに違和感を感じるようになったのは、小学3年生くらいからだったと思います。どうしてことばがひっかかるのかわからず、ただ唖然としたという感じでした。 それからは、本読みの時の順番が回ってくる時の怖さ、先生の質問にもわかっているのに手を挙げられないという悔しい思いなど、吃音を体験した人にしかわからない感情をたくさん経験してきました。なぜ自分だけがこんな悲しい辛い思いをしなければいけないのか・・・何度も思いました。 25年前に結婚をして、妻として、母として家庭を守ってきましたが、そんな私が、昨年の暮れに知り合いから会社での事務の仕事の紹介をいただきました。伝票を作ったり、計算だけだからということだったので安心していたのですが、電話の応対もしなければならないということになり、それからは苦手な発音の社名や人の名前だったらどうしようと、入社する前から毎日不安で胸が張り裂けそうでした。 後悔してもどうにもならず、ついに入社を迎えてみると、やはり緊張してたどたどしい話し方ですから、周りの人は勿論、電話の相手も大丈夫かなと思ったことと思います。会社に行くのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。 そんな時、藁(わら)をもすがる思いで、良い方法はないかとインターネットを検索してみました。そして「さわやかカウンセリング」のホームページを見つけました。先生は勿論、いろんな人の体験談を拝見しているうちに、自分も努力すれば少しは良い方向に向かうかもしれないと思い、電話でのレッスンの申し込みをさせて頂きました。 最初のレッスンの日、先生に今のつらい気持ちを聞いていただき、どんなに気持ちが軽くなったことでしょう。2回、3回とレッスンを重ねるたびに、職場で電話をとるのが少しずつ怖くなくなってきました。腹式呼吸とゆっくりしゃべるということに気をつけるだけでも、つまることがなくなってきたのです。少し伸ばし気味にして次の音につなげると、苦手な発音もできるようになってきました。 暗く長い洞穴にパッと明るい日ざしが差し込んだようでした。少し自信が持てると、勇気も湧いてきました。 ちょうど2、3日前、「あなたの電話の応対を聞いていると気持ちがいい」と上司が褒めてくださいました。「やったー」っていう感じでした。 このレッスンに出会えて本当に良かったと思います。 (2006年11月7日) ※江田よりのコメント: 「必要は発明の母」と言われますが、「(話す)必要は改善の母」とも言えます。Sさんのように自分では苦手と思っていた会社での電話応対も、実際にやってみることによって自信がついてくるものです。あらゆるチャンスをとらえてスピーチ能力を高めていってください。 topへ |
「レッスンを通して自分の生き方まで変わりました。努力は、天才より勝る。」 昨年の12月よりレッスンを受けて少しずつ成果がでてきているので、私の体験談が少しでも皆様の参考になればと思いペンを取りました。 私が言葉が出にくいな、言いにくいなと感じるようになったのは、高校に入学した頃 だと思います。国語の音読につまる、切符を買うのにも緊張してしまう、食事に行っても食べたいメニューが選べない。たとえば、回転ずしで“赤だし”が言えないなど・・・。 このような中で、インターネットで吃音を検索している時に、さわやかカンセリング のHPを見つけました。そのころ吃音で苦しんでいて、電話をかけるのにも苦労していて、体が硬直してしまうような状況でした。このような自分でもレッスンを受けられるのだろうかと悩みましたが、思い切って申し込みました。 レッスンの中で、江田先生が次のことをアドバイスしてくださいました。 1.「腹式呼吸をしてください。」 私は、肩呼吸をしていたことに気が付きました。この呼吸の不自然さが吃音の原因の 一つになっていると感じました。さっそく腹式呼吸を取り入れることにより、体の硬直がなくなり、力みもなく自然に発語できるようになりました。 2「.体の力を抜いてください。」 私は、最初、江田先生がなぜ肩の力をぬいてと言われるのか理解できませんでした。 最近になってわかったのは、肩に力が入ると、体が硬直して、このことにより心の緊 張が生じてどもるのだと思います。 体を硬直しないために、最近、柔軟体操をしています。体がやわらかいと、心の緊張 がなくなりました。 3.「息継ぎ、伸ばす、つなげるを心がけてください。」 このことも最初理解できませんでした。しかし、レッスンを受けていて言葉を区切ると、言葉が硬くなり、出にくくなり、このことが緊張を生み、どもることに気がつきました。 伸ばす感覚で話すようにすると、相手も聞き取りやすく、言葉もスムーズに出るよう になりました。特に電話で相手の名前を呼ぶときに、早口がなくなり、ゆっくりと余裕をもって話せるようになりました。 4.「話すチャンスがあれば逃げないでください。」 私の場合、スポ−ツ祭のあいさつ、結婚式の乾杯の発声の機会がありました。このとき私は、先生に相談し、レッスンでアドバイスを受けてどもることなく、スム−ズに発声できました。それも笑顔で・・・レッスンのお陰です。 以上が、私が昨年12月より、毎月2回のレッスンを受けての成果です。昨年12月ごろは、電話で相手の名前が言えない、自己紹介の時に緊張してどもる、などもうダメと絶望していました。けれど電話でのレッスンを受けることにより、早口がなくなり、緊張が緩和され、ゆっくりとリラックスして話せるようになりました。 吃音は、つらいものです。エジソンは、“99%の努力と1%の才能”と言いました。天才と言われるイチロー選手でさえ、1年のうち360日は、猛練習をしていると言われています。 プロのアナウンサーでさえ、毎日わずかな時間でも休まず音読などの努力をしているとテレビでやっていました。 社会人は、自己表現力、つまり話す力を身につけることがもっとも大切でないかと私は考えています。 吃音を早く直すには、自己流で直すのもひとつの方法かもしれません。私の考えは、さわやかカウンセリングのレッスンを受けて、自分の話し方のどこがいいか、悪いか、どうすればよくなるか、アドバイスを受けて、正しい話し方を自分のものにして、吃音を直すのが近道であることだと確信しています。 (2006年8月22日) レッスンより学び、自分なりにアレンジした吃音調整方法 (2006年12月3日 追加寄稿) 吃音者は、いつもどうすれば吃音が直るか、楽になるか考えると思います。 私が江田先生のレッスンより学び、学んだことの自分の吃音調整方法が皆様の少しでも参考になればと思い再度ペンを取りました。 1.明るく、大きな声で話す、電話応答する。 レッスンで電話の声が暗い、これでは相手に暗いイメージを与えますよとアドバイスを受け、つとめて明るく大きな声で話すように心掛けています。 2.ふまじめ、いいかげんにな人間になりきって話す。 自分もそうですが、吃音で悩んでいる人は、くそまじめ、几帳面な人が多いと思います。普段はこれでいいと思いますが、話す時は、不良、ちゃらんぽらん、いいかげんな人間になりきって、肩の力や全身の力を抜いて、楽に適当に話すように心掛けています。 プロのアナウンサ-ではないのですから、適当に話せば楽に声がでます。完璧に話そうと思えば疲れます、どもります。 3.かたくならない、緊張しないように気をつけています どんなに口が達者な人も硬くなったり、緊張すれば声が出ない時もあると思います。だから、ゆったりした気持ちを持ち、自分を追い込まないようにしています。 4.ゆっくり、伸ばし感覚で話す。 私も以前早口でした、早口は言葉が硬くなり、どもると感じるようになりました。電話口、自己紹介、司会などで話さなければならない時は、ゆっくり、伸ばし感覚で話すように心掛けています。 5.歌を歌う。 知床旅情、昔の名前が出ているゆっくり口調の伸ばし気味の歌を歌っています。 6..さわやかカンセリングを受ける。 私も自己流で吃音を直そうとしてきましたが、直らず30年間苦しみました。プロのアナウンサ-でさえ、アナウンサ-スク−ルでレッスンを受け、日々努力した成果があの声のようです。 私の考えは、吃音は話し方の癖(くせ)であると考えます。この癖を直すには、江田先生のような指導者のレッスンを受けて直すのが一番の早道であると考えています。 ※江田よりのコメント: Iさんが吃音意識を持ったのが高校1年頃(16歳)ということですから、吃音とはかれこれ30年に渡る付き合いをして、吃音改善の難しさを身をもって感じて来られたことと思います。そのIさんがレッスンを通して自分の話し方を客観的にとらえて、改善の方向性の確かな手応えを感じておられることは、嬉しい限りです。 「一を聞いて、十を悟る」と言いますが、Iさんのようにレッスンから何かを掴み取ろうという前向きな姿勢を持つ受講生が多くいることは、私もやりがいを感じます。私を踏み台にして、どんどん成長していってください。 topへ |
「私がレッスンで学んだことは、技術的なことと精神的なことの二つがあります。」 私は電話が苦手です。以前からあまり得意ではありませんでしたが、特に最近、電話をかける時に自分の名前がなかなか出てこなくて大変恥ずかしい思いをし、インターネットで見つけた「さわやかカウンセリング」に、すがる思いで申し込みました。昨年の12月のことでした。 半年が経ち、お蔭様で今ではかなり電話に対する不安な気持ちが緩和されてきています。私がレッスンで学んだことには、技術的なことと精神的なことの二つがあります。 技術的なことに関しては、とにかくゆっくり話すこと、特に出だしを伸ばし気味にすることです。今まで私はどもりをなくすため、早口言葉などを使い早くしゃべる練習などをしていましたから、まったく逆のことをしていたわけです。むしろ、普段からゆっくり話す習慣が大事だということが分かり、目からうろこの思いでした。 また、精神的なことに関して、江田先生からレッスンで自信を与えられています。完璧主義は捨てること、少し緊張する場面で場数を踏んでみてください、とのアドバイスをいただき、実践するようにしています。今は電話をかける回数を少しずつ多くしていくよう努めています。 私の吃音は精神的なものが大きいことが分かっています。たぶん、自分の性格は直らないものかと思いますが、レッスンを通して、どもり意識を緩和していくことはできるような気がしています。成功体験が大事なのかなあと思います。多少の失敗を失敗と思わず、場数を踏んでいくことで、大失敗をしなくなっていくものかなと思います。スポーツと同じで、負荷を少しずつ高めていくことが、緊張感の克服にも必要なのだと思います。 今は、3週に1度のレッスン間隔ですが、これからも江田先生と多少の緊張感のある関係を維持し、いつも新鮮な気持ちでレッスンに臨めたらと思っています。 レッスンは、楽しみながら学べるものとなっています。レッスンで使われる教材「こころのおしゃれの三か条」はとてもよいお話で、自分にはぴったりだと思いました。また、よい話し方の例として、タレントさんを引用されることもあり、飽きさせない工夫をされているのに感心します。 (2006年7月18日) ※江田よりのコメント: 吃音改善のためには、話し方の技術的なことと吃音のとらえ方の精神的なこととの両方がともに必要だと思います。レッスンをとおして私が辿ってきた道をお分かちして、改善の方向性を見いだしていただくことは、大きな喜びです。 topへ |
「一大決心をしました。それは今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよならをすることです。」 私が吃音を意識したのは小学校4年の時でした。朗読をしてくれる人は起立してと言われ、読もうと思ったのですが声が出ず、先生が皆の前で私の事を慰めてくれたのでしょうか・・・、そのような事を記憶しています。それ以前の私も吃音の要素を持っていたのかもしれませんが、それ以降、吃音の意識が深くなっていったことは言うまでもありません。 学生時代は、人前で話すことが常に恐怖でした。皆さんの体験談に共感するばかりです。吃音を味わった事のない人には理解できない気持ちだと思います。 社会人になってからは製造の仕事に従事し、人前で話すことからずっと逃げてきました。性格はわりと社交的なので雑談は多いのですが、言葉が出ないときは言い換えたり、忘れたふりをして変に思われないよう努力していました。今思えば無駄な事でした・・・。 一生逃げて過ごせばなんとかなると自分の中で思っていた反面、心の中は自己嫌悪のかたまりでした。 人生の半分を迎えた私は、一大決心をしました。それは、今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよならをすることです。 その第一歩としてさわやかカウンセリングを受講する勇気を持ちました。そしてこの事で今少しずつ前向きになってきた自分を感じています。 自分の5年後10年後がより自分の目指す人生を送れることが出来るようになりたいです。講演会の講師になって、大勢の前でスピーチが出来たら最高です。 さわやかカウンセリングの体験談を読んで私は勇気を頂きました。本当にありがたく感謝しています。そして、自分の夢が実現できるよう頑張りたいと思います。 (2006年3月17日) ※江田よりのコメント: 小さい時から杭(くい)につながれて育った象は、大きくなっても杭につながれたままです。杭を抜く力はもう充分あるのですが、今まで引っ張ってできなかったので不可能の蓋(ふた)に閉じこめられたままです。 多くの場合、吃音経験は幼少時にさかのぼり、話すことの苦手意識、恐怖感を引きずるので、自分は人前で話すことができないと思ってしまうものです。 「今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよなるをすること」という0さんの一大決心は、話すことの自信を確実に取り戻す変換点となる筈です。 topへ |
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「話すことの自信を更につけていきたいと思います。」 私は小学校3、4年生の頃から吃音になったように思います。吃音になったというか、自分自身が話すことをとても気にするようになった時期です。 小学校2年生の頃、どもりは早口言葉を言えば治ると友達に言われました。その頃は何のことを言っているのか、わかりませんでしたが、自分の話し方を気にするようになった頃から、言葉が出にくくなりました。 友達や他の人達から体のことでいやなことを言われ、そのことで自分に自信がなくなり自意識が入ってきて、それが吃音意識につながっていったと思います。 何も話をしていなくても、落ち込んでしまうことがありました。また、人の話を聞いているだけで、自分と比べて落ち込んでしまうという有様です。 催眠療法も受けてみましたが、効果があったかどうか、わかりません。 このままではいけないと思い、インターネットで「さわやかカウンセリング」と出会い、自分と同じような悩みをもっている人達がたくさんいることも知りました。 けれど、内気で引っ込み思案な私は、すぐには申し込みができませんでした。 実際にレッスンを受けてみて、落ち込みを少なくすることや、吃音についての考え方など、いろいろと教えられることが多くあります。 話すことの自信を更につけていきたいと思います。 (2004年8月15日) ※江田よりのコメント: Iさんは建具店を営んでおられ、職人としての落ち着いた味のある話し方をなさいます。訥弁(とつべん)ではありますが、「堅実ないい仕事をする人だ」との印象を受けるのは私だけではないと思います。 この良き持ち味を活かしつつ、確実な発語感覚をこれからも養っていかれますよう。 topへ |
「話すことの恐怖から開放されている感じがしています。」 今でも覚えている・・・。小学校2年の時に劇をやることなり、自分のセリフが「あ、土が見えた」の一言だったが、その「土」という言葉が言いづらく、引っかかるようになってしまった。それがどもることとなった始まりだと思う・・・。 小さかったせいか、その頃はあまりどもるということに意識はしていなかったが、学年が上がるにつれて少しずつ意識するようになってしまった。 中学校に入ると思春期ということもあり、今まで以上にまわりの目を気になりだして、なぜ自分だけが普通に話すことができないのか、どうすれば話せるのか、病院とかで治療すれば治るのかなど毎日悩んでいた。結局どうしたらいいのかわからないまま時間だけは過ぎていった。その間に緊張すると全く話せないという状況となり、授業中に「誰かに読んでもらおうか」と言われただけでも緊張状態になってしまい、とても辛かった。 高校に入学後、吃音に関する本を見つけ、自立訓練法を知った。しかし以前と比べれば普段は少し話せるようになっても,人前ではあまり以前と変わることはなかった。すぐ緊張してしまうという状態は治らず、そうなってはどうにもことばが出てこなかった。 就職すると病院で受付に配属され、大勢の人前で呼び出しをさせられた。極度の緊張で名前を呼ぼうとしても言葉は一向に出ず、顔は真っ赤になり、逃げ出そうと思ったことは数知れなかった。 その頃なんとかしなければと思い,東京の吃音治療院に通うことにした。そこでは自己催眠や言葉を伸ばすこと、ゆっくりはっきりと話すことなど教わったが、なかなか上手くいかなかった。結局あまり改善することなく、その後はなんとか自分なりのやり方でごまかしながら話をしてきた。 しかし年齢とともに大勢の前で話をする機会が多くなり,普段はどうにか話せても人前に立つと息ができなくなり言葉も出にくくなってしまう。 そんな時にさわやかカウンセリングを知り,回数を重ねるにつれて少しずつだが話すことの恐怖から開放されていく感じがしている。まだ言葉が出なくなることがたまにあるが、そんな時腹式呼吸をすることによって、言葉が出たときはとても嬉しい。 普段意識していないと以前の話し方に戻ってしまうので、レッスンで教わった話し方をできるだけ意識しながら、自分をコントロールできるように習慣づけていきたいと思う。 (2004年6月25日) ※江田よりのコメント: 「年齢とともに大勢の前で話をする機会が多くなっている」Hさんですが、日常会話では支障なくても、いざ人前に立つと別の発語感覚に入ってしまうことはHさんに限ったことではありません。 必要は発明の母と言われますが、「(人前で話す)必要は(スピーチ)改善の母」でもあります。人前で話すことは緊張を伴いますが、これからも場を重ねてスピーチの達人になってください。 topへ |
「今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたいと思います。」 私が自分の吃音を意識しだしたのは、小学校の2,3年生頃だったと思います。父も吃音があり、親戚にも吃音の人がいたので、遺伝だったのか、それとも父を見ていて、自分もあんな風になったらいやだなーと意識していたからでしょうか。 今となっては、自分が吃音になった原因はわかりませんが、それ以来、吃音の人が経験するありとあらゆることを経験してきました。国語の時間に朗読が出来ない、自分の名前が言えない、答えがわかっているのに答えられない、駅で行き先が言えない、卒業式で答辞や、送辞が言えない、・・・・・など、悔しい思いをたくさんしてきました。 中学、高校と進学するにつれ、悩みは一層深くなり、高校の何年生だったかは忘れましたが、何かの雑誌で知った、東京にある吃音矯正所の先生の著書を購入し、そこに書いてあったことを実践しました。それが効果があったのか、私の吃音はだいぶ改善されていきました。それでも完全に治ったわけではありません。緊張する場面や、何かの拍子に吃音は出てきます。 今でも一番辛く思い出されるのが、就職したばかりのことです。同じ営業所に私を含め、新入社員が十数人配属されました。その十数人が、各職場を回り、挨拶をしなければなりませんでした。 全員が一列に並び、はしから順番に「○○課に配属された、△△です」と言わなければならないのですが、私の番が回ってくると必ず言えないのです。数箇所回るので、初めの1,2箇所であれば緊張しているのだなということで済んだのかも知れませんが、全ての部署でそれですから、変な人・・・・・と思われたのは確実です。 就職してからも電話などで苦労しましたが、結婚し、その後今の家に引っ越しました。職場が遠くなって退職するまでの17年間そこに勤めました。 それから数年間、専業主婦だった間に、ある資格を取り、その資格を生かすため、昨年ある事務所に就職したのですが、その事務所の名前が私にとって、言いにくい名前だったのです。 また、あの辛い苦しい思いをしなければいけないのかと思い、ネットで検索してみたところ、江田先生のホームページと出会いました。 先生は、よくレッスンの中で、家族やごく親しい人と普段リラックスして話している時に、100%納得のできる話し方を意識して、自分でコントロールできることが大切だとおっしゃいます。 最近は、事務所の名前も言えるようになり、だいぶ自分でコントロールできるようになったかな、と感じてきています。 今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたいと思います。 (2004年1月15日) (追加) 「レッスンを受けて半年を経て思うこと。」 先生のレッスンを受け始めて、半年が過ぎました。 レッスンを受ける前の時の私の吃音状態は、程度で言えば「軽度」であったかもしれません。(昔は「超重度」でしたが、歳を重ねるごとに軽くなっていったことは確かです。そのあたりのことは前回の体験談を読んでいただけるとわかると思います。)主人でさえ、私が吃音で悩んでいるなどとは夢にも思っていないでしょうし、両親や兄弟も、昔は吃音だったが、今は治っているんだと思っているはずです。友達も私が吃音だとは思っていないでしょう。 でも、私は立派な吃音者です。周りの人達が私のことを吃音だと気付かないのは、私が吃音をうまく隠しているからです。言いにくい言葉は、言いやすい言葉に言い換え、話す必要のない時は、話さない・・・。そんな風に誤魔化しているからです。しかし実際は、いつも発語予期不安にかられ、絶えず吃音のことが頭から離れたことはありません。 そんな私が先生のレッスンを受けようと思ったきっかけは、今の事務所に就職が決まったことでした。事務所の名前が私の言いにくい言葉で始まる名前だったからです。 レッスンを受け始めてから一番変わったなと思うことは、常に正しい発語で話すように意識していることです。何気ない日常の会話でも丁寧に話すようにしています。 昔は、発語予期不安はあってはいけないものだと思っていました。予期不安があるから余計意識して、どもってしまうのだと思っていました。だから意識しないでおこうと思っていましたが、それは無理でした。 先生もレッスンの中で、予期不安は過去の失敗経験が記憶の中にインプットされているのだから、それを消し去ることは難しい。予期不安がある中でも正しい発語がコントロールできるようになることが大事だとおっしゃいます。実際、現在、事務所の電話が鳴ると一瞬「どもるかな。大丈夫だろうか」と不安がよぎります。でも受話器をとってみると言えている場合が多いのです。 まだまだ上手くいかないこともありますが、正しい発語がコントロールできるようになってきているのかなと思っています。 現在私は月に一度のペースでレッスンを受けています。常に正しい発語で話すようにしているものの、私の忘れっぽい性格では、月に一度先生の声を聞いてホッとしたいのが本音かもしれません。同じ吃音経験をお持ちの先生は、私の気持ちを理解してくださり、ご自分の経験もお話ししてくださるので、レッスンを受けた日は何だか心が落ち着くのです。 これからも、月に一度のペースのレッスン、よろしくお願いいたします。 (2004年3月4日) ※江田よりのコメント: 「今年はどんな場面に遭遇しても、いつでも、自分の話し方をコントロールできるようになりたい」というSさんの新年の抱負は、指導させていただいている私の念願でもあります。 レッスンでは安定した自然で柔らかな話し方をなさるSさんですが、日常の会話では安定した話し方を心の中で意識化していく習慣をしっかり身につけようとしておられます。 発語予期不安はあってはならないものと思うのではなく、それはそのままにしておいて、日常の良きお話し習慣と実践を通して、どんな場面でも自分の話し方をコントロールできる自信を更に深めていってください。 topへ |
「最近は生きている気がしています」 私は吃音歴32年の40歳です。 今まですべての事をネガティブに考え、なるべく人と話をしないで済む生活をと考えてきました。 どもらない社名で仕事を選ぶようにしたり、好きな人ができても、相手の名前がどもるようだと諦めたり・・・。 27歳の頃には、通販で吃音のテキストや治具を20万円の一括払いで購入しましたが、後から考えるとアドバイスも何もなく、なんでこんな物を購入したのかと後悔し、さらにマイナス思考になっていったものです。 しかし、年をとるにつれて逃げている訳にはいかなくなってくるものです。 パソコンで何回か検索した時に江田さんのカウンセリングを知り、一回ごとの電話のレッスンが手ごろな料金で受けられるので申し込み、現在10ヶ月ぐらいになります。 実際に上手くいく時、いかない時とありますが、できるだけレッスンでの話し方を実践していく事が必要だと思っています。 私の場合、全体にどもるのではなく、タ行などの破裂音といわれる音が言葉の始めにくるとどもるのです。 私がどもるということは同じ吃音の方でなければ気づかない程度で、人に知られたくないというこだわりが長らくありましたが、この意識を乗り越えつつあると思います。 これまで吃音で苦しんで死んでいたような年数からすると、最近は生きている気がしています。 (2003年11月6日) ※江田よりのコメント: Tさんの名前は「タ」で始まります。長い間無理に「タ」の発音をしていたので、歪められた「タ」しか言えなくなってしまいました。レッスンをさせていただいて、「タ」の発音さえ上手くいけばすべてOKなのになぁーと思ったほどです。 けれど、この10ヶ月間、持ち前の忍耐力でコツコツ良き実践を重ね、今では柔らかな「タ」が言えるようになってきました。Tさんの良き習慣意識の結実です。 topへ |
「心がとてもさわやかなのです」 最近の出来事です。日頃お付き合いしている友人からの電話がありました。 友人 : 「今度の集会で進行役を引き受けていただきたいのですが・・・」 私 : 「エッ? ・ ・ ・」 私の心の中 : 「ドキン!ドキン!何と言って断ろう。私には絶対できるはずがないじゃないの!」 私は今までこのようなやり取りでは、まず最初に断ることを考えてきました。私は吃音でなかった記憶がありません。生まれた時から吃音という方はいないでしょうが、自由にのびのびと話していた記憶がないのです。 学校に入り、小学校・中学校・高校・専門学校、そして職場と、そのいずれでも、いつ言葉が止まるのかと不安と恐怖の連続でした。家では言いにくい発音の言葉は言わないようにしていましたので、親、姉妹は私が吃音で悩んでいることはほとんど知らなかったようです。自分に選択権があるときはそれでも良いのですが、学校での自己紹介、音読などで言葉を変えることが出来ない時など、「何で私なのか」と恨む思いでした。 時を経るうちに自分で工夫しながら話し、次第につかえずに話せるようになっていましたが、「言葉が止まって言おうとすればするほど口がゆがむ自分の姿を知られたら終わりだ」という恐怖は通奏低音のように響き、虚無感のただよう日々を送ってきました。 実際には治ったわけではなく、言葉が出てこないことはよくありましたし、言いにくい言葉を避けていたので目立たなかったというだけでした。 中学校に入る前に一度言葉の教室に通いましたが、その後は専門的カウンセリングを受けたことはありません。打ちのめられたような卑屈な思いを引きずり、一歩を踏み出す勇気さえなく、自ら求める気持もなかったと思います。 何処かに改善の方法があるのではないか、吃音を理由にして否定的な人生を送りたくない。今年に入りインターネットを開いて「吃音」と打ったことで、「さわやかカウンセリング」と出会い、今までになかった希望を感じる世界に踏み込むことが出来たのです。 ホームページを見て、皆さんのお話しが心のひだに入り込み、読んでいると押し込めてきた自分の気持がよみがえって、はじめてボロボロと涙がこぼれました。涙とともに深く癒される思いでした。 江田先生に「私はずっと吃音の恐怖を抱えています」と話しましたら、先生は「そのトラウマは消えることはありません。しかし、不安を抱えながらでも自分をコントロールし、話をすることは出来ますよ。私は今でも自分は吃音者だと思っています」と話されたのです。少しつまずくと、それまで積み上げた全部を否定してしまう傾向のある私には、本当に心から納得できる言葉でした。そして「お金を出してでも場を踏み、経験を重ねていってください」と言われたのです。お金を出してでも逃げたい私にとって、進んで皆さんの前で話すことなど信じがたい思いでした。しかし、お金を出さなくても、事態はやってくるようになりました。 始めの話に戻りますが、進行など出来るはずがないと思っていたので、二三日寝込んでしまいました。立ち上がろうとしても足が重く、ため息ばかりです。しかし、汗を流し七転八倒しながらも引き受け、集いを終えることができたのです。皆様のお名前などは、言えないからといって変えることはできません。先生のアドバイスを聞きながら、送っていただいたテープの中の名前を集いに登場する方々の名前に変え、大きな声で何度も練習をしました。言いにくい言葉が言える感覚を体感することは本当に嬉しい思いでした。言えるか言えないかの世界で生きてきた私でしたので、下を向いて必死に原稿を読んで舞台から降りたという感じでした。 挑戦してみると自分の姿を振り返る余裕も少し出てきて、今度は会場と響きあえるようになれたならいいなどと願っていることが本当に不思議です。言うことだけで精一杯(言えたからこそ思えるのでしょうが)、人と関わることが苦手・・・でも、そんな姿を初めて受けとめられる気がして、心がとてもさわやかなのです。育んでいったらきっと心から響き合えると、未来を思い描いています。 いつしか自分が何を願い、どう思っているかも見えなくなっていた私にとって、「本当は何を願い、どう生きたいのか」と自分に問いかけ生きることは嬉しく、希望の光を蘇らせていただきました。心から感謝いたします。 (2003年9月27日) ※江田よりのコメント: 「親・姉妹は私が吃音で悩んでいることはほとんど知らなかった」とおっしゃるように、Iさんは日常会話でことばがつまることは殆どありません。でも「自由にのびのびと話していた記憶がない」と言うほど、心にはいつも発語の恐れの影がありました。 しかし、聡明なIさんは話すことについて、今さまざまな気づきを得ておられます。 (1)吃音にまつわる今までの不安感情を否定して無理に押し込めるのではなく、浮き出るままにそのままにしておいて良いこと。 (2)不安で震える中でも、確実に話せる世界があるということ。 (3)失敗したからといって、今までのすべてを否定することは無意味なこと。 (4)話が下手という思いは、幼少にさかのぼる感情体験を引きずっている影のようなものであること。 今回は100名以上の方々の前で立派に司会・進行役をなさいました。「私は本来話をすることが大好きです!」と自己宣言をしながら、これからも人々と響き会える世界を広げていってください。 topへ |
「今は気持がすごく楽です」 私は、父親と兄が吃音ということもあって、小学校入学の頃から吃り始めました。小学3年生の時、大阪にある吃音矯正の学校へ夏休みだけ入りましたが、期間が短かった事もあり、改善には至りませんでした。 自分ではどうすることもできないまま大人になりました。その後結婚しましたが、家が商売をしていたこともあり、いろいろ苦しみました。 そんな中、米沢興譲教会の礼拝テープやホームページを通して江田先生のことを知りました。そして私もぜひカウンセリングを受けたいと思い、申し込みました。 今は気持がすごく楽です。試練であった吃音が江田先生との出会いを通して私に様々な思いを与えてくれました。自分を励ますこと、誉めること・・・今までの自分になかったことです。本当に感謝しています。 また昨年のクリスマスには教会で洗礼を受けさせていただきました。イエス様が私にくださった大きな恵みであると思っています。 (2003年6月21日) ※江田よりのコメント: 「自分を励まし、誉めること」、そしてお話し操縦法をご自分のものとなさって「今は気持がすごく楽」になっているKさんです。クリスチャンであるKさんは、以前は教会での聖書朗読(輪読)が恐怖でしたが、今は自信をもってゆっくり読むことが出来、またお仕事での電話(仕入注文)も確実に安定しておられることを伺い、嬉しい限りです。 これからも自分をいたわり、励まし、誉めて、Kさんならではの心のハーモニーを奏でてください。 topへ |
「新たな目標を見つけました。」 私は小学3年頃から、緊張すると声が出なくなり、自分の名前すらも言えなくなる発語不安に陥りました。国語の朗読の時、上手く読む事が出来ず、友達との会話も満足に出来なくなり、その頃から学校に行くのが嫌になりました。 中学に入学してからは、親や教師に反抗して家出したりするなど、家族に心配ばかりかける日々でした。 中学を卒業後、社会に出て仕事に就きましたが長続きせず、八百屋、露天商見習い、土木作業員、トラック運転手など、様々な仕事をしました。 18歳の頃、今の家内と知り合い、その時「私の人生はこれで良いのかな?」とふと考えました。そして会社の社長になるという目標を持つようになりました。それからは一生懸命働き資金を貯め、25歳には念願の株式会社を設立するまでに至りました。今思うと、あの時会社設立の目標を持たなかったら、発語不安、吃音のことばかり考えるだけの寂しい人生を送っていたに違いないと思います。 先月、江田先生のHPを初めて拝見しました。そこで長年諦めていた、発語不安と吃音が改善されると知り、その日直ぐに電話を入れ、江田先生とお話しをしました。親切に応対していただき、トライアルレッスンを申し込みました。 初回のレッスンで腹式呼吸や息継ぎの仕方を教えていただきました。その翌日、会社でトライしたところ、なんと発語不安が無く、スムーズに会話が出来、驚きました。 2回目のレッスンで江田先生が、朗読や会話の最中に「鼻で息継ぎ」をする私の悪い癖を指摘してくださいました。たったこの2回のレッスンで私にとっては凄まじい進歩です。 私は仕事で、役職柄1日数十人の方々とお話しをする事もあります。今までは、私の吃音で会話に時間がかかり、相手の方に迷惑をかける事もありましたが、今後は自分のためのレッスンというより、相手の方を思い迷惑をかけないようにするためという意識を持って、江田先生とのレッスンを続けていきたいと思います。 今ここに「吃音完治」という新たな目標を見つけることができました。 (2002年9月27日) ※江田よりのコメント: Mさんは50名以上の従業員を擁する会社の社長さんです。今年度30億円の売上目標をかかげ、また平成17年には株式の店頭公開という目標に向かって準備をしておられます。 ご苦労なさって今のお立場を築かれたMさんの人情味溢れる温かいお人柄が電話を通してジーンと伝わってまいります。 お話を伺うと、会社経営の重責の中でのスピーチのレッスン、更に大学で勉強をしておられるとのこと・・・前向きに学んでいかれる姿勢にただただ頭が下がります。何事にも目標を決めて進まれるMさんです。吃音改善の目標に向けて、コツコツと確実に進んでいかれることでしょう。 立場上、人前でのスピーチ、会合でのお話しの依頼が多くなってきておられるとのことですが、会社での訓話、企業家としての講演など、お話しの面でこれまで以上のご活躍をサポートさせていただけることは、私にとって大きな喜びです。 topへ |
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