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30歳〜39歳 |
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「さわやかカウンセリング」の電話でのレッスンは、北は北海道から南は九州、沖縄県までの全国、そして海外 |
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CONTENTS さわやか吃音(どもり)カウンセリング トップページへ |
「ゆっくりペースの喋り方を身につけていけば、緊張する場面でも調節できるという感触を感じています。」
会社で電話をとるとき、一言目の会社名がどもってしまい、電話が鳴ると恐怖でした。「お客様はどう思ったかな・・・」「出先からかけてきた人はどう思ったかな・・・」と、暗い気持ちになっていました。恥ずかしくて誰にも相談できませんでした。 どもる意識がとてもひどくなったとき、もうダメだ、病気だったら直したい!と思い、インターネットで江田さんのHPを知りました。 初めてレッスンを受けたとき、自分がいかに早口になっていたかに気づきました。「ゆっくり、相手にわかりやすく話すこと・・・」ただそれだけのことが今までの自分に全くなかったことに気づき、目から鱗(うろこ)でした。 レッスンを受け始めて2年になります。以前のようにひどくどもることはありませんが、社内で電話をとるときの緊張感からは、なかなか解放されません。頭ではゆっくりとしたペースで話すぞと思っていても、早口になってしまったり、一瞬つかえてしまうことがあります。 でも今は、ゆっくりペースの喋り方を身につけていけば、緊張する場面でも調節できるという感触を感じています。 (2008年9月10日) ※江田よりのコメント: Yさんの職場の事務所では比較的多くのスタッフが静かにデスクワークをしていて、電話応対の声が周りに響くという、吃音意識を持っている人には話しにくい環境のようです。当然、電話をとるときは緊張します。 電話で緊張する自分をそのまま受け止めつつ、日常会話でさらに安定度の高い発語感覚を育んでいきながら、電話経験を重ねていただきたいです。 topへ |
「このレッスンを受けた事によって、私の悩み・不安はだいぶ解消されました。」
私が、どもりを意識したのは中学生の時でした。当時、生徒会の役員を務めていたので、全校生徒の前で発表する機会があったのですが、その時、突然、出だしの部分がしゃべれなくなってしまったのです。以来、言葉の出だし、特に「あ行」の出だしが話せないことに意識し始め、ずっと悩んでいました。 「ありがとうございました。」「お疲れ様でした。」「いらっしゃいませ。」・・・それらの言葉を最初に言わなければならない場合、非常に辛い思いをしました。そして何より、自分の名前が「い」で始まるため、自己紹介や名刺交換するのが、とてもイヤでした。自分の名前がスンナリ言えないからです。自分の名前の前に何か言葉を付けたら言える時もありましたが、その方法でもダメで、出だしの「い」が言えず、自己紹介の時に変な空白の時間ができたことも多々ありました。そのため、結婚した時、自分の名字を変えて、妻の姓を名乗ろうかなと思ったことさえ、あったほどです。 私も、これから仕事上で、会議やミーティングなどの司会進行なり、人前で話をさせられる機会が必然と多くなる年齢になってきました。当然、人前で話す時は、まず自己紹介をしなければなりません。そういう機会が今後増えていくと考えるだけで、とても憂鬱な気分になりました。電話で話すこともそうです。私の最大の悩みでした。 そんな中、今年の2月に、私の上司から、組織の一番のトップと直接お話しなければならない(しかも、他の幹部が全員揃っている中で自分の意見を発表しなければならない)懇談会の参加を命じられました。その話が決まってから、一層不安になり、インターネットで、どもりを解消(治療)する病院を探していたら、さわやかカウンセリングのホームページを見つけました。そして、レッスンを受けました。 江田先生に懇談会のことを話したら、懇談会で発表する原稿を書いて、それにそって話す練習をしてくれました。おかげで、懇談会はさすがに緊張したものの、なんとか、うまく発表することができ、乗り切れることができました。 レッスンを受け始めて、まだ半年位ですが、このレッスンを受けたことによって、私の悩み・不安はだいぶ解消されました。まだ、あ行がうまく言えなかったり、自分の名前を言う時、突っかかることはあります。でも、「どもり・吃音を無理に直す必要はないんだ」「突っかかったら突っかかったで、いいじゃないか」と、レッスンを通じて思えるようになったおかげで、精神的にはだいぶ楽になりました。 また、レッスンでは電話応対とスピーチの練習をするのですが、前に比べ、電話応対も幾分ことば使いが丁寧になったような気がします。そういったスキルアップの要素も兼ね備えていると思います。 これからも、日頃から江田先生が言われる「自分なりの安定した発語感覚」が身につくよう、レッスンと日頃の会話を通じて、頑張りたいと思っています。 (2008年8月27日) Iさんは仕事柄、人前で話すことが多いこともあり、とても話慣れしているように思います。自分の中の吃音意識を客観的に受け止めながら、安定した発語感覚を育ててください。 受講生で結婚相手を言いやすい苗字かどうかで半分本気で選んだという方がおられますが、Iさんも奥さんの姓を名乗ろうかと思ったことなど、吃音意識をもつ方々の涙の笑い話?が身に染みます。 これから結婚を考えている方で、相手の苗字が言いやすいかどうかで決めようとしている方がいらっしゃったら、迷わずレッスンを受けてください。一生の後悔とならないために・・・(笑) topへ |
「早口は少なからず改善されたように思います。電話応対を今後の課題として取り組んでいきたいと思っています。」
私が自分の吃音を意識するようなったのは、小学校に入るか入らないか、といった頃ではなかったかと思います。おそらく保育園から小学校へと上がる環境の変化が、何らかの心理的な要因になったものと思われますが、今となっては定かではありません。 私の場合、早口でまくし立てるように喋ると不思議なものであまり引っ掛からないのですが、授業での教科書の音読や朝のホームルームでの発表等では、うまくいきませんでした。また「た行」など、どうしても苦手な発音もありまして、いつ自分に順番が回って来るのが気になり、トテツもなく憂鬱でした。 普段早口なお喋り野郎と思われているだけに、本読み等で引っ掛かり、なかなか次の言葉が出ないと、余計奇異な目で見られ、一度など授業のサボタージュと勘違いされて、教師からゲンコツをもらった事もありました。吃音を隠そう隠そうと意識していた事が余計言いにくくさせて、黙っている私を不気味に思ったのかも知れませんが・・・。 それでも、中学高校と、学生時代は何とか悩みながらも隠し通すことも出来ましたが、社会人になってからはそうもいきません。取引先のお客様と話したり、内線外線問わずの電話など、一方的に喋る訳にもいかず、また すっかり倣い性になってしまった早口も、そのままだったからです。一時期は神経症一歩手前に迄なり、しばらく会社を休んだこともありました。 レッスンを始めて半年を経ようとしていますが、今はレッスンの成果か、早口は少なからず改善されたように思います。けれど、電話で名を名乗る(姓・名とも苦手なタ行から始まる)などの苦手意識が抜けないので、この辺を今後の課題として取り組んでいきたいと思っています。 (2008年6月11日) ※江田よりのコメント: Tさんは自称?早口ということでしょうが、私には話す速度はどちらかというと緩やかに感じます。けれど意識する単語の発語が速いので調節が利きにくくなっていたのだと思います。 レッスンを通して安定度が高まっています。これからもTさんなりの安定感覚を育てていってください。 topへ |
「これからは自己紹介や電話の機会を見つけ、レッスンで学んだ事を実践していきたいと思います。」
私が言葉のひっかかりを気にし始めたのは小学校の頃です。それでもあまり気にすることなく今まで過ごして来ました。
それが1年程前、職場でのちょっとしたストレスにより、言葉のひっかかりを強く意識するようになりました。私は普段の会話などは何でもないのですが、自己紹介や電話で自分の名前を言う時に言葉が出てこないのです。それでも仕事をしていた時は電話にも慣れていた為、電話応対は怖くはありませんでした。 しかしその後、仕事を辞め家に居る時間が多くなると電話の機会も減り、だんだんと電話恐怖症になっていきました。 このままではいけないと思いインターネットでいろいろ調べ、「さわやかカウンセリング」のホームページの皆さんの体験談を読み、同じ思いをしている人達がこんなに沢山いることを知り、レッスンを申し込みました。 レッスンの初日の電話はとても緊張して自分の名前がなかなか言えませんでした。それでも先生は私を焦らせたりする事なくゆっくりと話を聞いてくれました。 何回かレッスンを受け、先生と話したり、アドバイスを受ける事により、少しずつですけれど電話が怖くなくなりました。特に自分の名前を言う時など、最初の言葉を少し伸ばす感じで言うと上手く言えるとアドバイスをもらい実行してみると、とても言いやすかったです。 私はとても神経質で色々と考え込んでしまう性格なので、レッスンで先生に話を聞いてもらったり、たわいもない会話をしたりする事がレッスン以上に(もちろん発語レッスンは必要ですが・・・)効果があったような気がします。 今では電話をかける事が以前より苦痛ではありません。落ち着いてゆっくり話せば上手く言えるようになりました。これからは自己紹介や電話の機会を見つけ、レッスンで学んだ事を実践していきたいと思います。まだまだ不安もありますが経験しないと慣れないと思うので頑張りたいと思います。 ※江田よりのコメント: 話すことの自信は、緊張しなくなることではなく、緊張する中でも話せるという体験の積み重ねから生まれるものです。経験に失敗ということはありません。これからも様々なお話し場面に積極的に接していかれますよう。 topへ |
「今では電話をかける時もスムーズに第一声が出るようになり、周囲からも『「最近どもらないね』
と言われるまでになりました。」 現在、私は入社9年目の社会人です。私が吃音を感じ始めたのは小学校低学年頃だと思います。いろいろな人たちに吃音をまねされたり、からかわれたことを思い出します。
一番辛かったのは、国語の授業での朗読です。朗読指名されると、始めの言葉が出るか心配になり、更に緊張し声が震え、言葉を発しにくくなり、第一声が出ないため、その言葉が出るまで「えっと、えっと、えっと」を繰り返す。あまりにも第一声が出てこないので、まわりがザワザワし始め、やっとの思いで声が出たと思ったら、すぐ次に発しにくい言葉がきてつまってしまい、数行読むのにかなり時間がかかり、身体は汗でびっしょりになってしまいました。穴があったら入りたいとはこのことです。 こんな恥かしい思いはしたくないと、家に帰って何度も大きな声を出して読む練習をしました。不思議なことに自分ひとりで読んでいるとすらすら読めるのです。これなら大丈夫と学校へ行き、国語の授業で朗読指名されると、またあがってしまい声が出てきません。 それ以降、国語の時間になると朗読を指名されないように寝ているふりをしたり、当てられそうな日は学校を休んだりして逃げていました。 その後も中学、高校と同様な行動をとっていました。そのせいで国語は本当に苦手なものとなってしまいました。 こんな理由もあり、大学は文系ではなく理系に進むことにしました。大学では国語の授業もなく、指名されて朗読されるようなこともなく、周囲からの冷ややかな視線を感じたり、恥かしいと思った記憶は残っていません。 けれど、これから大学を卒業し会社で仕事をしていかなければならないことを考えると、このままではいけないと思い、なんとか吃音を克服するため、接客や飛び込み営業のアルバイトをし、人前で話す機会を増やし、自信がつくように努力しました。 しかし、やはり吃音は治らず、話すことに不安があるままとうとう社会人となってしまいました。 今の私の職種は技術職なので営業職ほど外部の人達と接する機会も少ないのですが、上司への報告や他部署の方たちと電話で連絡を取ること等は避けることができません。特に他部署の方たちに電話かけたりすることが苦手で、「○○課の○○ですが、・・・」と言いたいのに、はじめの言葉が出ず、「えっと、えっと、えっと」「あ、あ、あ」など、言葉を発するのにもがいていると、電話の向こうから馬鹿にするかのような笑い声が聞こえたりもしました。 私は「これは本当にまずい」と思い、思い切って吃音を治すカウンセリングを受けようと決心し、早速インターネットで検索をしました。 検索すると、吃音に関するカウンセリングが思ったよりたくさんあることに驚きました。その中で私が「さわやかカウンセリング」を選んだ理由は・・・ ■第一にカウンセラーの江田先生自身が吃音経験者であり、同じような経験をした方なら自分の気持ちも分かってもらえ、経験者にしかできないアドバイスを頂けるのではないかという期待が持てたこと。 ■第二には、他のカウンセリングはその場所まで足を運ばなければいけないところが多く、私が住んでいる地方には診療所が見あたりません。 けれど、「さわやかカウンセリング」は電話で行うため、遠方に足を運ぶ必要が無い上に、私が最も苦手な電話でのレッスンだったので、苦手を克服するには良いチャンスだと思いました。また、リーズナブルな価格でカウンセリングを受けられるというのも決めた理由のひとつでした。 江田先生のカウンセリングをうけてから今月で約1年になります。レッスンのおかげで、今では電話をかける時もスムーズに第一声が出るようになり、第一声が出ることで徐々に自信がつき、周囲からも「最近どもらないね」と言われるまでになりました。ひとえにレッスンおかげだと感謝しております。 まだまだ課題はありますが、これからも上手く話ができるよう、良い話し方の習慣を身につけていこうと思っています。 (2008年4月29日) ※江田よりのコメント: 国語の時間になると朗読が当たらないように寝たふりをしたり、朗読がわかっている日は学校を休んだり・・・やってきたことはMさんも私も同じです。(私はどこまで朗読の順番が進んだか、隣の子に聞いたものでした。「昨日は朗読がなかったよ」と聞いたときは、せっかく休んだのに、本当にショックでした。) 吃音がなかったらもっと楽しい学校生活になっていただろうなと思ことがありますが、この経験があるからこそ、今このように電話でのレッスンをさせていただけるのですから、人生、悪いことも捨てたものではないなぁ〜と思います。 topへ |
「裁判では、事故の状況、自分の気持ちをきちんと口述することが出来ました。」
私は3歳のころから言葉がつまり始めました。原因は分かっています。弟が生まれたからです。弟が生まれたとたんに、大好きなお母さんを取られてしまったように感じました。父は仕事一筋の人でしたし、厳しい人でした。とても寂しかったのです。 小学生になると、発表したり音読したりする機会が多く、吃音はひどくなりました。母は心配して、私を「ことばの教室」というところに連れて行ってくれました。自律訓練法というリラックス法と、話すトレーニングをしてくれるところでした。2年間通いました。さらに、別の発声法の教室に半年ほど通い、中学3年生のころには、時々つまることはあるものの、気にならない程度まで良くなりました。 高校、大学を出て、早く結婚しました。専業主婦をしていましたので、人前で話をする必要が特になかったこともあり、人前で話をするような場にあえて行くこともなく、家に引きこもりがちの生活をしていました。 30歳を過ぎたころから、吃音が悪化してきました。ストレスが原因だったと思います。不幸の連続のような、トラブルが続きました。 母が、くも膜下出血で急に亡くなり、その数年後に父が浴室で足を滑らせて亡くなりました。父は会社の経営をしており、莫大な借入金の連帯保証人になっていたのです。私が父の代わりに保証人にされそうになりました。会社の経営の悪化で消費者金融からの借金もありました。また、父は叔父にお金を貸していたことも分かりました。最後は弁護士さんに頼みましたが、とてもつらかったです。 更に、昨年の11月、娘を学校に送っていく途中に交通事故に遭いました。加害者も保険会社も全く誠意がなく、裁判になりました。ショックでした。裁判では、自分の口で、自分の言葉で、事故の状況、考えを述べなければいけません。 焦りました。吃音もあるのに、自分の主張が出来るのだろうか・・・しかも、最大級に緊張する法廷の場で・・・。 藁をもつかむ気持ちで、ネットで「さわやかカウンセリング」を見つけ、江田先生に電話をし、裁判の前までに3回、カウンセリングを入れていただきました。 1回目のカウンセリングで「吃音意識」を否定しないことという話を伺い、私は衝撃を受けました。子供のころ、吃音にとても悩みました。みんなに馬鹿にされたり、音読の時にどもったことを、お布団の中で思い出しては泣くことも多く、そんな時、翌朝、目が覚めていたら、これまでのことが夢で、すらすら話のできる自分に変身していたらいいなと泣きながら眠ったものです。私は吃音だけではなく、吃音意識を持つ自分のすべてを否定していたのです。 でも、「そうではない、吃音がある私が私だし、人に吃音があることを気づかれてもいいじゃない。それよりも相手に自分の言いたいことを分かりやすく伝えることに、エネルギーを使おう。」そのように考えただけで、かなり気持ちも楽になりました。2回、3回とカウンセリングを受ける度に、安定した話し方をつかんでいきました。 裁判では、江田先生の指導で、弁論の下書きの準備をしていきましたので、事故の状況、自分の気持ちをきちんと口述することが出来ました。判決はまだですが、自分の主張がすべて出来たことで、気持ちの整理もついてますし、自分の出来ることはすべてやったという思いがあります。 今まで、つらいこと、大変なことがいろいろありました。でも、これからは私はそのすべてを自分の経験、糧にしようと思います。吃音に関してもです。 今まで友達づきあいがうまく出来ないのは、吃音があるからだとか、吃音のせいで、自分の好きな仕事にはつけないんだ、勉強しても仕方ないなとか・・・ 何でも吃音のせいにして、今まで話すことから逃げるようにして引きこもっていました。 カウンセリングを受け初めてまだ、3ヶ月、7回程度ですけど、普段の会話はかなり安定して話が出来るようになりました。でも、突然、質問されたりしたときは、つまってしまうことがあります。まだまだ、道半ばだなと思う時があります。ですから、いろいろな場に自分をさらして、さらに修行を積みたいと思います。 修行というと誤解されそうですが、吃音意識とうまく付き合いながら、楽な気持ちで、前向きに(矛盾するように思われるでしょうが、)話し方を磨きたいということです。私は、30年以上の吃音歴ですので、もう少し時間がかかりそうです。 また、レッスンのテキストでは、尊敬語や謙譲語もレッスンするところがあって、今まで、ただ話すことだけで精一杯でしたので、キレイな言葉使い、話し方ということまで考えることが出来ませんでした。こんな話し方が自然に出来たら素敵だな、いいな、と思っています。 (2008年4月14日) ※江田よりのコメント: たまたまどもったり、ことばが絡まったりするのと、吃音意識をもって言いにくいこととは全く別のことです。幼少期から自分の吃音であることを忌まわしいことと思っていると、自分自身まで否定することになってしまいます。 吃音意識は体が学習したことですので、これを人為的、作為的に取り除こうとするのは無意味であるどころか、ますます意識を深めてしまいます。吃音意識をそのまま肯定的に受け入れつつ、うまく付き合いながら、より安定した発語感覚を育てていくことが健全な姿勢だと思います。 相手に聞きやすい話し方を磨いてください。 topへ |
「自分の吃音を否定することなく、そのまま受けとめながら、安定感のある話し方を身につけていこうと思っています。」
私には幼少の頃から言葉につまっていた記憶があり、それは学校へ通うようになってからも同じでした。 友達に笑われて少し嫌な気持ちになったこともありましたが、その頃は特に気にすることもなく、たまにひっかかる症状が出るくらいで、発症しても気がつけばすぐに治まり、そのまま何ともないぐらいのものでした。 そんな調子を持ち続けながら無事に成長していき、進学・就職と人生を歩んでいくことができました。 「どもる」という言葉の解釈もなく、ましてや「吃音」という単語など知りもしませんでした。ただ、自分はしゃべるときに人とは少し違うものがある、何か決まった言葉で声が出にくいことがある、という意識だけは幼い頃からずっと持ち続けていました。 なぜかそれが自分にとって恥のように思っていましたが、大きな障害ではなかったこともあり、誰にも相談したことはありませんでした。 それがある日の仕事上での失敗で大きく意識が変わりました。 私の勤務先では2ヶ月に一度ぐらい、同じ職場の人たちを前にして話をしなければならない機会があります。 職場の配属が変わったばかりの時のことですが、新しい職場の人たちを前にして初めて話をしました。その時は、特に異常に緊張していたということはなく、みんなに自分のことを認めてもらおうと考えながら話をしていた気がします。 ところが話の途中で突然言葉がつまってしまい、それにより気が動転して、何か違う言葉を言おうとしても全く何も声が出なくなってしまいました。そんな私の様子を見て何人かの笑い声が聞こえました。体中から大量の汗が噴き出し、そのまま私は話を止めてしまいました。辛うじて「すみません」とだけ言ってその場から下がりました。 その日から話をすることを異常に意識するようになりました。いろいろともがいているうちに自分の症状が吃音ということも初めて知りました。もう7年も前のことなのですが、同じような場面が近づくことが分かると恐怖を感じ始め、呼吸もおかしくなってしまいます。そんなときに何とか出てくる自分の発声は普段の発声とは明らかに違う感じです。 何とかこれを打開しようと思い、インターネットで調べて「さわやかカウンセリング」のレッスンを受講することにしました。昨年の5月のことです。 レッスンを始めてからは、安定した話し方感覚を身につけて、話すことを意識し過ぎないようにと教えていただきました。始めのうちはなかなか理解できませんでしたが、少しずつ自分のやり方を見つけてきました。所々で早口になってしまっていた口調に気づくようになり、一音一音を丁寧に発音すると自分にとって安定したゆるやかペースになるようです。 レッスンを始めて1年弱ですが、吃音意識がなくなったという訳でもなく、職場の朝礼でのスピーチも相変わらずかなり緊張します。自分にとってまだまだ道半ばだと思っています。 自分の吃音意識を否定することなく、そのまま受けとめながら、安定感のある話し方を身につけていこうと思っています。 (2008年4月6日) ※江田よりのコメント: 突然言葉が出なくなるという経験はKさんにとってとても恐ろしいことだったと思います。Kさんと同じような体験をなさった方は他の受講生にもおられます。 このような経験、吃音意識は体がしっかりと学習していますので、容易に消えるものではありません。解決の道は、吃音意識をなくそうとしないで、そのまま受けとめながら、自分なりの安定発語感覚をひたすら育てていくことにあると思います。 topへ |
「レッスンが終わった後は爽快感があり気分がいいです。」
私の吃音意識が始まったのは幼少のころからです。以来30年間余、頭の片隅から吃音意識が消えたことはありません。特に吃音の恐怖がよぎるのは、二人以上の前での雑談や、話をするときです。学校や会社で人と顔を突き合わせるときは、顔がこわばるのが自分でもわかり、振り返ってみると、とても幸せな生き方とは思えませんでした。
その背景には、どもりを悟られたくないとか、どもってその場をしらけさせたくないといった、自分を隠す意識が働いておりました。 このままではいけない、吃音がなければ楽に生きられると思い、吃音改善の本を読もうとしましたが、本屋で買うにしても、レジの人にどう思われるかが怖くて、結局買わずじまいでした。 一番嫌なのは、自分の言いたいことが言い出せないことです。この思いは両親にも打ち明けられませんでした。自分ではどうすることもできないまま月日だけが過ぎていきました。 そんな時にホームページで、さわやかカウンセリングを見て、やってみようと思い、レッスンを始めました。受講時間は70分ですが、こんなに長時間喋るのは日常ではあまりないので疲れるものの、終わった後は爽快感があり気分がいいです。 受講では自分の話しやすい伸ばし感覚、速さを身につける訓練を受けました。今では、一番不得意だった会話の出だしであまり緊張しなくなりました。 型にはめた話し方ではなく、自分として自然な話しやすい喋り方を育てていこうと思っています。 (2008年1月4日) ※江田よりのコメント: 70分レッスン時間はお話しジョギング・タイムといったところです。力みなく緩やかペースで自然に話し続けると、爽快感があり気分がいいですよ。これからもレッスンでいい汗流してください。♪ topへ |
「大切なことは、自分なりの発語感覚をどうやって身につけていくかだと思います。」
私がさわやかカウンセリングにお世話になって、もう半年が経とうとしています。このカウンセリングを通して今までに経験したこと、感じたことを書こうと思います。
私がどもりになった原因として考えられるのは、子供の頃、一緒に通学していた子が重度のどもりで、その話し方の影響を強く受けてしまったのではないかと思います。私は今30代後半ですが、今までどもりの人が経験する様々な辛いことを経験してきました。
子供の頃は特に症状がひどく、自分から率先して話すことはなるべく避け、授業中も答えが解っていても絶対に手をあげない子供でした。大人に成長するにつれ、大分直ってきて日常会話は特に問題なくなりましたが、自分のタイミングで話せないときはまだ時々どもります。致命的なのは、自分の名前が非常に言いにくいという事です。何かの申し込みの時、自己紹介の時、自分の名前がパッと言えない苦しみは同じ症状を持つ人しか解らないと思います。
大学生の時、自分のどもりと真剣に取り組もうと思った時期があり、いろいろな本を読んだり、矯正所の情報を集めたことがありましたが、そのときは、何をやっても完璧には治らないだろうと思い、開き直って生きていくしかないなと思って矯正所に通うのはやめました。
今、社会人15年目ですが、職場の雰囲気もよく、なんとかトントン拍子で今まできましたが、それが今年の春、突然、ブラックホールに落ちるかのようにどもりの症状が重くなってしまったのです。
4月の人事異動が気になり始めたとたん、今まで電話で言えていたセクションの名前が出てこなくなり、夜も眠れなくなってしまったのです。移動先のセクションの名前が言いにくいところだったらどうしようと考え始めたとたんです。 これはまずいと思い、わらにもすがる思いでネットや本で調べた結果、私の目にとまったのが「さわやかカウンセリング」のホームページで、すぐに相談しました。電話の対応が多い職場ですので電話でカウンセリングができるのは絶好だと思ったからです。 江田先生ご自身もどもりだったということもあり、どもりを持つ人の心の動きを十分に理解しています。私自身、この歳になると、完璧に治るとは思っていません。大切なことは、先生が言われるように、どもらず話そうと思うのではなく、自分なりの発語感覚をどうやって身につけていくかだと思います。言いにくい言葉の前の伸ばし感覚や精神的なことなど、このカウンセリングを受けて非常に役に立っています。 どもりは精神的な部分がかくも深く関係していることを確認できましたし、もっともっと自分なりの発語感覚を身につけていくためにも電話でのレッスンをこれからも続けていこうと思っています。 (2007年11月5日) ※江田よりのコメント: ある言葉を気にしだしたとたん、言えなくなってしまう・・・これはTさんだけの問題ではなく、吃音意識を持つ人にとって共通した症状です。この意識を取り除こうとするのではなく、あくまで安定した発語感覚を育てて意識の上に上書きしていくことが改善の道であると思います。それが私の辿ってきた道なのですから。 topへ |
「自分なりの喋りやすい話し方を知らず知らずのうちに自然に出来るようになってきたように思います。」
私の覚えている限りでは小学校くらいからどもりに悩んでいました。私には特定の言いにくい言葉(主に「た行」「か行」等)があり、その音からはじまる最初の一言がどうしても詰まってしまう症状でした。学校の国語の授業で朗読の順番が回ってくるとどもるんじゃないかと気になり、読む時はどもらないように気を付けてなんとか過ごしていました。日常生活では特に支障はなかったので、そんなには意識していませんでした。しかし、クラスの委員とかみんなの前で喋る機会の多い役は避けてきました。
社会人になった当初(今は社会人12年生ですが)は、窓口での応対や電話応対などが主で、言いにくい言葉を他の言いやすい言葉に置き換えて何とか対応していました。 職場の異動で仕事の内容が変わる度に、課名等言いにくい音から始まる言葉がないかといつも気にしていました。何故かというと電話で言いにくい言葉を最初に言うのが一番苦手だったからです。それでも何とかどもりながらも対応していました。 しかし、会社の代表電話を取って他の課に転送する仕事がある課に移ってからは、日々、どもりとの闘いでした。 まず、最初に言う社名が言いにくい言葉でしたので、頻繁に鳴る電話を取るたびに言葉に詰まり、転送するときは、相手が言いにくい名前だとそこでも詰まり、同じ職場の人にこの人言い方がおかしいんじゃないかと思われるのではないかと意識すればする程ひどくなっていきました。さらに、同じ職場内で人を集めていろいろな事を説明しなければならない仕事も加わり、毎日どもりの事で本当に悩んでいました。 ネットで紹介されている高額な治療費のかかる吃音治療院に、たとえ高額な治療費がかかってもどもりが治るのであれば決して高くはないと思い通院してみようかとも思いましたが、仕事をしながら私の住んでいる石川県から治療院へ通うのは現実的に無理な話でした。その他ネットで調べて吃音治療の本を読んでみたり、安価で治療方法を教えてくれるサイトの治療方法を試したのですが、全くとは言わないまでも目立った効果はありませんでした。 そんな中、昨年の5月、たまたま江田先生のサイトを見つけました。一回のレッスン料もそんなに高くなく、何より電話で実際に先生と会話して実践的なレッスンを受けられる事、先生自身が昔どもりで悩んでいたとの事だったので、同じ気持になって指導してもらえるのではと思い申し込みました。 実際にレッスンを受けてまず先生に言われたのはどもりに対する考え方を変える事でした。それは「どもらないように喋ろうとするのではなく、どもってもいいから自分の一番話しやすい話し方を日々意識して喋るようにする」ということでした。とは言っても言われてすぐそれが出来るなら苦労しないよな〜と正直思いましたが、何とか少しでも良くなればいいかなという気持ちでレッスンを続けました。 最初はやはりどもらないように話さなければと意識しすぎてなかなかうまくいかなかったのですが、江田先生のゆったりとしたやさしい口調で電話の受け方を実際にやってみたり、言いにくい言葉を言いやすくするコツを実践的に教えてもらったりするうちに、だんだん言いやすい話し方を日々の会話で意識出来るようになってきました。また、レッスンをしているという事が話すことへの自信につながり、会社での電話応対も少しづつ調節出来るようになってきました。 また会議での発表では、先生のアドバイスで予め原稿を作るようにした事で、以前よりうまく出来るようになったと思います。 最近、自分なりに自信になり一番嬉しかった事は、マイクで車を呼び出しする館内放送が出来たことです。単純な放送なのですが、以前の自分だったらどもることを意識してしまって絶対出来なかったと思います。今回は予め言うことを紙に書いてゆっくり正確に放送することが出来ました。これもレッスンを受けているおかげだと思います。 どもらないようにと捉えるのではなく、自分なりの喋りやすい話し方を実践し続けることによって、知らず知らずのうちに自然に出来るようになってきたように思います。 まだまだ、苦手な言葉が出てくると意識してうまくいかないことがありますが、少しでも言いやすい喋りを意識して自然に身につけていけるよう、これからもレッスンを続けていこうと思っています。 (2007年8月27日) ※江田よりのコメント: レッスンのためのレッスン、いわゆるレッスン上手に終わらないためには、会議での発表、館内放送、電話応対など、さまざまなお話し場面に接することが不可欠です。 これからも様々なお話し場面に接し続けて、Iさんなりの話しやすい話し方を開拓していってください。 topへ |
「目標はアナウンサーのように相手に聞きやすい話ができるようになることです。」
私は千葉在住の31歳の会社員です。物心ついた時から話をするときどもっていました。どもりを疑問にも思っていませんでしたし恥ずかしいとも思っていませんでした。
しかし小学校の授業で席順に本を朗読する時、自分の番になって読んだ時、ある箇所で「と・と・と・時に」とどもりました。その後「友達からなんでどもるの?」と言われ、その時から吃音を意識するようになりました。それからはどもって話をすると周りから笑い声がするのが聞こえ、恥ずかしく思うようになりました。吃音を経験した方はそうだと思いますが、どもらないようにと意識すればするほど始まりの言葉がつまってしまいうまく話せません。どもるとみんなに笑われる、みんなどもらないのに自分だけどもり恥ずかしい、と悪循環の繰り返しになるのです。みんなのように普通に話がしたいと思えば思うほど、出来ない自分にイライラがつのりました。
何軒も精神科を親と一緒に回りましたが「気にしなければ大丈夫」、「本人の気持ち次第です」「どもっても気にしなければいいんです」など気休め的な返答しかかえってきません。確かに気の持ちようかもしれませんが、それができないから悩んでいるのです。コンプレックスになりました。 それから小、中、高校を卒業してからも吃音に悩みました。どもらないようにと色々なことをしましたがなんの効果もありません。話をするときも「か行」や「た行」など特にどもりやすい言葉は、無意識に避けて話をするようになりました。 高校まではそれでも良かったのですが社会人になったらそうもいきません。アルバイトの延長で小売業のスーパーに就職しましたが、お客様を相手にする職業ですから今までのようには避けることはできません。しかも朝礼ではみんなの前にでて話をしたり、商品の案内など店内放送をしなくてはならないのです。 本当に苦痛で仕方ありませんでした。どもらないようにどもらないようにと意識しても最初の言葉がでてきません。息苦しくなってしまいます。すらすら話せる上司が羨ましくてなりませんでした。「なぜ自分だけ・・・」「一生どもるのか・・」そんな気持ちが年をとるほど大きくなります。下っ端の時は上司にやってもらったりしてなんとなく逃げてきましたが部下ができるとそうはいきません。「俺はどもってるよ。」と明るく言えればいいのですがそれも恥ずかしく、部下につっこまれても「緊張するとあがっちゃうんだよね」とか誤魔化してきました。でも部下が自分のいないところで笑っているのでは?とか思うとよけい恥ずかしくなります。仕事をやめて人と話をしなくていい仕事を探そうと何度も思いました。
一番辛かったのは家内にどもって話をしたら「なんでどもんのよ」と笑われた事です。死ぬ程恥ずかしくなりました。同時に自分にすごい苛立ちを感じました。自分だって気持ちよく話がしたい、好きでどもってる訳じゃない、なのにどもってしまうもどかしさ・・・どうしようもありませんでした。 主任に昇格し、話す機会がふえ、逃げる訳にもいかず、より一層どもりをなんとかしなければと感じていたそんなある日、全国にはどもる人は自分のほかにもいるはずだ、その人達はどうしてるんだろう?と思いサイトで「どもり」を検索しました。その時、江田先生の「さわやかカウンセリング」を見ました。先生自身が吃音だった事、それを克服して今の仕事をしている事、同じ悩みを持つ体験者の体験談などを「うん、わかるわかる」と思いながらみました。ここなら直せるかもと思い、レッスンの申し込みの電話をしました。 「はい、さわやかカウンセリングです」「あ、あ、あ、あの〜サイトを見てレッスンの申し込みをしたいのですが」とどもりながら電話をしたのを今でも明確に覚えてます。病院の時のように君の気持ち次第だとか同じことを言われるかと思っていたのですが、先生はどもりながら悩みを伝える自分の話を笑わず最後まで聞いてくれました。すごく嬉しかったです。 こうしてカウンセリングが始まりました。しかし自分としては吃音をなくして欲しいのにカウンセリングの意図が自分の思いと違うのでこれで直るのか?と不安に思いました。でもカウンセリングを通し、だんだん吃音のとらえ方が変わっていきました。どもらなくしようとするのではなく、話をする楽しさを体で覚える、結果として周りから見てどもらなく感じる、そう思えるようになりました。 また、ここ最近レッスンを通しちょっとしたコツを得ました。それは言葉の前に軽く「え」という言葉を入れる事です。「え」という言葉はすらっといえますし、テレビの国会等、政治家の話を聞いてるとよく「え〜○○○」と言っています。これは先生もカウンセリングの中でおっしゃっていたことですがその当時は「え」という言葉をいれても区切ってしまう為、結局どもってしまいました。それが今は自然にそつなく言えるようになりました。ひとえに地道なカウンセリングのおかげです。 「た行」「か行」などのことばで、まだまだどもってしまうこともありますが以前と比べ、喉に力みの入れない自然な「え」を意図的に言う事で大抵はすんなり話せます。自分に少し自信がつきました。この自信が話すことの楽しさにつながりました。 今は国家試験の勉強をしていますが、一人の時も時折、本を声を出して読んでいます。すごく読むのが楽しく感じます。職場でもどもってしまうという緊張感がなくなり気分的にも楽になり、多少は詰まる感じを覚えながらも人前で話せるようになりました。 習うより慣れよとはよくいいますが、カウンセリングを通し確実に変化している自分を感じます。先生との電話のやりとりが今まで話すことから逃げてきた自分を会話に慣れさせてくれました。 どもらないように話そうとするのではなく、楽しく話せるんだ、話せる自分がいるんだというこの自信を常に意識しながらこれからもカウンセリングを通し経験を積んでいきたいです。 継続は力なり。目標はアナウンサーのように相手に聞きやすい話ができるようになることです。 ※江田よりのコメント: Iさんのレッスンへの当初の思いは、「吃音をなんとかなくして欲しい」でした。でも大切なことは吃音を取り除こうとするのではなく、あくまで自然な話し方を実践を重ねて育てていくということがわかってきました。 どもらないように話をするのではなく、安定した話し方がどんな感覚なのかをこれからも探って、Iさんなりのお話しスタイルを育てていってください。 topへ |
「レッスンを受けるようになってからの3年弱を改めて3振り返りますと、以前よりも確実に良くなっていることを
ひしひしと感じます。」 2004年の夏から3年弱にわたり江田先生にお世話になっております。私は、中学生時代に吃音が始まり、現在まで20年以上付き合ってきました。多くは忘れてしまっているものの、思い出すだけでもとても恥ずかしくなるような失敗は多々あります。今まで悪戦苦闘しつつ何とかやってきたという感じです。普段心がけていることなどを参考までに記載させていただきます。 特に苦労しているのは電話です。私の場合は、会社名と名前が無事に言えるかが問題で、自分から掛ける時、受ける時とも、いまだに何回も恥ずかしい思いをしています。「もし、つまった時に相手の人はどう思うのだろうか・・・」、「社内の周りの人、特に上司はどう思うのだろうか・・・」と考えて非常に不安になり自滅してしまっているのではないかと思います。頭では分かっているのですが上手くいきません。 ただ、電話で実際に本当にまずい事態になったことは無く(かなり恥ずかしい思いはしても)、相手の人も声で私と分かるらしく、つまって名前が言えないでいても「○○さんですね、お世話になります」と笑って言ってくれることが多いです。こちらも笑ってすいませんと言って、本題に入って一応用を済ませています。 そうは言っても、なるべく周りが賑やかな時など、気持ち的に電話を掛けやすい時を待って電話をする、メールで済む件はメールで済まして電話を減らす、などで適当に休みながら日々がんばっているところです。 人前で話すのもとても苦労しています。ここ数年、会議やセミナー等で人前で話さなければならないことが何件かありました。私にそういう場を与えるのもどうかと思いながら、避けて通ることもができない場合は何とかがんばって取り組んで来ました。だんだんその日が近づいてくると「本当に無事に終わることが出来るのだろうか」という不安が増し、緊張がこの上なく高まります。そして、かろうじて何とか無事に終わる(一応形になる)と心からほっとする、という繰り返しです。 これまで、心がけてきたことは、準備に時間・労力を徹底してかけ、練習を繰り返し行うことでした。準備では、話すポイントだけではなく、一応一語一句(例えば、私は○○社の○○と申します、まで)書いた原稿を手持ち資料として作りました。そして、調子よければ、何も見ないかポイントだけ見てある程度自由に話し、調子が悪くなった場合は、手持ち資料を朗読して乗り切ろうという方法を考えました。最悪、朗読すればよいと思えたことにより、ある程度安心感は高まりました。 実際のスピーチでは、途中で気持ちの張りが弱くなり緊張が高まって、まずくなりそうな状況が何回か(1回のスピーチで1、2回ぐらい)ありましたが、江田先生のレッスンで教わった「調節感覚」を思い出し、あぶないながらも踏みとどまり何とか最後までたどり着いた、という経験をしています。実際に何回か乗り切れたことは自信になりました。 次の話す機会が来たらまた同じように準備、練習によりできるだけ備えをし、ベストを尽くそうと思っています。 電話も人との会話も、私の場合はどうも調子がよい時期と悪い時期の波があるようです。絶好調の時期には、このままもう吃音は出てこないのではないかと思えるぐらいの時もありましたが、しばらくすると調子の悪い時期がやって来ました。そして、また良い時期が来るという繰り返しですが、調子悪い時期にそのままチャレンジしないと良い時期は戻ってこないようです。とはいっても、ストイックにがむしゃらにがんばるのではなく、ある程度適当に休みながら(ストレスをあまりためずに)取り組んでいます。 また、これは昔、本かインターネットで見たことかと思いますが、「西洋医学のように吃音を一瞬にして(外科手術のように)切り離すのではなく、東洋医学のように吃音をいったん自分の一部として受け入れてある程度時間をかけて付き合っていくと良い」という考え方がとても参考になり、今でも私の考えのベースになっています。 今回、江田先生のレッスンを受けるようになってからの3年弱を改めて振り返りますと、以前よりも確実に良くなっていることをひしひしと感じます。会議など人前で話す時に以前に比べると緊張しなくなっていますし、大失敗することもありませんでした(中・小の失敗はあっても)。また、日常生活で調子が悪い時期でもレッスンをすると調子の良い時を思い出させてもらえますし、何よりも吃音に一緒に立ち向かってもらえると思うと非常に心の支えになります。 これからも、しっかりと、ただし、ある程度気長に、吃音に向き合っていきたいと思っています。 ※江田よりのコメント: Mさんとのレッスンは2004年の夏から始まりましたが、その間、日常の電話業務の他、催し物での司会、会議・セミナーでの発表、テレビのインタビューで話すことなど、様々なお話し場面に接してこられました。Mさんにとってはストレスがかかって大変ですが、私からみると実践の場が多くてとても好ましい環境だと思います。 これからも実践を重ねる中で、スピーチの自信を深めていってください。 topへ |
「1年がたち、ようやく『ドキッ』としないで、どもらず話ができるようになりました。」 それは本当に突然でした・・・。
電話をとると、「・・た・た・なかです。」と、ドキッとした感覚と多量の冷汗と共に、自分の名前が出てこなくなったのです。 すごく焦りました。その後電話ととる度、名前が言えず、周りにも笑われ、度が超えて心配までされる始末です。発言することがすごく嫌になり、落ち込んでいました。会社に行くのも、話をすることも嫌になり、毎日が苦痛の連続でした。 そんな気持にあった時、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会いました。とにかく、気兼ねなく、他人と会話ができることが重要だと思い、レッスンを受講することにしました。 レッスンでは色々とアドバイス受け、回を重ねていくうちに色々なことに気がつき実践し始めました。 ■私はもともと早口で自滅していることがわかったので、スピードを落とすのですが、ただ落とすだけだと逆に絡まってしまうので、出始め、つなぎ部分を延ばしたり、所々「あー」とか「えー」とか軽くはさむようにするとうまくことばが流れること。 ■どもるときは、息を吐いた状態になっていたことに気がついたので、余裕をもって軽く息を吸ってから話し出すと良いこと。 ■どもりで発言に自信がなくなっている、すなわち声が小さくなっていることに気がついたので、開き直って、大きめの声を出して話すようにしたこと。(自分では大きい声だなと思っていましたが、他人からするとそうでもないみたいです。)小さい声を出すことに慣れていると大きい声を出すのは本当にしんどいですが、根気よく続けたこと。 ■どもる瞬間は、脳みそがキューッと詰まるような感覚に陥り、極度の緊張が一瞬に湧き上がって、ドッと冷汗が出て「やばい、またこの感覚だ!なんとかしなければ・・」となるのですが、逆に逆らわずに、心の中で「あーこの場面でどもるんだね。すごく恥ずかしいし嫌だけど、仕方がないね。しょうがない。そんなもんだ・・・」と、この状態のありのままの自分の気持を認識するために、心の中で発言し問いかけ続けたこと。 ■レッスンでは、うまく言えてしまうのですが、実際の会話で意識的に、スピード調節をして、どのスピードが自分にとって合うかを探りながら話したこと。そしていると、ほんの少しだけスピードを落とすことが自分にとってベストだということがわかった。 ■自分の名前を言うときが一番苦しかったので、どこに原因があるのだろう?と考えていると、仕事で自分の説明が下手で相手に思いが伝わらず、上司に怒られていたことが思い出された。おそらく心理的に、自己否定し続けてきた代償かもしれないと思い、少しでも話が上手くできたなら、「よくやった。さすが!」と心の中で発言し、自分自身をほめ続けたこと。 以上の事を意識して実践していくうちに、調子よく話せる日とそうでない日が波を打ちながらでしたが、本当に少しずつ、調子よく話できる日が増えてきました。 そしてレッスンを始めて1年がたち、ようやく「ドキッ」としないで、どもらず話ができるようになりました。直ったというのではなく、どもる直前の”予感”があったときの自分の話し方コントロールを身につけたということだと思っています。 ここまで来るまで長く辛い旅でした。それまでは、ことばがつまるということで、自分自身を否定し、傷つけてきたんだなと思いました。 どもりは、「これ以上自分を傷つけないで」というシグナルだと思い、吃音の気持とは一生付き合っていくことを前提に、そんな自分を好きで生きていこうと思っています。 (2007年2月12日) ※江田よりのコメント: 電話レッスンでは受講生に安定した話し方のアドバイスをさせていただいていますが、画一的なものではありません。それらをどのように自分の話し方に採り入れて習慣としていくかは受講生の主体性にかかっています。 Tさんの今の結果は、日常会話でのさまざまな前向きな実践の表れだと思います。あらゆる感情を肯定的に受けとめながら、これからも良きお話し習慣を培っていってください。 topへ |
「34年間の悪い癖をじっくりと改善していくつもりです。」 全国の吃音に悩む皆様、初めまして。私は38歳の、そこそこ年齢を重ねた男子であります。私は約34年の吃音歴があり、物心ついた時から「ちょっと言葉が話しづらいな。」と思いつつ、様々な努力をしたものの、気づけば38歳の立派な社会人になっておりました。 私の吃音はいわゆる「難発性」と言われるもので、最初の言葉が出にくい(出ない)というものです。別の表現をすればある場面では「どもることさえも出来ない。」という、なかなかやっかいな吃音でした。でも、言葉が上手く話せなくても、明るい心があれば充分人生は楽しく、そこそこ順調に過ごせるものだと思っております。 振り返れば、学生時代の日直の号令に始まり、朗読、発表、自己紹介、電話連絡を始め、社会人の名刺交換・自己紹介、電話での交渉・依頼等、生きて行くには言葉を話すことが必須であり、それが出来ず、結構辛い日々を送ってきました。時には言葉を話さなくて済む生き方を考えたりもしました。皆さんもお解りの心境です。しかし人生苦あれば楽あり、吃音で苦しんだ分、自分の努力の賜物でそれらを超えるくらいの楽しいこともありました。正直、吃音を感じながらも、結構自分の人生に満足しているのも事実です。 しかし、子供の頃から常に思い続けていたことは、「もっと楽に言葉が話せれば、今以上に人生も楽しくなるのにな。」そして、「完全に治りたいとまでは高望みしないものの、今以上に楽に話せるようになりたい。ただ普通に電話で会話が出来るだけでいいんだ。」ということでした。 私の日常会話の吃音レベルは「中の下」くらいではないでしょうか。しかし、日常会話を超えて一瞬でも緊張する時があれば、「中の下」から完全な「吃音者」に様変わりしてしまいます。やはり吃音は精神的な要素が含まれるのでしょうか、自分との戦いですね。ちなみに私はお酒を飲むと、通常に話せるようです。周りからそう言われるので多分間違いありません。緊張は誰でもするものであり、緊張した中でどのように上手に言葉を発するか、コントロールするかが重要なのだと思います。 この電話でのレッスンをし始めて、早8ヶ月が経とうとしております。日々の発言を行う時に以前と比べれば、多少コントロールできるようになったことを実感します。余裕が持てるようになったのでしょうか。 (例えば10人の緊迫した会議で発言をしなければいけない時に、「レッスンでは最初の言葉を伸ばしてたよな。伸ばしすぎもおかしいので、ちょっとだけ伸ばすのを試してみようかな。」なんてことを考えることが出来るようになったということです。) ところで人間38歳にもなれば会社でもそれ相応の役職に就き、それに応じた事を話さなければならなくなります。実際それらを避けて通ることは出来ず、また男として克服しなければなりません。 私の社では毎週「経営会議」というものがあり、各部の長が毎週業務の報告を行わなければなりません。おまけに報告の順序が決まっているものですから、それはもう、死刑台の絞首刑の順番待ちのようであり、いつも心臓バクバクです。しかし時とは無情なもの、順番がくれば偉い人たちを前にして、堅い話を報告せざるを得ません。当然、そんな状況ではロクな報告をすることなど出来ず、いつも自己評価は100点満点中、40点程度でありました。いつも会議終了後は自己嫌悪の嵐であります。 しかし、レッスンを始めてからは緊張に耐えながら「言葉の最初を微妙に伸ばすんだっけ・・。」なんて頭の中が真っ白になりながらも「こんな緊張の場で言えるわけないじゃん。逃げ出したいよー。なんて逃げれるわけないじゃん。どうせ言えないのなら、この場を借りて伸ばすのを試してみよう!!」なんて自問自答しながら最初の言葉を伸ばすのを実践してみると・・・「ありゃりゃ、かなりの緊張なのにいつもより逆にいんじゃないか?」なんてことを感じながら多少いつもよりは順調に話せる時を感じられるようになりました。 やはり私にとって最初の言葉を伸ばすのは有効であり、ちょっとでも言えると自信がつき、絶体絶命の時でもそこそこ無難に言えたりするものだと、最近実感しているのです。 そんな私にも娘が生まれ、そろそろ言葉を話し始める時期になっています。今までの私の涙の出るような苦労を「この子だけには味あわせたくない。」と思い、遅まきながら先生とのレッスンと日々の実践を重ねている次第です。吃音の仕組みは自己流ですが一通り理解できているつもりです。あとは知識に実践を加えるだけ。34年間の悪い癖をじっくりと改善していくつもりです。 自分の心がけとしては、 ・緊張しながらもリラックスを心がける。 ・最初の言葉を伸ばす。(直前に息を止めない・吸わない。) この単純なことを極力実践していくつもりです。 実は中学生の頃から「最初の言葉を伸ばすのが有効」なんてことは知っていました。しかし、実践しようと思ってもなかなか難しいです。自分の発音は少しちがうのだから、かなり意識しないと癖は治らないのだと思っております。 みなさんはちゃんと息を吐きながら言葉を言っていますか?私は話し出す直前に息を吸って止めてしまう癖があるようです。また、中学の時に「おまえ、息を吸いながら話してんだから、しゃべれる訳ないじゃん。」なんて言われたことがあります。恥ずかしさとショックと驚きの出来事でした。 最後に一つだけ言わせてください。 私は今まで38年間生きていて、吃音の人に出会ったことがありません。ちょっと同じ匂いのする人には出会いましたが、それでもちょっと気になる程度であり、明らかに自分よりは上手く話しているように感じました。今まで自分だけが全世界の中で苦労していると思っていましたが、ここで体験談を読ませてもらうと、吃音の人に会っていだけで結構いらっしゃるようですね。同じ境遇、そして同じ苦労をした人がいると思うとちょっと安心、そしてちょっと勇気が沸いてきます。 そしてもし、私以上に悩んでいる人がいたら、34年間苦労している私を想像してちょっとだけ勇気を持ってください。吃音になったことを、恨んだり悲しく思ったりするのはやめましょう。自分たちが苦しんだ分だけ、私たちは人に優しく出来る良い人間なはずです。その良い自分を維持しながら、さまざまな場面でことばを言い表す能力を高めていけることを信じて、一生懸命チャレンジしていきましょう。 (2006年11月29日) ※江田よりのコメント: 営業の仕事をバリバリこなしているAさんですが、電話のレッスンを受けるにあたって、いつ・どこで?が問題でした。そして考えたのが、カラオケボックスからの電話。忙しい合間をぬってのAさんのカラオケボックス・レッスンは8ヶ月続いています。電話からは「あ〜あァ〜」なんてカラオケの声が響いてきますが、そんなことは私も気にしません。志あれば道ありです。Aさんのチャレンジ精神に頭が下がります。 topへ |
「毎日毎時のあらゆる場所が『「練習の場』に変わりました。」 僕の吃音歴は3〜5歳くらいの幼児期と中学3年生から現在(33歳)までです。5歳から中学2年生までは、喋るのにつまったり辛い思いをしたということはありませんでした。(多分、今思うと幼すぎてあまり気にしてなかったことと、当時の僕としては外的刺激が強い緊張する場面が少なかったからではないかと思います。) 中学3年生からは一定の言葉に言いにくさを感じるようになり、思春期で人の目を気にする傾向が強まったせいか、吃音は悪化していく一方でした。高校、大学の頃は将来にすごく不安を感じていたのを今でも覚えています。それからは「電話で名前が言えない・・・、初対面の人と話すのに言葉が出てこない・・・、会社の朝礼で司会をする時など言葉が出にくい・・・」など、吃音者が経験する辛いことや苦しいことは一通り経験してきたつもりです。 僕が「さわやかカウンセリング」のレッスンを始めたのは2006年の2月です。2〜4週間に1回のペースで受けさせて頂いてもう10ヶ月になります。先生とのカウンセリングではだいたい「レッスンでは安定した語りですよ。」と言ってもらえます。ですが自分としてはカウンセリングで学んだことをどう実生活で刷り込んだらよいのかわかりませんでした。これが一番の大きな悩みでした。 ですが・・・一週間前、僕に奇跡のようなことが起きました。 今月初め、連休明けの月曜日は朝礼当番でした。(恥ずかしながら、連休の間、朝礼のことがずっと頭から離れませんでした。) 入社して7年になりますが、一週間に一回まわってくる朝礼当番で経営スローガンを唱和するのに詰まらないで読めたことがありませんでした。その日も同じで、つまる気持ちを持ちながら読みました。ですが、自分が「絶対この言葉、出にくい、出ない・・・」と思っていた言葉がすんなりと出たのです。その時の「心地よさ」はなんともいえないものでした。 それでわかったのが、「自分が外的刺激を強く受けている時の体の状態」と「リラックスして独り言を言っている時の体の状態」の違いです。吃音者は誰でもそうだと思うのですが、吃音真っ最中の時の体の状態は、心臓バクバク、呼吸は浅く(胸呼吸)乱れ、頭の中は真っ白になっているのではないでしょうか。そのような状態では非吃音者でも普通に話をすることができません。アナウンサーが「本番直前に走ってはいけない」と言われるのは呼吸の乱れを防ぐ為です。話すことを仕事とするプロのアナウンサーであってもそうなのです。 その日は外的刺激を強く受けているにも関わらず、「リラックスして独り言を言っている状態」とまでは言いませんが、それに近い状態を維持できたのです。これが先生の言われる「外的刺激を受けている中で発語調整能力を養っていく」ということだと身をもってわかりました。 それから一週間が経ち、吃音の状態が急に良くなった訳ではありませんが、心構えは確実にかわりました。と言うのも、この心地よい経験を積んでいけば吃音は必ず改善の方向に向かうという確信が持てた為に、毎日毎時のあらゆる場所が「練習の場」に変わったのです。(練習の場と思えるようになったのです。)上手く話ができれば自信につながりますし、上手く話せなかった場合落ち込むのではなく、「今のは体がどういう状態になっていただろうか。次からはこうしてみたら上手く話せるかもしれない。」と、体の状態の分析や次の対策を考えるなど、自分の考え方をプラス思考に変えることができたのです。 今までは自分の吃音が改善の方向に向かっている手応えを全く感じていなかった為にまさに出口の見えないジャングルに迷い込んでいる心境でした。ですから結果を求める気持ちで焦ってしまい、毎日が練習の場ではなく「テストの場」になっていたのだと思います。テストとしてとらえているので上手く言えないと当然落ち込みます。落ち込むとよけい悪化する・・・。まさにこの悪循環に陥っていた訳です。今まで20年近くかけて苦しんできた吃音なのですから、一週間、一ヶ月で良くなるわけがありません。焦らず時間をかけて良い発語習慣を身につけていきたいと思います。 (2006年11月13日) ※江田よりのコメント: 毎日毎時のあらゆる場所を安定した話し方の「練習の場」としているのか、それとも、上手く言えるか言えないかだけをチェックする「テストの場」としているのかは大きな意識の違いです。Nさんが経験の中で見いだした「毎日毎時を練習の場」としていく意識は、あらゆる場面で自己を肯定し、実践の中で話すことの自信を深めていく健全な姿勢だと思います。すべての受講生に持っていただきたい姿勢です。 topへ |
「話しやすい発声を意識して調節していきたいと思います。」 私が吃音を意識し始めたのはたぶん小学校の高学年ぐらいからだったと思います。たぶん、それ以前からあったと思いますが、あまり意識していませんでした。家族や友達との日常会話では、言いづらい言葉がありましたが、上手に?言い換えをして生活してきました。 |
「自分が今課題としているのは、『どもる事を恐れず、自分を信じる』ということです。」 学生時代の私は、中学時代に受けたイジメ(私のわがままの性格が原因ではあるのですが…)などにより、人と積極的にコミュニケーションを取ることを避けていました。一番多感な時期に、人と話すという経験を積み重ねなかった訳です。
(2006年4月18日)私がどもりを感じ始めたのは、高校の時くらいでしょうか。自分の発したい言葉が頭の中では言えているのに、口から言葉として出てこないのです。 言葉が出てこない苦しみはありましたが、積極的に話す事自体も避けていたので、別の言葉に置き換えるなどして何とかやり過ごしていました。 新卒で就職した会社では、ほとんどお客様と話す機会のない部署へ配属されましたが、電話応対をする機会も当然ありました。当時は就職にあたり、自分の「どもり」が仕事に影響するなど深く考えたこともありませんでした。ところが「お電話ありがとうございます」という言葉が徐々に発せられなくなってしまい、お客様が怪訝(けげん)そうに「もしもし?」と言われるまで無言状態が続くこともしばしばでした。 その後何かをきっかけに「お電話ありがとうございます」が言えるようになったのですが、代わりに今度は社名がスムーズに言えなくなるというように、電話応対に対して常に苦手意識がありました。 6年間その会社で働いた後いくつかの職場を経験したのですが、飲食店で働いていたときには「ありがとうございます」が言えなくなるなど、歳を重ねるにつれ段々と、どもることへの不安と恐怖も増していきました。 職を転々としていたのは「どもり」が原因という訳ではなかったのですが、「話す」という事自体のスキル不足も感じていた私は、思い切って電話オペレータという職にもついてみました。 前向きな気持ちで始めてはみたものの、一時は言えるようになっていた「お電話ありがとうございます」が再び言えなくなりました。人がいない場所や自宅などで、独り言のように言ってみると言えるのですが、いざ人前や受話器を持つと言えなくなるのです。正直「またか…」と落胆せずにはいられませんでした。この職場でも、ある言葉が再び言えるようになると他の言葉が言えなくなったり、再び同じ言葉が言えなくなるといった状態を繰り返しました。 やはり自分は話す職業には向いていないと感じながらも、今度は人前で話をする機会の多い職場へ移りました。そこでは「よろしくお願いします」や「お疲れ様でした」という挨拶を頻繁にしなければならないのですが、やはり意識すればするほど言いづらくなるといった状態に陥りました。 自分でも何とかしたいと思い、言いにくい言葉を繰り返し繰り返し練習してみましたが、効果が無いばかりか、場合によってはさらに言いづらくなることもありました。話すのが商売とも言える職場だったので、「どもり」についてではないのですが上司からも話し方の指摘も受けるようになり、どもることが本当にストレスでした。 ここまできてやっと、本気で自分の「どもり」をどうにかしようと思いインターネットで検索したところ、この「さわやかカウンセリング」のホームページを見つけました。思えばそれまで自分がどもりであるということを分かっていながら、「認めたくなかった」「受け入れたくなかった」のかも知れません。ホームページに載っていることは、まさに自分と重ね合わさせられることばかりでした。 また「体験談」を読んで、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることを知り、自分だけではないのだと勇気づけられました。そして「どもり」に立ち向かおうと決心し、レッスンを申し込みました。 江田先生には、話す技法から気の持ち方まで、いろいろなことを教えていただいていますが、そんな中で自分が今課題にしているのは、「どもる事を恐れず、自分を信じる」ということです。 これまでは、どもる自分が他人から変に見られることを恐れて、どもりがばれないようにばれないようにと思っていました。いや、今でも心の奥底では、まだまだその思いが拭い去れていないように感じます。 今、趣味でテニスをしているのですが、プレー時にミスをするんじゃないかと恐れると、体が動かずミスしてしまうことが多くあります。でも、実力を出しきってミスしたときはしょうがないと思えるものなので、自分を信じてプレーすることが大切なんですよね。「どもり」に関しても、まったく同じことが言えるのではと思っています。 今でも言い難いままの言葉があったり、ストレスがたまってくると瞬時にスムーズに話せないことが多々あります。しかし、時間はかかるかも知れませんが、いずれはどんな場面でも話し方を調節できるようになると信じています。 また、これまで私は「超」がつくほどネガティブ思考で、そんな自分が好きになれませんでしたが、今は自分を好きになろう、好きになれる自分に変えていこうとも思っています。 ※江田よりのコメント: 吃音が何であるかを客観的にとらえられないと、自分が吃音であることを認めたくないし、吃音意識を持つ自分を受け入れられないものです。隠そうとすればする程、話すことのこだわり意識、囚われ意識が深くなります。 Sさんのおっしゃる「どもる事を恐れず、自分を信じる」という言葉に、他人に吃音を知られてはいけないという恐怖心にとらわれることなく、あくまで人に聞きやすい話し方を高めていくことができるのだという信念を感じます。 topへ |
「たった一度の人生。話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。」 私と吃音との付き合いは物心ついてから現在まで、長期にわたっております。姉の病気、弟の出産で、殆ど両親に相手にしてもらえず、不安の中で幼少期を過ごしたことが起因していると両親から聞いています。また両親とも教員で、比較的世間体を気にする環境も拍車をかけたと思われます。
小学校に入ってからは自己紹介、音読、日直、電話などで苦しみ、以後30年間諦めて生きてきました。 しかし3年半前、決定的なピンチが訪れました。社内で配送から営業部門に異動を命じられたのです。まさかでした。特定の人としか接することのない配送から、殆どが飛び込み訪問活動の営業への異動なのですから・・・。結果は悲惨を極めました。 まず相手先の受付の人と対面すると、第一声が出ないのです。そればかりか、発語にとらわれているので姿勢や態度も極めて不自然で、私が行くと露骨に顔をしかめる人や見下すような態度をとるような人ばかりでした。 やがて全く飛び込めなくなり、一日中ホームセンターや書店等で時間をつぶすようになり、帰社してはウソの活動日報を書く日々が続きました。営業成績はダントツの最下位。毎晩のように妻に、「もうダメだ!明日でやめる!」と宣言して会社に行っていました。 生き地獄の中で、藁をもつかむ思いで通い始めたのが催眠療法士のA先生でした。A先生の指導はとてもシンプルで、瞑想・・・瞑想・・・の繰り返しでした。けれど効果が全く表れず苦しい日々が続きました。 先生にあまり効果がないことを告げると、「そんなことはないですよ。確実に変わってきている。お金もかかるので通う必要はないから、自宅で続けてください。」と言われるばかりでした。 毎日、毎日一日3回、とりつかれたように瞑想に明け暮れました。その結果、少しずつ自分でも分かるくらい変化が出てきました。飛び込み訪問時も明らかにドキドキが減っていきました。飛び込み訪問時の苦痛もかなり軽減され、何とか活動が出来るようになりました。やがて営業成績も表彰されるまでになりました。 A先生の指導であるがままの自分を受け入れることが少しは出来るようになり、人の優しさに気付き、素直に感謝できるようになってはきましたが、吃音の発語不安は絶えずやって来ました。A先生からは「私は吃音に関しての専門家ではないので、あなたの感性で師を見つけてください。あなたの感性なら絶対に大丈夫です。」と言われ、インターネットで検索したところ、一瞬にして「さわやかカウンセリング」に目が行きました。 次の日、コンビニの駐車場から早速電話してみますと、実に柔らかく、落ち着いた江田先生の声が聞こえてきました。その時「これだぁ〜!」とハッキリ確信できました。 今まで17回のレッスンを受けていますが、その度に自信と安定感を感じます。特に、伸ばす、つなげる感覚は覚えると発語がすごく楽になりました。 江田先生のお言葉で一番好きなのは、「ドキドキしてあたり前。ドキドキするからダメなのではなく、ドキドキしながらでも安定感を意識して話せること。これが本当の自信になるんですよ。」というお言葉です。今まではドキドキするな!ドキドキしちゃダメだ!とばかりに自分自身を殺してきましたが、正反対をやってきたわけです。 つい先日の1月18日(水)にお得意様の方々50人を集めての当社商品の説明会がありましたが、その司会進行役に立候補し、務めることになりました。もちろんかなり不安がありましたが、不安があってあたり前、不安ながらも安定感を意識して話そうと前もって心に決めていました。 結果は大成功でした。自己満足かもしれませんが、上司も喜んでくれました。次回も進行役を務める予定です。「本日は〜お忙しい中〜当社の〜商品説明会に〜」と話し方の記号を書き込んである今回のスピーチの台本がここにあります。私のためのちょっと変わった台本です。 たった一度の人生。これからも話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。今まで吃音を言い訳にして全てを逃げてきたのですから。 (2006年1月24日) ※江田よりのコメント: 慣れない営業に異動させられたIさんにとって、この3年間は試練の連続でした。けれど、催眠療法士のA先生を通してあるがままの自分を受け入れられるようになってきたこと、そしてこのレッスンで話し方の調節感覚を学びつつあることなど、試練が宝にもなっているなぁ〜と思えるこの頃です。 会社の商品説明会で司会進行役を務め、話すことの自信をグンと深めたIさんです。これからもいろいろな場面に接して話すことを積極的に楽しんでください。 topへ |
(メールをいただきました。本人の了解をいただき、ご紹介します。) |