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30歳〜39歳 |
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「さわやかカウンセリング」の電話でのレッスンは、北は北海道から南は九州、沖縄県までの全国、そして海外駐在 |
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CONTENTS さわやか吃音(どもり)カウンセリング トップページへ |
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「レッスンを受ける以前は、毎日の電話応対で職場名、名前を毎回どもりながら言っていたのが レッスンにより会話での余裕が出てきたのか、自然に言うことができます。」 私の吃音意識は幼少期からで、小学生の頃には顕著にどもりが出ていました。私の吃音も他の皆さんの体験談にあるように、言葉の出はじめでどもり、ツーテンポくらい遅れます。焦れば焦るほどどもりがひどく、聞き手にはとても聞きづらいもので自分でも嫌悪感を覚えました。
それでも会議などの説明については少しでもどもりを軽減するために、読み原稿を作って対処するなどの工夫をしていました。
また、毎回のレッスンで電話応対や接客のフレーズを繰り返し読み返していますから、仕事などで自然とそのフレーズを口に出すことができ、周囲から「あなたの接客丁寧よね」と誉められたこともあります。レッスンの表現がそのまま仕事に活かされているのが嬉しいです。 ※江田よりのコメント:
Kさんがレッスンを始めたのは、2007年9月ですから、約3年間にわたる受講です。「どうしたらどもらなくなるか」ではなく「どのような発語感覚を育てていくか」に心を留めて、上手くレッスンを利用しておられます。 レッスンで得た発語感覚を職場、私生活でどんどん活かしていただきたいです。 topへ |
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「これからも日常生活でよいお話し感覚をつかんでいき、話す事を楽しんでいこうと思います。」 私は中学の時から発語するのにひっかかりを感じ、長年悩んでいました。力を込めて無理な発語になったり、高校時代は特に授業中当てられないようにと祈る気持ちばかりでした。今思えば授業に集中できていなかったと思います。 社会人になってからは一日中苦しい気持ちでした。朝はまず、社内の人達にあいさつをしなければなりません。その社会人としての基本的なあいさつがどもってしまうので、他人の目がすごく気になっていました。 今まで色々と職場を変えてきましたが、どもるので仕事に集中できなかったり、うそをついて休んだりしたこともありました。吃音から逃げていたのだと思います。だけど吃音であることは相当に苦しく、何でこんな人生なんだと思っていました。吃音じゃなければ別の人生があったかもしれないのにと・・・。 ある時インターネットで調べたら、吃音を改善していく電話でのレッスンがあることを知り、受講しました。レッスンは30分程度で、うまく言えないフレーズなどをゆっくり発語していく練習でした。それによりだいぶん発語が楽になり、吃音であることを受けとめていけるようになりました それはそれで良かったのですが、レッスンではうまく言えても実生活の仕事の場面で、電話応対の時など、発語不安のあることばを意識しすぎてか、うまく言えませんでした。 接客業の仕事を始めてから、もっとスムーズに話せるようになりたいと思い、ほかにも電話でのレッスンがないか探したところ、「さわやかカウンセリング」のサイトを知りました。 江田先生のレッスンは70分でボリュームがありたくさん話すので、レッスンが終ったあとは「私って普通に話せるんだ!」と自信がつきます。レッスンで使うテキストに「心のおしゃれの三ヵ条」という文章がありますが、それを読んだりするのも気に入っています。 毎回レッスンの時に先生は、「どもる感覚は体が覚えてしまっているのだからそれはそれとして受け止めて、どもることに捉(とら)われず自分の良いと思う発語感覚を使って育てていけばいいのです。」とおっしゃいます。毎回のレッスンで繰り返し言われることで心に納得していきました。良いと思う発語感覚を自分なりにつかんでいくこと。吃音はひとりひとり症状が違うと思うので、やはり自分で自分なりに習得していくものだと思います。 江田先生とのレッスンは昨年11月に始まっていますが、その間、転職したり、子供の行事ごとで役員になり人前で話すことになったり、この半年あまりで様々な変化がありましたが、吃音から逃げないことを心に決めてきました。逃げていたらこれからの人生でも同じ事の繰り返しだと思っています。 行事ごとがある前は不安になったりしますが、先生の 「レッスンしてるんだし大丈夫ですよ」というお言葉に、「そうか吃音について何もわからずただ苦しんでいた昔の私とは違うんだ」という気持ちが湧いてきます。 丁度今日、行事ごとがあり人前で話さなければならなかったのですが、満足のいく話し方で楽しく過ごせました。私もしっかり話せるんだ!と思いました。このような人前で話す成功体験を増やしていきたいです。 これからも日常生活でよいお話し感覚をつかんでいき、話す事を楽しんでいこうと思います。 (2010年6月29日) ※江田よりのコメント:
レッスンを始めて7ヶ月。その間、Tさんは新しい職場に就き、PTA,地域の行事の役員を勤め、多く話すことが要求される環境になりました。 これをチャンスと捉え、これからも人前で話す成功体験を重ねていけることと信じています。 topへ |
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「野外イベントのステージでマイクを持って会社のPRをすることができました。」 ■小学生の頃から学生時代にかけての私の吃音 私は小学生から高校生の頃、吃音には大変悩まされた時期でした。授業中、答えがわかっていても言いにくい言葉からはじまる答えの場合は、わからないふりをしたこともありました。情けない思いでいっぱいでした。 国語授業の本読みでは、どうしても発語できないとき、その単語を抜かして読みすすめたこともありました。クラスメートに変な子だなと思われたはずです。また、卒業式の練習で順番に言葉を言う場面で、硬直して言えなくて、みんなに迷惑をかけたこともありました。 高校時代は多感な思春期真っ只中でした。体育の授業で号令をかける場面では、声が出なくて、声が出るまでみんなに待ってもらったこともありました。顔が真っ赤になりました。あまりのショックでその日は泣きました。 決まった言葉を発するだけなのですが、この決まった言葉が自分にとって言いにくい言葉の場合、それはそれは恐怖なことでした。どもったことより、周りのクラスメートにどう思われてるのかな、ということが思春期の私には胸にささる思いで、そんな時は”私なんか消え去ってしまえばいい”、と思っていました。 そのころ、書店に行き、色々な吃音に関する専門書を読んだりしました。自分と同じ思いをしている人は沢山いて、吃音は直らないことも知りました。 大学生時代は発表する場面もあまりなく、そんな苦痛からは解放されましたが、4回生になると就職活動で「面接」という難関が待っておりました。自分の名前が言いにくいので、自己紹介からつまずいて失敗したこともありました。 ■レッスンを通して学んだこと 私の仕事は事務職ですので、電話対応が当然あります。これが現在私の一番の課題です。 社内では「社名」と「自分の名前」を言って電話をとることになっているのですが、「社名」も「自分の名前」も私にとって発語しにくい言葉ですので、どうしても硬直してしまってうまくとることができません。また周りの社員に聞かれているというプレッシャーも感じます。 江田先生は、実際その場面を想定したレッスンをしてくださり、レッスンを重ねるにしたがって少しづつですが、楽になってきました。 「つまる感覚を持ちながら、緊張した場面でありながら、それでも、調整しながら話していくんですよ。」とアドバイスをいただき、なるほどな!と思いました。 また、「吃音意識があっても、コントロール(調整)が優位にたつとスムーズに話せます。どもらないように、どもらないように、とばかり気にかけて話すのは”レベルが低い”、ということなんです。コントロール(調整)が優位にたてば、吃音意識があっても、緊張場面でも話せるのです」という大変ありがたいご指導をいただいたことがありました。 私はこの「レベルが低い」と「優位に」という言葉をしっかり記憶しました。またここで、なるほどな!と思いました。 レッスンでの先生のアドバイスは私にとってとても大切な言葉です。毎回レッスンでありがたく聞かせていただき、自分の胸にきざむことにより、今まで持っていた吃音に対する考えが変わってきました。 そのほか、レッスンでは言葉の最初に「えー」をつけてみて、とか、いきなり最初の言葉を発するのではなく、一連の続きのような感じで言ってみてとか。また、どもりそうだな、と思っても調整してゆっくり話していくようにしてとか、そういった具体的なご指導は日常で話す場面で大変役に立っています。 「さわやかカウンセリング」をネットで検索し、縁あり、このレッスンに出会いましたが、私はこのようなレッスンをずっと以前から探していました。個人個人に合った方法でしていただけるのは本当にありがたいです。 私が一番つらかった高校時代にこのレッスンに出会っていれば、私の人生かわっていたかもしれない、とまで思います。 ■野外イベントのステージでマイクを持っての会社PRの経験 先日レッスンの成果を発揮する機会がありました。それは屋外イベントで会社PRをすることでした。レッスンでは事前に用意した原稿を読む練習をしていただき、話すスピード、表情、ジェスチャーなどの具体的な指導をいただきました。 ステージでマイクをとっての本番。緊張していて、時々どもりそうなのに、それでも、ゆっくりとはっきり話せる自分にびっくりしました。緊張の只中でしたが、早口になりかけたら、ゆっくり話そう、といった感じで頭の中でコントロールできていました。これって、先生がおっしゃられていた「コントロール(調整)が優位に」ということなのかな・・・と、自分の経験として感じとれました。職場の上司、同僚から、「とても良かった」との、お褒めのことばをいただきました。 このことを通して、先生のおっしゃるとおり、イベントや講演会など、大勢の前でスピーチをする場合、事前に原稿をつくることは大変有効だと感じました。 ■将来に向けて 先生は「吃音意識」を否定しないでください、と言われます。しかしこれがなかなか難しく、私はアラフォーおばさんのくせに、まだ否定してしまいます。 20代の頃ですが吃音は悪いことばかりではないかもしれない、と思ったことがありました。確かに吃音は欠点ですが、この欠点のおかげで気づかされたことがたくさんありました。 私は学生のころ、この欠点があるがゆえにハングリー精神が生まれ、何か他に頑張れることはないか、と思い、(勉強は苦手ではなかったので)勉学に励んだ時期もあり、自分で言うのは大変恐縮ですが、良い成績を残したこともありました。頑張ることが美学だと考えていた時期でした。 しかし現在30代になり、少し考え方が変わりました。子供が与えられると、子供に安定した話し方をしてもらいたいとか、職場で後輩もでき、指導する立場にもなりつつありますので、まず自分を見つめなおし、落ち着いた電話応対の手本でありたい、話し方も年齢相応に落ち着いた感じになりたい、などと思うようになりました。 まだまだ私にはこの先、仕事や子供の学校行事PTAなど、話す機会は多くあり、やらなければならないことが沢山あります。レッスンを通して「これは安定するな」という経験をしていき、身につけていきたいです。 (2010年4月26日) ※江田よりのコメント:
今回の野外イベントのステージでの会社PRは、Iさんにとって大きな経験だったと思います。電話のIさんの声からの印象は、どちらかと言うと地味で(失礼ですが・・・)、ステージでジェスチャーをつけて話すことは不慣れなことだと思いました。 けれど、レッスンでイメージトレーニングをして、連日ステージに上がり、会社を代表して見事大役を果たしたということは、話すことの自信をつけられたことと思います。 職場やPTAなどで、さまざまな話す経験を重ねてください。東北の田舎から応援しています。 topへ |
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「自分自身のオリジナルの発語感覚を育てていきたいと思います。」 私は昨年(2009年)の4月から江田先生のレッスンを受講しています。現在34歳で、小学校の1年生位から吃音の症状を意識し始めました。
学生時代は、本読み、発表、友達との会話などで、自分が思う様に話せず色々嫌な思いをしました。例えば本読みで「わ・わ・私は」「お・お・思います」など、どもってしまうと笑われたり、クラスメイトに真似されたりしました。しかし自分自身、明朗で活発な性格と、友人が沢山いた理由もあり、吃音に対して深く悩んだりした事は無かった様に思います。 吃音に対して悩み、苦しんだのは社会人になってからです。大学卒業後、父の経営する会社(リフォーム業)に就職しました。仕事柄、得意先の担当者やお客様と話をする機会が大変多いのですが、電話やお客様との打ち合わせで、最初の言葉が出てこなかったり、どもる事を恐れ、違う言葉で言い換えたり、数秒間が空いて会話が止まったりしました。自分の話し方で印象を悪くしているのではないか、担当者、お客様が私のことを頼りなく感じているのではないかと心配しました。
その頃から、仕事やプライベートでの会話でとてもストレスを感じるようになり、「今日はどもらずにしゃべれるだろうか?」「吃音者の私をどう思っているのだろうか?」「私の吃音が原因で仕事が減ったりしないだろうか?」と考えるようになり、挙句の果てには、「どうしてこんな自分を生んだのか。」と両親をも憎んだりしました。
毎日、「どもる事無くしゃべれたらどんなに幸せだろうか」、「○○さんの様にスラスラと話が出来たらなぁ」と、思いながらもどうする事も出来ない自分が悔しく、自己嫌悪に陥ってしまう事もしばしばでした。
そんな時、『吃音』で検索していると、江田先生のさわやかカウンセリングのホームページに辿り着きました。コンテンツの電話カウンセリング&レッスン体験談を見てみると、私にエールを送って貰った様な、光が差し込んだ様な気がして、早速トライアルレッスンを申し込みました。
レッスン当初は色々緊張し、納得のいく話し方ではありませんでしたが、8回目に私にしか分からない感覚ですが、あるキッカケをつかみ、一歩前へ進んだ感覚を今でも覚えています。 レッスン開始からまだ10ヶ月ですが、私がこの10ヶ月の間で学び考えたことは、まず、吃音意識を自分自身で受け止めた上で、ポジティブに毎日楽しく明るく生きる事が大切だということです。
次に、江田先生がいつもおっしゃっている様に、安定した発語感覚を育て積極的に話す機会を作り実践する事。
安定した発語感覚は、人それぞれ違うと思いますが、私の場合は早口なので、ゆっくり、はっきり、楽しく話す事を心掛けています。(電話の場合は、左手で受話器を持ち右手に「ゆっくりと話す」と書いたメモを見ながら話しています。) また、あまり話す事に神経質になる必要は無いと思いますが、会話中は出来るだけ自問自答しながら話すと安定度が増すような気がします。例えば、「少し早口になっているからゆっくり話そう」「この言葉はいつも出にくいから最初を伸ばしてみよう」などです。
まだまだ、緊張した場面や話す人によって安定度にかなり差があるのが現実ですが、焦らずこれからのレッスンで自分自身のオリジナルの発語感覚を育てていきたいと思います。 ※江田よりのコメント: 吃音意識を否定せずそのまま受け入れ、一方、自分なりの安定した発語フォームを工夫して育てていくという受講生の姿勢に励まされます。 これからも「自分自身のオリジナルの発語感覚」を育て続けてください。 topへ |
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「良いときと悪いときの振れ幅が小さくなってきました。」 私は事務職の仕事をしています。会社の電話応対も仕事の一つなのですが、これにとても苦戦してきました。 私の場合、子供の頃から吃音があった訳ではなく、電話の言い難さというのは、たまたま社名を名乗る際につまずいてしまったことがきっかけでした。 また繰り返してしまったらどうしようと怖がっていると、度々つまづくようになり、更に周囲の目も気になって「苦手意識」がどんどん根強くなってしまいました。朝一番に失敗してしまった日には、終日それを引きずり、ひどいときには、電話応対以外の日常的な会話もぎこちなくなることもあって、私にとって大きな悩みの種でした。 ただ不思議と、この言い難さは、ふと改善したり、ある日またやってくる、を繰り返しました。この不安定さも治したいと思い、問題はきっと内面にあるのだろうと、意識改善のための本を読みましたが、なかなか克服できませんでした。 そんなとき、たまたまインターネットでさわやかカウンセリングのことを知りました。私と同じような悩みの方の体験談を読み、よし、これだ、とレッスンを受けてみると、自分が浅い呼吸になりがちであることを指摘してもらったり、言えた、言えなかったと神経質に自分を評価するのではなく、こんな感じで話すと安定するなという方向へ、自分で話し方を調節すると良い、とアドバイスをいただきました。 アドバイスを受けてから、割と安定する自分なりの感覚をいくつか見つけて、電話応対がうまくいかないのではと思うときに試してみるよう心がけると、少しずつですが安定するようになりました。 レッスンを受け始めてから半年が経ちます。これまでの根強い苦手意識や不安は残っていますが、嬉しいことに、良いときと悪いときの振れ幅とでもいうのでしょうか、それが小さくなってきました。レッスンの効果だと思います。 今後は、不安な気持ちがある状況でも、自分なりに調節をしてスムーズに話すことが出来るようになることを目標に、レッスンを続けていきたいです。 (2009年9月12日) ※江田よりのコメント: Aさんは模範的と言えるとてもきれいな話し方をなさり、職場の会合の司会もこなし、吃音で悩んでいるとは誰も想像できないと思います。この半年に渡るレッスンと実生活での会話経験によって、Aさんの内面の安定度が徐々に高まりつつあるように思います。 レッスンでの発語感覚を活かしてどのように自分なりの調節感覚を育てていくか・・・。実践を通して得ていただきたいです。 topへ |
「安定した発語感覚の気持ち良さを、たくさん経験していきたいです。」
私の吃音との付き合いは物心ついた頃からです。小学生時代から現在に至るまで、吃音を改善しようといろいろな試みを行なってきました。 小学生時代は母が見つけてきてくれた言葉の教室への通学と毎日の本読み、中学生時代はいろいろな委員会に参加し、全校生徒の前で20回ほどスピーチをしました。スピーチ本番の前には毎日1時間ほど練習を繰り返しました。 しかし吃音は全く改善されず、毎回のスピーチでどもった体験により、余計に吃音意識が体に染み付いたようです。その反動で、高校時代は改善への取り組みを何もやらずに過ごしました。 大学に入り都内で一人暮らしをするようになってからは、いずれ訪れることになる就職活動に向け、吃音矯正教室、心理療法、吃音克服団体、大学のカウンセリングなど、いろいろな施設に通いました。しかし、これまでと同様に改善はされないまま社会人となりました。 そして社会人になってからも相変わらずどもりながら、それなりに何とかやってきましたが、吃音を克服したいという思いは強くなり、いろいろな団体に参加しながら、自分なり吃音の改善方法を考え、試行錯誤を繰返してきました。 当時の、吃音に対する個人的な考え・改善の取り組みを簡単にまとめると、どもるまでの過程は、 『@予期不安+A上手く話そうとする余計な考え ⇒Bそれによって引き起こされる体の反応によりどもる』 であり、@・Aを改善すればどもらなくなるはずだ、というものでした。 そのため、この数年は@・Aの改善に集中して取り組み、改善が見られた時期もありました。しかし、会話の最中に吃音が出始めるとコントロールが利かなくなったり、@・Aが少ない場面でもどもることが多く、リラックスしていても話し方が非常に不安定になることを多く経験しました。 ですから、「安定した話し方に体が慣れていない(もしくは安定した話し方というものを体が知らない)。体はどもる話し方に慣れてしまっている。」「@・Aの改善と同時に、体に安定した話し方の習慣を覚えこませる必要がある」、という考えに至りました。 安定した話し方を身に付けるために実際に人と話す練習がしたいと思い、話し方教室や、電話でのコーチングを探していましたが、そんなとき、「さわやかカウンセリング」のHPを見つました。 「自分の内面での安定した発言感覚を育てていき、コントロールする幅を広げていくこと」、いう考えに非常に共感いたしました。また、この考えに加えて、江田先生自身が吃音を改善しておられることも、さわやかカウンセリングを始める決め手となりました。江田先生の存在自体が、さわやかカウンセリングの改善の方向性が正しいことを証明してくれているからです。 レッスン中は、自分でも驚くほどどもらずに自然に話ができています。この心地良さを体が学習してくことで、日常生活でもさらに自然な話し方が出来ているように思います。 現在は、吃音意識が浮上する場面でも安定した話しができるよう毎日試行錯誤しています。今後の変化が楽しみです。 (2009年8月7日) ※江田よりのコメント: Sさんは今まで多くの吃音改善の努力を払ってこられました。@「発語予期不安」とA「上手く話さなければという構え」が少なくなっても、日常の話し方が不安定であるのならば、Sさんのおっしゃるとおり吃音が定着している状態です。 内面の安定した発語感覚(発語イメージ)をコツコツ育てていくことが、改善への正しい方向性だと思います。 topへ |
「レッスンを始める前よりも精神的にも実際の電話も良くなってきていることを実感しています。」
私はレッスンを始めて7ヶ月になります。私が吃音で悩み始めたのは転職先の会社での電話応対がきっかけでした。転職前(事務)の会社では社名も言いやすく、電話応対も他に出てくれる人が何人かいたのであまり電話に対してこだわりはありませんでした。 ところが転職して事務室での電話対応が以前に比べ多くなり、つっかえてしまい、うまく電話にでられないことがありました。自分ではまだ新しい職場に慣れていないからだと思っていましたが、電話が鳴るたびにドキッとしてしまい、電話に出てうまく言えなかったらどうしようという不安感が強まり、とうとう電話恐怖症になってしまいました。特に「あ」行と「た」行で始まる言葉がでませんでした。 何とか克服しようと思い、会社で誰もいない時に自分の携帯からかけて電話の練習をしたり、自宅でも夫に練習相手になってもらったり、一日中、頭の中は電話の事で一杯でした。あまり考え過ぎるのも良くないことは分かっていても頭から離れませんでした。 会社の人に相談したところ、無理に電話にでなくていいよと言ってくれたのですが、ありがたいのと同時に自分が情けなくなってしまいました。精神的に疲れてしまい退職も考えました。 何か克服方法はないかと思い、インターネットで江田先生のホームページを見て助けてほしいと思いレッスンを始めました。私と同じ悩みをもっている方々が沢山いることにもびっくりしました。 江田先生はご自分も以前、吃音で大変苦労されたお話をしてくれました。先生の声はとても聞きやすかったので吃音の経験をされてるなんてびっくりしました。 私は日常会話でとても早口になってことばが絡まることがあります。レッスンでの指導で日常会話で早口にならないようにと気を付けています。 まだ電話で言葉が出づらい時や不安感がありますが、レッスンを始める前よりも精神的にも実際の電話も良くなってきていることを実感しています。 これからも焦らず自分の吃音とうまく付き合いながら頑張っていきたいと思います。 (2009年1月9日) ※江田よりのコメント: レッスンを受ける前、Yさんはご自分で電話をかける練習をしたり、ご主人を相手に話す練習をするなどの努力をしたのですが、「練習」と職場での「本番」との意識のギャップを埋めることは難しかったようです。それもそのはず、吃音の本質は電話応対そのものではなく、日常会話でどのような話し方をしているかの“質”にあるのですから。 Yさんはレッスンと実際の経験をとおして、自分にとっての安定した発語感覚を育てつつあるところです。応援しています。 topへ |
「ゆっくりペースの喋り方を身につけていけば、緊張する場面でも調節できるという感触を感じています。」
会社で電話をとるとき、一言目の会社名がどもってしまい、電話が鳴ると恐怖でした。「お客様はどう思ったかな・・・」「出先からかけてきた人はどう思ったかな・・・」と、暗い気持ちになっていました。恥ずかしくて誰にも相談できませんでした。 どもる意識がとてもひどくなったとき、もうダメだ、病気だったら直したい!と思い、インターネットで江田さんのHPを知りました。 初めてレッスンを受けたとき、自分がいかに早口になっていたかに気づきました。「ゆっくり、相手にわかりやすく話すこと・・・」ただそれだけのことが今までの自分に全くなかったことに気づき、目から鱗(うろこ)でした。 レッスンを受け始めて2年になります。以前のようにひどくどもることはありませんが、社内で電話をとるときの緊張感からは、なかなか解放されません。頭ではゆっくりとしたペースで話すぞと思っていても、早口になってしまったり、一瞬つかえてしまうことがあります。 でも今は、ゆっくりペースの喋り方を身につけていけば、緊張する場面でも調節できるという感触を感じています。 (2008年9月10日) ※江田よりのコメント: Yさんの職場の事務所では比較的多くのスタッフが静かにデスクワークをしていて、電話応対の声が周りに響くという、吃音意識を持っている人には話しにくい環境のようです。当然、電話をとるときは緊張します。 電話で緊張する自分をそのまま受け止めつつ、日常会話でさらに安定度の高い発語感覚を育んでいきながら、電話経験を重ねていただきたいです。 topへ |
「このレッスンを受けた事によって、私の悩み・不安はだいぶ解消されました。」
私が、どもりを意識したのは中学生の時でした。当時、生徒会の役員を務めていたので、全校生徒の前で発表する機会があったのですが、その時、突然、出だしの部分がしゃべれなくなってしまったのです。以来、言葉の出だし、特に「あ行」の出だしが話せないことに意識し始め、ずっと悩んでいました。 「ありがとうございました。」「お疲れ様でした。」「いらっしゃいませ。」・・・それらの言葉を最初に言わなければならない場合、非常に辛い思いをしました。そして何より、自分の名前が「い」で始まるため、自己紹介や名刺交換するのが、とてもイヤでした。自分の名前がスンナリ言えないからです。自分の名前の前に何か言葉を付けたら言える時もありましたが、その方法でもダメで、出だしの「い」が言えず、自己紹介の時に変な空白の時間ができたことも多々ありました。そのため、結婚した時、自分の名字を変えて、妻の姓を名乗ろうかなと思ったことさえ、あったほどです。 私も、これから仕事上で、会議やミーティングなどの司会進行なり、人前で話をさせられる機会が必然と多くなる年齢になってきました。当然、人前で話す時は、まず自己紹介をしなければなりません。そういう機会が今後増えていくと考えるだけで、とても憂鬱な気分になりました。電話で話すこともそうです。私の最大の悩みでした。 そんな中、今年の2月に、私の上司から、組織の一番のトップと直接お話しなければならない(しかも、他の幹部が全員揃っている中で自分の意見を発表しなければならない)懇談会の参加を命じられました。その話が決まってから、一層不安になり、インターネットで、どもりを解消(治療)する病院を探していたら、さわやかカウンセリングのホームページを見つけました。そして、レッスンを受けました。 江田先生に懇談会のことを話したら、懇談会で発表する原稿を書いて、それにそって話す練習をしてくれました。おかげで、懇談会はさすがに緊張したものの、なんとか、うまく発表することができ、乗り切れることができました。 レッスンを受け始めて、まだ半年位ですが、このレッスンを受けたことによって、私の悩み・不安はだいぶ解消されました。まだ、あ行がうまく言えなかったり、自分の名前を言う時、突っかかることはあります。でも、「どもり・吃音を無理に直す必要はないんだ」「突っかかったら突っかかったで、いいじゃないか」と、レッスンを通じて思えるようになったおかげで、精神的にはだいぶ楽になりました。 また、レッスンでは電話応対とスピーチの練習をするのですが、前に比べ、電話応対も幾分ことば使いが丁寧になったような気がします。そういったスキルアップの要素も兼ね備えていると思います。 これからも、日頃から江田先生が言われる「自分なりの安定した発語感覚」が身につくよう、レッスンと日頃の会話を通じて、頑張りたいと思っています。 (2008年8月27日) Iさんは仕事柄、人前で話すことが多いこともあり、とても話慣れしているように思います。自分の中の吃音意識を客観的に受け止めながら、安定した発語感覚を育ててください。 受講生で結婚相手を言いやすい苗字かどうかで半分本気で選んだという方がおられますが、Iさんも奥さんの姓を名乗ろうかと思ったことなど、吃音意識をもつ方々の涙の笑い話?が身に染みます。 これから結婚を考えている方で、相手の苗字が言いやすいかどうかで決めようとしている方がいらっしゃったら、迷わずレッスンを受けてください。一生の後悔とならないために・・・(笑) topへ |
「早口は少なからず改善されたように思います。電話応対を今後の課題として取り組んでいきたいと思っています。」
私が自分の吃音を意識するようなったのは、小学校に入るか入らないか、といった頃ではなかったかと思います。おそらく保育園から小学校へと上がる環境の変化が、何らかの心理的な要因になったものと思われますが、今となっては定かではありません。 私の場合、早口でまくし立てるように喋ると不思議なものであまり引っ掛からないのですが、授業での教科書の音読や朝のホームルームでの発表等では、うまくいきませんでした。また「た行」など、どうしても苦手な発音もありまして、いつ自分に順番が回って来るのが気になり、トテツもなく憂鬱でした。 普段早口なお喋り野郎と思われているだけに、本読み等で引っ掛かり、なかなか次の言葉が出ないと、余計奇異な目で見られ、一度など授業のサボタージュと勘違いされて、教師からゲンコツをもらった事もありました。吃音を隠そう隠そうと意識していた事が余計言いにくくさせて、黙っている私を不気味に思ったのかも知れませんが・・・。 それでも、中学高校と、学生時代は何とか悩みながらも隠し通すことも出来ましたが、社会人になってからはそうもいきません。取引先のお客様と話したり、内線外線問わずの電話など、一方的に喋る訳にもいかず、また すっかり倣い性になってしまった早口も、そのままだったからです。一時期は神経症一歩手前に迄なり、しばらく会社を休んだこともありました。 レッスンを始めて半年を経ようとしていますが、今はレッスンの成果か、早口は少なからず改善されたように思います。けれど、電話で名を名乗る(姓・名とも苦手なタ行から始まる)などの苦手意識が抜けないので、この辺を今後の課題として取り組んでいきたいと思っています。 (2008年6月11日) ※江田よりのコメント: Tさんは自称?早口ということでしょうが、私には話す速度はどちらかというと緩やかに感じます。けれど意識する単語の発語が速いので調節が利きにくくなっていたのだと思います。 レッスンを通して安定度が高まっています。これからもTさんなりの安定感覚を育てていってください。 topへ |
「これからは自己紹介や電話の機会を見つけ、レッスンで学んだ事を実践していきたいと思います。」
私が言葉のひっかかりを気にし始めたのは小学校の頃です。それでもあまり気にすることなく今まで過ごして来ました。
それが1年程前、職場でのちょっとしたストレスにより、言葉のひっかかりを強く意識するようになりました。私は普段の会話などは何でもないのですが、自己紹介や電話で自分の名前を言う時に言葉が出てこないのです。それでも仕事をしていた時は電話にも慣れていた為、電話応対は怖くはありませんでした。 しかしその後、仕事を辞め家に居る時間が多くなると電話の機会も減り、だんだんと電話恐怖症になっていきました。 このままではいけないと思いインターネットでいろいろ調べ、「さわやかカウンセリング」のホームページの皆さんの体験談を読み、同じ思いをしている人達がこんなに沢山いることを知り、レッスンを申し込みました。 レッスンの初日の電話はとても緊張して自分の名前がなかなか言えませんでした。それでも先生は私を焦らせたりする事なくゆっくりと話を聞いてくれました。 何回かレッスンを受け、先生と話したり、アドバイスを受ける事により、少しずつですけれど電話が怖くなくなりました。特に自分の名前を言う時など、最初の言葉を少し伸ばす感じで言うと上手く言えるとアドバイスをもらい実行してみると、とても言いやすかったです。 私はとても神経質で色々と考え込んでしまう性格なので、レッスンで先生に話を聞いてもらったり、たわいもない会話をしたりする事がレッスン以上に(もちろん発語レッスンは必要ですが・・・)効果があったような気がします。 今では電話をかける事が以前より苦痛ではありません。落ち着いてゆっくり話せば上手く言えるようになりました。これからは自己紹介や電話の機会を見つけ、レッスンで学んだ事を実践していきたいと思います。まだまだ不安もありますが経験しないと慣れないと思うので頑張りたいと思います。 ※江田よりのコメント: 話すことの自信は、緊張しなくなることではなく、緊張する中でも話せるという体験の積み重ねから生まれるものです。経験に失敗ということはありません。これからも様々なお話し場面に積極的に接していかれますよう。 topへ |
「今では電話をかける時もスムーズに第一声が出るようになり、周囲からも『「最近どもらないね』
と言われるまでになりました。」 現在、私は入社9年目の社会人です。私が吃音を感じ始めたのは小学校低学年頃だと思います。いろいろな人たちに吃音をまねされたり、からかわれたことを思い出します。
一番辛かったのは、国語の授業での朗読です。朗読指名されると、始めの言葉が出るか心配になり、更に緊張し声が震え、言葉を発しにくくなり、第一声が出ないため、その言葉が出るまで「えっと、えっと、えっと」を繰り返す。あまりにも第一声が出てこないので、まわりがザワザワし始め、やっとの思いで声が出たと思ったら、すぐ次に発しにくい言葉がきてつまってしまい、数行読むのにかなり時間がかかり、身体は汗でびっしょりになってしまいました。穴があったら入りたいとはこのことです。 こんな恥かしい思いはしたくないと、家に帰って何度も大きな声を出して読む練習をしました。不思議なことに自分ひとりで読んでいるとすらすら読めるのです。これなら大丈夫と学校へ行き、国語の授業で朗読指名されると、またあがってしまい声が出てきません。 それ以降、国語の時間になると朗読を指名されないように寝ているふりをしたり、当てられそうな日は学校を休んだりして逃げていました。 その後も中学、高校と同様な行動をとっていました。そのせいで国語は本当に苦手なものとなってしまいました。 こんな理由もあり、大学は文系ではなく理系に進むことにしました。大学では国語の授業もなく、指名されて朗読されるようなこともなく、周囲からの冷ややかな視線を感じたり、恥かしいと思った記憶は残っていません。 けれど、これから大学を卒業し会社で仕事をしていかなければならないことを考えると、このままではいけないと思い、なんとか吃音を克服するため、接客や飛び込み営業のアルバイトをし、人前で話す機会を増やし、自信がつくように努力しました。 しかし、やはり吃音は治らず、話すことに不安があるままとうとう社会人となってしまいました。 今の私の職種は技術職なので営業職ほど外部の人達と接する機会も少ないのですが、上司への報告や他部署の方たちと電話で連絡を取ること等は避けることができません。特に他部署の方たちに電話かけたりすることが苦手で、「○○課の○○ですが、・・・」と言いたいのに、はじめの言葉が出ず、「えっと、えっと、えっと」「あ、あ、あ」など、言葉を発するのにもがいていると、電話の向こうから馬鹿にするかのような笑い声が聞こえたりもしました。 私は「これは本当にまずい」と思い、思い切って吃音を治すカウンセリングを受けようと決心し、早速インターネットで検索をしました。 検索すると、吃音に関するカウンセリングが思ったよりたくさんあることに驚きました。その中で私が「さわやかカウンセリング」を選んだ理由は・・・ ■第一にカウンセラーの江田先生自身が吃音経験者であり、同じような経験をした方なら自分の気持ちも分かってもらえ、経験者にしかできないアドバイスを頂けるのではないかという期待が持てたこと。 ■第二には、他のカウンセリングはその場所まで足を運ばなければいけないところが多く、私が住んでいる地方には診療所が見あたりません。 けれど、「さわやかカウンセリング」は電話で行うため、遠方に足を運ぶ必要が無い上に、私が最も苦手な電話でのレッスンだったので、苦手を克服するには良いチャンスだと思いました。また、リーズナブルな価格でカウンセリングを受けられるというのも決めた理由のひとつでした。 江田先生のカウンセリングをうけてから今月で約1年になります。レッスンのおかげで、今では電話をかける時もスムーズに第一声が出るようになり、第一声が出ることで徐々に自信がつき、周囲からも「最近どもらないね」と言われるまでになりました。ひとえにレッスンおかげだと感謝しております。 まだまだ課題はありますが、これからも上手く話ができるよう、良い話し方の習慣を身につけていこうと思っています。 (2008年4月29日) ※江田よりのコメント: 国語の時間になると朗読が当たらないように寝たふりをしたり、朗読がわかっている日は学校を休んだり・・・やってきたことはMさんも私も同じです。(私はどこまで朗読の順番が進んだか、隣の子に聞いたものでした。「昨日は朗読がなかったよ」と聞いたときは、せっかく休んだのに、本当にショックでした。) 吃音がなかったらもっと楽しい学校生活になっていただろうなと思ことがありますが、この経験があるからこそ、今このように電話でのレッスンをさせていただけるのですから、人生、悪いことも捨てたものではないなぁ〜と思います。 topへ |
「裁判では、事故の状況、自分の気持ちをきちんと口述することが出来ました。」
私は3歳のころから言葉がつまり始めました。原因は分かっています。弟が生まれたからです。弟が生まれたとたんに、大好きなお母さんを取られてしまったように感じました。父は仕事一筋の人でしたし、厳しい人でした。とても寂しかったのです。 小学生になると、発表したり音読したりする機会が多く、吃音はひどくなりました。母は心配して、私を「ことばの教室」というところに連れて行ってくれました。自律訓練法というリラックス法と、話すトレーニングをしてくれるところでした。2年間通いました。さらに、別の発声法の教室に半年ほど通い、中学3年生のころには、時々つまることはあるものの、気にならない程度まで良くなりました。 高校、大学を出て、早く結婚しました。専業主婦をしていましたので、人前で話をする必要が特になかったこともあり、人前で話をするような場にあえて行くこともなく、家に引きこもりがちの生活をしていました。 30歳を過ぎたころから、吃音が悪化してきました。ストレスが原因だったと思います。不幸の連続のような、トラブルが続きました。 母が、くも膜下出血で急に亡くなり、その数年後に父が浴室で足を滑らせて亡くなりました。父は会社の経営をしており、莫大な借入金の連帯保証人になっていたのです。私が父の代わりに保証人にされそうになりました。会社の経営の悪化で消費者金融からの借金もありました。また、父は叔父にお金を貸していたことも分かりました。最後は弁護士さんに頼みましたが、とてもつらかったです。 更に、昨年の11月、娘を学校に送っていく途中に交通事故に遭いました。加害者も保険会社も全く誠意がなく、裁判になりました。ショックでした。裁判では、自分の口で、自分の言葉で、事故の状況、考えを述べなければいけません。 焦りました。吃音もあるのに、自分の主張が出来るのだろうか・・・しかも、最大級に緊張する法廷の場で・・・。 藁をもつかむ気持ちで、ネットで「さわやかカウンセリング」を見つけ、江田先生に電話をし、裁判の前までに3回、カウンセリングを入れていただきました。 1回目のカウンセリングで「吃音意識」を否定しないことという話を伺い、私は衝撃を受けました。子供のころ、吃音にとても悩みました。みんなに馬鹿にされたり、音読の時にどもったことを、お布団の中で思い出しては泣くことも多く、そんな時、翌朝、目が覚めていたら、これまでのことが夢で、すらすら話のできる自分に変身していたらいいなと泣きながら眠ったものです。私は吃音だけではなく、吃音意識を持つ自分のすべてを否定していたのです。 でも、「そうではない、吃音がある私が私だし、人に吃音があることを気づかれてもいいじゃない。それよりも相手に自分の言いたいことを分かりやすく伝えることに、エネルギーを使おう。」そのように考えただけで、かなり気持ちも楽になりました。2回、3回とカウンセリングを受ける度に、安定した話し方をつかんでいきました。 裁判では、江田先生の指導で、弁論の下書きの準備をしていきましたので、事故の状況、自分の気持ちをきちんと口述することが出来ました。判決はまだですが、自分の主張がすべて出来たことで、気持ちの整理もついてますし、自分の出来ることはすべてやったという思いがあります。 今まで、つらいこと、大変なことがいろいろありました。でも、これからは私はそのすべてを自分の経験、糧にしようと思います。吃音に関してもです。 今まで友達づきあいがうまく出来ないのは、吃音があるからだとか、吃音のせいで、自分の好きな仕事にはつけないんだ、勉強しても仕方ないなとか・・・ 何でも吃音のせいにして、今まで話すことから逃げるようにして引きこもっていました。 カウンセリングを受け初めてまだ、3ヶ月、7回程度ですけど、普段の会話はかなり安定して話が出来るようになりました。でも、突然、質問されたりしたときは、つまってしまうことがあります。まだまだ、道半ばだなと思う時があります。ですから、いろいろな場に自分をさらして、さらに修行を積みたいと思います。 修行というと誤解されそうですが、吃音意識とうまく付き合いながら、楽な気持ちで、前向きに(矛盾するように思われるでしょうが、)話し方を磨きたいということです。私は、30年以上の吃音歴ですので、もう少し時間がかかりそうです。 また、レッスンのテキストでは、尊敬語や謙譲語もレッスンするところがあって、今まで、ただ話すことだけで精一杯でしたので、キレイな言葉使い、話し方ということまで考えることが出来ませんでした。こんな話し方が自然に出来たら素敵だな、いいな、と思っています。 (2008年4月14日) ※江田よりのコメント: たまたまどもったり、ことばが絡まったりするのと、吃音意識をもって言いにくいこととは全く別のことです。幼少期から自分の吃音であることを忌まわしいことと思っていると、自分自身まで否定することになってしまいます。 吃音意識は体が学習したことですので、これを人為的、作為的に取り除こうとするのは無意味であるどころか、ますます意識を深めてしまいます。吃音意識をそのまま肯定的に受け入れつつ、うまく付き合いながら、より安定した発語感覚を育てていくことが健全な姿勢だと思います。 相手に聞きやすい話し方を磨いてください。 topへ |
「自分の吃音を否定することなく、そのまま受けとめながら、安定感のある話し方を身につけていこうと思っています。」
私には幼少の頃から言葉につまっていた記憶があり、それは学校へ通うようになってからも同じでした。 友達に笑われて少し嫌な気持ちになったこともありましたが、その頃は特に気にすることもなく、たまにひっかかる症状が出るくらいで、発症しても気がつけばすぐに治まり、そのまま何ともないぐらいのものでした。 そんな調子を持ち続けながら無事に成長していき、進学・就職と人生を歩んでいくことができました。 「どもる」という言葉の解釈もなく、ましてや「吃音」という単語など知りもしませんでした。ただ、自分はしゃべるときに人とは少し違うものがある、何か決まった言葉で声が出にくいことがある、という意識だけは幼い頃からずっと持ち続けていました。 なぜかそれが自分にとって恥のように思っていましたが、大きな障害ではなかったこともあり、誰にも相談したことはありませんでした。 それがある日の仕事上での失敗で大きく意識が変わりました。 私の勤務先では2ヶ月に一度ぐらい、同じ職場の人たちを前にして話をしなければならない機会があります。 職場の配属が変わったばかりの時のことですが、新しい職場の人たちを前にして初めて話をしました。その時は、特に異常に緊張していたということはなく、みんなに自分のことを認めてもらおうと考えながら話をしていた気がします。 ところが話の途中で突然言葉がつまってしまい、それにより気が動転して、何か違う言葉を言おうとしても全く何も声が出なくなってしまいました。そんな私の様子を見て何人かの笑い声が聞こえました。体中から大量の汗が噴き出し、そのまま私は話を止めてしまいました。辛うじて「すみません」とだけ言ってその場から下がりました。 その日から話をすることを異常に意識するようになりました。いろいろともがいているうちに自分の症状が吃音ということも初めて知りました。もう7年も前のことなのですが、同じような場面が近づくことが分かると恐怖を感じ始め、呼吸もおかしくなってしまいます。そんなときに何とか出てくる自分の発声は普段の発声とは明らかに違う感じです。 何とかこれを打開しようと思い、インターネットで調べて「さわやかカウンセリング」のレッスンを受講することにしました。昨年の5月のことです。 レッスンを始めてからは、安定した話し方感覚を身につけて、話すことを意識し過ぎないようにと教えていただきました。始めのうちはなかなか理解できませんでしたが、少しずつ自分のやり方を見つけてきました。所々で早口になってしまっていた口調に気づくようになり、一音一音を丁寧に発音すると自分にとって安定したゆるやかペースになるようです。 レッスンを始めて1年弱ですが、吃音意識がなくなったという訳でもなく、職場の朝礼でのスピーチも相変わらずかなり緊張します。自分にとってまだまだ道半ばだと思っています。 自分の吃音意識を否定することなく、そのまま受けとめながら、安定感のある話し方を身につけていこうと思っています。 (2008年4月6日) ※江田よりのコメント: 突然言葉が出なくなるという経験はKさんにとってとても恐ろしいことだったと思います。Kさんと同じような体験をなさった方は他の受講生にもおられます。 このような経験、吃音意識は体がしっかりと学習していますので、容易に消えるものではありません。解決の道は、吃音意識をなくそうとしないで、そのまま受けとめながら、自分なりの安定発語感覚をひたすら育てていくことにあると思います。 topへ |
「レッスンが終わった後は爽快感があり気分がいいです。」
私の吃音意識が始まったのは幼少のころからです。以来30年間余、頭の片隅から吃音意識が消えたことはありません。特に吃音の恐怖がよぎるのは、二人以上の前での雑談や、話をするときです。学校や会社で人と顔を突き合わせるときは、顔がこわばるのが自分でもわかり、振り返ってみると、とても幸せな生き方とは思えませんでした。
その背景には、どもりを悟られたくないとか、どもってその場をしらけさせたくないといった、自分を隠す意識が働いておりました。 このままではいけない、吃音がなければ楽に生きられると思い、吃音改善の本を読もうとしましたが、本屋で買うにしても、レジの人にどう思われるかが怖くて、結局買わずじまいでした。 一番嫌なのは、自分の言いたいことが言い出せないことです。この思いは両親にも打ち明けられませんでした。自分ではどうすることもできないまま月日だけが過ぎていきました。 そんな時にホームページで、さわやかカウンセリングを見て、やってみようと思い、レッスンを始めました。受講時間は70分ですが、こんなに長時間喋るのは日常ではあまりないので疲れるものの、終わった後は爽快感があり気分がいいです。 受講では自分の話しやすい伸ばし感覚、速さを身につける訓練を受けました。今では、一番不得意だった会話の出だしであまり緊張しなくなりました。 型にはめた話し方ではなく、自分として自然な話しやすい喋り方を育てていこうと思っています。 (2008年1月4日) ※江田よりのコメント: 70分レッスン時間はお話しジョギング・タイムといったところです。力みなく緩やかペースで自然に話し続けると、爽快感があり気分がいいですよ。これからもレッスンでいい汗流してください。♪ topへ |
「大切なことは、自分なりの発語感覚をどうやって身につけていくかだと思います。」
私がさわやかカウンセリングにお世話になって、もう半年が経とうとしています。このカウンセリングを通して今までに経験したこと、感じたことを書こうと思います。
私がどもりになった原因として考えられるのは、子供の頃、一緒に通学していた子が重度のどもりで、その話し方の影響を強く受けてしまったのではないかと思います。私は今30代後半ですが、今までどもりの人が経験する様々な辛いことを経験してきました。
子供の頃は特に症状がひどく、自分から率先して話すことはなるべく避け、授業中も答えが解っていても絶対に手をあげない子供でした。大人に成長するにつれ、大分直ってきて日常会話は特に問題なくなりましたが、自分のタイミングで話せないときはまだ時々どもります。致命的なのは、自分の名前が非常に言いにくいという事です。何かの申し込みの時、自己紹介の時、自分の名前がパッと言えない苦しみは同じ症状を持つ人しか解らないと思います。
大学生の時、自分のどもりと真剣に取り組もうと思った時期があり、いろいろな本を読んだり、矯正所の情報を集めたことがありましたが、そのときは、何をやっても完璧には治らないだろうと思い、開き直って生きていくしかないなと思って矯正所に通うのはやめました。
今、社会人15年目ですが、職場の雰囲気もよく、なんとかトントン拍子で今まできましたが、それが今年の春、突然、ブラックホールに落ちるかのようにどもりの症状が重くなってしまったのです。
4月の人事異動が気になり始めたとたん、今まで電話で言えていたセクションの名前が出てこなくなり、夜も眠れなくなってしまったのです。移動先のセクションの名前が言いにくいところだったらどうしようと考え始めたとたんです。 これはまずいと思い、わらにもすがる思いでネットや本で調べた結果、私の目にとまったのが「さわやかカウンセリング」のホームページで、すぐに相談しました。電話の対応が多い職場ですので電話でカウンセリングができるのは絶好だと思ったからです。 江田先生ご自身もどもりだったということもあり、どもりを持つ人の心の動きを十分に理解しています。私自身、この歳になると、完璧に治るとは思っていません。大切なことは、先生が言われるように、どもらず話そうと思うのではなく、自分なりの発語感覚をどうやって身につけていくかだと思います。言いにくい言葉の前の伸ばし感覚や精神的なことなど、このカウンセリングを受けて非常に役に立っています。 どもりは精神的な部分がかくも深く関係していることを確認できましたし、もっともっと自分なりの発語感覚を身につけていくためにも電話でのレッスンをこれからも続けていこうと思っています。 (2007年11月5日) ※江田よりのコメント: ある言葉を気にしだしたとたん、言えなくなってしまう・・・これはTさんだけの問題ではなく、吃音意識を持つ人にとって共通した症状です。この意識を取り除こうとするのではなく、あくまで安定した発語感覚を育てて意識の上に上書きしていくことが改善の道であると思います。それが私の辿ってきた道なのですから。 topへ |
「自分なりの喋りやすい話し方を知らず知らずのうちに自然に出来るようになってきたように思います。」
私の覚えている限りでは小学校くらいからどもりに悩んでいました。私には特定の言いにくい言葉(主に「た行」「か行」等)があり、その音からはじまる最初の一言がどうしても詰まってしまう症状でした。学校の国語の授業で朗読の順番が回ってくるとどもるんじゃないかと気になり、読む時はどもらないように気を付けてなんとか過ごしていました。日常生活では特に支障はなかったので、そんなには意識していませんでした。しかし、クラスの委員とかみんなの前で喋る機会の多い役は避けてきました。
社会人になった当初(今は社会人12年生ですが)は、窓口での応対や電話応対などが主で、言いにくい言葉を他の言いやすい言葉に置き換えて何とか対応していました。 職場の異動で仕事の内容が変わる度に、課名等言いにくい音から始まる言葉がないかといつも気にしていました。何故かというと電話で言いにくい言葉を最初に言うのが一番苦手だったからです。それでも何とかどもりながらも対応していました。 しかし、会社の代表電話を取って他の課に転送する仕事がある課に移ってからは、日々、どもりとの闘いでした。 まず、最初に言う社名が言いにくい言葉でしたので、頻繁に鳴る電話を取るたびに言葉に詰まり、転送するときは、相手が言いにくい名前だとそこでも詰まり、同じ職場の人にこの人言い方がおかしいんじゃないかと思われるのではないかと意識すればする程ひどくなっていきました。さらに、同じ職場内で人を集めていろいろな事を説明しなければならない仕事も加わり、毎日どもりの事で本当に悩んでいました。 ネットで紹介されている高額な治療費のかかる吃音治療院に、たとえ高額な治療費がかかってもどもりが治るのであれば決して高くはないと思い通院してみようかとも思いましたが、仕事をしながら私の住んでいる石川県から治療院へ通うのは現実的に無理な話でした。その他ネットで調べて吃音治療の本を読んでみたり、安価で治療方法を教えてくれるサイトの治療方法を試したのですが、全くとは言わないまでも目立った効果はありませんでした。 そんな中、昨年の5月、たまたま江田先生のサイトを見つけました。一回のレッスン料もそんなに高くなく、何より電話で実際に先生と会話して実践的なレッスンを受けられる事、先生自身が昔どもりで悩んでいたとの事だったので、同じ気持になって指導してもらえるのではと思い申し込みました。 実際にレッスンを受けてまず先生に言われたのはどもりに対する考え方を変える事でした。それは「どもらないように喋ろうとするのではなく、どもってもいいから自分の一番話しやすい話し方を日々意識して喋るようにする」ということでした。とは言っても言われてすぐそれが出来るなら苦労しないよな〜と正直思いましたが、何とか少しでも良くなればいいかなという気持ちでレッスンを続けました。 最初はやはりどもらないように話さなければと意識しすぎてなかなかうまくいかなかったのですが、江田先生のゆったりとしたやさしい口調で電話の受け方を実際にやってみたり、言いにくい言葉を言いやすくするコツを実践的に教えてもらったりするうちに、だんだん言いやすい話し方を日々の会話で意識出来るようになってきました。また、レッスンをしているという事が話すことへの自信につながり、会社での電話応対も少しづつ調節出来るようになってきました。 また会議での発表では、先生のアドバイスで予め原稿を作るようにした事で、以前よりうまく出来るようになったと思います。 最近、自分なりに自信になり一番嬉しかった事は、マイクで車を呼び出しする館内放送が出来たことです。単純な放送なのですが、以前の自分だったらどもることを意識してしまって絶対出来なかったと思います。今回は予め言うことを紙に書いてゆっくり正確に放送することが出来ました。これもレッスンを受けているおかげだと思います。 どもらないようにと捉えるのではなく、自分なりの喋りやすい話し方を実践し続けることによって、知らず知らずのうちに自然に出来るようになってきたように思います。 まだまだ、苦手な言葉が出てくると意識してうまくいかないことがありますが、少しでも言いやすい喋りを意識して自然に身につけていけるよう、これからもレッスンを続けていこうと思っています。 (2007年8月27日) ※江田よりのコメント: レッスンのためのレッスン、いわゆるレッスン上手に終わらないためには、会議での発表、館内放送、電話応対など、さまざまなお話し場面に接することが不可欠です。 これからも様々なお話し場面に接し続けて、Iさんなりの話しやすい話し方を開拓していってください。 topへ |
「目標はアナウンサーのように相手に聞きやすい話ができるようになることです。」
私は千葉在住の31歳の会社員です。物心ついた時から話をするときどもっていました。どもりを疑問にも思っていませんでしたし恥ずかしいとも思っていませんでした。
しかし小学校の授業で席順に本を朗読する時、自分の番になって読んだ時、ある箇所で「と・と・と・時に」とどもりました。その後「友達からなんでどもるの?」と言われ、その時から吃音を意識するようになりました。それからはどもって話をすると周りから笑い声がするのが聞こえ、恥ずかしく思うようになりました。吃音を経験した方はそうだと思いますが、どもらないようにと意識すればするほど始まりの言葉がつまってしまいうまく話せません。どもるとみんなに笑われる、みんなどもらないのに自分だけどもり恥ずかしい、と悪循環の繰り返しになるのです。みんなのように普通に話がしたいと思えば思うほど、出来ない自分にイライラがつのりました。
何軒も精神科を親と一緒に回りましたが「気にしなければ大丈夫」、「本人の気持ち次第です」「どもっても気にしなければいいんです」など気休め的な返答しかかえってきません。確かに気の持ちようかもしれませんが、それができないから悩んでいるのです。コンプレックスになりました。 それから小、中、高校を卒業してからも吃音に悩みました。どもらないようにと色々なことをしましたがなんの効果もありません。話をするときも「か行」や「た行」など特にどもりやすい言葉は、無意識に避けて話をするようになりました。 高校まではそれでも良かったのですが社会人になったらそうもいきません。アルバイトの延長で小売業のスーパーに就職しましたが、お客様を相手にする職業ですから今までのようには避けることはできません。しかも朝礼ではみんなの前にでて話をしたり、商品の案内など店内放送をしなくてはならないのです。 本当に苦痛で仕方ありませんでした。どもらないようにどもらないようにと意識しても最初の言葉がでてきません。息苦しくなってしまいます。すらすら話せる上司が羨ましくてなりませんでした。「なぜ自分だけ・・・」「一生どもるのか・・」そんな気持ちが年をとるほど大きくなります。下っ端の時は上司にやってもらったりしてなんとなく逃げてきましたが部下ができるとそうはいきません。「俺はどもってるよ。」と明るく言えればいいのですがそれも恥ずかしく、部下につっこまれても「緊張するとあがっちゃうんだよね」とか誤魔化してきました。でも部下が自分のいないところで笑っているのでは?とか思うとよけい恥ずかしくなります。仕事をやめて人と話をしなくていい仕事を探そうと何度も思いました。
一番辛かったのは家内にどもって話をしたら「なんでどもんのよ」と笑われた事です。死ぬ程恥ずかしくなりました。同時に自分にすごい苛立ちを感じました。自分だって気持ちよく話がしたい、好きでどもってる訳じゃない、なのにどもってしまうもどかしさ・・・どうしようもありませんでした。 主任に昇格し、話す機会がふえ、逃げる訳にもいかず、より一層どもりをなんとかしなければと感じていたそんなある日、全国にはどもる人は自分のほかにもいるはずだ、その人達はどうしてるんだろう?と思いサイトで「どもり」を検索しました。その時、江田先生の「さわやかカウンセリング」を見ました。先生自身が吃音だった事、それを克服して今の仕事をしている事、同じ悩みを持つ体験者の体験談などを「うん、わかるわかる」と思いながらみました。ここなら直せるかもと思い、レッスンの申し込みの電話をしました。 「はい、さわやかカウンセリングです」「あ、あ、あ、あの〜サイトを見てレッスンの申し込みをしたいのですが」とどもりながら電話をしたのを今でも明確に覚えてます。病院の時のように君の気持ち次第だとか同じことを言われるかと思っていたのですが、先生はどもりながら悩みを伝える自分の話を笑わず最後まで聞いてくれました。すごく嬉しかったです。 こうしてカウンセリングが始まりました。しかし自分としては吃音をなくして欲しいのにカウンセリングの意図が自分の思いと違うのでこれで直るのか?と不安に思いました。でもカウンセリングを通し、だんだん吃音のとらえ方が変わっていきました。どもらなくしようとするのではなく、話をする楽しさを体で覚える、結果として周りから見てどもらなく感じる、そう思えるようになりました。 また、ここ最近レッスンを通しちょっとしたコツを得ました。それは言葉の前に軽く「え」という言葉を入れる事です。「え」という言葉はすらっといえますし、テレビの国会等、政治家の話を聞いてるとよく「え〜○○○」と言っています。これは先生もカウンセリングの中でおっしゃっていたことですがその当時は「え」という言葉をいれても区切ってしまう為、結局どもってしまいました。それが今は自然にそつなく言えるようになりました。ひとえに地道なカウンセリングのおかげです。 「た行」「か行」などのことばで、まだまだどもってしまうこともありますが以前と比べ、喉に力みの入れない自然な「え」を意図的に言う事で大抵はすんなり話せます。自分に少し自信がつきました。この自信が話すことの楽しさにつながりました。 今は国家試験の勉強をしていますが、一人の時も時折、本を声を出して読んでいます。すごく読むのが楽しく感じます。職場でもどもってしまうという緊張感がなくなり気分的にも楽になり、多少は詰まる感じを覚えながらも人前で話せるようになりました。 習うより慣れよとはよくいいますが、カウンセリングを通し確実に変化している自分を感じます。先生との電話のやりとりが今まで話すことから逃げてきた自分を会話に慣れさせてくれました。 どもらないように話そうとするのではなく、楽しく話せるんだ、話せる自分がいるんだというこの自信を常に意識しながらこれからもカウンセリングを通し経験を積んでいきたいです。 継続は力なり。目標はアナウンサーのように相手に聞きやすい話ができるようになることです。 ※江田よりのコメント: Iさんのレッスンへの当初の思いは、「吃音をなんとかなくして欲しい」でした。でも大切なことは吃音を取り除こうとするのではなく、あくまで自然な話し方を実践を重ねて育てていくということがわかってきました。 どもらないように話をするのではなく、安定した話し方がどんな感覚なのかをこれからも探って、Iさんなりのお話しスタイルを育てていってください。 topへ |
「レッスンを受けるようになってからの3年弱を改めて3振り返りますと、以前よりも確実に良くなっていることを
ひしひしと感じます。」 2004年の夏から3年弱にわたり江田先生にお世話になっております。私は、中学生時代に吃音が始まり、現在まで20年以上付き合ってきました。多くは忘れてしまっているものの、思い出すだけでもとても恥ずかしくなるような失敗は多々あります。今まで悪戦苦闘しつつ何とかやってきたという感じです。普段心がけていることなどを参考までに記載させていただきます。 特に苦労しているのは電話です。私の場合は、会社名と名前が無事に言えるかが問題で、自分から掛ける時、受ける時とも、いまだに何回も恥ずかしい思いをしています。「もし、つまった時に相手の人はどう思うのだろうか・・・」、「社内の周りの人、特に上司はどう思うのだろうか・・・」と考えて非常に不安になり自滅してしまっているのではないかと思います。頭では分かっているのですが上手くいきません。 ただ、電話で実際に本当にまずい事態になったことは無く(かなり恥ずかしい思いはしても)、相手の人も声で私と分かるらしく、つまって名前が言えないでいても「○○さんですね、お世話になります」と笑って言ってくれることが多いです。こちらも笑ってすいませんと言って、本題に入って一応用を済ませています。 そうは言っても、なるべく周りが賑やかな時など、気持ち的に電話を掛けやすい時を待って電話をする、メールで済む件はメールで済まして電話を減らす、などで適当に休みながら日々がんばっているところです。 人前で話すのもとても苦労しています。ここ数年、会議やセミナー等で人前で話さなければならないことが何件かありました。私にそういう場を与えるのもどうかと思いながら、避けて通ることもができない場合は何とかがんばって取り組んで来ました。だんだんその日が近づいてくると「本当に無事に終わることが出来るのだろうか」という不安が増し、緊張がこの上なく高まります。そして、かろうじて何とか無事に終わる(一応形になる)と心からほっとする、という繰り返しです。 これまで、心がけてきたことは、準備に時間・労力を徹底してかけ、練習を繰り返し行うことでした。準備では、話すポイントだけではなく、一応一語一句(例えば、私は○○社の○○と申します、まで)書いた原稿を手持ち資料として作りました。そして、調子よければ、何も見ないかポイントだけ見てある程度自由に話し、調子が悪くなった場合は、手持ち資料を朗読して乗り切ろうという方法を考えました。最悪、朗読すればよいと思えたことにより、ある程度安心感は高まりました。 実際のスピーチでは、途中で気持ちの張りが弱くなり緊張が高まって、まずくなりそうな状況が何回か(1回のスピーチで1、2回ぐらい)ありましたが、江田先生のレッスンで教わった「調節感覚」を思い出し、あぶないながらも踏みとどまり何とか最後までたどり着いた、という経験をしています。実際に何回か乗り切れたことは自信になりました。 次の話す機会が来たらまた同じように準備、練習によりできるだけ備えをし、ベストを尽くそうと思っています。 電話も人との会話も、私の場合はどうも調子がよい時期と悪い時期の波があるようです。絶好調の時期には、このままもう吃音は出てこないのではないかと思えるぐらいの時もありましたが、しばらくすると調子の悪い時期がやって来ました。そして、また良い時期が来るという繰り返しですが、調子悪い時期にそのままチャレンジしないと良い時期は戻ってこないようです。とはいっても、ストイックにがむしゃらにがんばるのではなく、ある程度適当に休みながら(ストレスをあまりためずに)取り組んでいます。 また、これは昔、本かインターネットで見たことかと思いますが、「西洋医学のように吃音を一瞬にして(外科手術のように)切り離すのではなく、東洋医学のように吃音をいったん自分の一部として受け入れてある程度時間をかけて付き合っていくと良い」という考え方がとても参考になり、今でも私の考えのベースになっています。 今回、江田先生のレッスンを受けるようになってからの3年弱を改めて振り返りますと、以前よりも確実に良くなっていることをひしひしと感じます。会議など人前で話す時に以前に比べると緊張しなくなっていますし、大失敗することもありませんでした(中・小の失敗はあっても)。また、日常生活で調子が悪い時期でもレッスンをすると調子の良い時を思い出させてもらえますし、何よりも吃音に一緒に立ち向かってもらえると思うと非常に心の支えになります。 これからも、しっかりと、ただし、ある程度気長に、吃音に向き合っていきたいと思っています。 ※江田よりのコメント: Mさんとのレッスンは2004年の夏から始まりましたが、その間、日常の電話業務の他、催し物での司会、会議・セミナーでの発表、テレビのインタビューで話すことなど、様々なお話し場面に接してこられました。Mさんにとってはストレスがかかって大変ですが、私からみると実践の場が多くてとても好ましい環境だと思います。 これからも実践を重ねる中で、スピーチの自信を深めていってください。 topへ |
「1年がたち、ようやく『ドキッ』としないで、どもらず話ができるようになりました。」 それは本当に突然でした・・・。
電話をとると、「・・た・た・なかです。」と、ドキッとした感覚と多量の冷汗と共に、自分の名前が出てこなくなったのです。 すごく焦りました。その後電話ととる度、名前が言えず、周りにも笑われ、度が超えて心配までされる始末です。発言することがすごく嫌になり、落ち込んでいました。会社に行くのも、話をすることも嫌になり、毎日が苦痛の連続でした。 そんな気持にあった時、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会いました。とにかく、気兼ねなく、他人と会話ができることが重要だと思い、レッスンを受講することにしました。 レッスンでは色々とアドバイス受け、回を重ねていくうちに色々なことに気がつき実践し始めました。 ■私はもともと早口で自滅していることがわかったので、スピードを落とすのですが、ただ落とすだけだと逆に絡まってしまうので、出始め、つなぎ部分を延ばしたり、所々「あー」とか「えー」とか軽くはさむようにするとうまくことばが流れること。 ■どもるときは、息を吐いた状態になっていたことに気がついたので、余裕をもって軽く息を吸ってから話し出すと良いこと。 ■どもりで発言に自信がなくなっている、すなわち声が小さくなっていることに気がついたので、開き直って、大きめの声を出して話すようにしたこと。(自分では大きい声だなと思っていましたが、他人からするとそうでもないみたいです。)小さい声を出すことに慣れていると大きい声を出すのは本当にしんどいですが、根気よく続けたこと。 ■どもる瞬間は、脳みそがキューッと詰まるような感覚に陥り、極度の緊張が一瞬に湧き上がって、ドッと冷汗が出て「やばい、またこの感覚だ!なんとかしなければ・・」となるのですが、逆に逆らわずに、心の中で「あーこの場面でどもるんだね。すごく恥ずかしいし嫌だけど、仕方がないね。しょうがない。そんなもんだ・・・」と、この状態のありのままの自分の気持を認識するために、心の中で発言し問いかけ続けたこと。 ■レッスンでは、うまく言えてしまうのですが、実際の会話で意識的に、スピード調節をして、どのスピードが自分にとって合うかを探りながら話したこと。そしていると、ほんの少しだけスピードを落とすことが自分にとってベストだということがわかった。 ■自分の名前を言うときが一番苦しかったので、どこに原因があるのだろう?と考えていると、仕事で自分の説明が下手で相手に思いが伝わらず、上司に怒られていたことが思い出された。おそらく心理的に、自己否定し続けてきた代償かもしれないと思い、少しでも話が上手くできたなら、「よくやった。さすが!」と心の中で発言し、自分自身をほめ続けたこと。 以上の事を意識して実践していくうちに、調子よく話せる日とそうでない日が波を打ちながらでしたが、本当に少しずつ、調子よく話できる日が増えてきました。 そしてレッスンを始めて1年がたち、ようやく「ドキッ」としないで、どもらず話ができるようになりました。直ったというのではなく、どもる直前の”予感”があったときの自分の話し方コントロールを身につけたということだと思っています。 ここまで来るまで長く辛い旅でした。それまでは、ことばがつまるということで、自分自身を否定し、傷つけてきたんだなと思いました。 どもりは、「これ以上自分を傷つけないで」というシグナルだと思い、吃音の気持とは一生付き合っていくことを前提に、そんな自分を好きで生きていこうと思っています。 (2007年2月12日) ※江田よりのコメント: 電話レッスンでは受講生に安定した話し方のアドバイスをさせていただいていますが、画一的なものではありません。それらをどのように自分の話し方に採り入れて習慣としていくかは受講生の主体性にかかっています。 Tさんの今の結果は、日常会話でのさまざまな前向きな実践の表れだと思います。あらゆる感情を肯定的に受けとめながら、これからも良きお話し習慣を培っていってください。 topへ |
「34年間の悪い癖をじっくりと改善していくつもりです。」 全国の吃音に悩む皆様、初めまして。私は38歳の、そこそこ年齢を重ねた男子であります。私は約34年の吃音歴があり、物心ついた時から「ちょっと言葉が話しづらいな。」と思いつつ、様々な努力をしたものの、気づけば38歳の立派な社会人になっておりました。 私の吃音はいわゆる「難発性」と言われるもので、最初の言葉が出にくい(出ない)というものです。別の表現をすればある場面では「どもることさえも出来ない。」という、なかなかやっかいな吃音でした。でも、言葉が上手く話せなくても、明るい心があれば充分人生は楽しく、そこそこ順調に過ごせるものだと思っております。 振り返れば、学生時代の日直の号令に始まり、朗読、発表、自己紹介、電話連絡を始め、社会人の名刺交換・自己紹介、電話での交渉・依頼等、生きて行くには言葉を話すことが必須であり、それが出来ず、結構辛い日々を送ってきました。時には言葉を話さなくて済む生き方を考えたりもしました。皆さんもお解りの心境です。しかし人生苦あれば楽あり、吃音で苦しんだ分、自分の努力の賜物でそれらを超えるくらいの楽しいこともありました。正直、吃音を感じながらも、結構自分の人生に満足しているのも事実です。 しかし、子供の頃から常に思い続けていたことは、「もっと楽に言葉が話せれば、今以上に人生も楽しくなるのにな。」そして、「完全に治りたいとまでは高望みしないものの、今以上に楽に話せるようになりたい。ただ普通に電話で会話が出来るだけでいいんだ。」ということでした。 私の日常会話の吃音レベルは「中の下」くらいではないでしょうか。しかし、日常会話を超えて一瞬でも緊張する時があれば、「中の下」から完全な「吃音者」に様変わりしてしまいます。やはり吃音は精神的な要素が含まれるのでしょうか、自分との戦いですね。ちなみに私はお酒を飲むと、通常に話せるようです。周りからそう言われるので多分間違いありません。緊張は誰でもするものであり、緊張した中でどのように上手に言葉を発するか、コントロールするかが重要なのだと思います。 この電話でのレッスンをし始めて、早8ヶ月が経とうとしております。日々の発言を行う時に以前と比べれば、多少コントロールできるようになったことを実感します。余裕が持てるようになったのでしょうか。 (例えば10人の緊迫した会議で発言をしなければいけない時に、「レッスンでは最初の言葉を伸ばしてたよな。伸ばしすぎもおかしいので、ちょっとだけ伸ばすのを試してみようかな。」なんてことを考えることが出来るようになったということです。) ところで人間38歳にもなれば会社でもそれ相応の役職に就き、それに応じた事を話さなければならなくなります。実際それらを避けて通ることは出来ず、また男として克服しなければなりません。 私の社では毎週「経営会議」というものがあり、各部の長が毎週業務の報告を行わなければなりません。おまけに報告の順序が決まっているものですから、それはもう、死刑台の絞首刑の順番待ちのようであり、いつも心臓バクバクです。しかし時とは無情なもの、順番がくれば偉い人たちを前にして、堅い話を報告せざるを得ません。当然、そんな状況ではロクな報告をすることなど出来ず、いつも自己評価は100点満点中、40点程度でありました。いつも会議終了後は自己嫌悪の嵐であります。 しかし、レッスンを始めてからは緊張に耐えながら「言葉の最初を微妙に伸ばすんだっけ・・。」なんて頭の中が真っ白になりながらも「こんな緊張の場で言えるわけないじゃん。逃げ出したいよー。なんて逃げれるわけないじゃん。どうせ言えないのなら、この場を借りて伸ばすのを試してみよう!!」なんて自問自答しながら最初の言葉を伸ばすのを実践してみると・・・「ありゃりゃ、かなりの緊張なのにいつもより逆にいんじゃないか?」なんてことを感じながら多少いつもよりは順調に話せる時を感じられるようになりました。 やはり私にとって最初の言葉を伸ばすのは有効であり、ちょっとでも言えると自信がつき、絶体絶命の時でもそこそこ無難に言えたりするものだと、最近実感しているのです。 そんな私にも娘が生まれ、そろそろ言葉を話し始める時期になっています。今までの私の涙の出るような苦労を「この子だけには味あわせたくない。」と思い、遅まきながら先生とのレッスンと日々の実践を重ねている次第です。吃音の仕組みは自己流ですが一通り理解できているつもりです。あとは知識に実践を加えるだけ。34年間の悪い癖をじっくりと改善していくつもりです。 自分の心がけとしては、 ・緊張しながらもリラックスを心がける。 ・最初の言葉を伸ばす。(直前に息を止めない・吸わない。) この単純なことを極力実践していくつもりです。 実は中学生の頃から「最初の言葉を伸ばすのが有効」なんてことは知っていました。しかし、実践しようと思ってもなかなか難しいです。自分の発音は少しちがうのだから、かなり意識しないと癖は治らないのだと思っております。 みなさんはちゃんと息を吐きながら言葉を言っていますか?私は話し出す直前に息を吸って止めてしまう癖があるようです。また、中学の時に「おまえ、息を吸いながら話してんだから、しゃべれる訳ないじゃん。」なんて言われたことがあります。恥ずかしさとショックと驚きの出来事でした。 最後に一つだけ言わせてください。 私は今まで38年間生きていて、吃音の人に出会ったことがありません。ちょっと同じ匂いのする人には出会いましたが、それでもちょっと気になる程度であり、明らかに自分よりは上手く話しているように感じました。今まで自分だけが全世界の中で苦労していると思っていましたが、ここで体験談を読ませてもらうと、吃音の人に会っていだけで結構いらっしゃるようですね。同じ境遇、そして同じ苦労をした人がいると思うとちょっと安心、そしてちょっと勇気が沸いてきます。 そしてもし、私以上に悩んでいる人がいたら、34年間苦労している私を想像してちょっとだけ勇気を持ってください。吃音になったことを、恨んだり悲しく思ったりするのはやめましょう。自分たちが苦しんだ分だけ、私たちは人に優しく出来る良い人間なはずです。その良い自分を維持しながら、さまざまな場面でことばを言い表す能力を高めていけることを信じて、一生懸命チャレンジしていきましょう。 (2006年11月29日) ※江田よりのコメント: 営業の仕事をバリバリこなしているAさんですが、電話のレッスンを受けるにあたって、いつ・どこで?が問題でした。そして考えたのが、カラオケボックスからの電話。忙しい合間をぬってのAさんのカラオケボックス・レッスンは8ヶ月続いています。電話からは「あ〜あァ〜」なんてカラオケの声が響いてきますが、そんなことは私も気にしません。志あれば道ありです。Aさんのチャレンジ精神に頭が下がります。 topへ |
「毎日毎時のあらゆる場所が『「練習の場』に変わりました。」 僕の吃音歴は3〜5歳くらいの幼児期と中学3年生から現在(33歳)までです。5歳から中学2年生までは、喋るのにつまったり辛い思いをしたということはありませんでした。(多分、今思うと幼すぎてあまり気にしてなかったことと、当時の僕としては外的刺激が強い緊張する場面が少なかったからではないかと思います。) 中学3年生からは一定の言葉に言いにくさを感じるようになり、思春期で人の目を気にする傾向が強まったせいか、吃音は悪化していく一方でした。高校、大学の頃は将来にすごく不安を感じていたのを今でも覚えています。それからは「電話で名前が言えない・・・、初対面の人と話すのに言葉が出てこない・・・、会社の朝礼で司会をする時など言葉が出にくい・・・」など、吃音者が経験する辛いことや苦しいことは一通り経験してきたつもりです。 僕が「さわやかカウンセリング」のレッスンを始めたのは2006年の2月です。2〜4週間に1回のペースで受けさせて頂いてもう10ヶ月になります。先生とのカウンセリングではだいたい「レッスンでは安定した語りですよ。」と言ってもらえます。ですが自分としてはカウンセリングで学んだことをどう実生活で刷り込んだらよいのかわかりませんでした。これが一番の大きな悩みでした。 ですが・・・一週間前、僕に奇跡のようなことが起きました。 今月初め、連休明けの月曜日は朝礼当番でした。(恥ずかしながら、連休の間、朝礼のことがずっと頭から離れませんでした。) 入社して7年になりますが、一週間に一回まわってくる朝礼当番で経営スローガンを唱和するのに詰まらないで読めたことがありませんでした。その日も同じで、つまる気持ちを持ちながら読みました。ですが、自分が「絶対この言葉、出にくい、出ない・・・」と思っていた言葉がすんなりと出たのです。その時の「心地よさ」はなんともいえないものでした。 それでわかったのが、「自分が外的刺激を強く受けている時の体の状態」と「リラックスして独り言を言っている時の体の状態」の違いです。吃音者は誰でもそうだと思うのですが、吃音真っ最中の時の体の状態は、心臓バクバク、呼吸は浅く(胸呼吸)乱れ、頭の中は真っ白になっているのではないでしょうか。そのような状態では非吃音者でも普通に話をすることができません。アナウンサーが「本番直前に走ってはいけない」と言われるのは呼吸の乱れを防ぐ為です。話すことを仕事とするプロのアナウンサーであってもそうなのです。 その日は外的刺激を強く受けているにも関わらず、「リラックスして独り言を言っている状態」とまでは言いませんが、それに近い状態を維持できたのです。これが先生の言われる「外的刺激を受けている中で発語調整能力を養っていく」ということだと身をもってわかりました。 それから一週間が経ち、吃音の状態が急に良くなった訳ではありませんが、心構えは確実にかわりました。と言うのも、この心地よい経験を積んでいけば吃音は必ず改善の方向に向かうという確信が持てた為に、毎日毎時のあらゆる場所が「練習の場」に変わったのです。(練習の場と思えるようになったのです。)上手く話ができれば自信につながりますし、上手く話せなかった場合落ち込むのではなく、「今のは体がどういう状態になっていただろうか。次からはこうしてみたら上手く話せるかもしれない。」と、体の状態の分析や次の対策を考えるなど、自分の考え方をプラス思考に変えることができたのです。 今までは自分の吃音が改善の方向に向かっている手応えを全く感じていなかった為にまさに出口の見えないジャングルに迷い込んでいる心境でした。ですから結果を求める気持ちで焦ってしまい、毎日が練習の場ではなく「テストの場」になっていたのだと思います。テストとしてとらえているので上手く言えないと当然落ち込みます。落ち込むとよけい悪化する・・・。まさにこの悪循環に陥っていた訳です。今まで20年近くかけて苦しんできた吃音なのですから、一週間、一ヶ月で良くなるわけがありません。焦らず時間をかけて良い発語習慣を身につけていきたいと思います。 (2006年11月13日) ※江田よりのコメント: 毎日毎時のあらゆる場所を安定した話し方の「練習の場」としているのか、それとも、上手く言えるか言えないかだけをチェックする「テストの場」としているのかは大きな意識の違いです。Nさんが経験の中で見いだした「毎日毎時を練習の場」としていく意識は、あらゆる場面で自己を肯定し、実践の中で話すことの自信を深めていく健全な姿勢だと思います。すべての受講生に持っていただきたい姿勢です。 topへ |
「話しやすい発声を意識して調節していきたいと思います。」 私が吃音を意識し始めたのはたぶん小学校の高学年ぐらいからだったと思います。たぶん、それ以前からあったと思いますが、あまり意識していませんでした。家族や友達との日常会話では、言いづらい言葉がありましたが、上手に?言い換えをして生活してきました。 |
「自分が今課題としているのは、『どもる事を恐れず、自分を信じる』ということです。」 学生時代の私は、中学時代に受けたイジメ(私のわがままの性格が原因ではあるのですが…)などにより、人と積極的にコミュニケーションを取ることを避けていました。一番多感な時期に、人と話すという経験を積み重ねなかった訳です。
(2006年4月18日)私がどもりを感じ始めたのは、高校の時くらいでしょうか。自分の発したい言葉が頭の中では言えているのに、口から言葉として出てこないのです。 言葉が出てこない苦しみはありましたが、積極的に話す事自体も避けていたので、別の言葉に置き換えるなどして何とかやり過ごしていました。 新卒で就職した会社では、ほとんどお客様と話す機会のない部署へ配属されましたが、電話応対をする機会も当然ありました。当時は就職にあたり、自分の「どもり」が仕事に影響するなど深く考えたこともありませんでした。ところが「お電話ありがとうございます」という言葉が徐々に発せられなくなってしまい、お客様が怪訝(けげん)そうに「もしもし?」と言われるまで無言状態が続くこともしばしばでした。 その後何かをきっかけに「お電話ありがとうございます」が言えるようになったのですが、代わりに今度は社名がスムーズに言えなくなるというように、電話応対に対して常に苦手意識がありました。 6年間その会社で働いた後いくつかの職場を経験したのですが、飲食店で働いていたときには「ありがとうございます」が言えなくなるなど、歳を重ねるにつれ段々と、どもることへの不安と恐怖も増していきました。 職を転々としていたのは「どもり」が原因という訳ではなかったのですが、「話す」という事自体のスキル不足も感じていた私は、思い切って電話オペレータという職にもついてみました。 前向きな気持ちで始めてはみたものの、一時は言えるようになっていた「お電話ありがとうございます」が再び言えなくなりました。人がいない場所や自宅などで、独り言のように言ってみると言えるのですが、いざ人前や受話器を持つと言えなくなるのです。正直「またか…」と落胆せずにはいられませんでした。この職場でも、ある言葉が再び言えるようになると他の言葉が言えなくなったり、再び同じ言葉が言えなくなるといった状態を繰り返しました。 やはり自分は話す職業には向いていないと感じながらも、今度は人前で話をする機会の多い職場へ移りました。そこでは「よろしくお願いします」や「お疲れ様でした」という挨拶を頻繁にしなければならないのですが、やはり意識すればするほど言いづらくなるといった状態に陥りました。 自分でも何とかしたいと思い、言いにくい言葉を繰り返し繰り返し練習してみましたが、効果が無いばかりか、場合によってはさらに言いづらくなることもありました。話すのが商売とも言える職場だったので、「どもり」についてではないのですが上司からも話し方の指摘も受けるようになり、どもることが本当にストレスでした。 ここまできてやっと、本気で自分の「どもり」をどうにかしようと思いインターネットで検索したところ、この「さわやかカウンセリング」のホームページを見つけました。思えばそれまで自分がどもりであるということを分かっていながら、「認めたくなかった」「受け入れたくなかった」のかも知れません。ホームページに載っていることは、まさに自分と重ね合わさせられることばかりでした。 また「体験談」を読んで、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることを知り、自分だけではないのだと勇気づけられました。そして「どもり」に立ち向かおうと決心し、レッスンを申し込みました。 江田先生には、話す技法から気の持ち方まで、いろいろなことを教えていただいていますが、そんな中で自分が今課題にしているのは、「どもる事を恐れず、自分を信じる」ということです。 これまでは、どもる自分が他人から変に見られることを恐れて、どもりがばれないようにばれないようにと思っていました。いや、今でも心の奥底では、まだまだその思いが拭い去れていないように感じます。 今、趣味でテニスをしているのですが、プレー時にミスをするんじゃないかと恐れると、体が動かずミスしてしまうことが多くあります。でも、実力を出しきってミスしたときはしょうがないと思えるものなので、自分を信じてプレーすることが大切なんですよね。「どもり」に関しても、まったく同じことが言えるのではと思っています。 今でも言い難いままの言葉があったり、ストレスがたまってくると瞬時にスムーズに話せないことが多々あります。しかし、時間はかかるかも知れませんが、いずれはどんな場面でも話し方を調節できるようになると信じています。 また、これまで私は「超」がつくほどネガティブ思考で、そんな自分が好きになれませんでしたが、今は自分を好きになろう、好きになれる自分に変えていこうとも思っています。 ※江田よりのコメント: 吃音が何であるかを客観的にとらえられないと、自分が吃音であることを認めたくないし、吃音意識を持つ自分を受け入れられないものです。隠そうとすればする程、話すことのこだわり意識、囚われ意識が深くなります。 Sさんのおっしゃる「どもる事を恐れず、自分を信じる」という言葉に、他人に吃音を知られてはいけないという恐怖心にとらわれることなく、あくまで人に聞きやすい話し方を高めていくことができるのだという信念を感じます。 topへ |
「たった一度の人生。話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。」 私と吃音との付き合いは物心ついてから現在まで、長期にわたっております。姉の病気、弟の出産で、殆ど両親に相手にしてもらえず、不安の中で幼少期を過ごしたことが起因していると両親から聞いています。また両親とも教員で、比較的世間体を気にする環境も拍車をかけたと思われます。
小学校に入ってからは自己紹介、音読、日直、電話などで苦しみ、以後30年間諦めて生きてきました。 しかし3年半前、決定的なピンチが訪れました。社内で配送から営業部門に異動を命じられたのです。まさかでした。特定の人としか接することのない配送から、殆どが飛び込み訪問活動の営業への異動なのですから・・・。結果は悲惨を極めました。 まず相手先の受付の人と対面すると、第一声が出ないのです。そればかりか、発語にとらわれているので姿勢や態度も極めて不自然で、私が行くと露骨に顔をしかめる人や見下すような態度をとるような人ばかりでした。 やがて全く飛び込めなくなり、一日中ホームセンターや書店等で時間をつぶすようになり、帰社してはウソの活動日報を書く日々が続きました。営業成績はダントツの最下位。毎晩のように妻に、「もうダメだ!明日でやめる!」と宣言して会社に行っていました。 生き地獄の中で、藁をもつかむ思いで通い始めたのが催眠療法士のA先生でした。A先生の指導はとてもシンプルで、瞑想・・・瞑想・・・の繰り返しでした。けれど効果が全く表れず苦しい日々が続きました。 先生にあまり効果がないことを告げると、「そんなことはないですよ。確実に変わってきている。お金もかかるので通う必要はないから、自宅で続けてください。」と言われるばかりでした。 毎日、毎日一日3回、とりつかれたように瞑想に明け暮れました。その結果、少しずつ自分でも分かるくらい変化が出てきました。飛び込み訪問時も明らかにドキドキが減っていきました。飛び込み訪問時の苦痛もかなり軽減され、何とか活動が出来るようになりました。やがて営業成績も表彰されるまでになりました。 A先生の指導であるがままの自分を受け入れることが少しは出来るようになり、人の優しさに気付き、素直に感謝できるようになってはきましたが、吃音の発語不安は絶えずやって来ました。A先生からは「私は吃音に関しての専門家ではないので、あなたの感性で師を見つけてください。あなたの感性なら絶対に大丈夫です。」と言われ、インターネットで検索したところ、一瞬にして「さわやかカウンセリング」に目が行きました。 次の日、コンビニの駐車場から早速電話してみますと、実に柔らかく、落ち着いた江田先生の声が聞こえてきました。その時「これだぁ〜!」とハッキリ確信できました。 今まで17回のレッスンを受けていますが、その度に自信と安定感を感じます。特に、伸ばす、つなげる感覚は覚えると発語がすごく楽になりました。 江田先生のお言葉で一番好きなのは、「ドキドキしてあたり前。ドキドキするからダメなのではなく、ドキドキしながらでも安定感を意識して話せること。これが本当の自信になるんですよ。」というお言葉です。今まではドキドキするな!ドキドキしちゃダメだ!とばかりに自分自身を殺してきましたが、正反対をやってきたわけです。 つい先日の1月18日(水)にお得意様の方々50人を集めての当社商品の説明会がありましたが、その司会進行役に立候補し、務めることになりました。もちろんかなり不安がありましたが、不安があってあたり前、不安ながらも安定感を意識して話そうと前もって心に決めていました。 結果は大成功でした。自己満足かもしれませんが、上司も喜んでくれました。次回も進行役を務める予定です。「本日は〜お忙しい中〜当社の〜商品説明会に〜」と話し方の記号を書き込んである今回のスピーチの台本がここにあります。私のためのちょっと変わった台本です。 たった一度の人生。これからも話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。今まで吃音を言い訳にして全てを逃げてきたのですから。 (2006年1月24日) ※江田よりのコメント: 慣れない営業に異動させられたIさんにとって、この3年間は試練の連続でした。けれど、催眠療法士のA先生を通してあるがままの自分を受け入れられるようになってきたこと、そしてこのレッスンで話し方の調節感覚を学びつつあることなど、試練が宝にもなっているなぁ〜と思えるこの頃です。 会社の商品説明会で司会進行役を務め、話すことの自信をグンと深めたIさんです。これからもいろいろな場面に接して話すことを積極的に楽しんでください。 topへ |
(メールをいただきました。本人の了解をいただき、ご紹介します。) 「言葉が出なくなるということが全くなくなりました。」 先生、お久しぶりです。2年ほど前に半年ほど講義を受けていた○○○○です。あれからだいぶたちまして、自分の中でもうすっかり吃音のことなど忘れておりました。というのも、言葉が出なくなるということが全くなくなったからです。人間というのは一度出来てしまうとこのことがあたりまえに感じてしまうものですね。 なぜ、急に吃音のことを思い出したのかというと、つまらないことなのですが、skypeという無料通話が出来るサイトを友人から聞いて、これで気兼ねなく長時間話せるなと思ったときに、はて、と感じたんです。以前なら長時間電話は苦痛以外のなにものでもないものでしたから。 僭越ながら先生にお礼の気持ちを伝えたいと思って、この文章を書いています。半年間という短い間でしたが、無意識のうちに先生のおっしゃっていたことが知らずに意識に残っていたのでしょう。姿勢を正してお腹から声を出す。普段のときも、人に接しているときも、それを自分に言い聞かせて実行していました。初めはつらかったのですが、じきに慣れてきました。 そうしていたら、どうも自分は仕事で二人、三人以上の人と接するときに下を向いてしまう癖があることに自分で気づきました。気心の知れた友人でも、何か重要な自分の気持ちを伝えるとき、下を向いてしまうこともありました。それは自分で声の出る気管支をつぶしていたということです。これが僕の吃音を引き起こしていました。先生のおっしゃっていたことが実感として理解できたわけです。 あと、先生のおっしゃっていた、吃音のある自分自身を受け入れるということも、今では当たり前なのですが、先生から教えてもらっていたことなのですね。自分を受け入れるというのは、実際かなり難しかったです。それはそうですよね、嫌いなものがすぐ好きになるんだったら極端な話、戦争なんて起こりませんよ。 でも、この自分を受け入れられてないという事実がある以上、受け入れられるようにするというプロジェクトを、先生のレッスンを始めてしばらくたって始めました。 自分のいやな点を細かいところから全部紙に書き出して、解決していきました。掃除洗濯から始まって、自分のいやなしぐさなど、できるだけなくして自分自身を好きになるという訓練みたいなものをしました。まあ、このことには終わりはないので一生続けていくことになりそうですが・・・。とりあえず話し方のコントロールは上手くやっていけそうです。 緊張した場面になって、圧迫を感じるなと思ったら、絶対に下を向かない。前を向いて話す。たったこれだけです。これだけのことが出来ないためにかなり苦しい人生を送ってきました。 たしかに吃音は誰にも理解されない、同情されない、絵にならないひどい病気だと思います。この問題に正面から向き合っている先生に僕は敬意を表したい気持ちです。この吃音という病気は本当に体験した人にしか、それを克服する価値の大きさが絶対に分からないと思うからです。 私は現在映像製作の仕事をしています。いつか、この吃音のことを何か形にしたいと思っています。それはとてもむずかしいことですが・・・。 それでは、いつまでもこのカウンセリングが続いてくれるよう祈っております。 (2005年12月17日) ※江田よりのコメント: レッスンで学んだことを実践している報告を聞くことはとても嬉しいことです。「さわやかカウンセリング」のホームページが開設されて3年半程立ちますが、今まで400名以上の方々がレッスンを受講されました。これからもお役に立てるよう全力投球していきます!! topへ |
「今までの自分にはなかったものを磨いていけるチャンスに恵まれたと思っています。」 私は会社で電話に出る時、第一声の「ありがとうございます」がスムーズにでてきません。事務職になって、もう10年近く経つのですが、最初から電話に出るのが苦手でした。新人の頃から、第一声で詰まることがありましたが、最初の頃はさほど気にしていませんでした。 仕事の関係で何度か転勤し、8年ぐらい前から、「ありがとうございます」だけが言いにくい状態がずっと続きました。会社では、電話に出る時の第一声が「ありがとうございます」と決められているので、他の言葉に言い換えることも出来ず、本当につらい日々が続きました。電話以外の時は普通にしゃべれるのに、電話の、それも「ありがとうございます」だけがどうして言えないのか・・・本当に悩みました。 今年になって、言いにくい状態がさらにひどくなり、一度電話をとった時、言葉が本当に出てこない経験をしました。自分では言おうとしているのに出てこない。その時は搾り出すようにして、「ありがとうございます」がやっと出てきました。 それ以来、電話恐怖症がさらにひどくなって、電話がなる度にドキッとして、電話が気になって仕事が手につかない状態になりました。私は仕事上、一日に40回前後は電話に出なければなりません。1回1回の電話が本当に苦痛で、ひどい時は、電話が目の前にある自分の席に座るのさえ嫌になった時もありました。 誰にも相談できず、自分でもどうしようかと本当に悩んでいた時、インターネットで「言語障害」と入れて検索してみたところ、「さわやかカウンセリング」のホームページに出会い、そこで初めて自分が吃音だと気づきました。それまでは自分が吃音だと思ってもみませんでした。 すぐにホームページを印刷し、じっくり読みました。自分が今まで苦しんできたことがどういうことなのかが明らかになり、また改善の方法があるんだと分かり、なんだかとても安心しました。自分だけでは改善できないと思ったので、思い切ってトライアルコースのレッスンを申し込みました。 レッスンを受けて、とても気持ちが楽になりました。江田先生に「自分で自分の話し方を調整できるようになりましょう」とご指導いただき、今、自分なりに取り組んでいます。レッスンでいろいろなアドバイスをいただき、実践していく中で、今まで分からなかったこと、気づかなかったことに気づかせていただけて、本当に感謝しています。 江田先生に「調整感覚を身に付けましょう」とご指導いただいた時、はじめは「調整感覚」とはどんなものなのか、どうしたら身に付くのか分かりませんでした。でも、自分を客観的に見ると、電話に出る時、体に力が入って固くなっている、早口になっている自分を感じます。なので、今は力を抜くことを意識してやっていますが、うまくいく時といかない時があります。いかに自分でリラックスした状態を作り、それを保っていくかということは、吃音改善だけではなく、仕事にも通じる部分があるのではないかと感じました。今までの自分は、ずっと力の入った状態で、常に緊張していて、リラックスのかけらもありませんでした。力を入れたり抜いたりすることが調整できず、自分自身でストレスを高めていたのではないかと思います。「調整感覚を身に付ける」こと = どんな状況でもリラックスした自分になれることと考え、これからも取り組んでいこうと思います。 それから、私は、「心」と「言葉」は密接につながっているのではないかと思います。「心」がガチガチの緊張状態だと、話す「言葉」もガチガチになって、「言葉」が出にくくなるのではないかと思います。私は、電話の第一声で「ありがとうございます」が言いにくくなって、今は「はい、ありがとうございます」と言っています。一度言えなくなった時の恐怖が、まだ心に残っているからです。最初に「はい」と言うと少し言いやすくなるのですが、それでも、「はい」と「ありがとうございます」の間が妙にあいてしまいます。今までは、その「間」がすごく怖かった。電話に出るのも怖いけど、間があくことも自分の心を硬くする原因でした。間の時に、自分は一生懸命言おうとしているのに、相手にもしもしと言われたり、間があくことを指摘されたりすると、とても落ち込んでいました。でも、今は、その「間」を怖がらないようにしよう、「間」があっても言いやすい方向を求めていこうと意識しています。「心」が柔らかくなれば、「言葉」も自然に柔らかく出るのではないかと思います。 レッスンを受けてまだ1ヵ月半です。吃音は、レッスンを受けたからすぐ治るというものではないと思っています。長い間言いにくかった言葉が、スムーズに話せるようになるには、それなりの時間が必要だと思います。だから、これから自分が吃音改善のために、どう考えて継続的に取り組んでいくかが重要だと考えます。 まだ私のレッスンは始まったばかりです。これからたくさん身に付けたいことがあるので、気長に、コツコツと、あせらず、めげずにやっていこうと思います。そして、いつか江田先生のように、自分が苦手で苦しんできたことを、得意で楽しいことにすることが出来たら本当にすばらしいと思います。 吃音になって本当に苦しかったけど、今は本当に良かったと思っています。今までの自分を見直して、これからの自分を考えるきっかけになりました。そして、今までの自分になかったものを磨いていけるチャンスに恵まれたと思っています。 (2005年10月19日) ※江田よりのコメント: 「ありがとうございます。」が言いにくい時に、「はい」をつけて、「はい、ありがとうございます。」とするのはリズムが出て良いと思います。 この際、「はい」と「ありがとうございます」に間を入れて2つに分けてしまうのではなく、「はい」の「い」の母音を次の「あ」に一定のテンポで微妙につなげていく感覚を養っていくことをお勧めします。 Mさんが実践の中で、これから更に幅広い調整感覚を身につけていかれる様子を伺うのが楽しみです。 topへ |
「どもったことを悔やみ、落ち込んでいた日々が馬鹿らしくなってきました。」 小学3年生の国語の授業で、指名され本を読みました。「は」が連続して出てくる早口言葉みたいな文章だったのですが、なぜか言葉が出なくて先生に不思議がられ、いろいろと言われました。そのときから、言葉が形を持つようになりました。言葉を意識するようになったのです。これが私の吃音の始まりでした。 中学校、高校と進むにつれ、ちょっとした言葉のつかえでも気にするようになり、大学では本格的に「吃音持ち」だと自分でも思うようになりました。 大学時代はあまり話さないで済むようなバイトを選び、電話もあまり出ないようにしていました。でも友達との会話や普段の電話では言葉は出ていたので、改まった場だけ避けていれば生活に支障はありませんでした。 しかし、卒業後に公務員として働くことになってから、辛い日々が始まりました。電話はかかってきますし、上司に説明をしないと仕事になりません。また、住民の方とも話をすることがあります。話さないことには仕事にならないのです。今までなんとか話すことから逃げてこられましたが、ついに逃げられなくなってしまいました。 電話に出ても言葉が出てこないので「ちゃんとしゃべれ!」と住民の方に怒られたこともあります。就職試験で採用1人の枠に私が受かったため、落ちてしまった子の親から「私の子供の方が仕事ができる。」と直接言われたこともあります。言葉が出てこないのは事実ですから何も言い返すことができずに、みじめになりひとりで泣いたこともありました。 そんな日々を送るうちに、電話応対や話すことがどんどん怖くなり、どもる度に自己嫌悪に陥り、いつも吃音が頭から抜けなくなりました。話すことは子供にもできる普通のことなのでしょうが、私にとっては一番難しいことでした。自己嫌悪でどんどん自信もなくなり、その日にどもったことを悔やむ日々を送っていました。 どうにか脱出口はないものかと、いろいろと探しているうちに「さわやかカウンセリング」のホームページにたどりついたのです。江田先生のホームページを読むにつれ、吃音で苦しんできた心が解けていき、このレッスンを受ければ普通に話せるようになると確信できたのです。病院の精神科を受診したこともありますが、医者の言うことはもっともなことばかりで、吃音持ちでない人に吃音持ちの気持ちなんて解らないとしか思えませんでした。江田先生はどもりで苦しんだからこそ、ホームページに掲載している文章が書けるのだと思いました。そこで、すぐに申込をしました。レッスン料が安いのも魅力でした。 レッスンでの江田先生は、とても流ちょうに話をされるので、吃音持ちであったとは全然思えません。先生は今も安定感を意識して話し方をコントロールしているとのことで、練習をすればいつの日か私でもそうなれると希望がもてます。レッスンを受け始めて7ヶ月目で今はまだ目立った効果はありませんが、どもっても落ち込むことが少なくなってきたのが大きな成果です。 最近ではどもったことを悔やみ、落ち込んでいた日々が馬鹿らしくなってきました。どもったときに、「気にかけて落ち込む」のと「そのうちなんとかなるだろうと開き直る」のとでは大きな差になると思います。何年もかけて吃音を心の中に成長させてしまったのだから、その分、何年かかけてコントロールできるようになっていくつもりです。 江田先生がいつもおっしゃる「どもっても構わない。音を伸ばす、つなげる等の安定感のある話し方を心に留め、実践していくことが大事。コツをつかむのは自分自身です。」との言葉を心の拠り所として、少しずつコツをつかんでいきたいと思います。 (2005年10月17日) ※江田よりのコメント: 「どもらないように話さなくては・・・」と意識すると、吃音意識はますます深まり、ちょっとした言葉の詰まりにも大変神経質になってしまうものです。 それでは何を意識すれば良いのかと言いますと、それは「安定感」です。日常のリラックスした場での会話で、レッスンでの発語感覚(安定感)を時折意識化して話す習慣を身につけていくことです。 どもっても構わないという心の幅と、安定感の意識化習慣によって、発語不安のある中でもコントロールしていける領域が広がっていくことでしょう。 Hさんなりのお話しスタイルをアートしていってください。 topへ |
「自殺をいつも考えてしまう私はいなくなりました。 それよりも前向きに毎日を楽しく生きたいという自分がいます。」 私が吃音を意識したのは、保育園の年長の頃だったように思います。 当時、私の家庭環境は最悪でした。家庭内では毎日両親の喧嘩が絶えず、私の精神状態はかなり不安定だったと思います。 また、親にも精神的余裕は無かったのでしょう。 私は親から何か質問されてもすぐには答えられずビクビクしてしまい、答えられないと親から殴る、蹴るの暴力ばかり受けて育ちました。 保育園や小学校で先生から何か聞かれても即座に答えられず、「何かしゃべらなくては」と思えば思うほど声が出なくなったのはその頃からです。 友人達から私のしゃべり方や態度などをマネされて、すごく恥ずかしい思いをした事を今でも鮮明に覚えています。 小学生、中学生、高校生と私の吃音は相変わらず、どちらかと言うと、どんどん酷くなっている感じでした。 人前での発言が出来ない、電話もかけられない、遊びに出かけても飲食店などで注文が出来ない。 出来ない事だらけで人生が嫌になり、いつの頃からか自分はいつ死のうか、そればかり考える毎日を送っていました。 こんな私でも、親しい友人は何人かいましたので「ここで死んだら周りの人が悲しむかな?」と思うと、いざ死ぬ勇気も出ず、ダラダラと生きていたら、幸いにも吃音を理解してくれた主人と出会い、結婚し子供も産む事が出来ました。 母親になった私は、少しだけ人生が前向きになりました。 あきらめていた吃音を克服しようと考え出したのです。 今まで催眠療法を受けていたのですが、半年以上通っても全く改善されず、お先真っ暗の状態の時にネットで「さわやかカウンセリング」のHPを見つけたのです。 わらにもすがる思いでした。 すぐに申し込んだのですが満員状態で暫く待って欲しいとの事。 世の中には吃音で悩んでいる人が大勢いるんだな〜と妙に安心(?)してしまいました。 最初は緊張しっぱなしで、朗読もタドタドしく、毎回汗をびっしょりかきながらのレッスンでした。 電話でのレッスンと並行して一時期、心療内科にも通い(神経症と診断されました)薬を処方してもらっていましたが、すぐ第ニ子妊娠が判明。 薬は飲めなくなり、電話でのレッスン一本で今に至っています。レッスンを受け続けたこの2年間で私はすごく進歩したように思います。 私は後もう少しで出産です。 育児で大変になるので電話でのレッスンはしばらくお休みしますが、過去2年間にわたって教えていただいた事は忘れず、毎日実行していきたいと思います。 |
「安定した話し方を目指していきます。」 言葉を少し話しにくいなと気づいたのは、はっきり覚えていませんが小学校2年生ぐらいの時だったと思います。みんなの前では吃って話し下手のくせに目立ちたがりやだった私は、クラスのまとめ役を引き受けることが多く、学生時代を通してみんなの前で話す機会がたびたびありました。その都度なんとか乗り越えていました。 しかし、就職して待ち構えていたのは電話の応対でした。どうも電話ではなかなか言葉が出てこない時が多く困っていた時に、ふと雑誌で「吃音が治る」という記事を目にし、月1回東京にあるその訓練所まで通うことにしました。結果は、吃音が治ると看板を出しているところに通っても私の吃音は治ることはなく、さらにショックを強めるだけでした。 また、自助グループの会合にも何度か出席しましたが、どうも合わないため行かなくなってしまいました。 そういう時にネットでこのカウンセリングのことを知りました。吃ることにこだわらず安定した話し方を目指すという先生の方針に非常に感銘を受けました。現在話し方のテクニックを先生からいろいろ教わっています。 私は、吃音意識を完全に取り除くということは無理だろうと正直思っています。それでも、職場の業務で支障をきたさない程度の流暢さで会話がしたいと思っています。話したいことが話せない、みんなの会話に入っていけない等、そんな状況で日常生活を過ごすということは私にとって非常につらいことです。 このような今の情況にあって希望となっているのがこのカウンセリングなのです。 これからも、吃ることにこだわらず、安定した話し方を身に着けられるように訓練していきたいと思っています。 (2005年8月2日) ※江田よりのコメント: Nさんとのレッスンは2003年3月にスタートしていますので、かれこれ2年半年のお付き合いです。職場では、朝礼での挨拶、外部交渉、会合でのスピーチなど、話すことの多い立場におありです。 吃らないように話そうとするのではなく、安定した話し方感覚を意識してこれからも「話し方発見」をしていかれますよう。 topへ |
「吃音の体験が私の宝と思えるようになりたいと願っています。」 私が吃音(その時吃音という言葉は知りませんでした)ではないか?と思うようになったのは、小学校3年生の時だったと思います。小さいときからどちらかと言えば恥ずかしがりやではありましたが、その時までは発言することに苦手意識はなかったように憶えています。 3年生の遠足でのバスの中で、担任の先生が生徒にクイズを出して手を挙げて答えるということがありました。元気良く手を挙げた私を先生は当ててくれ、私も勢い良く答えようとしたのですが、なぜか答えが言えないのです。答えは頭の中にあるのに声になりません。そしてシーンと静まり返って私の答えを待っている先生や生徒の顔が「早く言え。」と言っているように見えて、その空気に耐えられなくなり、「忘れました・・・。」と言って座った光景を今でもはっきりと憶えています。 それから授業中手を挙げて発言したり、教科書を順番に読んだりすることがとても嫌いになりました。自分で自分をコントロールできない感覚をこの辺りから味わうようになりました。そして担任の先生が手を挙げない私に、「なんで発言しようとしないのか?」と聞きましたので、「話す時に詰まるからです。」というような事を正直に話したら、「どもりなのか?」とクラス全員の前で言われ(その時、どもりということばを初めて聞きましたが、なんとなくわかりました)、何も言えない私がいて、とても傷つきました。その先生のことも嫌いになりました。 私はクリスチャンの家庭で育ちました。物心ついたときから、当たり前のように教会へ行き、聖書の話を聞き、神様を信じて育ちました。そして吃音を意識し始めてから、神様に「ちゃんと話せるようになるようにして下さい。」と子供ながらお祈りしていました。小学校から短大までの間は、吃音を意識する時もあれば、気にしない時期もありましたが、心の中に「吃音・どもり」の文字が出てきたり、発語不安に駆られると、「私が神様に信頼していないからどもってしまうのだ。こんな私では神様は愛してくださらない筈だ。」と考えて落ち込むことも多くありました。 短大卒業後、社会人になる自信もなく(電話をかける事が苦手で、事務職を選ぶことなどもっての他でした)、家に何ヶ月かおりました。そんな時、叔母が米沢興譲教会の田中信生牧師のメッセージテープを送ってくれ、またカウンセリングセミナーにも誘ってくれました。そこで、神様は私が何かができるから私を愛してくださるのではなく、ただ私の存在を愛して受け入れてくださっていることを知り、目からウロコの体験をしました。そしてその後、何とか就職もでき、少しずつ自分を受け入れてくことができるようになりました。 2003年が終わる頃、田中先生の礼拝メッセージを聞いていたところ、米沢興譲教会の教会員の方で、吃音でご苦労なさいましたが克服し、電話カウンセリングのお仕事をしているという江田先生のことを知りました。ホームページを開いてみたところ、同じ苦しみに遭われている方々の話がたくさんあり、それらを読ませていただいて、「私ひとりだけがこんな風に思っていたのではなかったんだ」と心がホッとしました。 初めて江田先生のカウンセリングを受けた時、「発語不安が頭の中からきれいに無くなってしまうことはありません。体験したことなのですから。忘れようと考えることは無意味です。憶えていることは普通のことです。信仰云々のことではありませんよ。」とおっしゃってくださり、心が軽くなりました。吃音意識をどのように受け止めていくかなど、学ばせていただいて1年が経ちました。 教会でも、教会学校でのお話し、お祈りなど人前で話すことが多く、カウンセリングを受ける前は、思うように話せないとひどく落ち込んでおりましたが、今は思うようにいかなくても江田先生の「立ち直り習慣を身につけましょう。」という言葉を思い出し、落ち込んだままでいることはなくなりました。お祈りも以前はよく詰まっていましたが、「ゆっくり、ゆっくり」という気持ちを持ちながら祈ると、祈りたい言葉が出てくるようになりました。 職場では外にかける電話はありませんが、内線電話は取らなければなりません。これも少しずつではありますが、ゆっくり話すことを心がけながらなんとかこなせる様になりました。電話をかけることはまだまだ詰まることがありますが・・・。 カウンセリングの学びを通して、吃音で悩んだからこそ、人の悩みを少しでも分かりたいと思えるようになれたのかなと思っています。 安定した話し方を身につける、失敗しても立ち直り習慣を身につけるという気持ちを忘れないで、吃音と仲良くやっていけるようこれからも励みます。そしてこの体験が私の宝と思えるようになりたいと願っています。 (2005年5月1日) ※江田よりのコメント: 片腕を事故で失ったら、片腕が生えてくることを祈る人はいないでしょう。失った腕はもどらないのですから。 しかし吃音は失った腕とは違います。吃音は歪んだ話し方の累積が固定化したものともとらえられますので、話し方の調節習慣を新たに身につけることによって改善の方向性をつかむことが出来るものです。 Mさんの幼少の時の「ちゃんと話せるようにしてください。」というお祈りは、今になって良き話し方習慣を身につけることで応えられていると思います。 Mさんに「ニーバーの祈り」をお贈りします。 ニーバーの祈り 神よ、変えることのできるものについて、 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。 変えることのできないものについては、 それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。 そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、 識別する知恵を与えたまえ。 ラインホールド・ニーバー topへ |
「ただ言えるのは、確実に良い方向に向かっていること、そしていつでも相談できる人がいるという安心感が あることです。」 平成6年、会社の電話器が変わりました。新しい電話器での会話は自分の声が受話器から耳に瞬時に通るような感じがしました。 平成10年頃、内勤から営業に異動となりました。仕事は挨拶廻りです。お客さんの事務所へ行き、執務中に挨拶する訳ですから、招かざる客と言ってもいいでしょう。次第に最初に切り出す会社名に違和感を感じるようになってきました。その意識レベルがだんだん大きくなって、電話を受ける時の会社名にも何となく言いづらさを感じるようになりました。 約6年前のある日、突然、会社名が言えなくなりました。社名の最初の一文字「き」がどうしても出てこないのです。電話に出られずオフィスを飛び出したこともありました。 それからは辛い毎日の連続でした。オフィスで電話をかけることも出来なくなり、どうしてもかけなければならない時は一度外に出て、ひとりになって携帯電話でかけました。 会社の式典での司会では、会社名を言う時、油汗が出て心臓が破裂しそうなぐらい緊張しました。 私は、小さい頃からあがり症・赤面症気味であることは自覚していましたが、スポーツや学業である程度の成果を修めているという自信により、何の欠陥も無い人間だと思いつつ、社会人として生活してきました。けれど思いもよらない突然の事態に、戸惑いと恐怖と自信喪失で心身共に疲れ果ててしまいました。当然、仕事にも身が入りません。 その間、自分なりに原因を考え、独りで発声の練習をしてみましたが、独りの時は問題なく言えるのですが、実際の場面では他人の目と他人に聞かれているという恐怖で何の解決にも至りませんでした。 そこでまず、話し方教室に通い、指導を受けました。言われる通りに心を落着かせて美しい景色をイメージして発声を繰り返すトレーニングでしたが、イメージと練習だけではやはり成果が得られず、次第に足が遠のくようになりました。 次に、どもり・吃音の本で紹介していた吃音専門の教室へ通いました。そこは、かなり高額でした。トレーニングの内容は、腹式呼吸を身につけ、たんでん力をつけて、息を吐く力とともに発声させるものでした。トレーニングをすれば克服できると言われ続けましたが、多少良くなる傾向にあっても、再び言葉に詰まるようなことがあると、今まで以上に自信をなくしてしまいました。 更に、その先生自身に疑問を感じるようになりました。というのも、その先生は以前吃音だったそうですが、先生の印象が暗いイメージで、未だに克服出来ていないように感じたからです。この教室も最後まで続けることが出来ませんでした。 何か良い方法はないものかと、舌の使い方・口の開き方・呼吸方法を変えてみたりしましたが、やはり根本的な解決に至らず、毎日悶々とした日々を送っていました。 もう一生直すことはできないんだと思っていた矢先、インターネットで「さわやかカウンセリング」のHPを見ました。前回が高額な教室だったせいか、「比較的値段が安く良心的な先生なのだな・・・」程度の感覚で申し込んでみました。 レッスンの中で、江田先生から指導頂いた点は、『き』を少し伸ばす感覚で発声することです。私としては、伸ばすこと自体が不自然ではないかと最初は思いましたが、江田先生曰く、「あなたが感じるほど聞いていて不自然じゃありませんよ。寧ろゆっくり丁寧で聞き易いですよ。」とのことでした。そう言われてみると、少々伸ばし加減でゆっくり発声した方が聞き易くて良いことなんだなぁと思うようになってきました。 朗読や会話表現の練習でも、スローペースで言葉を繋げるように話す練習をしました。私としてはかなりゆっくり話したつもりでも、電話で録音された自分の話し方を聞いてみると、聞く側ではちょうど聞きやすいスピードだということが分かりました。いかに私が今まで早口で話していたかを改めて実感しました。 レッスンを重ねていく内に、オフィスから電話をかけることが次第に出来るようになってきました。 私のような、最初のある一文字が出てこない「ブロック」症状は、発語機能の欠陥ではなくメンタルな部分が大きく関係しているのではないかと思います。未だ完治したとは思っていませんし、未だに静かなオフィスでは電話に出ることに戸惑います。ただ言えるのは、江田先生に出会って、確実に良い方向に向かっていること、そしていつでも相談できる人がいるという安心感があることです。 江田先生から、「失敗しそうになっても立ち直れるよう自分をコントロール出来るようになりましょう。」と言われています。私はいつでもその言葉を思い出しては、詰まりそうになった時、実際に詰まってしまった時でも、気持ちを切り替えれば立ち直れるんだと自分に言い聞かせています。 一度意識して頭にインプットされた詰まり感覚は、ひょっとしたら一生抜けないものかもしれません。今ではそれでもいいと思っています。妻には、この悩みをレッスン開始後に打ち明けました。いい先生に出会えてよかったね、と言われています。 私の心の支えとして、これからも宜しくお願い致します。 (2005年4月13日) ※江田よりのコメント: Sさんは大手会社に勤める営業マン。会社の式典で司会を勤めるなど、精度の高い話し方を要求されています。 吃音を一般的に定義するなら、「ことばをつまらせてどもりながら話すこと(人)」となるでしょうが、実際は表面に表れたことだけで判断できるものではありません。Sさんのように周囲の人以上に上手に話している場合があるものです。 私流に言えば、吃音とは「洗練した話法を心得、コミュニケーションに秀でているが、ある特定の音の発語に言い難いさを感じていること(人)。頭脳明晰な人に多い。」とでもなります。頭脳明晰というのは私を除いての話ですが・・・残念!! topへ |
「レッスンを受けて2年目を迎えて。」 今から丁度2年前、会社で定期的に行われる定例発表会で精神的に行き詰ってしまい一人で悩んでいました。そんな折、インターネットで検索していましたところ、江田先生のホームページにたどり着き、信念・志などを拝見してこの人なら良き理解者になって頂けると思い、連絡を取りました。 けれどすぐには受講できず、1年間辛抱して順番待ちをし、去年の1月から受講を開始しました。 まず、私事を言いますと、幼少のころから吃音で、皆様が経験した辛いことも人並みに経験してまいりました、30代も半ばになると、ズルさからそうした辛さ・惨めさから逃げ出すようになっている自分が居ました。 やがて性格も暗くなり、周りの人間も限られた人しか居なくなっておりました。病は気からと言いますが、そうした状況が続く程、吃音の状態も悪化していきました。 このまま逃げていては、いずれ社会に相手にされなくなってしまうと思い、思い切って門を叩いてみました。 まず受講してみて一番驚いたのは、先生の活舌・軽妙な語り口調でした。私の今までに通ったカウンセリングの先生は、自分では克服したと言っておりましたが、実際は目に余るものが多かったからです。その点、江田先生は司会業をなされていることもあり、申し分なく自分の目標とする理想像でした。 受講を受けていく内、問題点が明らかになっていきました。それは新たな気づきとは違い、今まで自分の中で感じていたことの裏付けでした。会話の速度が速い・スピードの調節が取れないことなどを日常生活を通じてゆっくりと時間をかけて客観的にとらえていくことを指導頂きました。最近では、会社の電話などでも向こうに先生が居るような感覚で気軽に話せるようになりました。 これは、あくまでも私の考えですが、自分のことは自分が一番良く知っており、答えは自分の中にしかないと思います。しかし、自分の悪い部分に目を瞑(つぶ)ってしまい、人の意見も聞き入れなくなっていることも事実であります。そうした中、先生は潜在意識の細部までをも聞き取ってくれ、正しい方向へ導いてくれました。 先生がしておられることは、まさしくコーチングの一つであり、私には、こうした「コーチ」の存在が必要でした。また、「最近どうですか?」と受講中に良く聞かれますが、これもちょっとした悩みも相談できるので、私としては良いガス抜きができ、ストレスの軽減になっています。また、聞いてもらうことが励みになり、生活に張りがでます。 1年間続けてみた感想は、吃音に対してさほど気にならなくてきたことです。以前は神経症気味で完璧主義だったため充足感が無かったのですが、最近では先生のお陰で随分と気が楽になりました。 最後に、私の刷り込みはまだ終わっておりません。石の上にも三年と言うように、これからも指導して頂きたく思っております。 尚、こうして長期に渡り受講できるのも受講料が良心的な価格設定であるためで、大変感謝しております。 (2005年1月31日) ※江田よりのコメント: Mさんと初めてレッスンをさせていただいた時、職業はニュースキャスターかなと思いました。立て板に水の如く、早口でサラリと話す・・・どこに吃音の気があるのかと疑いました。 今までのMさんの話し方は、ブレーキの壊れたポルシェがフルスピードで高速道路を走るようなもの。今はちゃんとアクセルとブレーキが上手く作動するようになっているようです。これで私も安心して助手席に乗っていられます。(笑) topへ |
「精神的な面でも本当に救われました。」 私が吃音を感じ始めたのは小学校高学年ぐらいの時でした。もともと父親が吃音気味の話し方であったことが影響してか、あるいは私が幼い頃、私の小学校で流行っていたどもり口調をおもしろ半分で真似したことがきっかけになってか、その原因はわかりませんが、その頃から吃音が少し気になり始めていたことを覚えております。 吃音を気にしてはいたものの、言い難い言葉は言い換えをし、また早口で勢いをつけてごまかしていれば対処できたので、これまでそんなに深刻には考えておりませんでした。 考えてなかったと言うより、自分がどもり、吃音者であることを認めたくないとの思いが心のどこかにあって、このことに触れたくなかったのだと思います。 江田先生の「さわやかカウンセリング」に思い切って受講しようと思ったきっかけは、半年前に私が勤めている会社で電話応対の変更指示があったことです。 それまでは電話に出るとき、会社名だけを言えば良かったものが、今後は「はい ○○(会社名)の○○(名前)です。」と会社名の後に名前を言うようにと指示が出たのです。 実際の電話応対で「はい、○○(会社名)の・・・」までは言えるのですが、その後の自分の名前が出てこないのです。名前を書いたメモを見えるところに貼って、それを電話応対時に読むように試みたり、自分なりにいろいろ言い方を工夫をして、なんとかして名前を言おうと考えたのですが、どうしても言えないのです。 この時、初めて自分が吃音者であることを自覚しました。 この吃音というものは特殊なもので、周りの人に理解してもらえるものでもなく、誰にも相談することもできません。かといって自分ではどうすることもできません。 どもり、吃音の克服本なども購入して読んではみましたが何の効果もありませんでした。 そのような時、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会いました。 インターネット上では他にも数多くの吃音相談のホームページが見つかりましたが、どれも営利目的と思われる高額な料金で、受講するには私にはどれも非現実的なものばかりでした。 その点「さわやかカウンセリング」の受講料といえば、その運営に最低限必要な経費だけと思われるような良心的低料金であり、経済的にも負担の少ないものです。 また、レッスンを遅い時間でも受けることができることも大きな魅力でした。私は仕事の都合上、この遅い時間でないとなかなかレッスンを受けることができませんので本当に助かっております。 実際に江田先生のレッスンを受けての感想ですが、そのレッスンは全て受講生のことを第一に考えられていると感じました。優しい口調、理論的でわかりやすい説明、そして受講生個人に合わせたレッスンです。 私が電話応対で名前が言えないことに対しましても、レッスン中に何度何度も先生から電話をいただき、そこで応対で名前を言う練習を繰り返してくださいます。 レッスンを始めてまだ8ケ月ぐらいですが、言い難い言葉の言い換えはあまりしないようになりました。電話応対の名前を言うこともまだ完全とは言えませんが、受講前に比べると断然言い易くなってきております。 吃音について気軽に相談できて、それについて指導して下さる貴重な唯一の先生が見つかり、精神的な面で本当に救われました。先生に出会っていなければ、吃音について誰にも相談できず独りで悩み、自己嫌悪の日々が今でも続いていたものと思われます。出会えて本当に良かったと思っております。 長い年月ずっと誤って使い続けて身に付けてしまった早口のごまかし口調の話し方を、短期間でそう簡単に矯正できるものとは思っておりません。これからもレッスンを続けさせていただき、安定した話し方を身に付けていきたいと思っております。 (2004年12月12日) ※江田よりのコメント: 自分が吃音者であることを認めるのは大変辛いことです。吃音者とは、ただ単にことばが絡まる、言い難いといいうものではなく、言いたくても言わんとする単語が出てこない、言えないという精神的に大きな壁を持っている人のことといえます。 吃音であることを受け入れるとともに、自分の話し方を客観視しながら良き話し方習慣を身に付けていく姿勢を持ち続ける限り、その人は確実に改善への道を歩んでいると信じます。 topへ |
「自分が納得できる自分の話し方スタイルを作っていくつもりです。」 私は社会人になってから吃音を意識し始めました。 それまでの学生生活では普段は意識したこともなく、「吃音なんて・・」と他人事みたいに考えていました。(ただ、言葉が詰まることは少々ありましたが)。 社会人になっても暫くは外勤営業ですから何の不自由もなく過ごしていたのですが、転機は配置転換で内勤に変更になってからでした。 私はもともと緊張しやすい性格もあるせいか、電話に出ると上手く喋れないのです。挨拶言葉や御礼の言葉が上手く言えない・・・。そのうち電話にでるのが非常に怖く、恐怖心が湧いてきました。 そして精神科に通院して安定剤を飲むといった事も試みましたが、上手くいかず、気持ちは焦るばかり。 そんな時、先生のHPで電話でのカウンセリングを見つけたのです。私は藁をもすがる気持ちでカウンセリングの門を叩きました。 レッスンでは心から安心できる言葉の連続でした。 「調節していくことが当たり前の習慣なのです。自分の話し方スタイルを作っていきましょう。」 「上手く喋ろうなんて考えなくていいんです。周囲は気にしていませんよ。」 こういった助言がどれだけの私の心に安心感を与えてくれたことか・・・。 私は完璧主義で周囲の評価を過度に気にするところがあり、それが結果として自分を追い詰めていったのかなと思っています。そのような自分を変えるため、自分で自分を楽にしてあげるよう、今カウンセリングを受講中です。そして少しずつ改善の兆しが見られ、今は随分支障なく業務もこなせています。 これからもまだまだ継続し、本当に自分が納得できる自分の話し方スタイルを作っていくつもりです。そしていつか自分が相談を受けられる側になり、同じように悩んでいる人達に今教わっていることを伝え、少しでも恩返しができればと考えています。 (2004年11月28日) ※江田よりのコメント: 多くの場合吃音意識は幼少時に持つものですが、Oさんは社会人になってから吃音を意識し始めました。事務室での頻繁な電話応対が引き金になったようです。 レッスンでは営業マンらしく模範的な明瞭な話し方をなさいますので、これ以上完璧を求めず、引っかかり意識が浮き上がってもOKとしつつ、良き話し方スタイルを作っていかれますよう。 topへ |
「今では、電話は自分から積極的にかけられるようになりました。」 私は高校くらいまでは時々言葉のつまりは感じるものの、そのことを意識していませんでしたので、積極的に行動していました。 ところが大学生の時、パン屋のアルバイトで、お客さんからの注文を店長に伝える、ただそのことで、どうしても言葉がでてこないのです。みんなにおかしな顔をされ、それから強く意識するようになりました。 言い換えの出来ない言葉がでてきたら、という恐怖感で、就職できませんでした。接客用語を言わされるアルバイトに行くのは、毎日憂鬱でした。 結婚して子供ができても、自己紹介する子供の集まりには行けませんでした。電話をかけるのに躊躇するのはしょっ中です。もっといろんな事を話したいのに、いろんな事をしたいのに・・・思いに反して消極的になってしまう。 これではいけない、どうにかしたいという気持ちで、このホームページを開きました。体験談を読んで驚きました。以前、親にくだらないと言われてから、誰にもこの悩みを言ってなかったのですが、こんなにたくさん、自分と同じ気持ちの人がいるというのが衝撃的でした。思わす涙がでました。この先生なら、きっとわかってくれる、そう思って思い切って電話しました。 最初のレッスンが終わった時、とてもさわやかな前向きな気持ちになりました。真っ暗な洞窟のなかで、明るい光が見えた、そんな感じです。あれこれ悩まずもっと早く電話すればよかった。それからは、一生懸命朗読や、呼吸の練習をしました。 今では、電話は自分から積極的にかけられるようになりました。これからは人前で話す機会をもっと増やし、電話のように積極的にできるようになりたいです。 今、月一回のレッスンを受けていますが、先生から教えていただいたアドバイスはいつも自分に言いきかせています。 (2004年9月23日) ※江田よりのコメント: 人生、さまざまな問題に直面するものですが、吃音も経験した人でなければわからない心の痛みだと思います。けれど、同じ問題に直面していても、問題の受け止め方と具体的な方向性をつかんでいくなら、問題(吃音経験)がその人の宝となることも真実です。 良きお話し習慣を培って、今までの痛みを宝に変えていってください。 topへ |
「本当に180度自分の性格が積極的に変わってきているように思います。」 私は小学生の頃から親にどもると言われ、話をすることに消極的だったと思います。中学、高校、大学を通して言葉が少ないためか、友達も少なかったと思います。社会人となってからも、電話で会社名や自分の名前が言いにくく苦労していました。また、コミュニケーションをとるのが下手で、人間関係もあまり良くなかった気がします。言葉を思うように話せないのは損だとつくづく思っていました。 今は父親が経営している会社を継いでいますが、仕事を円滑に進めていくためには人と上手くコミュニケーションをとっていけることが大事であると思い、昔から気にしまくっている吃音を何とか克服したいと思って、江田先生の門をたたきました。 カウンセリングを受けてから変わったことは、電話をかけるのが以前と比べて気楽になったことです。以前は会社名や自分の名前を名乗る時に、最初の言葉が出にくく、人目を異常なまでに気にしながら電話をかけるなど、大変なエネルギーを使っていたのに、今は大分楽に電話をかけることができるようになりました。 調子が良い時は電話をかけたり自分の名前を言うことはクリアーしているのですが、肝心な用件を話す時、言いにくい言葉があったりします。その時はレッスンでの感覚を思い出し話をするように心がけています。 営業の仕事もやらなければならないのですが、電話を気軽にすることできるようになりましたので以前より営業活動がしやすくなり、お客様とのコミュニケーションがとれ、仕事の幅が広くなった気がします。 また、今までは話をする場をできるだけ避けたいという気持ちがあったのですが、今は言葉を大事にして人と話をしたいという意識に変わり、以前より人付き合いも良くなってきたと思います。確かに、カウンセリングを受けてから心が軽くなり、毎日の仕事も楽しく感じられるようになりました。 人前で話をしたり、安定した話し方をまだまだマスターしていないので、日頃、家族と話をする時も、時折レッスンを意識しながら話し方を整えていきたいと思っています。話をすることは楽なことだとわかりかけているこの頃です。 本当に180度自分の性格が積極的に変わってきているように思います。 (2004年9月18日) ※江田よりのコメント: 建具店を経営しておられるIさんは、黙々と仕事をしっかりしていく職人肌のように見受けられます。 今まで不得手と思っていた人とのコミュニケーションも、話し方に自信が持てるようになってくると自然と動きが広がってくるものです。 コミュニケーション能力とはことば数が多いことではなく、相手の気持ちにピタリと入る、その場その場での適切な「生き言葉」で話しかける能力かと思います。コミュニケーション上手は人生を何倍も楽しくします。 topへ |
「肩の力を抜いて電話対応ができるようになっていると思います。」 電話を取るのが怖い!と思い始めたのは、かれこれ7年くらい前です。 短大を卒業し、会社に勤め始めた頃は何をするのも初めてで忙しく、電話の応対などなんともなかったのですが、ある日を境に電話を取るのが怖くなり、第一声が出なくなりました。それもただ第一声が出にくいだけで、そのほかは全く普通に話すことが出来るのです。 生まれてこの方「早口だね」とは言われたことはあっても、自分が吃音だなんて思ったことがなく、とてもショックでした。 毎日々会社の電話が鳴るたびにドキドキし、受話器をあげても第一声が出ないのです。受話器を取ってからしばらく間があり、早口で社名を名乗るため、聞き返されることが多かったです。その度に気落ちしていき、考え込んでしまう日々でした。 家のお風呂などで練習すると、詰まることなく言えますが、会社の電話ではどうしても第一声が出なく、早口になってしまうのです。 話し方教室に通おうか?と考えていた時に、さわやかカウンセリングのHPを見つけました。 レッスンを受けて8ヶ月。受ける度に気持ちが楽になり、電話を取った時の第一声も出易くなりました。会社では毎日電話を何十本も取っていますので、すべて完璧に第一声が出るわけではありません。出にくい時もありますが、以前のような張り詰めた緊張は和らぎ楽になりました。肩の力を抜いて電話対応ができるようになっていると思います。 先生の声はとても優しく落ち着いていて、私の悩みを解消してくれます。それに、レッスンは無理することなく、自分のペースで受けることができるので、仕事&育児の空いた時間にできます。最近は半年くらいレッスンをお休みしていますが、学んだことを思い出し、落ち着いて話すように心がけています。 吃音だなんて・・・、と思っていた私ですが、これからも上手につきあっていきたいと思います。 また、レッスンを再開したいと思っています。 (2004年9月12日) ※江田よりのコメント: レッスンを受講されるほとんどの方々は、幼少の時まで吃音経験をさかのぼるのですが、Kさんの場合は社会に出てから吃音意識を持つようになりました。 職場での電話応対の時のみ、ひっかかりを強く意識していましたが、レッスンを通して日常の会話での話し方の調整意識を育ててこれらたことが改善の土台になっていると思います。 主婦として仕事・育児・家事をこなす忙しい日々ですが、これからもレッスンを上手く利用していってください。 topへ |
「一歩前進した心地よい気分です。」 私が自分が吃音だと気がついたのは、半年ぐらい前です。と言いますのは、子供の頃どもっていた記憶はあるのですが、小学生になるにつれ自然に治り、最近まで気にすることはありませんでした。 1年ほど前、みんなの前で自己紹介することがありました。その時、自分の順番がきて、名前を言おうとしたのですが、言葉が出なかったのです。焦れば焦るほど言えなくなり、恥ずかしい思いをしました。 それからというもの、そのような場面になるたびにドキドキして、うまく言えたり、言えなかったりと、非常に悩みました。 最初の一語を何度も繰り返すのが吃音であって、ひと言目が出ないのは、変な病気じゃないのかと考えていました。 人にも言えず、一人で悩んでいる時、インターネットでこのページに出会い、皆さんの体験談を読み、自分は発語不安による吃音であることが分かりました。 早速、申し込みをしてレッスンを開始しました。レッスンでは、自分が吃音であることを受け入れ、これと付き合っていくという、新しい考え方を学びました。 まだまだ、発語不安はありますが、自分の吃音に気づき、レッスンを受けることにより一歩前進した心地よい気分です。 (2004年7月26日) ※江田よりのコメント: Yさんのように、何十年もの前に経験した吃音意識がある場面(出来事)で浮上してくることはよくあることです。 自分の吃音意識に気づき、吃音を忌むべきことでも何でもないと受け入れ、確実な話し方習慣を養っていく方向にしっかりと立つ・・・。この肯定的な姿勢が、今のYさんを「一歩前進した心地よい気分」にさせている理由のようです。 topへ |
「ゆっくりと自分のものにしていきたいと思っています。」 幼稚園の学芸会での練習のことです。自分のセリフを言った後、先生に何度かいい直しをさせられ、結局、わたしのセリフはちがう子が言いました。たくさん練習していたのに・・・。 小学校の参観日、本読みの番が回ってきました。読んでいると、一部のお母さんからクスクスと笑いがもれました。 中学校の国語の時間、読書が好きだった私は漢字が得意でした。朗読のとき、漢字でつまり言葉がでなくなり「こんな漢字も読めないの!」と、みんなの前で注意されました。 中学以降は音をのばしたり、言い換えをすることにより、吃音を持っていることは人に気づかれにくくなった一方、「吃音者だと気づかれてはならない」という気持ちを強く持ち始めもしました。 ごまかすこと、逃げることを覚え、ずっと続けてきたのです。 高校の時、大学の時、アルバイトの時・・・いつも吃音がまとわりつき、上手くいかないことをすべて吃音のせいにしてきました。 ある時、こんな姿勢ではいけないと思いはじめ、自分なりに誠実に前向きに家庭・仕事を頑張ってきました。徐々にではありますが逃げる習慣が薄れた頃、吃音がまた気になりだしました。 吃音改善、こればかりは無理・・とあきらめ半分、けれど今なら出来るかもしれないとやる気半分で、インターネットを検索するうち、さわやかカウンセリングのHPに出会いました。 現在、私は同じ辛さを知っている方々の体験談、先生に勇気づけられレッスンを続けているところです。 「完全主義・こだわりを捨て去って、調節上手、立ち直り習慣を身につけていきましょう」と先生に言われたとき、「ハッ」としたのを今でも覚えています。完全主義・こだわり、それはまさに私の性格そのものだったからです。 今は言いづらい言葉を柔らかく発語できるよう練習しています。 「吃音をダメなものと思わず、安定した話し方習慣を身に付ける・・・」先生のこの言葉を心に刻みつつ、ゆっくりと自分のものにしていきたいと思っています。 (2004年7月26日) ※江田よりのコメント: 人生が上手くいかないことを吃音のせいととらえる・・・これを吃音隠れ蓑(みの)人生、病床利得人生とも言えます。ある意味では気が楽かもしれません。すべて吃音のせいにしておけば良いのですから・・・。 Sさんはすでにこのような考え方から抜け出して、家庭でもお仕事でも、誠実・前向きに頑張ってこられました。 ここで自分にとって難関?とも思える吃音改善に挑戦しておられるわけですが、頑張るというより、肩の力を抜いて確実な話し方習慣を「ゆっくりと自分のものにして」いってください。 完全主義・こだわり主義を捨てていくのがカギですよ。♪ topへ |
「今まで逃げてきた吃音に対しての考えが変わり、正面から取り組むことができるようになりました。」 小学校3年の時に先生に「どもりは早く治さないと将来こまるね」と深刻そうに言われたのがとてもショックで記憶に強く残っています。そのままどうしたら良いのかわからずに、いつか何かのきっかけで治るだろうと思いつつ、吃音からずっと逃げていました。 学校の授業では、当てられそうな時は緊張しっぱなしで当てられないように願っていました。普通の授業なのに私だけ心拍数が異常に高くなっていたと思います。当てられなかった日はラッキーなんて思ってしまい、何とも情けない学生時代を過ごしてきました。 私は電話は嫌いです。どもるのがとても恥ずかしいので人前では電話をかけられません。前の職場でも周りに人がいないのを見はからってからかけていました。電話を受ける時も自分の名前が言えず「はい」だけしか言えませんでした。名前を言えるように何度も一人で練習しましたが、いざとなると緊張してしまい、また言えなかった・・・の繰り返しでした。 「ありがとうございました」などの決まり文句も苦手で、うまく言えません。決まり文句は、言うべきタイミングに言わなければならないと思えば思うほど言葉が出てきません。いつもごまかすように言ってしまっています。 早口のうえに活舌が悪いのですが、話を早く済ませたいという意識があると思います。それと話しかけられると早く応えなくてはと思い、考えをまとめないうちに口に出してしまいます。「考えをまとめながら話す」ことが出来るようにしたいと思います。 また最近思ったのですが、私は話す時に口をあまり動かしていないことに気が付きました。なので口の動きをはっきり動かすように心がけています。朗読などで練習をしています。 それから、話す時に息をほとんど吐き出さずに発語していたことにも気付きました。口臭を気にしていたのでしょうか・・・。これではせっかく複式呼吸をしても意味ありません。吐き出すようにするとかなり楽に話せるようになりました。 これらは江田先生のHPやレッスンを受けてみて気付いたことです。 またレッスンを通して、今まで逃げてきた吃音に対しての考えが変わり、正面から取り組むことができるようになりました。 時間はかかると思いますが確実な発語習慣を身に付け、あせらずに安定した話し方を経験していって、トラウマを断ち切れるようになりたいと思っています。 (2004年3月30日) ※江田よりのコメント: 吃音は、治る・治らない、という白・黒の世界ではなく、如何に安定した話し方習慣を身につけていくかに改善の道があると思います。 吃音に対しての健全な受け止め方を養い、正面から取り組んでいく姿勢をこれからも持ちつづけて、改善への確実なステップを踏んでいってください。 topへ |
「吃音に対し否定的だったのが非常に前向きな考え方になりました。」 私が吃音を意識し出したのは小学生、低学年からだったと思います。兄も吃音だったので、自分も同じなのかな位に思っていたのでしょうか・・・。国語の授業の朗読で言葉が出なく、まわりから笑われ、又、ちょうどこの頃、学校からの連絡網で次の人に電話をしなければいけない事があり、自分の名前を言えなくて落胆したのを今でもはっきり憶えています。これが決定的な心のダメージで、今でも心の何処かにあると思います。 中学校・高校と改善する事なく、社会人になりました。 ある企業の生産管理担当に就き、当然、社内電話・取引先への電話も多く、非常に苦痛を感じながら日常業務をこなしてきました。電話する時に自分の名前が言えず、先に相手から自分の名前を言われたり、『は?』と聞き返されるともうパニックで、相手に不信がられた事もありました。 「なんで俺だけこんな思いをしなくちゃいけないんだ」と吃音を否定し続けてきました。(これでも12年もこの仕事を続けてきたのは我ながら凄いと思います。) 江田先生のレッスンを受けて、吃音に対する考え方はまるで変わりました。 何か一つ願い事がかなうなら吃音を治して、などと思った時や、逃げるようにしてきた事も多々ありましたが、江田先生から『今の自分を受け入れる』という事を言われてからは、吃音に対し否定的だったのが非常に前向きな考え方になりました。 『発語不安は消そうとしても消えるもんじゃありませんよ。正しい発語習慣を身に付ける事によって、不安がある中でもコントロール出来る様になります』と言われた時は本当に心の励みになりました。なぜなら今まで不安をなくそうと思えば思うほど、不安は膨らみ、そういう時は必ずと言っていいほどどもって、落胆してきたのですから。 レッスンを受けて5ヶ月位ですが、少しづつですが電話などでいい経験(さわやか経験)をする事により、よしよしなどと自分を褒めたりする事も出てきて、逆にどもった時は、あまりくよくよする事も無くなったように思います。 それと身近な人(特に家族)との会話が実に雑だった事もわかりました。単語・単語で話している事もわかり、『言葉を伸ばす事で次の言葉につなげる』と言われ、少しづつ身に付けています。 又、私は早口になる傾向があり、絡まりそうになる時は、少し言葉を伸ばしたり、スピードをコントロールしたりして、少しづつですが普段の会話にも取り組んでいます。 今では朗読の練習もかねて、子供に本を読んであげて、一石二鳥などと思う余裕も生まれています。(子供からも毎日、読んで読んでと言われてます!) 江田先生に会うまでは吃音について誰にも相談する事が出来ませんでしたが(恥ずかしいという思いがあり、しなかったという方が正解かも)、江田先生のレッスンを受けてからは今まで人に言えなかった事も言えるので気分的にもすごく楽になったと思います。 本当にあのままではずっと吃音で不幸になっていたかもしれません。これからは、吃音が治ります様にと願うのではなく、吃音とうまく付き合っていこうと思います。 (2004年1月30日) ※江田よりのコメント: 吃音を忌み嫌うのではなく、発語不安などのあらゆる感情を否定しないでそのまま受け止めながらも、その一方、安定した話し方習慣を培っていく・・・そんな姿勢をしっかりと保っておられるKさんです。これこそ吃音との「付き合い上手」の秘訣のようです。 topへ |
「神様からもらったんだと前向きに思えるようになりました」 私が吃音を意識しだしたのは、小学校低学年だったと記憶しています。 三姉妹の末っ子として甘やかされて育てられた反面、いつも姉と比較されながら成長したように思います。 父がとても話し上手で、スピーチの名手であったので、私がどもった時などは「落ち着いてゆっくり話しなさい」と何度も怒られたのを昨日の事のように思い出します。 歳を重ねる事に、日常会話でも上手く他人には気づかれないようにと常に言葉の言い換えを咄嗟にして、どもらない言い易い言葉を話していたと思います。 他人に変に思われたくないという意識が強すぎて、余計に自分の名前などが詰まって言えず、難発状態に陥るという悪循環の繰り返しでした。 結婚して子供が産まれ、いつまでもこのままではいけないと思い、江田先生のレッスンを受けることにしました。 レッスンを通して自分なりに進歩したと思う点は、出来るだけ言い換えをしないようにと常日頃心がけるようになった事、そして失敗して言えなくても以前ほど落ち込まなくなったこと。吃音者であったおかげで人の心の痛みも多少は解るような気がします。 一生かけてでも、吃音という難癖を治してみせるという試練を神様からもらったんだと、前向きに思えるようになったのも、レッスンを受けての成果だと思っています。 (2003年10月25日) ※江田よりのコメント: お話しを伺うと、Tさんのお父様はスピーチに秀でておられるとのこと。父親の基準に合えば良いのですが、歯車が合わなくなると落ち込みも激しいものです。 「上手く話すべき」「人にちょっとでも変に思われてはならない」という禁止令が心にしっかりと根付いていることに気づかれたTさんは、今の自分を受けいれつつ、禁止令の解除に向けて安定したお話し習慣を培っておられます。 吃音は確かに試練ですが、Tさんのようにドンと構えて前向きにとらえていきたいものです。 topへ |
「何より自分が吃音に対して前向きになれました」 私がレッスンを受け始めて3ヶ月になります。最初は正直なところ、電話で効果があるのだろうかと半信半疑でした。でも、先にレッスンを受け始めた双子の妹が「すごくいいよ」と言うのを聞いて、また自分が実際に受けて、江田先生の丁寧なレッスンにとても感動しました。また吃音者の気持をよく分かってくれているのにもとても感動し、それまで後ろ向きだった吃音に対して、初めて前向きな気持になれました。 私が吃音を意識したのは小学生のころです。妹の体験談(Mさん 香川県在住 31歳)にもありますが、父親の暴力の影響が大きいと思います。私が小学生のころ・・・何年生だったかよく覚えていないのですが・・・父親が暴れた時、どこかに電話をしろと私と妹に言いました。吃音の症状が出始めていた私にとって、電話をするのはとても勇気がいることでした。何より、父が恐くて身動きできず部屋の隅で震えていました。そんな私たちを見て、父はまた狂ったように暴れ始めました。そのことで私はとても傷つきました。その時の気持は今でもはっきり覚えています。自分は親に愛されていない・・・何もできないダメな人間だ・・・と思いました。それまでは少し変だなと思っていた程度の吃音でしたが、自分は変だとはっきり思い知らされたという感じでした。 吃音のことで辛いことや悲しいことも数え切れない程沢山ありましたが、誰にも相談することもできず、いつも一人で悩んでいました。 また結婚して苗字が変わったことも私の大きな悩みになってしまいました。新しい苗字がとても言い難くて、一時は本気で離婚も考えました。こんなことで離婚を考えるのは私ぐらいだろうな・・・と、とても情けない気持になりました。 何とか吃音を治したいと思い、インターネットで調べて江田先生のホームページを見つけました。それは私にとって驚きでした。吃音で悩んでいる人がたくさんいるんだと、初めて知りました。みんなの体験談を読んで、涙を流し、また勇気ももらいました。みんなもがんばっている・・・私もがんばろうと思いました。 江田先生のレッスンはとても分かりやすく丁寧です。言い難かった苗字も少しずつ言いやすくなっています。何より自分が吃音に対して前向きになれました。精神的にもレッスンを受けることはとてもプラスになっています。今、レッスンを受けるかどうか迷っている方もいらっしゃると思いますが、一人でも多くの人に受けて欲しいと思います。 最後になりましたが、江田先生には本当に感謝しています。江田先生は私が言葉につまっても、優しくどうしてつまったか教えてくれます。そのことは私にとって大きな励みになっています。 人前でもすらすら話せる自分を目標に、正しい話し方の習慣づくりにがんばりたいと思っています。 (2003年8月20日) ※江田よりのコメント: YさんとMさん(香川県在住 31歳 女性)は双子です。お二人の体験談を読ませていただきますと、幼心に焼きついた辛い思いがひしひしと伝わってまいります。 今はご自分の吃音を客観視しつつ、「何より自分が吃音に対して前向きになれました」とおっしゃるYさんです。人前で確実にお話しなさるYさんの姿が目に浮かんできます。 topへ |
「自分の中に引っ込むことはしないと心がけています」 どもるということを自分が意識し始めたのは、小学校高学年ごろだと思います。親も気にしたのでしょう。5年生の時に吃音矯正所に通いました。小箱のスイッチを押すことで、しゃべりはじめるタイミングをつかむというような方法でしたが、あまり効果はありませんでした。 中学生になると、症状がひどくなりました。自意識が強くなる時期だったせいか、周りの人達と比べてしまい、自分は普通じゃないとか、このままでは自分の将来はどうなってしまうんだろうとか、悲観的なことばかり考えていた記憶があります。 校内の作文コンクールで優勝して全校朝礼で読まされることになってしまい、ずる休みを続けたあげく母に泣きついて、先生に頼んでやめさせてもらった辛い思い出もあります。 しかし高校生になり、さらに大学へと進むころになると、かなり改善されてきたのです。生来にぎやかなのが好きなため、家にとじこもることができず、クラブ活動やアルバイトなどを積極的にしたので、知らない人に会う機会が急に増えたのがその理由かもしれません。全くどもらないというわけではないのですが、それを気にするヒマもなかったという感じで、40人ぐらいの中学生を前に塾の講師をしたこともありました。 就職してからも、編集者という立場上、知らない人に電話をかけたりする機会が多かったのですが、さして不自由は感じていませんでした。 ところが、転職していわゆる営業職に就いた頃から、再び吃音の症状が出始めてしまったのです。電話で話すことは慣れていたはずなのに、初対面の人(というよりまだ会ってもいない人)に電話を通して好感をもってもらわなければいけない、というプレッシャーが引き金となったのでしょう。そのうちに悪循環になってしまい、家族に電話をする時ですら吃るようになってしまいました。 その後、再び転職し、いくらか治まったように見えました。50人ほどの聴衆を集めたセミナーの司会を無事に勤めたりもしました。 ところが昨年、再び転職しようと面接を受けたところ、その面接で激しく吃ってしまったのです。ほとほと自分が情けなくなり、それをきっかけに、会社の電話を取るのも怖くなってしまいました。親しいクライエントで、ふだん面と向かって話している時の私を知っている人ほど、電話で突然こちらが黙り込むと困惑するようでした。 一日に10〜20本も電話をかけなければならないような仕事なので、ストレスがたまる一方でした。出社拒否になる前に何とかしなければと焦っているうちに、江田先生のHPを発見したのです。机上の理屈ではない、経験者ならではの実践的なアプローチに納得したのと、吃音に苦しむ人たちへの本気の思いが伝わってきて、お力を借りてみようと思いました。 2002年の11月にレッスンを受けるようになってから、ちょっと吃ってもそれを気にしないということが出来るようになりました。それまでは、職場で朝一番の電話で吃ってしまうと、「あぁ、今日はもうダメだな」となって、結局一日中引っぱってしまう、という感じだったのが、「まぁ、そういうこともあるよね」と立ち直れるようになったのです。さらにレッスンでゆっくり話す訓練をすることで、生来の早口の癖を直し、一定のリズムで話をする習慣をつけることが大切だと実感できました。(といっても、これを習慣化することは容易くはないのですが・・・) 私が心がけていることは、吃音が出ることを怖れて、自分の中に引っ込むことはしない、ということです。吃りながらでもどんどん話をして、仕事でも遊びでも、やりたいことをやっていこうと思います。吃音を治すことを諦めてしまったわけではありませんが、吃音が完全に治る日をじっと待っているよりは、それと上手く付き合っていく方法を考えるのが、江田先生のおっしゃる「今をうけいれる」ことだと思うのです。 (2003年8月3日) ※江田よりのコメント: 中学校の作文コンクールで優勝したのに朗読が出来なくて悔しい思いをなさったSさんにとって、その記憶は今も鮮明です。私は中学の時、視力と色盲の検査で、「右・左・上・下」や数字が上手く言えないのででたらめに言ったことがあります。今となればお笑いですが、その時は必死でした。 今は仕事で多くの交渉業務をこなしておられるSさん。これからも「今をうけいれ」て、吃音i意識と上手く付き合いながら、より良いお話し習慣を育んでください。 topへ |
「吃音という試練を通してピカピカに光れる自分になりたいです」 私の吃音歴は、小学校高学年の頃からですので、約20年近くになります。父親の暴力・暴言が吃音の引き金になったように思います。父は少しでも気に入らないことがあると爆発したようになり、家中のものが壊れるほど暴れまわります。包丁をもった父親を泣きながら止めたり、首が折れるのではないかと思うほど髪の毛をつかんで振り回されたこともあります。私が小さい頃からずっとそうでした。 今、思えばちょうど多感な時期に言葉がつまるようになり、それを意識し過ぎてますますひどくなっていったように思います。中学・高校では、友達がすらすら言えるような言葉もつまってしまい、本当に苦しみました。特に私は自分の名前がとても言いにくく、苦しかったです。自分ではどうすることもできないと思い、死ぬことばかり考えていた時期もありましたし、人を避けて話さないようにしていた時もありました。 江田先生のHP[さわやかカウンセリング」に出会ったのは、私と同じ様に吃音に苦しむ双子の姉が教えてくれたからです。姉が自分から吃音のことを話してきた時はとても驚きました。 今までお互いに気まずい思いをしてきたことは数え切れない程あったのに、20年来、ただの一度もそのことについて話し合ったことはなかったからです。今では姉もレッスンを受けるようになり、「この言葉ってちょっと言いにくいよね・・・」と普通に話していますので精神的にとても楽になりました。何よりもレッスンを受けた後の姉の顔がとてもイキイキして楽しそうなので、私も嬉しくなります。 私は今年の6月からレッスンを受けていますが、同時期に祖母が亡くなり、人の死を通して「完全自己否定、自己卑下型」であった自分の生き方を深く考えるようになりました。 昨年、ある男性と短い間でしたがお付き合いをしていた時、「おまえはおかしいんだよ」などと面と向かって罵倒され、とてもショックを受けました。それからますます自分に自信がもてなくなっていました。姉や母、友人が励まし支えてくれましたが、何だか悪い夢を見ているような気持がずっと続いていました。 でもレッスンを受けるうち、「吃音の私」を認め、受け容れられるようになり、考え方も明るく前向きに、そして何よりも精神的に強くなってきたようです。 今まで絶対避けていたこと・・小さなことですがケーキを買ったり、「回覧版で〜す」と近所に持っていったり・・「どんどんやってみなきゃ!」と思えるようになりました。また言葉がつまるのではという恐怖に支配される時もありますし、体が硬直し喉が詰まったようになる時もあります。だけど確実に「あっ、言えてる!え、これ私?」って思うことが多くなってきています。 また友人と話す時、吃音であることを覚られないようにと、やたら早口で喋りまくっていたのですが、今では落ち着いてゆったり言葉を伸ばし気味にして話せるようになりました。言葉を優しく大切に話すように心がけていきます。最大の目標である「電話を自由にかけられる私!」になるまで地道に頑張っていきたいです。 私は威圧的だったり、すぐ大きな声を出す男性には自分で感情をコントロールできないほど萎縮してしまいます。でも、江田先生はとても穏やかで優しい方ですので、リラックスして楽しくレッスンが受けられます。言葉が見つからないくらい感謝しています。また先生は吃音者の苦しみ、悲しみをとてもよく分かってくださるのでとても有難いです。 最後になりましたが、同じレッスンを受けている方がいらっしゃるということは何よりの励みです。 私の好きな言葉に、「洗濯機の中に放りこまれてピカピカになって出てくるか、粉々に壊れて出てくるのかは自分次第」というのがあります。私は吃音という試練を通して少しでもピカピカに光れる自分になりたいです。 (2003年8月1日) ※江田よりのコメント: Mさんが双子のお姉さまと一緒にレッスンを受けておられることは、姓が違うので始めは分からず後になってお話を伺いびっくりしました。しかも誕生日が「きんさん、ぎんさん」と同じ8月1日とのこと! 「洗濯機の中に放りこまれてピカピカになって出てくるか、粉々に壊れて出てくのかは自分次第」というフレーズを、私もしっかりと心に刻んでいきます。人生の中で「こんなことさえなければ!」と思われることがありますが、Mさんのように自分を見失わずに前に進んでいきたいです。 私も身も心もピカピカになりたいですが、頭がピカピカになるのはちょっと・・・(笑) topへ |
[志のあるところ、道あり。] 私はかれこれ30年近くどもりとつき合っている。これまでに色々な悔しい思いと絶望感を味わってきた。 皆さんも良く分ると思うが、自分で言いたいことが言えなかったり、人前での自己紹介など、誰でも言えるようなことが言えず、恥ずかしい思いをしたり、電話をかけるのに何回っも躊躇して、やっとかけることが出来ても言葉が上手く出てこないで相手に怒鳴られたりと、様々な経験をしてきた。 学生時代は何とかごまかせても、社会人になれば、朝礼当番や電話応対などからは逃げたくても逃げられないようなことがでてくる。 これまでどもりを治そうとしてはきたけれども、矯正所への週末だけの通院であったり、忙しかったりで、なかなか通いきれなかった。 今現在は、毎週確実に電話でのカウンセリングを受けて9ヶ月目になろうとしている。実際仕事場ではまだ上手くいかないこともあるけれど、自分では試行錯誤しながらも、必ず治して自分の言いたいことを自信をもって言いたいし、大勢の人前で喋ってみたい。仕事でも、どもるからといってあえて避けてきた営業の仕事をして、成績トップになりたいという願望がある。 とにかく、どもりを克服した時の自分の姿が楽しみでしょうがない。克服できたら、どもりで苦しんでいる人達を助けていけるような活動をしていきたいと考えている。 今自分もカウンセリングを受けてなんとか踏ん張って頑張っているので、皆さんも諦めずに頑張って克服していってほしい。 行き詰まったら自分の気持や言いたいことを文章にしたりすることもいいと思う。また、今現在同じ境遇の人達とネットワークを持ち、話をしたり手紙やメールで互いの状況などを相談し合ってみることもお互いにプラスになると思うのだが、どうだろうか。 (2003年4月25日) ※江田よりのコメント: 一言で吃音と言っても、その症状はさまざまです。Aさんの発語機能は、幾つかの音を正しく発音できなくなるまで歪められてしまっていました。 この9ヶ月間、リハビリ的とも言えるレッスンを忠実に重ねてこられる中、今まで発音できなかった音が正しく言えるようになり、一連の流れを持った話し方ができるようになってきました。「将来の自分の姿が楽しみでしょうがない」という心の余裕と確かな自信が芽生えています。 Aさんの生き方は「志のあるところ、道あり」(Where there is a will, there is a way.)そのものです。そして具体的に確実な改善ステップを踏んでおられます。希望は決して失望に終わることはありません。 topへ |
「20年早くこのレッスンを受けていたらなあと思っています。」 私が吃音を意識し始めたのは、小学校入学後です。それ以前の保育園の頃は、「何だかみんなと自分とは話し方が違うな」と幼心に感じていたのですが、これといって不便はありませんでした。 ところが小学校に上がって音読の時、どうにも詰まってしまい、それが原因でいじめを受けるようになりました。いじめられたくないので、それこそ百回ほど音読の練習を自宅でするのですが、本番になると詰まってしまうのです。「ひらがなも読めないのかよ」とヤジを飛ばされました。国語以外の時間も苦痛でした。答えがわかっていても、先生にさされて皆の前で答えるとなると声が出ないのです。中には「目立ちたいから話せないフリをしているんでしょ」なんて言う人もいました。 特に辛かったのが、3,4年生の頃、3ヶ月おきに開催された「クラス会」です。班行動で劇を作り、父母を招待してクラス会で発表するのですが、班の練習でも、クラス会での本番でも上手く言えたためしがありませんでした。班の皆にも迷惑をかけてしまうので、とても苦痛でした。 当時の先生は吃音を全く理解していなく、クラス会が終わると、父母、生徒の全員の前で「練習不足の人がひとりいましたね」と言いました。母にも辛い思いをさせてしまったと思います。 中学に進学し、今でも忘れられない辛い出来事がありました。当時のクラスで女子同士のイジメが始まった時、私は見ていられなくて、ターゲットになっている女子をかばいました。それから私へのイジメも始まりました。 腹痛で学校を休んだ翌日、登校すると、私の机はチョークの粉で真っ白でした。それを拭くと、「言語障害」の大きな文字が彫刻刀で彫られてありました。2ヶ月ほどでイジメ自体は止んだのですが、中学1年の間、その「言語障害」の文字をずっと見続けていなければなりませんでした。 高校では中学のイジメほどはエスカレートしませんでしたが、吃音が知られると笑われたり、ストレスが溜まる一方でした。 その後、スーパーの青果売り場で、加工や陳列のバイトをしました。当時、私は自分の吃音を上手く隠していました。言いづらい言葉は何とか使わないようにしていましたし、バイトなので電話を避けることが出来ました。 そんな時、初めて自分以外の吃音者に会いました。他店から転勤してきた年上の男性でした。彼は私より吃音が重く、他の社員やバイト、パートに話す時など、話し出すまで30秒以上かかる様子でした。周りのパートの女性達は普段優しいのに、その男性には日に日に冷たくなっていきました。それを見て「絶対に吃音がばれないようにしなくては」と内心思いました。 それからある工場の製造課に就職しました。あまり話さなくて済むだろうという動機からです。そこで年上の先輩にまたもいじめられました。(この時は吃音が原因ではなく、彼女のお気に入りの男性が私と同期で友人だったので、ヤキモチからだったと思います。) そこでスーパーでの経験もあり、「先輩に吃音がばれたらますますいじめられる!」と隠すのに必死でした。ところが何年も働いていると、仕事を覚えますので電話をかける回数も増えていきます。電話の相手先にも笑われる始末でしたし、後輩に仕事を教えるのも一苦労です。結局ストレスで7年目で辞めてしまいました。 専業主婦になり、周りからも「子供は?」と聞かれることも多くなりました。吃音ではない人が聞いたら全くバカバカしいと思うでしょうが、「PTAの役員になったら、また皆の前で発表をしなくてはならない」とか、「連絡網で電話をしなくてはならない」と今から考えてしまって、子作りに踏み切れませんでした。 とにかくせめて電話くらいかけられるようになりたい、自分の名前をちゃんと名乗れるようになりたいと願っていました。(自己紹介が怖くて、パートも探せずにいましたから・・・) そんな時に出会ったのが「さわやかカウンセリング」です。今年の1月から始めていますが、今では通信販売に電話をかけられるようになっています。ただ、専業主婦なので、あまり電話をかける機会がないので残念です。 最近は、主人と江田先生の勧めでパートを探しています。もう自己紹介も言える自信がつきました!子供の頃、あんなに苦手だった音読もレッスンではすっかり上手に読めるようになりました。ただこのままだと、ただのレッスン上手で終わってしまうので、江田先生に「是非、仕事の現場で実践を!」と勧められています。 「さわやかカウンセリング」ではレッスンの始めの時間は毎回緊張しますが、「カウンセリング」というだけあって、終わる頃には心が癒されています。同じ吃音経験者の江田先生と話すだけでも、今まで親・兄弟に話してもわかって貰えなかったことを理解してもらえるので、精神的にとても楽になります。 自分の過去を振り返ると、あと20年早くこのレッスンを受けていたらなぁーと思うこの頃です。悩んでいるお子さんをお持ちの親御様、是非、お子さんにこの「さわやかカウンセリング」を受けさせてあげてください。 (2003年4月11日) ※江田よりのコメント: 電話ではとても明るい声のMさんですが、吃音のご苦労は並々ならぬものでした。心に秘めた悲しみに良くぞ今まで耐えてこられました。 「過去(の出来事)と他人は変えられない」という常套句がありますが、レッスンを通して過去の出来事を受けとめつつ、現在の自分を誉め、前に向かって進み続けてください。 「あと20年早くレッスンを受けていたらなあー」と思うMさんですが、20年前の私は吃音意識のド真ん中でして、とてもとても今のようなお話し具合とは程遠く、指導は無理でしたよ。人生の出会いすべてに時(タイミング)ありです。 PTAのことなんか心配しないで、子供さん5人のお母さんになってください(笑)。 topへ |
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