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26歳〜29歳 |
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「さわやかカウンセリング」の電話でのレッスンは、北は北海道から南は九州、沖縄県までの全国、そして海外 |
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「前のようにマイナスにならず少しづつ前向きに考えられるようになりました。」
皆さんの体験談で勇気づけられたことと、先生が自分のためにもなると勧めてくれたので少し私自身のことを書きたいと思います。
(2007年8月16日)私が吃音になったのは小学校低学年の頃だったと思います。それ以来15年以上ずっと苦しんできました。学生時代は本読みや朝礼に言葉がつまり、同級生はもちろん先生にまで笑われそれは地獄のような日々でした。友達の家には電話もかけられず、駅に行けば切符も買えない。なんで自分だけこんな苦しい思いをしなければいけないんだ、自分なんて生まれてこなければよかった・・・そんなふうに思ったこともありました。 そんな日々をなんとか耐えながら高校を卒業し、あまり人と会話をしない工場に就職しました。工場内は機械音がうるさいので人との会話はゼロ。自分にとってはもってこいの職場でした。 しかし今年の初めに人事異動があり、現場から工場全体の保守に回されました。今までの鉄を削って加工していればよい環境から180度変わり、機械が故障したら修理会社に電話をしたり、夜中でも何かあったら呼ばれ会議室で打ち合せや報告をする。言葉が毎日乱れ飛び、学生時代から吃音に苦しんでる私にとって、それは言葉では言えないぐらい地獄以上の辛い毎日でした。 打ち合わせや電話はごまかしながらなんとかやってきましたが、2ヵ月に1回ある消防署への通報訓練は、素早く明快に話さなければならず、しかも無線なので近隣の会社にも通報は聞こえるのでこの重圧は計り知れなく、仕事を辞めようと思っていました。 その時たまたまネットで見つけたのが「さわやかカウンセリング」でした。他にも色々と吃音についてのサイトがありましたが、一番目にとまったのがこの「さわやかカウンセリング」の内容でした。皆さんの体験談を読み、吃音で苦しんでいるのは自分だけではないのだと励まされました。江田先生の文書を読み、ここだったらと思いレッスンを申し込みました。 レッスンを始めて3ヵ月になります。まだまだ言葉が出にくいこともあり悔しいこともありますが、前のようにマイナスにならず少しづつ前向きに考えられるようになりました。 私は「だ」「で」「ど」などの濁音の発語が苦手ですが、日常の会話で柔らかな発語を心がけていきたいと思っています。 ※江田よりのコメント: 2ヶ月に1回ある消防署への通報訓練はTさんにとって大きなチャレンジです。マイクを手に取る。上司が横に立っている。自分の無線の声は館内のみならず近隣の会社にも放送される・・・。 今年の5月からレッスンを受けて、この通報訓練をこなしてきました。試練が宝に変わりつつあることを感じ始めているTさんです。 topへ |
「カウンセリングを始めて自分を受け入れる事が出来るようになり世界が広がった気がします。」
私がどもりの自覚症状ではっきり覚えているのは高校生の時のことです。塾の先生に早く答えなさい!とよく怒られ、早く上手に答えなければと焦ったり、間違えたらどうしようといつも緊張しているうちにどもるようになりました。その時は塾を辞めたところ、しばらくすると治りました。 その次に自覚症状が出たのは大学4年生の就職活動の時です。面接では自己紹介、自己PR等を発言する機会が沢山あります。緊張すると上手く話せず、自分の名前や考えがすらすら言えず、悩みました。なんとかごまかしながら言い換えたりして話をし、無事就職できました。 そして働き始め、転職し営業事務の仕事を始めると、会社の人に囲まれながら電話で話す事が多くなりました。周りに聞かれていると思うと、周りや相手の事を意識してしまい、うまく話せなくなりました。 今までどもる事はありましたが、深くは気にはしませんでした。しかし職場の人間関係等のストレスからどもりがひどくなりました。普通に話す事が何故出来ないのだろうと劣等感に駆られたり、自分はずっとこのままなのだろうかと不安でした。出社して電話に出るのが辛くて会社に行く事がストレスとなり、新しい人との集まりでも自己紹介の度にストレスを感じ、極力参加しないようになりました。 そんな自分が嫌でなんとかしたいと思い、思い切って家族に悩みを打ち明けました。元々悩みは自分で抱え込む性格で、自分の事を話さない私にとっては勇気のいる事でした。 悩んでいる私を助けようと家族がネット等で調べて見つけてくれたのが「さわやかカウンセリング」でした。HPを見て、「治すのではなくて話し方を身につけ、吃音とうまくつきあっていく」というとらえ方に共感し、電話でのレッスンを始めました。 最初の頃のレッスンはひどいものでした。自分の名前が言えずに固まってしまい、詰まって詰まって胸が苦しくなりました。他の人は何気なく普通に話せるのに何故自分は普通に話す事が出来ないんだろう。自分もスラスラ話せたらどんなに楽だろう、どんなに世界が広がるだろうと思いました。 早く普通に話せるようになりたいという焦りと、話せるようになるんだろうかという不安、なぜ普通に話す事が出来ないんだろうと劣等感に悩まされました。レッスンが終わってから上手く話せない自分に苛立ち、泣いた事もあります。早くどもりの悩みから離れたいと焦るばかりでした。 先生からは「治そうとか上手に話さなければと考えるのではなく、今の自分のままでいいのです。治そうとするのではなく、楽に話せる感覚を養って下さい」と何度も言われました。 家族にも協力してもらい、いろんな話し方を試すようになりました。話そうとすると、口、舌、お腹、心と身体のあらゆる場所に力みが入っている事もわかり、どのようにすれば楽に話せるのかと前向きに考えるようになりました。 今まではどもりを隠そう隠そうとしてきましたが、どもりのことを家族に打ち明け一緒に頑張り出した事で、今の自分でもいいのだと自分を受け入れる事が出来るようになり、どもりである事を親しい人に打ち明けられるようにもなりました。 レッスンを始めて2ヶ月が経過した頃から少しずつやわらかく話が出来るようになってきました。色々試しながら会社の電話にも出るようになりました。もちろん上手くいかず落ち込む時もあります。ダメな時は家族に電話したりしてリラックスして、また頑張ろう!と切り替えました。 今までは失敗したらどうしようと後ろ向きで自分を隠そうとしていましたが、前を向き自分を出せるようになってきました。 レッスンを始めて半年が経った今でも話す事に不安はあります。しかし、不安と焦りから自信無く下を向いていた頃の自分とはだいぶ違うという実感はあります。今でも時々調子が悪く、言葉に詰まる事がありますが、そんな時はレッスンの時はどうしていたか、どうすればやわらかく話せるだろうか、どうやったら力みなく話せるだろうかと前向きに考えられるようになりました。 また、今までは普通に話せない自分を恨んだり、隠そうとしていましたが、カウンセリングを始めてそんな自分を受け入れる事が出来るようになり世界が広がった気がします。 これからもレッスンを継続し、自信をつけ自分を変えていきたいと思います。 ※江田よりのコメント: Tさんとのレッスンは2007年1月17日にスタートしていますが、舌のみならず、体全体がガチガチに硬直した発語で、私まで体がこわばってきました。(笑) 最近のレッスンでのテキストにそった発語はとても柔らかくなっています。毎日5分の緩やかペースの音読の習慣も良い影響を出していると思います。 今の自分を肯定しつつ、これからも自然な発語感覚を育てていってください。 topへ |
「最近は病院での研修が忙しくなり、レッスンの時間がなかなか取りにくいのですが、焦らず、発語しやすい状態に自分でもっていかせたいと思っています。」 私が初めて吃音症状を起こしたのは中学生の時だったと思います。校外実習で他県に行った時の帰りに友人と会話していて突然声が出なくなったのです。その時はびっくりしました。しばらくすると収まりましたが、吃音という症状があること自体知らなかったので、友達には「突然声が出なくなったよ。」と笑いながら言ったことを思い出します。友達も吃音というものを当然知らなくて「大丈夫か。病院行った方がいいんじゃないか?」と心配してくれました。体調不良によるものと思ったのでしょう。中学の間はその一度だけで終わったと記憶しています。 次に吃音症状が出たのは高校を卒業して大学浪人時代です。予備校は少人数制で先生と話す機会が多かったのですが、初めは吃音症状はありませんでした。その頃にはパソコンを始めてまして、質問(相談)内容が長い場合はパソコンで内容を書いたことも多かったです。短い場合は手書のメモを見て質問していましたが、それも質問内容を思い出すのに必要な最小限の語句ではなく、文章を書き出したことが多かったです。今から思えば、頭でこなすべき整理・記憶という作業をすべて文章化してしまったことが、考えをまとめながら話すという自然な発語感覚が育たなかった理由の一つかもしれません。 私は元々社交的ではなく、内気な方です。けれど初対面の相手でも話しかけて仲良く喋れる場合もあるため、社交的にみられがちですが、実は違います。経験で自分に合いそうな人を判断して、選んで話しかけているのです。その時のテンションにもよりますが、多くは話しかける時はドキドキします。でも相手が同世代かそれ以下、もしくは嫌いじゃないタイプの女性ならば話しかけます。内気で吃音もちですが、昔からお喋り(話好き)なのです。 反対に年上や上司の場合は、見た目やその時の環境によりますが、緊張が一気にピークを越えて吃ります。しゃべる前から吃ることが予想できます。 また、自分の趣味など好きな話題になれば、元々話し好きということもあって冗舌になります。滑らかに、というかマシンガントークになります。電車の中でそうなった場合は友達に「声が大きいぞ。」と注意される始末。今でこそ、電車内ではぼそぼそと話しますが、羞恥心の薄かった(?)中学生の頃までは普段の声の大きさが今よりも高かったと思います。年齢が増すにつれ、社会性を学ぶからか、羞恥心は大きくなっていくものです。私の場合はそれが過剰になっているのか、それが恐怖とリンクするようになってきたみたいです。 羞恥心が強くなった時期と自信がなくなってきた時期が重なって、それが周囲の人への恐れになったのだと思います。吃音が完全に発症した時期は大学浪人時代なのですが、その時は丁度自分への自信がなくなった時でした。自信があれば相手の質問にも喜んで答えますし、積極的に発言していくものです。それが中学生時代でした。周りに褒められる快感も自信に繋がりました。その時は吃音意識などありませんでした。中学時代に一度だけ吃音経験があったと初めに書きましたが、その時は高校受験を前にして焦っていた時期だったからかもしれません。 突然話題を振られたりすると何も言えなくなることは一般にもあると思います。何も、あるいはほとんど資料も用意していない状態ではまとまったことを言えないことは特殊なことではないでしょう。私の場合、失敗だったのは好きなパソコンに頼り切ってしまったことです。つまり脳の整理・短期記憶能力をパソコンに部分的に譲ってしまったことが大きかったようです。短いフレーズをメモっておいて、それを元に内容を再構築しながら話すということが育ちませんでした。 私の場合はほぼ完全に文章をまとめてしまい、話す時はそれを読むだけで済むようにしてしまったことが敗因です。ですから、私は人前で文章を朗読することは難なくできます。けれど、「それについて思ったことを意見せよ。」と振られると、とたんに声が出なくなったり、吃りまくってしまうのです。 私が属する病院の現場では話す内容を瞬時に的確に整理し、(メモを見ずに)話さなくてはなりません。カンファレンスや回診での教授前プレゼンテーションでも話す内容を全患者数、暗記する必要があります。医学用語やプレゼン形式というものは定型なので言葉の言い換えもほとんどができません。そうなると、自分への自信のなさと不安が恐怖に繋がり、即座に閾値(いきち)を超え、吃音となりやすくなります。また一度感じた恐怖は身体に染みついてしまうようで、言いにくいと思われる相手や言葉(患者名含)では条件反射的に吃音となります。 先生のカウンセリングでは言葉をゆっくりと伸ばして話すことを学びました。苦手な電話の応対練習もして下さり、頭が真っ白になることは少なくなったと思います。まだ恐怖感は根強く残っているのですが、自分ペースや心の持ち方(ゆとりなど)はわかるようになってきたと思います。最近は病院での研修が忙しくなり、レッスンの時間がなかなか取りにくいのですが、焦らず、発語しやすい状態に自分でもっていかせたいと思っています。 (2007年4月29日) ※江田よりのコメント: Yさんとのレッスンは2005年の7月にスタートしていますが、当初、吃音であるがために医師になることの不安を強く持っておられました。けれど、この2年間、自分の吃音を客観的にとらえつつ、医療現場での研修を重ねてこられました。 文章を読み上げる朗読・発表は抵抗なく出来るYさんにとってのこれからの課題は、考えをまとめながら話す感覚を育てていくことです。問診などで、「いかがですかァ〜。それではですねェ〜」などとゆっくり話してくれる医者の方が、早口で説明されるよりずっと聞きやすいと思います。余裕をもって話してください。 topへ |
「私は電話のオペレーターの仕事をしています。」 私は普段、電話のオペレーターの仕事をしています。オペレーターの仕事をしていると、とても話す事が得意と思われますが、まったくそんなことはないのです。いつも「どもったらどうしよう」とか「言葉が出にくい事がお客様にばれたらどうしよう」などと思いながら電話に出ていました。 「ありがとうございます」や「お待たせいたしました」などの最初の言葉がなかなか出てこないのです。話す事をかなり過剰に意識してしまい、言葉が出にくいから途切れ途切れ話してしまい、よく自己嫌悪に陥っていました。「ありがとうございます」が言えなくて「失礼致します」と言葉を代えて電話を切った事もあります。言葉を出したくても言葉が喉から出てこないのです。 言葉を出せないと思っているから言葉も出なく、言葉がスムーズに出るようにと自己暗示をかける事も苦しかったです。そんな時は息も苦しくてかなりのストレスでした。自分で自分を苦しめている感じで絶望的な気持ちでした。そして一緒に働いている人からは、「最近話す時苦しそうね!」と心配された事もありました。 私はもともと自分の話し方にコンプレックスをもっていました。最初の言葉がスムーズに出てこないのは、何かの病気と思っていました。神経が過敏になっているのかもしれない。言葉が出にくいのは私だけ。この病気を覚られてはいけない!本当にストレスがかかる言語障害と思っていました。でも話し方はその人自身を映すと思いますので、私もゆったりとした話し方の出来る人になりたいといつも心のどこかで思っていました。話す事が苦手だからこそ、なんとか克服したいと思っていました。 そんな中、「さわやかカウンセリング」のホームページをみつけました。本当は一年前から気になってはいましたが、行動に移す勇気がありませんでした。大変失礼ですが、「怪しい」とか「大丈夫かな?!」などいろいろ思っていました。でもさすがに吃音で苦しくなり、このままでは仕事も続けられない!と思い、思い切って電話をしてみました。江田先生がゆっくり話してくれたのでとても安心しました。でもレッスンでは安心してしまいどもらないのです。ですからどもるかどうかは、心のあり方にかなり影響するのかもしれないと思いました。レッスンを受けてからはゆっくり落ち着いて伸ばすようにつなげて話すことを意識するようにしました。話し方の癖は簡単にはなおりませんが職場で電話を受けるたびに意識をし、なんとか頑張っています。 そのように意識をするだけでも違うようで、レッスンを受けてからお客様から、「とても丁寧で聞きやすくよかった」などと、お褒めの言葉をいただく事が多くなりました。決して丁寧な応対をしているつもりはないけれど、ゆっくりつなげて話すと相手には丁寧に聞こえるのかもしれないと思いました。 私の場合、隠れ吃音のようなものでした。普段は全く普通に話しているのですが、心ではかなり吃音で悩んでいたりするのです。調子が良くなったり悪くなったりの繰り返しです。ある一つの言葉が言えるようになると他の言葉が言えなくなったり、またその言葉が言えるようになると他の別の言葉が言えなくなる。恥ずかしい思いをしてやっとそのどん底から言葉を出せるようになったかと思うと、今度はしばらくしてその話せるようになったプレッシャーからまた言葉を出せなくなった事もあります。ですからかなり話す事が不安定でした。本当に吃音は精神的に辛いと思います。 まだまだ話す事に不安はありますが、普段から安定した話し方を意識して話す事が大切だとレッスンで学んでいます。言葉が出にくい時もありますが、ふとした時になぜか難なく出る時もあります。不安がある中でも安定した話し方が持続できるようレッスンで教わった事を意識して、これからも電話応対の仕事をしながら頑張ろうと思います。 (2006年11月27日) ※江田よりのコメント: 電話オペレーターとしてのEさんの仕事は長時間の電話応対業務です。お客様からの問い合わせやクレームなど、とても気を使いますし、話し方も上司の厳しいチェックが入り、高度な話し方レベルが要求されています。 Eさんの応対に「とても丁寧で聞きやすく良かった」とのお客様からの言葉をいただいているように、私が聞いていても申し分のない好印象の話し方です。 話が下手だと思っているのはこの世界でEさんご自身だけなのでは? topへ |
「この体験談にも後光は射しているか?」 「体験談を書いてみませんか?」先生にそう言われ、ちょうどレッスンを受け始めてから丸2年になった私は、今までのレッスンを振り返るいい機会だと思い、また諸先輩方の体験談は私がこのレッスンを受けるにあたり大変勇気づけられたものでもあったので、私も同じ悩みを抱えている人のお役に少しでも立てればとお引き受けした。そして参考にしようと久々に体験談を読んで見ると、 まっ、眩し過ぎる。 後光が射すというのはこういうことなのだろうか。体験談が眩しすぎて、初め私には直視できなかった。吃音の過去を淡々と語り、今の自分を冷静にみつめ、そして吃音で悩んでいる人にエールを送る。しかも、明瞭簡潔かつ丁寧な文章で。 辛い思いを沢山したであろう人が、胸を張って「前向きに生きていこう」と語る姿は、説得力があり、キラキラと輝いて見えた。しかし、その光が私に影をもたらすこととなる。なんて、叙情的なことを書いたが、とどのつまり、落ち込んだのである。私はここまで前向きになんてなれない。(私にとって『前』はどっちなのかでさえ、まだわからない状態だ。)レッスン数回で上手く調整して話をしている人がいる一方で、私は2年もレッスンを受けているのに未だ会社の電話で社名や名前が詰まって話せないでいる、と。他人と比べても仕方が無いと頭では分かっているのだが、どうしても心がついてこないのである。しかし、悩んでいても仕様がないので、体験談を書き始めてみたのだが・・・。 第一稿を途中まで書いて読み返す。(ちなみに今書いている原稿は第三稿である。)・・・おかしい。体験談を書くつもりが、これはどう見ても不幸自慢と恨み節ではないか。いかに自分が吃音によって他人にからかわれ、怒鳴られ、泣かされてきたか。どうして私が吃音にならなくてはならなかったのだろう、どうしてこんなに苦しまなければならないのだろう、どうして周りは分かってくれないのだろう・・・、と。なんだかこの恨みっぷり、七代先まで祟(たた)れそうである。 そうして、ぐるぐると負の思考回路を回りつづけていた私に、ふとある疑問が浮かんできた。それは、なぜ吃音で悩むのかということだ。今まで「吃音は嫌だ、嫌だ」と思うだけで「なぜ嫌なのか」その理由を考えたことがなかった気がする。 それでは、なぜ吃音で悩むのだろうか?私は大きく3つの理由があるように思う。 @吃音者が少数派である Aコミュニケーションがスムーズにいかないと感じている B吃音で笑われたり、からかわれたことがある まず、@について。もし世界中全ての人間が吃音者であったなら、私たちは吃音で悩むことがあるのだろうか。いや、おそらくないだろう。その場合、それは“吃音で話すことが当たり前である世界”となるからだ。だが幸か不幸か、この世界は吃音者が少数派である。少数派というのは、とかく世界の弱者になりがちだ。だから、私たちは肩身の狭い思いをする。みんなと違う自分を恥ずかしいと思う。それが嫌だと感じるのではないのだろうか。 次にAを考えてみたい。コミュニケーション、これは人が人として生きていくために必要不可欠なものである。人里離れた山奥でひっそり暮らす仙人には必要ないだろうが、私は人間であり、一介の会社員だ。私の仕事は事務職で、電話を取って誰かにつないだり、こちらからかけたりするのも仕事の一つである。 初めに少し触れたが、私は今電話で名乗れない。会社名も名前も。レッスンでは名乗れても、実際会社の電話では顎に力が入ってしまい名乗れないのだ。(相手が話し始めると、私も言葉がでるようになる。)だから、コミュニケーションというものに対して人一倍敏感になっている。そして私は夢を見る。吃音が無くなれば、コミュニケーションがスムーズにいくという夢を。 だが最近、それが幻想に過ぎないと思うようになった。それは、流暢に言葉を使っているのに周りと全くコミュニケーションが取れていない人を目の当たりにしたからだ。余計なことを言って相手を怒らせたり、流暢に話すのに相手に伝えたいことが伝わらない。それどころか、話せば話すほど人を不快にさせてしまうのだ。その姿を見て、どんなにスラスラ言葉が出てきても、その言葉に誠意が無い限りコミュニケーションはとれないことを実感した。 それと同時に、全てを吃音のせいにして、だからコミュニケーションが取れないのだと責任転嫁している自分に気付いたのだ。もちろん、多少なりとも吃音がコミュニケーションに影響を与えているとは思う。だが、言葉が流暢≠コミュニケーションが上手くいく、のであるならば、言葉が吃音≠コミュニケーションが上手くいかない、つまり、言葉が吃音であってもコミュニケーションが上手く成立するのではないかと思うのである。大事なのは、いかに誠意を持って話そうと心がけることではないだろうか。 そして、最後にB。これは、吃音で悩む最大のポイントでないかと思う。誰も人からからかわれたり、笑われたくはないだろう。なのに、話すときに吃音が入ると、相手は笑うのだ。小学生の頃は、吃音の真似をされて嫌な思いを何度もした。そのたびに、ハリネズミのごとく全身の毛を逆立たせていたものだ。これ以上傷つきたくない。自分自身を守るために。 そして大人になった今も嫌な思いはする。社内電話で名乗れずにいると、女性先輩社員に大きく溜息をつかれたり、「電話に出て名乗るのは常識でしょ!」と電話口で怒鳴られたり。(なぜか女性のほうが露骨に態度に出る。)また、面と向かって話している時に言葉が出ないでいると、笑われる。それは、子供の時も大人になってからも同じだ。 だが、最近考えることがある。人はなぜ笑うのか、ということ。自分がどういう時に笑うかを考えていると、いままで考えてみたこともないことに気付いたのだ。それは、人は面白い時、バカにする時以外でも笑う時があるのだと。面白くなくても、その場の雰囲気を和ませるために笑ったり、どう返答していいのか困った時にとりあえず笑ってみたり、何かに驚いて張りつめた、その緊張がほどけた時に笑ったり・・・。 その時、なにかが私のなかにストンと落ちてきた。ああ、そうか。それで、相手は笑っていたのかと。必ずしもバカにして笑っていたわけではないのかもしれない、と。 私が言葉を出せずに妙な間ができてしまった時、気まずい空気をなんとかするために相手が笑っていたとは考えられないだろうか。私が言葉を出せずにあわあわしている時、相手もどうしていいかわからず、とりあえず笑っていたとは考えられないだろうか。私が言葉を出せずにいてなんとか言葉を発した時、それまでお互いの間で張りつめていた緊張がほどけて相手が笑ったとは考えられないだろうか。 小学生の時に笑われた記憶が強くて、私は笑われることはバカにされることだと思っていた。だから、笑われることが嫌だった。笑われるたびに被害者意識が強くなっていった。笑われないことに必死で、笑う相手のことについて考えることがなかった。 だが、今思うのだ。相手もどう対処してよいのか分からず、困っていたのではないのかと。そして、笑うことで対処できないことをごまかしていたのではないかと。外国人に話しかけられて、どうしていいかわからない日本人が無駄な笑みを浮かべてしまうように。 これらの笑いについて、どれも私の推測にすぎない。ただ、バカにされているとは限らないのだと思うと、不思議と心が軽くなる。もちろん、この世界には意地悪な人間もいるから、これからもバカにされて嫌な思いをすることはあるだろうが。 ここまで、吃音がなぜ嫌なのかを考えてきた。書き出して考えて見ると、今まで見えてこなかったことが見えてくる。@のように、吃音者が少数派だと私一人で悩んだところで解決などできないし、悩むだけ無駄なことだろう。Aのコミュニケーションに関しては、私の努力次第といったところか。Bの笑われることについては・・・・、相手を変えることは難しいなあ、とぼやくだけだ。 こうして見ると、悩んでも仕方が無いことで悩んできたのでは、と思えて来るのだ。どうせ悩むならもっと高尚なことで悩めばいいのに。たとえば、私はなぜ自分の身で体験しなければ理解できないのか、とか。 「薬も過ぎれば毒となる」ということわざを知っているのに、私はわざわざ実践してしまったことがある。吃音がよくならないことに焦りを感じて、一日3分の音読を、一日1時間にして3ヶ月続けたのだ。丑三つ時に、誰もいない居間で音読をする29歳、女がひとり。本は好きだから苦ではなかったが、問題は物語が佳境に入ると思わず役になりきってしまうことだ。 「ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。」(太宰治著「走れメロス」より)丑三つ時に、誰もいない居間でメロスと化した29歳・・・(以下略)。 家族の迷惑かえりみず連日行っていた深夜の秘密の特訓の成果はというと、なんと吃音が今まで以上にひどくなってしまったのである。そのことをレッスン時に先生に伝えると、先生曰く。「あ〜、それは吃音の意識が逆に入りすぎちゃったんですね〜。」 こうして深夜の特訓はあえなく玉砕した。だがこの経験から皆様へメッセージを送ることができるだろう。 急がば回れ、薬も過ぎれば毒となる、人のふり見て我がふり直せ どうぞ皆様、深夜の音読は他人の迷惑にならぬようお気をつけ下さい(自戒をこめて)。 (2006年7月26日) ※江田よりのコメント: 「この体験談にも後光は射しているか?」ですって?はい、眩しすぎるほど射していますよ。なぜかと言えば、この体験談の筆者Tさんは薄っぺらな前向き思考にやすやすと乗じていない。自分の落ち込みは落ち込みとして谷底でどすんと受けとめている。人は人、私は私という「個」を養って比較の世界から抜き出ている。ちょっと古い言い方でいえば、ミーハー的でない。深夜に毎日1時間も朗読をする、この熱意。けれども確かにこれは弊害を生じて「薬も過ぎれば毒となる」という格言を身をもって学んでいる・・・。 実体験からにじみでているこんな姿勢がみんな眩しいですゥ〜。 topへ |
「レッスンを通して自分の生活そのものが前向きに変わりました!」 私がどもりを初めて意識したのは小学校3年生の時でした。自分では全く気がついていなかったのですが、学校帰りに友達に指摘されて、意識するようになりました。その時はたまにひっかかる程度だったのですが、4年生に上がった頃には、さらにどもるようになり、「た・わ行」で「母音に『あ』が2回以上重なる人の名前(「田中」「高橋」「渡辺」など)が言いにくくなりました。また特に自分の名前を言う時は第一声が出なくて、とても辛かったです。クラス替えの自己紹介では上手く言えるかとドキドキしていました。
一番苦手だったのは電話をかけること! 最初に自分の名前を名乗らなければいけないの ですから・・・。たった1件の電話をかけるのに、ドキドキしながら、受話器をとって、深呼吸して、また 受話器を置いて・・・の繰り返し。でも、小・中・高とそれほど、電話をかける機会はなかったので、なんとか乗り越えて来ました。 学校を休む時は必ず母親がかけてくれていました。でも、社会人になってからは、そうはいきません。体調不良で休む時は自分で電話をしなければいけないので、本当に辛い時以外はムリを してでも出勤していました。 職場は電話を掛けなくても済むような所を選んだので、それ以外の電話は全くと言 っていいほどかけないで済みました。どもりそうな言葉はいつも違う言葉に言い換えていたので、周囲の人達は私が吃音とは気づいてはいませんでしたし、特に辛い事もなくそれなりにやってきました。 職場では毎日PCとにらめっこ。仕事中はあまり会話もしません。特に好きなだから始めたという仕事でもないので、仕事を心から楽しいと思った事はありませんでした。平凡にこの仕事を続けて、結婚して家庭に入っちゃえばいいやぐらいに考えていまし た。 でも、もし結婚して子供ができたら、自分の母親が電話をしてくれてたように自分も電話をしなければならないんだ!と思うと、不安になりました。子供の前で電話をした時にどもったら恥しい・・・。「なんでお母さんは自分の名前言えないの?」なんて思われたくない・・・。 仕事をしてもしなくても、結局は電話と離れられないと考えた私は、やっぱり吃音をどうにかしなくては!と思うようになりました。 インターネットで吃音のページを色々検索して、江田先生のホームページを見たときにコレだ!と思い、チャレンジする事にしました。先生も同じどもり経験をお持ちであるという事と、レッスンの体験談を見て、私以外にもこんなに同じ思いをしている人がいるんだ!と思い読んでるうちに、涙が止まらなくなりました。 レッスン初日はとても緊張しました。でも先生のやさしい声を聞くと、すぐに緊張 がほぐれました。先生の後に続いて同じ言葉を話すと、思ったよりもゆっくり話す事が出来ました。私は日頃、若干早口で、話し方など全く意識していなかったので、意識すればちゃんと出来 るんだ!と実感しました。 最初はトライアルの2回を試してみようと思っていただけでしたが、初回より2回目は更に言いやすくなったので、もっとチャレンジしてみたくなりました。 レッスンを始めたのは今年の3月。そして今も続けています。どもりを治そうと思わずに、伸ばす感覚を意識して、自分なりに調節して良い話し方の習慣をつけてくださいと先生のおっしゃることの実践を重ねていくうちに、以前より電話が嫌ではなくなりました。今はむしろ電話応対はレッスンの実践ができるチャンス! だと思っています。 自分の名前も調節して言えるようになりましたし、普段の会話もなるべく言い換えをし ないで調節して話す努力をしています。たまにはひっかかる事もありますが、吃音をもっていらっしゃらない方も時には ひっかかる事もあるでしょうし、もう以前のようには気にしなくなりました。 今までは話すことから逃げてばかりでしたが、レッスンと供に気持ちが前向きになりました。自分の生活自体が、ガラっと変わったので、周りの友達から、「最近イキイキしているね」なんて言われるようになりましたし、家族からは「なんだか最近話し方が丁寧になったね」などとも言われました。もう「早口だね」とはあまり言われなくなりました。 今年の4月には自分の趣味でもあるサーフィンに関わる職場に転職しました。本当は今までずっと販売の仕事をしてみたかったのですが、話す事に自信がなかったので、なかなかチャレンジできませんでした。以前は人と関わらないオフィスの中だけの仕事でしたが、今ではお店を担当しています。仕事は思った以上に大変なのですが、とてもやりがいがあるし、毎日、色々なお客さんと話をするのは本当に楽しいです。レッスンで自分の話し方に自信がついてくると供に、サーフィンの仲間も増えました!まさかこのような仕事に就くとは数ヶ月前まで思ってもいませんでした。仕事と趣味の両立が出来て、本当に嬉しいです。これからも前向きに頑張ろうと思います! 吃音のことだけではなく、自分の生活そのものが短期間でこれだけ変わったので、何で今まで逃げていたのだろう?と思います。考え方次第で、こんな私でも変われたのですから、今お悩みの皆さんも、前向きにトライすればきっと変われると思います。たとえ時間がかかったとしても、必ず成長出来ると思います。 (2006年6月21日) ※江田よりのコメント: レッスンでは明るい声のWさん。でも体験談を読ませていただき、人知れず悩みをかかえていたのだと改めて思いました。もともと人との会話を楽しめる性格の持ち主ですので、仕事や、またサーフィン仲間との会話の輪を広げていかれることでしょう。 人生の荒波が押し寄せてくることがありますが、Wさんのように前向きに受けとめて上手くサーフィンしていきたいものです。(笑) topへ |
「どもりを通じて、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。」 僕がどもりを初めて意識したのは小学校4〜5年生のころです。授業中に面白い事を思いつき、みんなの前で言おうとした瞬間、第一声がつまって、まったく言葉がでなくなってしまったのです。
それからというもの、突発的に話そうとする瞬間には、必ず言葉がつまるようになってしまいました。それはどもるというより言葉が詰まってでてこない、といった方が近いかもしれません。しかしこのようなシチュエーション以外では、言葉が詰まったりした記憶がありません。(忘れているだけで、本当はあったのかもしれません。) しかしこのような状況も1年間ぐらいでなぜか自然と終わり、その後はまったくどもる事なく、どもっていた事すらすっかり忘れていました。ちなみに直ったきっかけなどはほとんど覚えていません。 それから10数年後、どもる事などすっかり忘れていた24〜25才ぐらいから、徐々にですが、特定の言葉がつまって言いづらくなってきました。始めのうちはまったく気にも留めていなかったのですが、徐々に自分の心の中で、あせりに似た感触が生まれてきました。 僕は21歳から演劇を始め、それから現在までにいくつもの舞台を踏んでいるのですが、徐々に、練習の時に行う、大好きだった朗読が、自分の中で苦手なものとなっていったのです。それから突発的な短い台詞を言う事も難しくなってきました。それでもその言いづらさを何とかごまかしごまかししながら乗り越えていました。乗り越えるというよりも「どもる」という現実を見ないように、そしてばれないようにしていきました。 それでも、どうしても避けられない事がいくつかでてきました。それは私が出演する舞台のナレーションを録音しなければならなくなった時です。どんなナレーション内容だったか忘れましたが、とにかく第一声が全くでてこなく、たった一行の台詞を録音するのに1時間もかかってしまいました。音響スタッフのメンバーに大変な迷惑をかけてしまいました。 また別の公演の稽古の時は、ある一言の台詞がつまってしまい、全体の練習がまったく進まないなんてこともありました。 これらの事があってから演技をやっていく上で、「どもり」という問題は僕の中でどんどん大きくなり、強烈に意識せざるを得なくなってしまいました。 自由に、心から、のびのびと演技をしたいのに、言葉がつっかかって何か自分の思いや感性を誤魔化している感覚がとてもつらくなりました。それから演技がどんどん表面的になっていき、正直「これはまずいぞ」と思いました。 意地でもどもりを直さなければいけない、と思い、帰り道に早口言葉の練習を何度も何度も繰り返しました。しかしやればやるほどどんどん言葉のつまりがひどくなり、よくなるどころか、気持ちもどんどん暗くなってしまいました。もうどもりは直らず、演技もやめなければいけないのか、と絶望的な気持ちになってい ました。 そんな状況が1年ほど続き、何気なくホームページで「どもり」と検索したところ、この「さわやかカウンセリング」に突き当たりました。 初めは、自分を完全などもりと確定してしまうようで、電話レッスンを申し込むのに小さな抵抗があったのですが、その時の僕には「とにかくどうにかしたい」という思いのほうが強く、早速申し込む事にしました。このような経過から初レッスンがスタートしました。 江田先生と初めてお話し、第一声「ずいぶん早口ですね」とやさしく助言され、正直びっくりしました。私は自分が早口であるという自覚があまりなかったという事と、なによりもどもりを覆い隠すために、知らず知らずのうちに早口でしゃべっていたことに驚きました。 それから母音の流れを意識して話す話し方を教えていただき、一気に気持ちが楽になりました。それは驚くほどに楽になりました。どもりを克服した先輩の言葉が何にもまして、僕の心に染みたんだと思います。 レッスンを開始してからまだ4回目ですが、その4回のレッスンで学んだことは、ちょっとした「気の持ちよう」で、だいぶどもりが改善されるという事です。そしてもうひとつは、「どもる」という事を客観視する事。この二つが重要だと感じました。 たとえばリラックスしている状態で、どもらず(どもることを意識せず)に話せたときは「なんだ、普通にしゃべれるじゃないか」と素直に喜び、どうしてもどもってしまう時 は、あせらずに心の中で「今緊張しているな」とか「いまこの言葉が出ずらいな。だったらゆっくりしゃべろう」とか、客観視できるようになるとよいと思いました。 しかしすべての言葉を冷静に客観視してしゃべる、というのは無理があると思います。ですからすらすら話せる時は素直にその事を楽しんじゃう気持ちが重要だと思います。その両方をうまく使い分けながら、レッスンで学んだ事を自分にあった方法で、日常生活に組み込んでいけば、すごくプラスになるのではないでしょうか。 僕は「どもり」になったことで、いろいろな勉強をしたなあ、と思っています。当たり前の事は当たり前じゃない、という事を学んだと思っています。変な言い方ですが、自分が当たり前にできる事は、当たり前のことではなく、なにかに感謝できることなんだなあ、と感じたからです。「普通に喋る」という事は、どもらない人にとっては当たり前の事でも、どもる人にとってはとてもありがたい事だからです。 この文章をお読みのほとんどの方は、どもりをお持ちなのではないかと勝手に想像しますが、こんな気持ちに少なからず共感いただけるのではないかと思います。すべてが完璧にそろう事なんてほとんどないと思います。そんな中、どもりを通して、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。 (2006年5月28日) ※江田よりのコメント: Sさんは劇団に所属し、多くの舞台を踏んでおられます。話すことを専門としている人が、何で電話レッスンを希望するの?と、こちらがびっくりしました。吃音意識をもっていることを肯定的に受けとめつつ、良き演技をなさってください。 マリリン・モンロー、ジェームズ・ディーンなども吃音意識があったと聞いていますが、吃音って奥が深いんだなあ〜と今更ながらに思います。 topへ |
「今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で心の中の恐怖心が徐々に薄れてきています。」 私が吃音と感じたのは、小学校高学年の朗読のときでした。普段は自然に言葉を出すことができたのですが、その時は急に体全体に力が入って言葉がのどの所で止まっている感じでした。その時は、何がなんだか解らず子供ながらかなり動揺していました。
私の場合「ア行」に対する吃音がひどく、それから「カ行」・「タ行」と広がっていきました。その頃、自分自身でも何か治す方法はないものかと考えて、学校の教科書や小説を声を出して毎日朗読していました。その甲斐があり、中学・高校・大学とどもる時期もありましたが、全くそうでない時期もありました。けれど、心の中ではいつも吃音に対する恐怖を抱えてビクビクしていました。
私の仕事は建設業、現場監督なので色々な人と接します。現場をスムーズに円滑に進めていくことで重要なのが人とのコミニュケーションです。仕事上、多くの専門用語を使うのですが、私にとっては言いづらい表現ばかりです。
吃音を意識していた私はどうしても伝えたい言葉が上手く出ず、自分が話しやすい遠まわしな表現で説明してしまい、かえって理解してもらえず、相手を不愉快な気持ちにさせてしまったり、電話では先方の担当者の名前が口から出てこないなど、仕事以前のことで涙が出るくらい悔しい思いをしました。 こんな生活から抜け出したい、何か治す方法はないかとインターネットで吃音に関する様々なサイトを調べている中「さわやかカウンセリング」に出会い、私と同じ悩みを抱えて克服している人達の体験談を読みとても感激しました。
2年間のレッスンでの適切なアドバイスのおかげで、今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で心の中の恐怖心が徐々に薄れてきています。また、以前と比べて話すことが楽しくなってきました。江田先生には大変感謝しています。 また、私を「さわやかカウンセリング」に参加させるきっかけを与えてくれた体験談を書いてくれた皆様にも本当に感謝しています。ありがとうございます。 (2006年5月23日)
※江田よりのコメント: 建設業の現場監督という仕事は、段取り、手配、説明など、人を動かす業務と伺っています。専門用語を使ってのコミュニケーションが必要とされます。レッスンでは現場の専門用語を入れたSさん自製のテキストも使って、話し方感覚を育ててこられました。 これからも良きコミュニケーションをとって、仕事を円滑に進めていってください。 topへ |
「教員採用試験に合格することができました。」 言葉について言いにくさを感じたのは、小学校5年生ぐらいだったと思います。今でも鮮明に記憶に残っているのは、国語の朗読でのことです。今まで普通に出ていた言葉が突然出なくなってしまい、力みながら出だしの言葉を発しました。担任の先生に「どうしたの?」と言われ、私も何がなんだか分からずショックでした。
それ以来、国語の朗読は大嫌いで「つまってみんなに変な目で見られたらどうしよう」という不安に毎日胸が押しつぶされそうでした。しかしながら活発で成績も良い方だったので、学級会長や生徒会役員もやってきました。周りからの期待も強く、自分は完璧でなくてはならない、弱みを見せてはいけないと思う中で「言葉につまる自分」を嫌い、隠さなくてはならないと思ってきました。 そのプレッシャーに心も疲れ果て、なぜ自分だけこんなに苦労しなくてはならないのか悩みました。誰にも相談することができず、ただただ劣等感が募るばかりでした。 私の場合は、母音ではなく、や行、な行「わ」などがよくつまりました。「言葉につまる自分」を隠すために、朗読が当たりそうなときはマスクをして風邪をひいたふりをしたり、どうしても避けられないときは遅刻の理由を作り、その場を逃れたこともありました。トラウマのような過去を今こうして言えるのは、さわやかカウンセリングに出会うことができたからです。 私には昔から夢がありました。それは学校の先生になることです。しかし「言葉につまる」自分に務まるのだろうか・・・悩んだあげく、大学の教育実習で試してみようと思いました。教育実習では思ったより言いにくさが気にならなかったので、どうにかなるかもしれないと考え、夢に挑戦してみることにしました。 大学卒業時に教員採用試験を受け失敗しましたが、幼稚園を紹介していただき、それから数年間幼稚園教諭を務めました。やはり現実は甘くなく、保護者への電話、応対には苦労しました。つまる言葉を避けるため説明が分かりづらくなってしまうのです。悩みは絶えませんでしたが、職業柄大きな声を出すので、自然と腹筋を使った発声になり以前ほどつまることは少なくなっていきました。 そして結婚退職を機に、昨年再び教員採用試験に挑戦することにしました。言葉につまる感覚は、もしかしたら吃音ではないかと思ってきたのもこの時期でした。さまざまな本を読みましたが解決策は見あたらず、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会ったのです。体験談を読みながら涙がこみあげ、自分と同じ思いをしている人がこんなにもたくさんいることに励まされました。 江田先生のレッスンは、適切なアドバイスをいただけるだけでなく、温かい雰囲気で進められるのでとても落ち着き、毎回励まされ前向きな気持ちにさせてくれます。先生のお人柄がにじみ出ていて、自分も苦労した経験をお持ちだからこそできるレッスンだと思います。 そのレッスンを通して、私に欠けていたのは「自己肯定感」だと思いました。「つまったらどうしよう」という不安、過去の記憶がふっとよぎることで自らつまる原因を作っていたように思います。どもってもいい,言いにくさは誰にでもあることだと自分を認めてあげて、ゆるやかにのばしながら話すことで言葉は自然に流れていきました。 おかげさまで、この度、教員採用試験に合格することができました。集団面接や討論,個人面接などで自分の意見がしっかり言えるかどうか不安でしたが、「ゆるやかペースでのばし感覚」を言い聞かせ、落ち着いて話すことができました。これも江田先生をはじめ、このカンセリングを受けた方々の貴重な体験談を読ませていただくことができたからだと思います。本当にありがとうございました。 ※江田よりのコメント: 吃音はメンタルな部分が大きく影響するものです。過去のひっかかり感覚がふっとよぎって「言えない」という囚われに入ってしまうことは吃音体験者なら誰でもおわかりだと思います。 言いにくさは誰にでもあること。これからも「ゆるやかペースでのばし感覚」を実践し続けてください。教育の現場で模範的な話し方、読み方をする先生になる筈です。 topへ |
「コントロールの幅が広げられているかな、と思っています。」 吃音を自覚したのは、いつ頃だったでしょうか。 今もそうなのですが、幼い頃からひどく人前が苦手で、いわゆる上がり症でした。その証拠に幼稚園のアルバムを見ると、歌の発表会でひとりだけそっぽを向いている写真が残っています。親の話ではこの頃から吃音が始まっていたようです。 電話にまつわる記憶は、小学校1年生のものから始まります。 その日は親が不在で、でも、どうしても友人に電話をしなければならなくて、思い悩んだ末にようやく受話器を取りました。繋がった電話に、私は緊張のあまり言葉を発することができなかったような気がします。というのも、それ以降の記憶がすっぽりと抜けていて覚えていないのです。 それ以来、電話はもっとも苦手なものになりました。受けることも、かけることも。 それは私の名字が母音で始まるため、発音がうまく出来なくてイヤになってしまったことが大きいと思います。 クラスの連絡網、友人宅への電話・・。名乗らなければならない、そのプレッシャーに親と泣きながら言い合いをしたり、時には妹に代わりに電話を掛けて貰ったり・・・とそんな日々を過ごしていました。 学生時代、授業で発表する時間も不安で仕方ありませんでした。どもったらどうしよう。また皆に笑われて、真似されて・・。そう思うと、どんどん心臓は落ちつかなくなり、ますますどもってしまっていました。 話すことは、苦痛でしかありませんでした。話すことが、なくなればいいのに・・・、と。 社会に出るようになりましたが、4,5年は電話に触れる機会はそれほどなく過ぎました。ですが、その時々の電話でどもったりする度、ひどく落ち込み、気持ちは沈む一方でした。それから現在の職場に入って、一気に電話に出る回数が増えました。 長年、無理をして発音してきたせいか、「い」の段の発音がしづらくなっていた私は、職場名がそれに該当すると気づいた時から、電話を受けることが不安になりだしました。不安になり出すと、吃音に拍車がかかるようになり、ますます落ち込むばかりでした。 昨年の秋頃から、吃音がひどくなり職場に行くことが辛くなりました。自分で自分を追いつめるような状態だったと、今では思います。もうどうにもならなくて、出口の見えないトンネルを歩いているような気持ちでした。 そんな時、ふと「あ、インターネットがある」と思いついて、調べてみようと思いました。が、検索することに抵抗があったのです。吃音を認めることが怖かった、といいますか・・。 でもそれよりも、もうどうにかこの状態から抜け出したいという気持ちが勝り、「さわやかカウンセリング」のホーム・ページに辿り着いたのです。 他の吃音関係のホーム・ページを見ても、ピンとくるものがなく、一番頷(うなず)きながら熱心に読んでいたのが、「さわやかカウンセリング」でした。プリントアウトして、どもって落ち込んだときに目を通しては心を静めていました。 次第に、実際にカウンセリングを始めてみようか、と思うようになり・・迷いました。期間にして、3ヶ月くらい経ってからでしょうか。乗り越えたい、でも・・と未知の世界に対する怖さがあり躊躇しましたが、「やってみよう。この3ヶ月、このページは私の支えになったから」と、意を決して申し込みを決めました。 そして、始めてのレッスン日がやってきました。 その時の私は、落ち着きなく部屋を歩き回り、手足に汗をかいているくらい緊張していました。時間になり、ドキドキしながら電話を掛け・・レッスンが始まりました。テキストの文字を追いかけるのに精一杯でした。この時、自分が早口であることを指摘されて、初めて自分の話し方を客観的に捉えることを知りました。 それから、「話すことを苦痛に感じていませんか?」 と若干言葉は違うかもしれませんが、先生にそう言われ、私は涙が出てきてしまいました。確かにそのとおりでした。話して、どもれば笑われる。笑われるから、話したくない。その悪循環に陥っていたのです。そのうちに、私の話し方は口の中でもごもごと不明瞭に話すようになってしまったようです。無意識に自分を守るために。 レッスンでは、今まで私が気づかなかった・・いえ、気づきたくなかった、気づこうとしなかった点を知らされます。視界がひらける大切な、でも緊張のある時間です。今まで小さく縮こまっていた自分が、少しずつ起きあがっていけるような。 「いくらでもどもっていい」なんて、周りの誰にも今まで言われたことはありませんでした。レッスンでそう言われる度、私はホッとしてしまうのです。今まで、吃音は悪いことだとずっと思ってきた私には、魔法の言葉のようです。 レッスンを始めて、半年以上になりますが、吃音は日常にあります。でも、心の捉え方はだいぶ軽くなってきているのがわかります。昨年の今頃は吃音が頭から離れなかったものですが、最近ではそれ程気にならなくなっています。定期的にレッスンがある、というのも精神的に安定している理由です。 どうすれば発語が安定するのか・・。またどもってしまった、という思いも少し交じりつつ、そう前向きに考えられるようになってきたように思います。 それから、電話口で明るく接せられるよう、それを頭に置いています。今の話し方では、電話の印象が年齢より上に感じられてしまうと指摘を受けまして、目下地道に、努力中ではありますが・・なかなか難しいです。染みついてしまった習慣を直すのは時間がかかるかと思いますが、頑張っていきたいです。 ちなみに話し方の指摘をされて、表情もちょっと暗いかなと自分で気づいて、笑顔も努力中です(笑)。 吃音は、一生私につきまとって直らないと思っていました。でも今は、少しずつではありますが日常の中で呼吸、言葉のつなぎを意識することでコントロールの幅が広げられているかな、と思っています。 この意識が自分のものになるまでに時間がかかることでしょうが、これからもコツコツ実践していきたいと思います。 (2005年11月20日) ※江田よりのコメント: 「どもらないように話さなくては・・・」「ひっかからないように上手く話さなければ・・・」と思えば思うほど、話すことに神経過敏になり、ちょっとした詰まり感でも心で増幅されてしまうものです。囚われ意識がますます深くなります。 どもってもOK!もたついてもOK!として今の自分をあるがままに受けとめていくことは大きな助け、知恵です。そして安定したお話し感覚を時折意識して実践していくと自信が生まれてきます。 話し方のトーンが明るくなってきているIさんです。ますます調節感覚を心に広げていってください。 topへ |
「営業に行っても自信をもって話すことができるようになってきたと思います。」 江田先生のカウンセリングを受けはじめて5ヶ月くらいですが、自分の中で「話す」ことに関しての意識が、随分変わってきたような気がします。 私は多分物心ついたころから、吃音があったと思います。 一番つらい思いをしたのは中学生のころです。 そのころが一番ひどかった時期で、授業中の朗読などは心臓が飛び出すくらいドキドキして、読もうとすればする程、余計に読めなくなったりしました。 (読めなくて泣いたこともありました。 辛いからというより読めているのに声にならないのが悔しくて・・・。) 当時の私はそこそこ勉強ができる方だったのですが、どもってしまう恐怖から自分で手を上げて発言するということがあまりありませんでした。 それが先生達には気になったらしく、一度担任の先生との面談のときに「先生をバカにしてるのか!?」と言われ、ものすごいショックを受けた覚えがあります。 その後は年齢とともに「うまくごまかす」方法を身につけて、なんとかやってきました。 社会人になってからも会社の名前が言いにくいと思いながらもなんとかやってきたのですが、だんだんひどくなっていく気がして、なんとかしたい・・・結婚したら新しい苗字になって、すごく言いにくいなぁ・・・と思っているときに江田先生のHPを見つけました。 まず驚いたのは、吃音の人ってこんなにいるんだ!ということでした。 今まで自分の身の回りでは一人も出会ったことがないため、この辛さはわかってもらえないよな・・・とずっと思っていたからです。体験談もいくつか読ませていただいて、「そうそう、そうなんだよ!!」と共感できる部分がたくさんあって、正直HPを見ただけでかなり気持ちが楽になりました。 カウンセリングを実際受けてみて、今まであった「なんとかして治したい」という焦りのようなものがなくなり、「今のままで、もっと自然な意識を持ちながら話すようにすればいいんだ」という気持ちになって、すごく楽になりました。今まで敬遠していた会社の外線電話にも積極的に出られるようになったり、営業に行っても自信をもって話すことができるようになったと思います。 けれど、普段の友達との会話の時など、ついいつもの癖が出て早口で一気に話してしまったりして、なかなか「安定感を意識をしながら話す」ところまでいっていないのですが、徐々に変えていこうと思います。 (2005年10月4日) ※江田よりのコメント: Mさんは模範的ともいえるきれいな柔らかい話し方をなさいます。 けれど、当のご本人は言いにくさを感じているというように、表面からは全くわからないこともあるのが吃音の世界です。 自分の吃音意識を客観的に知り、感情を否定することなくそのまま受け止めながら安定した発語感覚を育てていく・・・これが自信をもって話すことの秘訣だと思います。 topへ |
「何より嬉しいことは、前に光が灯ったように希望をもつことができたことです。」 今年の2月からこの「さわやかカウンセリング」のレッスンを受け始めて約4ヶ月になります。この間、自分の思いがどのように変わってきているかをまとめるのも気持ちの整理になっていいというお勧めがあり、また同じように吃音で悩んでいる方にとって、少しでも励みになればと思って、今の私の思いをそのまま書かせて頂きます。
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「話し方のコントロールが出来るようになってきたと思います。」 私がレッスンをはじめたのは2003年の3月ですので、もう2年余り経ちます。自分で言うのも、おかしいかもしれませんが、この2年でだいぶ自分の話し方のコツというか、先生がよくおっしゃられる話し方のコントロールが出来るようになってきたと思います。 私の吃音暦は物心ついてからずっとです。学生時代などはレッスンしている皆さんと同様、書き切れないほどの吃音体験があります。国語の朗読、自己紹介など嫌だったことを挙げればきりがありません。 小学校6年の運動会の時のことです。ひょんなことから運動会の応援団になり、ジャンケンで負けて団長をやることになってしまいました。運動会の競技以外に応援合戦というプログラムがあり、静まり返った観衆の中、団長の掛け声で始まるのです。吃音の私にとって不安でなりませんでしたが、その時先生に教わったのが腹式呼吸と言葉を伸ばすことだったのです。応援団ですから叫びに近いので、どもらず無事に終えることができました。 腹式呼吸と音を伸ばす発声は今に繋がる体験ともいえますが、その時は普段の会話に腹式呼吸を応用したりすることなどは全く頭に無く、そのまま時は流れました。 社会人になる年になり、話すのが少なくて済みそうな職種を選ぶかどうかで悩みました。基本的に人と接するのは好きですし、話すことから逃げるよりも、仕事で会話の場数を踏めば直ると思っていた部分もありましたので、営業職に就くことにしました。日々電話、接客、会話しなければ成り立たたない仕事です。 しかし、入社後、緊張の中無理な発語を繰り返し、ますます吃音と緊張、電話の苦手意識が出てしまいどうしようもないストレスがかかってきました。このままではまずいと思い、レッスンをはじめることになりました。 江田先生も吃音経験者と言うこともあり、吃音を持つ者の気持ちを良く理解してもらえていると同時に、吃音者だからわかる、的を得た話の操縦法を教えていただけてると思います。 小学生の時に一度は体験した腹式呼吸の応用や、伸ばして繋げる方法、普段の会社での応対の練習などなど、非常に実践的なレッスンもあり、回を重ねるごとに自分の話の操縦法もわかりつつあります。 今は仕事での緊張も減り、気持ちの面でだいぶ楽になりました。それはレッスンをしていることで、吃音状態に陥ったとしても、コントロールして持ち直せるという自信が少しはついたからだと思います。 長年の無理な発語でなってしまった言いにくい言葉もありますが、あまり神経質にならず良い意味でマイペースでレッスンを受けながら、自分で音読をしたりして、更に話し方のコントロールに上達していきたいと思っています。 (2005年6月22日) ※江田よりのコメント: 多くの方々と電話レッスンをさせていただいていますが、その中でもKさんの吃音の出かたは群を抜いて(?)異質なものでした。「か」で始まる名前を長年無理な発語で通してきたので、日本語の発音にはない、喉の奥で息を逆流させる腹話術的発声しかできなくなっていました。 2年間に渡るKさんの地道な実践努力により、今ではあの奇妙な腹話術的発声はなくなり、正常な話し方になっています。Kさんの吃音改善のプロセスは私たちにとって確かな希望、大きな励ましです。 topへ |
「吃音をかなり前向き・客観的に受け入れられるようになりました。」 私が吃音を意識しだしたのは幼少のころからです。学生の時も吃音で苦労しましたが、社会人になってからはいっそう吃音がひどくなり、就職時には面接で、就職してからは電話などで 声が時々出なくなるようになりました。 いくら口をぱくぱくさせても声が出ず、上半身が一気に力んで、こわばっていくのが分かるのですが、自分ではどうしようもない。仕事上、伝えなければならないことであるので、ますます焦る・・・。特に電話は顔が見えないので、会社名や名前がなかなか言えないことは相手に不審がられることもあります。
話すべきことや話したいことがあるのに、それがままならないのはもどかしく、悔しいものです。
次第に異常なまでに話すことを意識し、どもった時の相手の反応を考えると、日常生活での会話でもどもることが多くなってきました。 これから更に吃音が悪化したら・・・という不安から、病院でも探そうとHPを検索をしたのがきっかけで、この「さわやかカウンセリング」にたどりつきました。
HPを見てまず感じたのは、吃音に悩んでいる人が意外にも多いことでした。そして、江田先生ご自身の体験談も読み、吃音心理や、吃音者特有の悩み・苦労について、吃音者でないとわからない感覚が客観的に分析されており、それらを読むと、自分でもどもる原因が今までよくわからなったのが、少し整理されたように思いました。
そして受講して驚いたのは、吃音を受け入れて前向きに考えること、発語不安を感じるのは自然なことで決して悪いことでない、吃音自体は「病気が治る」というような白黒つけられるものではない、ということでした。 吃音を受け入れるというのは、なかなか勇気がいりますし(最初は「吃音」・「どもる」という言葉を見るのも抵抗がありました)苦しいものですが、そうすることによって気持ちがだいぶ楽になった気がします。
レッスンを始めてからまもなく一年になりますが、以前と異なる点は、吃音をかなり前向き・客観的に受け入れられるようになったこと、そして、話し方の調節を知ったことで、言葉が出なくなったときの心構えと工夫をわずかながらできるようになったことです。 話し方調節によって、挨拶言葉(私は特に母音が言い難い)、敬語、電話など、レッスンで教わっていることを日常生活で活かして、滑らかに話せたときはとてもうれしいものです。
私にとってのこれからの課題は、リラックスしたときでも調節しながら話すことを常に意識する、どもった時にこそなるべくゆっくり話すようにする(つい早口で逃げ切ろうとしてしまうので)ことです。
吃音意識がありつつもコンスタントかつ、なめらかに話せるという状態に自分を置けるよう、少しずつでも前進できるようこれからも努めていきたいと思います。
(2005年2月12日)※江田よりのコメント: 先日Nさんとスピーチ演習をしていた時のこと。「次のスピーチをお願いします」と言うところを、なぜか「もう一曲お願いします」と口を滑らせてしまいました。「先生、よくカラオケで歌うんですか?」とNさん。自分でも可笑しくてしばらくレッスンが中断しました。 思わぬときに地が出てしまうもの。まあ、こんな私ですが、私を踏み台にして良き話し手となってください。(笑) topへ |
「トライアルレッスン、1回目を終えて。」 昨日の初回レッスン、ありがとうございました。 私は気が弱いほうで、先生が怖い人だったらどうしよう?とか怒られたらどうしよう・・・という不安でレッスンの前の夜から、とても緊張していました。でも、とてもやさしい印象を受けましたし、電話を切った直後からとても前向きな気持ちになれました。でも初日の昨日は緊張しすぎて、終わったあとは少し頭が痛くなっていました。今はだいじょうぶです。 私はよく(特に電話応対)出てこない言葉に直面すると、「あの…あのっ」と連発してしまい、相手も変な反応をすることがあります。 昨日のお昼には、今日の母の誕生日のため、花屋さんへ行きました。そこで店員さんに「ラッピングをしていただけますか?」と言いたかったのですが、「包装していただけますか?」になりました。やはり、「ら」が出てこなかったのです・・・。しかしいつもの私なら、「包装してもらえますか?」になっていたと思うのです。ので自分では、何か一歩前進したような気持ちになり、とても晴れやかな感じです。 今日、朝から電話をかけました。昨日の夜に思っていた習い事がインターネットで見つかりましたので、さっそく電話をしてみました。「ホームページを見たのですが、教室を紹介していだきたいのですが?」と・・・出だしはこんな感じです。あとは応対に返答するだけで無事に終わると思ったのですが、紹介していただいた教室に、自分が直接また電話をしなければならないことがわかり、その先生の自宅へお電話しなければなりませんでした。 先ほどは、昨日母へ買った誕生日のプレゼントを渡しに行きました。2時間ほど会話する中で、「き、や、く」がつまり、言いにくいことに気づきました。ゆっくり話すことを心がけつつも忘れてしまい、あせって話すことに気づいて落ち着かせることを2回ぐらいはできました。 |
「朝礼当番の前夜に眠れなかったのが今となっては嘘のようです。」 私が吃音に悩み始めたのは、社会人になって1年ほど経った時でした。初めは、電話に出る時の「ありがとうございます。○○です」の「あ」がどうしても発声できなくなったのがきっかけでした。その時は、「はい。○○です。」というような形で言葉を変え、対処していました。それから、自分の中で「ありがとうございます」の言葉に苦手意識が生まれてしまったようです。 私が勤務している会社では、朝礼の時「5つの挨拶」といって、決まった挨拶文句を当番の人が発声した後にみんなで復唱するのが日課となっています。その中には「ありがとうございます」の挨拶も入っていて、自分が当番になった時は、「この言葉言いにくいんだよなぁ」「また言えなかったらどうしよう」と意識しすぎるあまり、この言葉を言おうとすると口の筋肉が硬直してしまい、息苦しくなってうまく発声できず、しばらく間があいてしまったり、ようやく声が出たと思えば「あ・あ・ありがとうございます」とどもってしまったりするようになってしまいました。 練習したからといってうまくいくはずもなく、こうして失敗を繰り返すうちに、日増しに苦手意識が強くなり、当番の前日は緊張のあまり眠れなかったり、失敗した日は憂鬱になって仕事への意欲がなくなってしまったりと、生活に支障をきたすようになりました。 そこで何か吃音を克服できるヒントがないかとインターネットで検索をしていた時に、この「さわやかカウンセリング」に出会いました。体験談を見ると、様々な悩みを抱えた方々が江田先生のレッスンを通じて前向きに立ち向かっていらっしゃる事を知り、自分も少しでも改善できるようにチャレンジしてみようと思いました。また、良心的なレッスン料だったので気軽に始められました。 レッスンでは、正しい発語感覚を確認し、実際の場面を想像しながら発声することを心がけています。特に、会社での電話応対を想定して、先生が自宅に電話をかけてくださったり、自分からかけたりの実践的な練習は、大変役に立っています。 レッスンを受けて約5ヶ月になりますが、朝礼での挨拶当番の前に、レッスンで覚えた腹式呼吸を何度か繰り返すと、不思議と緊張が和らぎ、「ありがとうございます」もスムーズに発声できるようになってきました。それが自分の中で自信となり、以前のような不安感が軽減されています。朝礼当番の前夜に眠れなかったのが今となっては嘘のようです。 今までは2週間に1度の割合でレッスンを受けていましたが、これからは月に1度のペースで、自分の話し方を確認したり、調整習慣を身につけていけるようにレッスンを利用させていただきたいと思っています。 (2005年1月4日) ※江田よりのコメント: 「ありがとうございます。」は言い難いフレーズのトップ、No.1です。言いにくくなる理由は、「あ」という母音で始まること。「あ」は力みが入ると大変出にくくなります。また、お礼の挨拶なので相手とのタイミングを逃さず、すぐ言わなくてはいけないというタイム・プレッシャーが強くかかり、一気に言おうとするのでますます発語が硬くなってしまいます。事務所で「お先に失礼します。」と声をかけることも場面により妙に意識に入ることがあります。 一方、「おやすみなさい。」「いただきます。」などはタイムプレッシャーがありませんので殆ど意識に入らないものです。 topへ |
「心の構え方が変わって、落ち着いて楽に発声できるようになりました。」 私に吃音の症状が出たのは中学1年生の時でした。小学校の頃は話すことに苦労をしたことは全く無く、クラスのみんなの前で本読みをする事も得意で、放送委員会と演劇クラブにも入っていました。 ところが中学に入ってだんだんことばがつまりだしました。特に国語の授業は恐怖でした。国語の先生は、いつでも出席番号順であてていくので、自分の出席番号が近づいてくるたびに心臓がバクバク鳴っていました。そうやって緊張してしまうことで余計に吃音がひどくなるのです。うまく話せなかった後で自己嫌悪におちいった事も何度となくありました。 その後、高校、進学、就職へと進み、だいぶ吃音との生活にも慣れてきて、言い易いように早口で済ましたり、言い換えを駆使しまくり、吃音を隠しながらやってきました。ところどころひっかかることもありましたが、接客・レジのアルバイトも2年くらいしました。 そして就職。会社で電話応対を受け持つことになりました。ほとんどが取引先から、上司への取次ぎなのですが、これがあんなにも苦労するとは思いませんでした。人の名前は言い換えができません。相手は上司なので丁寧・ハッキリと伝えなければならない。しかも先方を待たせている訳なので速やかに回さなければなりません。職場は異様に静かで、私の声が社内全体に聞こえるのです。吃音持ちの私にとってはすごいプレッシャーです。うまく言えないことが多くて、すごく悩みました。 少しでも治る糸口をみつけたくて、ネットで検索し、江田先生のホームページに出会いました。他にもいくつか吃音に関するホームページがありましたが、さわやかカウンセリングのページが一番自分に共感できるものが多く、レッスン内容、価格等、何につけてもとても良心的で、「自分も受けてみたい」と思いました。月1回のペースでレッスンを受けて半年を過ぎました。 今の結果は電話取次ぎが以前よりもスムーズになり、言えなくなる事はほとんどありません。これは、吃音が治ったというよりも、心の構え方が変わって、その結果落ち着いて楽に発声できるようになったということだと思います。以前は、いつ鳴るかわからない電話に対し常に緊張して体が硬くなっていたのに、今はそれがなくなっています。コールが鳴ると1回フーッとお腹から息を吐いて落ち着かせてから出ています。 レッスンを受けて良かったなと思うこの頃です。 (2004年12月22日) ※江田よりのコメント: 吃音は治る・治らないという白黒の世界ではなく、受け止め方と実際的な安定した話し方の習慣作りの中で、話すことの自信が深まっていくものだと思います。Kさんは月1回のペースですが、心の構え方が変わって精神的に楽になっていることを伺い、とても嬉しく思います。 topへ |
「今では思い切って本当によかった!と思っています。」 吃音は私にとってとてつもなく大きなコンプレックスでした。子供の頃から吃音意識に悩まされ、授業時の発表、自己紹介、電話など様々な場面で大変な思いをした記憶があります。 学生になってからは、日常生活での会話はほとんど問題ありませんでしたが、それだけに自己紹介や電話の際には大きなプレッシャーを感じていました。当然いつも意識下に吃音に対する悩みがあり、それはできることなら目を背けたい、忘れてしまいたいものでした。 大学を卒業し、社会人となり、現在は毎日多くのお客様と接する仕事に就いています。お客様と直接お話する機会はもちろん、電話でのコミュニケーションも重要な業務のひとつです。 私はこの「電話をかける」ということが本当に苦手でした。(今も決して得意というわけではありませんが)。できる限り電話を避けてきましたが、そんな自分が本当に嫌になり、何とかしたいと考えるのですがどうにもならず、大好きな仕事をあきらめることも考えました。 そんな時思い切ってHPを調べ、先生のカウンセリングのことを知りました。同じような悩みを持った方の体験談が大きな後押しとなった気がします。 それでも、自分でもできることなら触れたくなかった部分に踏み込むことは相当な勇気が必要でした。正直、先生へ相談することも何度も悩みました。しかし、今では思い切って本当によかった!と思っています。 私の場合、「こうでなくてはいけない」といういわゆる完璧主義者の部分があり、吃音意識を持つ自分のことをなかなか認めることが出来ない点も大きな問題です。先生とのレッスンでは、具体的な練習だけでなく、そうした精神面についても色々とアドバイスをして下さり、また、私の話を聞いて下さったりと支えて頂き、少しずつですが気が楽になりました。 「吃音は治すものではなく、良い話し方習慣をつけていくということ」という先生の言葉をいつも心に留めておきたいと思っています。 (2004年6月28日) ※江田よりのコメント: Yさんの業務内容は、人々の前での説明、会合の司会進行役、電話連絡など、話すことが大半を占めています。 そういった仕事の性格上、話すことに神経を払うものですが、〜でなければならない(must)、〜であるべき(should)という基準を設けると、その基準に達していない自分を責め、落ち込む度合いが激しくなるものです。 自分を受け入れるとは、そのような基準に達しているかどうかの尺度で自分を評価するのではなく、今のありのままの自分を良しとして、出来ることをコツコツ実践していくことかと思います。 これからも心の中のもう一人の自分と上手くつきあっていってください。♪ topへ |
「救急医療の現場で確実な情報伝達を目指していきます。」 1年前より私は、救急医療に従事している。1分1秒を争う領域で現場はいつも緊張感が漂い、傷病者氏名、疾患、薬剤名、処置内容など、現場では息つく間もなく発せられる。言い換えは絶対に通用しないので、難発性吃音の私にとって、発語しにくい言語があるとどもり、相手に上手く情報伝達出来ないことがよくある。 20年間吃音とつきあってきているが、これまでつらいことが多々あった。学校生活、職場で経験したことなど、記載するときりがないので省略するが、難発性の吃音者であれば分かっていただけると思う。 20代までは内向的な性格であり、吃音であることからさまざまな状況から逃げていた。しかし、この医療業界に入りスッテプアップし、キャリアを上げていく中で変化していった。『自分は吃音だけど、示すべき能力がある。人に誇れるべきものがある』と。 今となっては吃音なんてたいした問題ではないと思えるようにまでなった。 しかし、一刻を争う現場の中での吃音は、情報伝達に支障をきたす為、悩んでいた矢先、二月に江田先生のホームページに出会った。 レッスンを受けていく中で、予期不安の感情を受け入れながら、安定した話し方を習慣化していくことを指導され、現在も課題を念頭に置き生活しながら、レッスンを受講している。 どのような状況下でも、ゆっくりと正確に伝える事が出来ることを目標に頑張っていきたい。 (2004年5月17日) ※江田よりのコメント: 救急医療の現場の様子をSさんから伺いますと、そこは一刻を争う緊張の張りつめた空間であり、数々の医療用語が館内放送や内線で飛び交います。 「両下肢からの出血、右大腿切断、両股関節脱臼骨折、下腿部蒼白・・・」 間違えの許されない過酷な状況の中でのお仕事ですが、これからも更に確実な情報伝達スキルを身につけていってください。 (「救急治療室には運ばれるたくなぁ〜い!」・・・気の弱い私の本音です。) topへ |
「旅先で「さわやかカウンセリング」にたどり着きました。」 私が吃音を何とかしようと思ったのは、前の職を辞めて、さあこれからどうしようかと思った時でした。時間が出来たので、大阪へ一人旅に出ました。その旅の時もちょくちょく吃音に悩まされました。 大阪へ向かうバスの中のことです。たまたま隣に座った人にちょっと挨拶をしようと思って「こんにちは」と言いかけ、止まってしまいました。始めの「こ」という音が喉に詰まって出てこないのです。何とか声を出そうと焦るのですが、全く出ません。「こ」が出ない!「こ」出ろ!などと、心の中で叫んでしまう有様です。まるで、車のギアがニュートラルの時にアクセルを思いきり踏み続けているような状態でした。おそらく、あの時声を出していたら、猛突進、思いきり大きな声になってしまって、コミュニケーションも何もあったものではなかったことでしょう・・・。 また旅館に滞在している時、大阪弁で早口で話しかけられたりすると、何か言おうと思ってもすぐ言葉が出てきませんでした。それで何か場の悪い感じになってしまうのでした。 大阪滞在中、私は生活不能者になったような気持ちになってしまいました。そういうことがあって、何か吃音について相談できるところはないものかと無性に思ったのです。 旅先でインターネットができる所に行き、吃音について調べていると、「さわやかカウンセリング」にたどり着きました。 「さわやかカウンセリング」をやってみて良かったと思うところは、今まで誰も教えてくれなかった吃音について、理解できる人と相談できたことです。 私は吃音について誰にも相談できず、独りで悩んでいたので、これは本当に大きなことでした。また、吃音が改善される方向性というビジョンをはっきりと示してもらえるので、とても励みになっています。 私は自分の名前を言うのが苦手で、始めの音がなかなか出てこない事があります。自己紹介の時など、いつも不安な気持ちになります。その事を先生に相談したところ、母音はことばが詰まりやすいから、声を伸ばすようにすればいい、と教えられました。その説明を受けた時は、今までのしこりがとれた気がして、とてもホッとしました。 先生は、吃音は病ではなく、今までの癖なので、良い習慣付けが大事だとよく言われます。私はまだ吃音の苦しみはありますが、レッスンを受けてからだいぶ心のストレスが減りました。何か、心の支えのようなものになっている部分もあります。 吃音というのは、とても微妙な位置にあるものだと思います。病といってよいのか、よくないのか・・・今いち良く分からないからです。その、良く分からないというところが大変厄介で、治したくてもそういう相談所もないし、本で調べても、その症状はいろいろで参考にはなりませんでした。親でさえ取り合ってもらえません。 言いたくても言葉が出てこないというのは本当に辛いことです。本人の苦しみの割には人々に理解されないのが吃音ではないかと思います。 さわやかカウンセリングはそういう状況にあった私にとって、とても役に立っています。 (2004年3月1日) ※江田よりのコメント: 心の整理をするためにひとり旅に出て、そこでも吃音の壁にあたったOさんにとって、旅先でインターネットを通して「さわやかカウンセリング」に出会ったのはまさに「犬も歩けば棒にあたる」体験だと思います。 「人生は出会いで決まる」とも言われますが、この出会いをお話し改善のチャンスとしてとらえていってください。 topへ |
「教師としてより良いコミュニケーション・スキルを身につけていきたいと思います。」 私は小学校の教師をしています。子どもが好きで、先生になることが私の夢でした。しかし、吃音である私にとって、教師になることは楽なことではありませんでした。教員の試験は、面接をとても重要視します。面接のたびに、名前もうまく言えず、言いたいことも伝えられず、情けない思いを何度もしてきました。私は、教師になるのに6年かかりました。 教師になってからも、吃音であることで苦労し悩んできました。職員会議で重要な内容を話さなければならなかったり、朝会で全校の前で話をしなければならなかったり、保護者との電話など、話す機会がたいへん多くなりました。 これまでの自分は、苦手なこと、大変なことから逃げて、吃音であることを否定し逃げ回ってきました。アルバイトをしたいのに申し込みの電話をする勇気がない・・・レストランに行き、食べたい物があるのに、言えないので違うものをたのんでしまう・・・本屋で探している本があるのに、店員に聞けない・・・。 しかし、教師になってからは、逃げてばかりはいられなくなり、吃音を強く意識するようになってしまいました。 そんな時、江田先生のホームページを見つけ、レッスンを受け始めました。先生のホームページを見たとき、同じ悩みを持つ方がたくさんいること、そして、江田先生のように克服された方もいることを初めて知り、熱いものが込み上げてきたことを今でも覚えています。 先生のレッスンでは、腹式呼吸や音をのばしたりつなげたりすること、電話での対応、ひっかかったときの対処法など丁寧に指導していただいています。 昨年、私は結婚しました。披露宴のスピーチがとても気になっていたのですが、江田先生から、「話す内容をしっかりと紙に書き、それを読んだほうがいい」というアドバイスをいただき、自分では満足のいくスピーチができました。 また、先日、学校で避難訓練があり、私は最後の感想・まとめを言う係りでした。その時は、話す内容を紙に書いて決めておかず、行き当たりばったりでいどんでしまい、全校の前で「え〜と・・・」と何度も言い、ところどころ詰まり、情けない思いをしてしまいました。これまでの自分は、「紙に書いて練習しても、どうせ本番では詰まるんだから、行き当たりばったりでやってしまえ」ということがほとんどでした。その結果、このやり方でうまくいったという記憶はありません。 江田先生のレッスンを受けるようになってから、吃音に対して徐々に前向きに考えられるようになってきました。今まで恥ずかしくて、情けなくて、苦しくて、人より劣っていると思い、誰にも話すことができなかった自分の吃音を、妻に話すことができました。その反応は、励ましであり、レッスンを受けていることを応援してくれました。 何で今まで言えなかったのか?人より劣ってみていたのは自分自身だったのではないでしょうか。 まだ「話せる場、話せない場」というのを自分でつくってしまっているので、そのギャップがなくなるように、普段の会話から気を付けています。リラックスして話せる場にいるときこそ、丁寧に、そして音をつなげることを意識して、もう一人の自分が「その話し方でいいぞ」と見ている感じで話すようにしています。 自分が小学生だったとき、音読なんてとてもできなっかたのに、今はクラスの子どもたちの前で、一人で音読をしています。 教師としてこれからも、より良いコミュニケーション・スキルを身につけていきたいと思います。 (2004年2月13日) ※江田よりのコメント: 「自分を人より劣ってみていたのは自分自身だったのではないでしょうか」とおっしゃる通り、吃音のために偽りの低いセルフ・イメージを自分勝手に作り上げてしまっていたことに気付かれたKさんです。 実際、吃音経験のある方々は、豊かな感性とさまざまな優れた能力の持ち主が実に多いです。(私を除いてのお話しですが・・・(笑)) 子どもの心をしっかりと汲み取れる心豊かな先生として、これからもご活躍ください。 topへ |
「話すことに悩みを抱えている方々の希望になれたらと思っています。」 私は小学校の時にいじめに合い、そのショックで一週間話すことが出来ず、立つことすら出来ない期間がありました。それ以降、話す時に声がつまったり、出なくなることがありました。それはずっと自分にとってのコンプレックスでした。 母親と遠くまでカウンセリングにも通いましたが、結局治らず、これは一生抱えて生きていかなければいけない「病」だと半ばあきらめていました。 就職して、それはもっともっと悪く自分の意識に入ってきました。営業の仕事に就きましたが、そこは話すことが多い仕事でした。商談の一週間前から一人で練習したり、とにかくつまらないようにと、それだけを考えすぎて気持ちが悪くなる時もありました。上手く行かない時の方がもちろん多く、その度に土日は部屋に引きこもりぱなしで、自分の殻の中に閉じこもっていたのです。 そんな私でしたが、ある事がきっかけで、「苦しいこと、辛いことが自分を磨き、作り上げるんだ」という事を教えてもらい、その言葉に希望を持って進んでいくことができるようになってきました。そして、「自分にとっての問題」に対して「感謝」をすることが出来る様になったのです。 考えてみれば、幼い時から人前で話したり、人をまとめたり、司会などの役割が多く、「なんで上手く話せない自分がこんな事をしなければいけないんだ。他の人ならつまらずに、もっと上手く出来るのに・・」といつも思っていました。 仕事で、 あるイベントの司会を任された時、自分がやったらきっと失敗すると思って「できません」と言いに行きました。そしたらまとめ役の方に、「みんなで純ちゃんがいいと決めたんだよ。純ちゃんにしか出来ないことがあるんじゃない」と言われました。その「自分にしか出来ないこと」という言葉がものすごい衝撃でした。その私にしか出来ない個性があるなら「絶対欲しい!」と思いました。 その方は続けて、「神様はその人にしか出来ない個性を与えて、人は自分にしかない個性を人生の中で探している。だから人間、一人一人が個性の王様なんだ」と私に教えてくれました。 その時、今までのことが全部つながったのです。私が話すときにつまることも何か意味があっての事なんだと思いました。もちろん、すらすら話せる方が良いと思われますが、私自身が形成されるにあたって乗り越えなくてはならない、不可欠なハードルなのではないかと。 何より、痛みを抱えている人の気持ちがわかる自分がいるのです。それは人生を生きていく上で大切な事だと思うのです。自分が初めからすらすらと話す人間ならば、人の気持ちも考えない、自己中心的な自分でいたと思うし、出来ない人は出来ないと決め付けてしまう人間になっていたと思うのです。 人は生きる価値を見出した時、自分が今まで抱えていた問題に対して、ある意味、些細なものだと思えることがあります。私の「ことばがつまる事」がそうでした。だから、いつの間にか「つまる事」を考えている暇がなくなっていました。 今、私は演劇をやっています。人に誘われて好奇心で始めました。実際の演劇の舞台では長い台詞を人前で語り演じます。途中「やっぱりこんな私がやるのは無理だ。お金をもらっている舞台なのに、お客さんに申し訳ない」と何度も辞めようと思いました。でも、演劇を通して自分が観てくれる方々に伝えたいメッセージがあるのです。その伝えたい想いの方が強くて、4年間も続けてきました。 江田先生のレッスンを受けようと決心したのは、レッスンにすがるというよりは、吃音の問題と向き合って生きていきたいと思ったからです。 先生のレッスンによって自分があまりにも話し方や吃音の受け止め方が無知だったことがわかり、これらを知ることで更により良い話し方の可能性を持てるようになりました。 このレッスンを含め、私の人生に起こることすべてが、未来の自分をつくる上で必要なことだと受け止めて、またそれらに感謝しながら進んで行きたいと思います。そして、話すことに悩みを抱えている方々の希望になれたらと思っています。 (2004年1月7日) ※江田よりのコメント: Jさんが演劇で舞台に立っておられることを電話で伺った時、思わず「エ、エ、エ、演劇を?」とつまってしまいましたョ(笑)。 どうしてこんなことばの達者な方がレッスンを受けるのか・・・、不思議に思いました。 実際、レッスンで陽気に語り笑うJさんからは、吃音意識のかけらも感じ取れません。 けれど、心の中では吃音意識で苦しんでこられました。そしてその苦しみから多くの大切なことを身をもって深く学んでおられます。 これからも持ち前の明るさと豊かな感性をもって、舞台で人々との会話で、更に豊かな表現力をつけていってください。 topへ |
「ことばの練習を継続していくことにより、必ず治ると確信しています。」 私が江田先生とのことばの練習を始めたのは、約半年前です。その間に以前と比べて一番大きく変わったことは、しゃべることに対しての気持が前向きになったということです。 私がどもりになったのは2歳の時で、我が家が引越しをしてから急にどもりだしたそうです。幼心に環境の変化が影響したのでしょうか。それ以来、今まで24年間ずっとどもりに苦しんできました。小学校、中学校、高校の国語の文章を読む時や、何か発表をしなければならない時など、心臓が異常にどきどきして嫌な思いをしたことは数知れません。何故、自分だけそうなんだろうと悩む時期が多くなりました。 社会人になってからはそれが出てきていました。学生の頃はそれほど人前で話すことはなく、避けて通れることがあります。しかし、仕事となるとそうはいきません。電話応対や客先でのデモ、プレゼンなど、どうしても避けて通れないことが多いのです。そんな時は決まって心臓がどきどきして、うまくいかなかった時は後悔で胸がいっぱいになり、自己嫌悪に陥ってしまいます。ここのホームページを見て、同じような境遇 |