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2006年 1月〜6月 |
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「さわやかカウンセリング」のホームページは皆様の深いご理解をいただき、2008年4月で開設6周年を迎えました。 |
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CONTENTS さわやか吃音(どもり)カウンセリング トップページへ |
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「レッスンを通して自分の生活そのものが前向きに変わりました!」 私がどもりを初めて意識したのは小学校3年生の時でした。自分では全く気がついていなかったのですが、学校帰りに友達に指摘されて、意識するようになりました。その時はたまにひっかかる程度だったのですが、4年生に上がった頃には、さらにどもるようになり、「た・わ行」で「母音に『あ』が2回以上重なる人の名前(「田中」「高橋」「渡辺」など)が言いにくくなりました。また特に自分の名前を言う時は第一声が出なくて、とても辛かったです。クラス替えの自己紹介では上手く言えるかとドキドキしていました。
一番苦手だったのは電話をかけること! 最初に自分の名前を名乗らなければいけないの ですから・・・。たった1件の電話をかけるのに、ドキドキしながら、受話器をとって、深呼吸して、また 受話器を置いて・・・の繰り返し。でも、小・中・高とそれほど、電話をかける機会はなかったので、なんとか乗り越えて来ました。 学校を休む時は必ず母親がかけてくれていました。でも、社会人になってからは、そうはいきません。体調不良で休む時は自分で電話をしなければいけないので、本当に辛い時以外はムリを してでも出勤していました。 職場は電話を掛けなくても済むような所を選んだので、それ以外の電話は全くと言 っていいほどかけないで済みました。どもりそうな言葉はいつも違う言葉に言い換えていたので、周囲の人達は私が吃音とは気づいてはいませんでしたし、特に辛い事もなくそれなりにやってきました。 職場では毎日PCとにらめっこ。仕事中はあまり会話もしません。特に好きなだから始めたという仕事でもないので、仕事を心から楽しいと思った事はありませんでした。平凡にこの仕事を続けて、結婚して家庭に入っちゃえばいいやぐらいに考えていまし た。 でも、もし結婚して子供ができたら、自分の母親が電話をしてくれてたように自分も電話をしなければならないんだ!と思うと、不安になりました。子供の前で電話をした時にどもったら恥しい・・・。「なんでお母さんは自分の名前言えないの?」なんて思われたくない・・・。 仕事をしてもしなくても、結局は電話と離れられないと考えた私は、やっぱり吃音をどうにかしなくては!と思うようになりました。 インターネットで吃音のページを色々検索して、江田先生のホームページを見たときにコレだ!と思い、チャレンジする事にしました。先生も同じどもり経験をお持ちであるという事と、レッスンの体験談を見て、私以外にもこんなに同じ思いをしている人がいるんだ!と思い読んでるうちに、涙が止まらなくなりました。 レッスン初日はとても緊張しました。でも先生のやさしい声を聞くと、すぐに緊張 がほぐれました。先生の後に続いて同じ言葉を話すと、思ったよりもゆっくり話す事が出来ました。私は日頃、若干早口で、話し方など全く意識していなかったので、意識すればちゃんと出来 るんだ!と実感しました。 最初はトライアルの2回を試してみようと思っていただけでしたが、初回より2回目は更に言いやすくなったので、もっとチャレンジしてみたくなりました。 レッスンを始めたのは今年の3月。そして今も続けています。どもりを治そうと思わずに、伸ばす感覚を意識して、自分なりに調節して良い話し方の習慣をつけてくださいと先生のおっしゃることの実践を重ねていくうちに、以前より電話が嫌ではなくなりました。今はむしろ電話応対はレッスンの実践ができるチャンス! だと思っています。 自分の名前も調節して言えるようになりましたし、普段の会話もなるべく言い換えをし ないで調節して話す努力をしています。たまにはひっかかる事もありますが、吃音をもっていらっしゃらない方も時には ひっかかる事もあるでしょうし、もう以前のようには気にしなくなりました。 今までは話すことから逃げてばかりでしたが、レッスンと供に気持ちが前向きになりました。自分の生活自体が、ガラっと変わったので、周りの友達から、「最近イキイキしているね」なんて言われるようになりましたし、家族からは「なんだか最近話し方が丁寧になったね」などとも言われました。もう「早口だね」とはあまり言われなくなりました。 今年の4月には自分の趣味でもあるサーフィンに関わる職場に転職しました。本当は今までずっと販売の仕事をしてみたかったのですが、話す事に自信がなかったので、なかなかチャレンジできませんでした。以前は人と関わらないオフィスの中だけの仕事でしたが、今ではお店を担当しています。仕事は思った以上に大変なのですが、とてもやりがいがあるし、毎日、色々なお客さんと話をするのは本当に楽しいです。レッスンで自分の話し方に自信がついてくると供に、サーフィンの仲間も増えました!まさかこのような仕事に就くとは数ヶ月前まで思ってもいませんでした。仕事と趣味の両立が出来て、本当に嬉しいです。これからも前向きに頑張ろうと思います! 吃音のことだけではなく、自分の生活そのものが短期間でこれだけ変わったので、何で今まで逃げていたのだろう?と思います。考え方次第で、こんな私でも変われたのですから、今お悩みの皆さんも、前向きにトライすればきっと変われると思います。たとえ時間がかかったとしても、必ず成長出来ると思います。 (2006年6月21日) ※江田よりのコメント: レッスンでは明るい声のWさん。でも体験談を読ませていただき、人知れず悩みをかかえていたのだと改めて思いました。もともと人との会話を楽しめる性格の持ち主ですので、仕事や、またサーフィン仲間との会話の輪を広げていかれることでしょう。 人生の荒波が押し寄せてくることがありますが、Wさんのように前向きに受けとめて上手くサーフィンしていきたいものです。(笑) topへ |
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「どもりを通じて、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。」 僕がどもりを初めて意識したのは小学校4〜5年生のころです。授業中に面白い事を思いつき、みんなの前で言おうとした瞬間、第一声がつまって、まったく言葉がでなくなってしまったのです。
それからというもの、突発的に話そうとする瞬間には、必ず言葉がつまるようになってしまいました。それはどもるというより言葉が詰まってでてこない、といった方が近いかもしれません。しかしこのようなシチュエーション以外では、言葉が詰まったりした記憶がありません。(忘れているだけで、本当はあったのかもしれません。) しかしこのような状況も1年間ぐらいでなぜか自然と終わり、その後はまったくどもる事なく、どもっていた事すらすっかり忘れていました。ちなみに直ったきっかけなどはほとんど覚えていません。 それから10数年後、どもる事などすっかり忘れていた24〜25才ぐらいから、徐々にですが、特定の言葉がつまって言いづらくなってきました。始めのうちはまったく気にも留めていなかったのですが、徐々に自分の心の中で、あせりに似た感触が生まれてきました。 僕は21歳から演劇を始め、それから現在までにいくつもの舞台を踏んでいるのですが、徐々に、練習の時に行う、大好きだった朗読が、自分の中で苦手なものとなっていったのです。それから突発的な短い台詞を言う事も難しくなってきました。それでもその言いづらさを何とかごまかしごまかししながら乗り越えていました。乗り越えるというよりも「どもる」という現実を見ないように、そしてばれないようにしていきました。 それでも、どうしても避けられない事がいくつかでてきました。それは私が出演する舞台のナレーションを録音しなければならなくなった時です。どんなナレーション内容だったか忘れましたが、とにかく第一声が全くでてこなく、たった一行の台詞を録音するのに1時間もかかってしまいました。音響スタッフのメンバーに大変な迷惑をかけてしまいました。 また別の公演の稽古の時は、ある一言の台詞がつまってしまい、全体の練習がまったく進まないなんてこともありました。 これらの事があってから演技をやっていく上で、「どもり」という問題は僕の中でどんどん大きくなり、強烈に意識せざるを得なくなってしまいました。 自由に、心から、のびのびと演技をしたいのに、言葉がつっかかって何か自分の思いや感性を誤魔化している感覚がとてもつらくなりました。それから演技がどんどん表面的になっていき、正直「これはまずいぞ」と思いました。 意地でもどもりを直さなければいけない、と思い、帰り道に早口言葉の練習を何度も何度も繰り返しました。しかしやればやるほどどんどん言葉のつまりがひどくなり、よくなるどころか、気持ちもどんどん暗くなってしまいました。もうどもりは直らず、演技もやめなければいけないのか、と絶望的な気持ちになってい ました。 そんな状況が1年ほど続き、何気なくホームページで「どもり」と検索したところ、この「さわやかカウンセリング」に突き当たりました。 初めは、自分を完全などもりと確定してしまうようで、電話レッスンを申し込むのに小さな抵抗があったのですが、その時の僕には「とにかくどうにかしたい」という思いのほうが強く、早速申し込む事にしました。このような経過から初レッスンがスタートしました。 江田先生と初めてお話し、第一声「ずいぶん早口ですね」とやさしく助言され、正直びっくりしました。私は自分が早口であるという自覚があまりなかったという事と、なによりもどもりを覆い隠すために、知らず知らずのうちに早口でしゃべっていたことに驚きました。 それから母音の流れを意識して話す話し方を教えていただき、一気に気持ちが楽になりました。それは驚くほどに楽になりました。どもりを克服した先輩の言葉が何にもまして、僕の心に染みたんだと思います。 レッスンを開始してからまだ4回目ですが、その4回のレッスンで学んだことは、ちょっとした「気の持ちよう」で、だいぶどもりが改善されるという事です。そしてもうひとつは、「どもる」という事を客観視する事。この二つが重要だと感じました。 たとえばリラックスしている状態で、どもらず(どもることを意識せず)に話せたときは「なんだ、普通にしゃべれるじゃないか」と素直に喜び、どうしてもどもってしまう時 は、あせらずに心の中で「今緊張しているな」とか「いまこの言葉が出ずらいな。だったらゆっくりしゃべろう」とか、客観視できるようになるとよいと思いました。 しかしすべての言葉を冷静に客観視してしゃべる、というのは無理があると思います。ですからすらすら話せる時は素直にその事を楽しんじゃう気持ちが重要だと思います。その両方をうまく使い分けながら、レッスンで学んだ事を自分にあった方法で、日常生活に組み込んでいけば、すごくプラスになるのではないでしょうか。 僕は「どもり」になったことで、いろいろな勉強をしたなあ、と思っています。当たり前の事は当たり前じゃない、という事を学んだと思っています。変な言い方ですが、自分が当たり前にできる事は、当たり前のことではなく、なにかに感謝できることなんだなあ、と感じたからです。「普通に喋る」という事は、どもらない人にとっては当たり前の事でも、どもる人にとってはとてもありがたい事だからです。 この文章をお読みのほとんどの方は、どもりをお持ちなのではないかと勝手に想像しますが、こんな気持ちに少なからず共感いただけるのではないかと思います。すべてが完璧にそろう事なんてほとんどないと思います。そんな中、どもりを通して、逆に前向きに生きることを学んでいけるんだと思います。 (2006年5月28日) ※江田よりのコメント: Sさんは劇団に所属し、多くの舞台を踏んでおられます。話すことを専門としている人が、何で電話レッスンを希望するの?と、こちらがびっくりしました。吃音意識をもっていることを肯定的に受けとめつつ、良き演技をなさってください。 マリリン・モンロー、ジェームズ・ディーンなども吃音意識があったと聞いていますが、吃音って奥が深いんだなあ〜と今更ながらに思います。 topへ |
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| 「私は今まで吃音は治すものだと思っていましたが、伸ばす感じを意識した話し方などで話しやすくなるということを 学びました。」 私が話し方に違和感を感じたのは小学校高学年になった頃でした。最初の頃は吃音という言葉も知らないし、話しづらい日があったりなかったりしたのであまり気にしていませんでした。しかし中学校に入り、小学校の時よりも皆の前で朗読をしたり発表したりする機会が増え、いつの間にか毎日のように声が出なくなったり、あ、あ、あ、と最初の言葉を何度も言ったりするようになりました。その度に周りから笑われ友達にもからかわれました。
それから吃音という実感がわき、恥ずかしいと思うようになりました。人と接することが多い学校がとても苦痛でした。家族にも相談できず、どうして自分だけがこんな変なしゃべり方なんだろうと毎日のように自分を責めていましたが、そうしていることにも限界がきて家族に相談することにしました。母は受け止めてくれ、催眠療法や心療内科など色んなことをしてくれました。しかしそれをしてもまったく話し方は変わらずもう治らないんだとあきらめていました。 しばらくして母が、さわやかカウンセリングというホームページを見つけてくれました。ホームページを見てみると私と同じような思いをした人が何人もいて、それだけでも心強くなりました。そして私もレッスンをしたいと思いこのレッスンを始めました。 最初のレッスンはとても緊張しましたが江田先生の声はとても柔らかくゆっくり話してくれてすごく安心できました。私は今まで吃音は治すものだと思っていましたが、伸ばす感じを意識した話し方などで話しやすくなるということを学びました。 レッスンを受けていくたびに、どこをどういうふうにすれば話しやすいかということを考えられるようになり、改善しようという意志をもつことができました。今でもまだ言葉につまったり話しにくかったりすることがありますが、話すことに対して自信がつくようになりました。もし今、吃音に悩んでる人がいたら、ぜひこのレッスンを受けてみて、話すことを怖がらず前向きに頑張ってほしいと思います。 江田先生が言って下さった実戦するということを怖がらず、自分から飛び込んでいくようにしたいと思います。私は今まで一人で悩んでいましたが、今では吃音のことを相談できる友達がいます。吃音になっていない人に理解してもらうのは難しいですが、親でも誰でもいいので一人でも相談できる人がいればとても気楽になれると思います。 これからのレッスンでもっと自分に自信がつくような話し方を学んでいきたいと思っています。 (2006年5月24日) ※江田よりのコメント: 2年前の2004年4月にBさんのお母さまから娘さんのことで相談のお電話をいただきました。この体験談で綴られているように「人と接することが多い学校が苦痛」だった、Bさんが高校2年生の時です。 あれから2年。雨の日も風の日も(?)よくぞ今までコツコツレッスンを続けてこられました。「実践するということを怖がらず、自分から飛び込んでいくようにしたいと思います」と心強められている今のお気持ちを伺い、嬉しいです。 topへ |
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| 「今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で心の中の恐怖心が徐々に薄れてきています。」 私が吃音と感じたのは、小学校高学年の朗読のときでした。普段は自然に言葉を出すことができたのですが、その時は急に体全体に力が入って言葉がのどの所で止まっている感じでした。その時は、何がなんだか解らず子供ながらかなり動揺していました。
私の場合「ア行」に対する吃音がひどく、それから「カ行」・「タ行」と広がっていきました。その頃、自分自身でも何か治す方法はないものかと考えて、学校の教科書や小説を声を出して毎日朗読していました。その甲斐があり、中学・高校・大学とどもる時期もありましたが、全くそうでない時期もありました。けれど、心の中ではいつも吃音に対する恐怖を抱えてビクビクしていました。
私の仕事は建設業、現場監督なので色々な人と接します。現場をスムーズに円滑に進めていくことで重要なのが人とのコミニュケーションです。仕事上、多くの専門用語を使うのですが、私にとっては言いづらい表現ばかりです。
吃音を意識していた私はどうしても伝えたい言葉が上手く出ず、自分が話しやすい遠まわしな表現で説明してしまい、かえって理解してもらえず、相手を不愉快な気持ちにさせてしまったり、電話では先方の担当者の名前が口から出てこないなど、仕事以前のことで涙が出るくらい悔しい思いをしました。 こんな生活から抜け出したい、何か治す方法はないかとインターネットで吃音に関する様々なサイトを調べている中「さわやかカウンセリング」に出会い、私と同じ悩みを抱えて克服している人達の体験談を読みとても感激しました。
2年間のレッスンでの適切なアドバイスのおかげで、今では言葉をコントロールすることができ、話をするいろいろな場面で心の中の恐怖心が徐々に薄れてきています。また、以前と比べて話すことが楽しくなってきました。江田先生には大変感謝しています。 また、私を「さわやかカウンセリング」に参加させるきっかけを与えてくれた体験談を書いてくれた皆様にも本当に感謝しています。ありがとうございます。 (2006年5月23日)
※江田よりのコメント: 建設業の現場監督という仕事は、段取り、手配、説明など、人を動かす業務と伺っています。専門用語を使ってのコミュニケーションが必要とされます。レッスンでは現場の専門用語を入れたSさん自製のテキストも使って、話し方感覚を育ててこられました。 これからも良きコミュニケーションをとって、仕事を円滑に進めていってください。 topへ |
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「このカウンセリングで本当に僕の心の世界が自由になりました。」 僕がここのサイトを知ったのは、中学3年の秋でした。幼いころから僕は「どもり」に悩まされていました。
(2006年4月27日)今僕は今月4月に高1になりました。受験では面接がありました。とても緊張してしまい、早口で喋ってしまいそうになりましたが、江田さんから教わった「音を繋げる」を意識することで、自分の意思を面接官に伝えることができたと思います。そのおかげで無事、公立の工業高校に入学することができました。 僕は建築科で勉強しています。将来の夢は勿論一級建築士です。建築士という職業は人との繋がりがとても重要となる仕事です。なのでこれからもカウンセリングを定期的に続け、自分だけの話し方を修得したいなぁと思います。 江田さんのカウンセリングは、とても受けやすく、楽しめます。僕も初めてのときはとても不安でした…しかし、江田さんの優しい声を聞き、緊張する僕に親切な心くばりをなさって下さいました。僕はとても感謝しています。 今までカウンセリングを受けていて、少しづつではありますが、自分の話しやすい喋り方の感覚を掴めてきた気がします。 「どもり」はとても辛いものだと思います。それは、経験者にしか分かりません。頭では考えているんですが、声がでない・・・詰まってしまう・・・。実に歯がゆいです。しかし、変えようとしなければ何も変わりません。「自分を変えたい!」という強い思い、一歩踏み出す勇気が大切だと思います。このカウンセリングで本当に僕の心の世界が自由になりました。 小学生のとき、学校にあった「言葉の学校」に通ったこともありましたが、根本的改善にはなりませんでした。手術で直すという方法もあるかもしれません・・・。しかし自分の喋り方を理解し現状を受け止め、自分の努力により自然に話す方が絶対良いと、僕は信じています。 世界に「どもり」の人が何人いるのかは僕には想像もつきません・・・。しかし、全員同じ悩みを抱えているのだと思います。この世界から「どもり」が消えてほしい・・・世界中の人が幸せになってほしい・・・そう思います。 電話によるカウンセリングは、とても画期的で、誰でも気楽に受けられます。良心的なお値段ですし、さらに時間帯指定で夜でも受けられるので、忙しい学生や社会人にピッタリだと思います。 最後に、15歳の僕が言えることではありませんが、どうか未来に希望を持ってください!このサイトの体験談をご覧になった皆様は、きっと僕と同じ悩みを抱えていると思います。一緒に乗り越えましょう。 感情的なとても読みにくい文を、最後まで読んで下さってありがとうございました。 ※江田よりのコメント: 吃音のために出口のないトンネルで心深く悩んだK君だからこそ、今ここで「どうか未来に希望を持ってください」と語りかけることができるのだと思います。 自分の進むべき方向性を持つということは大きな力です。より良い話し方の方向性、そして一級建築士なるという将来の夢・・・。このような具体的な方向性を掴んでいることが、今のK君のエネルギーとなっていると思います。有意義な高校生活を送ってください。 topへ |
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「自分が今課題としているのは、『どもる事を恐れず、自分を信じる』ということです。」 学生時代の私は、中学時代に受けたイジメ(私のわがままの性格が原因ではあるのですが…)などにより、人と積極的にコミュニケーションを取ることを避けていました。一番多感な時期に、人と話すという経験を積み重ねなかった訳です。
(2006年4月18日)私がどもりを感じ始めたのは、高校の時くらいでしょうか。自分の発したい言葉が頭の中では言えているのに、口から言葉として出てこないのです。 言葉が出てこない苦しみはありましたが、積極的に話す事自体も避けていたので、別の言葉に置き換えるなどして何とかやり過ごしていました。 新卒で就職した会社では、ほとんどお客様と話す機会のない部署へ配属されましたが、電話応対をする機会も当然ありました。当時は就職にあたり、自分の「どもり」が仕事に影響するなど深く考えたこともありませんでした。ところが「お電話ありがとうございます」という言葉が徐々に発せられなくなってしまい、お客様が怪訝(けげん)そうに「もしもし?」と言われるまで無言状態が続くこともしばしばでした。 その後何かをきっかけに「お電話ありがとうございます」が言えるようになったのですが、代わりに今度は社名がスムーズに言えなくなるというように、電話応対に対して常に苦手意識がありました。 6年間その会社で働いた後いくつかの職場を経験したのですが、飲食店で働いていたときには「ありがとうございます」が言えなくなるなど、歳を重ねるにつれ段々と、どもることへの不安と恐怖も増していきました。 職を転々としていたのは「どもり」が原因という訳ではなかったのですが、「話す」という事自体のスキル不足も感じていた私は、思い切って電話オペレータという職にもついてみました。 前向きな気持ちで始めてはみたものの、一時は言えるようになっていた「お電話ありがとうございます」が再び言えなくなりました。人がいない場所や自宅などで、独り言のように言ってみると言えるのですが、いざ人前や受話器を持つと言えなくなるのです。正直「またか…」と落胆せずにはいられませんでした。この職場でも、ある言葉が再び言えるようになると他の言葉が言えなくなったり、再び同じ言葉が言えなくなるといった状態を繰り返しました。 やはり自分は話す職業には向いていないと感じながらも、今度は人前で話をする機会の多い職場へ移りました。そこでは「よろしくお願いします」や「お疲れ様でした」という挨拶を頻繁にしなければならないのですが、やはり意識すればするほど言いづらくなるといった状態に陥りました。 自分でも何とかしたいと思い、言いにくい言葉を繰り返し繰り返し練習してみましたが、効果が無いばかりか、場合によってはさらに言いづらくなることもありました。話すのが商売とも言える職場だったので、「どもり」についてではないのですが上司からも話し方の指摘も受けるようになり、どもることが本当にストレスでした。 ここまできてやっと、本気で自分の「どもり」をどうにかしようと思いインターネットで検索したところ、この「さわやかカウンセリング」のホームページを見つけました。思えばそれまで自分がどもりであるということを分かっていながら、「認めたくなかった」「受け入れたくなかった」のかも知れません。ホームページに載っていることは、まさに自分と重ね合わさせられることばかりでした。 また「体験談」を読んで、自分と同じような思いをしている人がたくさんいることを知り、自分だけではないのだと勇気づけられました。そして「どもり」に立ち向かおうと決心し、レッスンを申し込みました。 江田先生には、話す技法から気の持ち方まで、いろいろなことを教えていただいていますが、そんな中で自分が今課題にしているのは、「どもる事を恐れず、自分を信じる」ということです。 これまでは、どもる自分が他人から変に見られることを恐れて、どもりがばれないようにばれないようにと思っていました。いや、今でも心の奥底では、まだまだその思いが拭い去れていないように感じます。 今、趣味でテニスをしているのですが、プレー時にミスをするんじゃないかと恐れると、体が動かずミスしてしまうことが多くあります。でも、実力を出しきってミスしたときはしょうがないと思えるものなので、自分を信じてプレーすることが大切なんですよね。「どもり」に関しても、まったく同じことが言えるのではと思っています。 今でも言い難いままの言葉があったり、ストレスがたまってくると瞬時にスムーズに話せないことが多々あります。しかし、時間はかかるかも知れませんが、いずれはどんな場面でも話し方を調節できるようになると信じています。 また、これまで私は「超」がつくほどネガティブ思考で、そんな自分が好きになれませんでしたが、今は自分を好きになろう、好きになれる自分に変えていこうとも思っています。 ※江田よりのコメント: 吃音が何であるかを客観的にとらえられないと、自分が吃音であることを認めたくないし、吃音意識を持つ自分を受け入れられないものです。隠そうとすればする程、話すことのこだわり意識、囚われ意識が深くなります。 Sさんのおっしゃる「どもる事を恐れず、自分を信じる」という言葉に、他人に吃音を知られてはいけないという恐怖心にとらわれることなく、あくまで人に聞きやすい話し方を高めていくことができるのだという信念を感じます。 topへ |
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「ここにもがんばっている奴がいるんだということを伝えたいです。」 このページを見ているということは、少なからず吃音で悩まれている方だと思います。僕も長年悩んでいる一人です。
(2006年4月13日)僕は小学校3年のころに紙芝居を読むときにどもったのが吃音の初めての記憶です。それからは、国語の本読みの時間にはあたらないように祈りながら時間をすごしていました。小学6年のときに、夏休み体験学習発表会で選ばれてみんなの前で作文を読むことになったのですが、練習で泣きながら読んだのを覚えています。 大学生になるまで自分なりに工夫をしながらどもらないようにとがんばってきました。でも、大学生になると更にシビアな状況で話す機会が増え、自分ひとりでは乗り越えられる気がしませんでした。僕はちょっとのことでは泣きませんが、吃音で苦しんだことを思い出すと涙が出てしまいます。 なんとか克服しようとインターネットを見てみました。すると、同じように悩んでいる人がたくさんいることを知りました。何十万円もする吃音矯正所に通おうかとも考えました。でも、経済的に無理だし、なんと言っても本当によくなるのかが心配でした。そんなとき、江田さんのホームページを見ました。そこに書いてあったのは自分が今までしてきた工夫をさらに突きつめたようなものでした。悩んだあげく、一回挑戦してみようと思いました。 レッスン初回の電話は緊張しました。自分の名前を言いたくても言い出せなかったことを覚えています。そのとき「○○さんですね」というやさしい声が聞こえてきました。その声は心を落ち着かせてくれる声でした。 レッスンを重ねるたびに、だんだんと自分なりのペースがつかめてきて、今は一番苦手だった理容院の予約を電話でできるようになりました。そのほか、派遣のバイトをしているのですが、電話で報告をするのですが、そこでも自分の名前を言えるようになりました。まだまだ日常生活でどもることはありますが、自分なりにゆっくりと滑らかに話せるようになっていきたいです。 「どもらないように話さなければと思わなくていいんです。調節して安定して話せるようになればいいんです。」という江田さんの言葉は本当に僕の心の支えになっています。僕は今、理学療法士になろうと勉強しています。この6月からは実習があり、人と話す場面がたくさんあると思いますが、自分なりに安定して話すように心がけたいです。 もし同じ夢に向かってがんばっている吃音をお持ちの方がいたら、ここにもがんばっている奴がいるんだということを伝えたいです。 ※江田よりのコメント: Iさんが何十万円もする吃音矯正所に通おうかと思った気持ちがわかります。藁にもすがる心境です。けれど、賢明なIさんが考えたこと・・・前払いで高額なレッスン料を払って果たして結果を得ることができるのか・・・これは大切な問いかけです。 「さわやかカウンセリング」は予め決められたコース制ではありませんのでレッスン継続は任意です。金銭的なリスクはありません。どうぞこれからも自主的にレッスンを活用して安定した話し方習慣づくりに励んでいってください。 topへ |
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「僕はあることを学びました。どもりというのは直すものではなく、どうやって上手く付き合っていくかが大事だということを。」 僕がどもり始めたのは、小学生の低学年のころからでした。そのころはまだそれほど気にしていなかったのですが、中学、高校と進むにつれ、どもりがひどくなっていき、人とのコミュニーケーションが上手くとれなくて、毎日どもりに悩まされる日々でした。特に初対面の人と話すときや電話などは、緊張が倍増して、ことばの出だしがなかなかいえず、「え?」と相手に不思議がられるのが苦痛でたまりませんでした。
大学生になり、たまたまネットでどもりについて検索してみたら、さわやかカウンセリングというサイトをみつけました。サイトをみて、とても驚きました。レッスンの体験談を読んでいくと、自分以外にもこんなにどもりの人がいるんだ、自分だけじゃなかったんだと僕はものすごい感動を覚えました。 これだと思い、さっそく申し込みレッスンを開始しました。 レッスンを続けていくうちに、僕はあることを学びました。どもりというものは直すものではなく、どうやって上手く付き合っていくかが大事だということを。僕はどもる自分を受け入れて、あとは人にどもりながらでも言いたい事を一生懸命伝えるという努力をしました。そうしていくうちに、周りのみんなが僕を認めてくれ、今では部の副部長というポジションにつくことができました。 僕はもうどもっても、いちいち気にしません。僕はこれからもレッスンをうけながら、どもりと上手く付き合っていきたいと思います。僕はこのレッスンに出会えたことに感謝しています。 ※江田よりのコメント: 約2年間にわたるレッスンでFさんが学んだこと・・・「吃音は直すものではなく、どうやって上手く付き合っていくかが大事」。 これは自分が吃音であることを肯定的に受けとめている珠玉の一言です。吃音を直そう直そうと思えば思うほど、囚われ・こだわり意識が強くなるものです。 吃音を肯定的に受け入れつつ、話し方の調節感覚を実践の中で身につけていくことこそ、話し方向上の王道だと思います。 topへ |
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「少しずつ自分に合った調整方法を見つけていくことが大切だと僕は思います。」 僕は小学校に入った頃から、うまく言葉がでなかったりひっかかったりするようになりました。そして小学3、4年生あたりから一部の人にまねをされたりするようなり、その事で喧嘩になることもありました。 それから中学に入り学校にも慣れはじめた頃、小学校の時と同じようにまねをする人もでてきました。何かの発表があるときなどはたぶん普通の人の2倍以上も不安を抱えていたと思います。 そして中二の秋頃、僕の母がパソコンでいろいろと調べていたら、この「さわやかカウンセリング」というところをみつけました。
はじめは、どうしようかとためらう気持ちや不安などもありましたが、話し合ってやってみることに決めました。 はじめは、テレビのアナウンサーなどがよく使っている「腹式呼吸」という呼吸の基本から始めました。慣れないうちは普段の呼吸の感覚と異なるのでやはり難しいですが、何回か繰り返しているうちにだいぶ慣れるようになりました。
一番難しいところは、自分に合った調整方法を見つけることです。これはちょっとの練習ではなかなか見つけにくいものです。だから、普段の会話などでも意識して少しずつ自分にあった調整方法見つけていくことが大切だと僕は思います。 今現在、だいぶ調整もできるようになり、学校でもほとんど普通に話せるようになってきています。でもつまってしまうこともまだあるので、この「さわやかカウンセリング」を続けていきたいと思っています。
最後に、この文章を読んでくれた人でもし言葉に不安があるなら、ぜひこの「さわやかカウンセリング」で自分に合った調整方法を身につけていって下さい。
(2006年4月3日)※江田よりのコメント: W君は中学2年の2学期にレッスンをスタートしていますが、「一番難しいところは、自分に合った調整方法と見つけること。これはちょっとの練習ではなかなか見つけにくいもの・・・自分に合った調整方法を見つけていくことが大切。」と言えるまで大人のとらえ方をしています。読む私が感激です!! W君がこの意識をもって新しい高校生活を送るなら、更に豊かなお話し体験をしていく筈です。W君の他にも多くの受講生がこの4月から新しい高校生活をスタートします。私も、東北の田舎で雪が残る山々を眺めながら皆さんを心より応援しています。 topへ |
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「私はさわやかカウンセリングを受けて、心から良かったと思っています。」 私は小さい頃からすでに吃音でした。小さい頃は気にしていなかったのですが、成長していくにつれてどんどん自分のコンプレックスとなり、発表だけではなく話すこと自体が嫌いになっていきました。 学校で発表があると知るとその事が頭から離れなくなってしまい、たとえ発表が2週間後であっても、もう怖くてしょうがありませんでした。 しかしこのままじゃいけないと思い、インターネットで検索していたところ、この「さわやかカウンセリング」に辿り着きました。 私は言おう言おうとして力が入りすぎ、母音が強すぎることがレッスンでわかりました。自分でも話しているときはとても息苦しく、どんなに頑張っても声は出ないしで、何でこうなるんだ!とずっと思っていました。 そしてその改善として、江田さんに最初の言葉を力みを入れないで軽く言うことなどを教わり、いつも頭の片隅に置いて気をつけるようにすると、断然変わってきました。そして、だんだん行動にも変化が出てくるようになりました。 話すことへの恐怖が全くなくなったわけではありません。どもりも少しずつ良くなっていますが、完全に治ったわけではありませんし、周りから見たらまだまだどもっている時があると思います。しかし、今まで「怖い」という気持ちだけだったのが「こうすると言えるかもしれない」というわくわく感が少しずつ自分の中に出てきています。 この感情はとても大きな一歩だと自分では感じています。 今年、高校受験で面接を受けました。とても緊張し不安感でいっぱいでした。しかし、本番で多少どもってしまったものの、自分の意見を全部言う事ができました。そして、念願の志望校に合格する事ができました。本当に嬉しかったです! これからもさわやかカウンセリングを通し、安定した話し方を身につけるように努めたいと思います。私はさわやかカウセリングを受けて、心から良かったと思っています。 |
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「カウンセリングを受けて」 僕は前から言葉がうまく出なかったり、突っかかったりしていました。 インターネットで電話でのレッスンのことを知りましたが、最初申し込むのは少し勇気がいりました。けれど、自分でも治したいと強く思っていたので申し込むことを決意しました。 最初のカウンセリングではあまり効果がありませんでしたが、2回目あたりからだんだん変化が出てきました。 カウンセリングを受ける前は友達と話すだけでも一苦労でしたが、今はもうだいたい普通に話せるようになったし、学校の音読などでも突っかからずに読む事が出来るようになりました。もうほとんど言葉が突っかかったりしなくなりました。 今度は大勢の人の前で話せるようになりたいと思っています。 まだこのカウンセリングを受けてない人は、思い切って受けた方が絶対に良いと思います。 (2006年3月23日) ※江田よりのコメント: Aくんとのレッスンは2005年4月にスタートしていますので、今月で約1年となります。高校受験の面接もクリアーして、念願の希望校に合格したとの連絡を受けました。 4月からは新しい高校生活。話し方の技術を高めていってください。 topへ |
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「一大決心をしました。それは今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよならをすることです。」 私が吃音を意識したのは小学校4年の時でした。朗読をしてくれる人は起立してと言われ、読もうと思ったのですが声が出ず、先生が皆の前で私の事を慰めてくれたのでしょうか・・・、そのような事を記憶しています。それ以前の私も吃音の要素を持っていたのかもしれませんが、それ以降、吃音の意識が深くなっていったことは言うまでもありません。 学生時代は、人前で話すことが常に恐怖でした。皆さんの体験談に共感するばかりです。吃音を味わった事のない人には理解できない気持ちだと思います。 社会人になってからは製造の仕事に従事し、人前で話すことからずっと逃げてきました。性格はわりと社交的なので雑談は多いのですが、言葉が出ないときは言い換えたり、忘れたふりをして変に思われないよう努力していました。今思えば無駄な事でした・・・。 一生逃げて過ごせばなんとかなると自分の中で思っていた反面、心の中は自己嫌悪のかたまりでした。 人生の半分を迎えた私は、一大決心をしました。それは、今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよならをすることです。 その第一歩としてさわやかカウンセリングを受講する勇気を持ちました。そしてこの事で今少しずつ前向きになってきた自分を感じています。 自分の5年後10年後がより自分の目指す人生を送れることが出来るようになりたいです。講演会の講師になって、大勢の前でスピーチが出来たら最高です。 さわやかカウンセリングの体験談を読んで私は勇気を頂きました。本当にありがたく感謝しています。そして、自分の夢が実現できるよう頑張りたいと思います。 (2006年3月17日) ※江田よりのコメント: 小さい時から杭(くい)につながれて育った象は、大きくなっても杭につながれたままです。杭を抜く力はもう充分あるのですが、今まで引っ張ってできなかったので不可能の蓋(ふた)に閉じこめられたままです。 多くの場合、吃音経験は幼少時にさかのぼり、話すことの苦手意識、恐怖感を引きずるので、自分は人前で話すことができないと思ってしまうものです。 「今まで自分の可能性に蓋(ふた)をしてきた自分にさよなるをすること」という0さんの一大決心は、話すことの自信を確実に取り戻す変換点となる筈です。 topへ |
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「自分なりの調節方法を身につけていきたいと思います。」 私の吃音のはじまりは小学校低学年からでした。そのころはあまり意識していなかったように思いますが、高学年になるにつれ意識し始めるようになりました。学校の本読みのときはいつもドキドキして、その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。 |
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「今悩んでいる人が、この文章を読んで元気を出してくれればすごく嬉しいです。」 私は物心ついたときから吃音に悩んでいて、学校でみんなの前での発表に限らず、電話のとき、友達と話すとき、家族と話すときなど、いつも言葉がひっかかり、常に吃音のことばかり考えて生きてきました。
一番覚えているのは、小学校の頃、クラスで詩の発表があり、途中でつっかかって最後までムキになって読んだ私のことを先生が笑ったことを今でも忘れません。他にも傷ついたことは沢山ありましたが、その出来事は一生忘れないと思います。 そんなのは私だけだと思っていたので誰にも相談できず、もう口が利けなくなればいいのにと思っていました。けど、インターネットでこのレッスンの事を知り、他にも悩んでいる人がいる事を知って、本当に気が楽になりました。 そしてレッスンを受けていくうちに、自信が少しずつつき、自分は言葉を話す練習をしているから少しくらい突っかかっても大丈夫!と思えるようになりました。それに、親や仲のいい友達に吃音の事を相談できるようになりました。その友達の中には、そういう人を知らないせいか、理解まではしてくれない人もいますが、打ち明けることで今まで溜まっていたものがスッキリし、言葉に対するストレスも減ったと思います。周りのほとんどの人は吃音の事を知らないと思います。けれど、今吃音で独りで悩んでいる人は、思い切って誰かに打ち明けてみてください。私はそういう人がいるんだということを、みんなにわかってもらいたいです!そして、吃音の人が恥ずかしがらず堂々と話せる環境になればいいのにと密かに願っています。 私は今専門学校に通っている19歳で、あと一年で就職し社会人になります。不安はすごくあるし、やっていけるのだろうかと心配になるときもありますが、このレッスンでの経験を活かしながら、頑張っていこうと思います。今悩んでいる人が、この文章を読んで元気を出してくれればすごく嬉しいです。一緒に頑張りましょう! (2006年1月28日) ※江田よりのコメント: Sさんは表面からは吃音だとは全くわかりません。小学校での詰まり体験など、言いにくい感覚が心に残り、また繰り返すのではという不安が時折浮上するのだと思います。友達に吃音の悩みを話しても贅沢な悩み程度に受けとられてしまうことがあります。まあ、仕方のないことですが・・・。 来年から医療関係で働く志を持っておられるSさん、将来の不安は無用ですよ。話す自信は仕事のさまざまな場面で育まれるのですから。 topへ |
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「たった一度の人生。話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。」 私と吃音との付き合いは物心ついてから現在まで、長期にわたっております。姉の病気、弟の出産で、殆ど両親に相手にしてもらえず、不安の中で幼少期を過ごしたことが起因していると両親から聞いています。また両親とも教員で、比較的世間体を気にする環境も拍車をかけたと思われます。
小学校に入ってからは自己紹介、音読、日直、電話などで苦しみ、以後30年間諦めて生きてきました。 しかし3年半前、決定的なピンチが訪れました。社内で配送から営業部門に異動を命じられたのです。まさかでした。特定の人としか接することのない配送から、殆どが飛び込み訪問活動の営業への異動なのですから・・・。結果は悲惨を極めました。 まず相手先の受付の人と対面すると、第一声が出ないのです。そればかりか、発語にとらわれているので姿勢や態度も極めて不自然で、私が行くと露骨に顔をしかめる人や見下すような態度をとるような人ばかりでした。 やがて全く飛び込めなくなり、一日中ホームセンターや書店等で時間をつぶすようになり、帰社してはウソの活動日報を書く日々が続きました。営業成績はダントツの最下位。毎晩のように妻に、「もうダメだ!明日でやめる!」と宣言して会社に行っていました。 生き地獄の中で、藁をもつかむ思いで通い始めたのが催眠療法士のA先生でした。A先生の指導はとてもシンプルで、瞑想・・・瞑想・・・の繰り返しでした。けれど効果が全く表れず苦しい日々が続きました。 先生にあまり効果がないことを告げると、「そんなことはないですよ。確実に変わってきている。お金もかかるので通う必要はないから、自宅で続けてください。」と言われるばかりでした。 毎日、毎日一日3回、とりつかれたように瞑想に明け暮れました。その結果、少しずつ自分でも分かるくらい変化が出てきました。飛び込み訪問時も明らかにドキドキが減っていきました。飛び込み訪問時の苦痛もかなり軽減され、何とか活動が出来るようになりました。やがて営業成績も表彰されるまでになりました。 A先生の指導であるがままの自分を受け入れることが少しは出来るようになり、人の優しさに気付き、素直に感謝できるようになってはきましたが、吃音の発語不安は絶えずやって来ました。A先生からは「私は吃音に関しての専門家ではないので、あなたの感性で師を見つけてください。あなたの感性なら絶対に大丈夫です。」と言われ、インターネットで検索したところ、一瞬にして「さわやかカウンセリング」に目が行きました。 次の日、コンビニの駐車場から早速電話してみますと、実に柔らかく、落ち着いた江田先生の声が聞こえてきました。その時「これだぁ〜!」とハッキリ確信できました。 今まで17回のレッスンを受けていますが、その度に自信と安定感を感じます。特に、伸ばす、つなげる感覚は覚えると発語がすごく楽になりました。 江田先生のお言葉で一番好きなのは、「ドキドキしてあたり前。ドキドキするからダメなのではなく、ドキドキしながらでも安定感を意識して話せること。これが本当の自信になるんですよ。」というお言葉です。今まではドキドキするな!ドキドキしちゃダメだ!とばかりに自分自身を殺してきましたが、正反対をやってきたわけです。 つい先日の1月18日(水)にお得意様の方々50人を集めての当社商品の説明会がありましたが、その司会進行役に立候補し、務めることになりました。もちろんかなり不安がありましたが、不安があってあたり前、不安ながらも安定感を意識して話そうと前もって心に決めていました。 結果は大成功でした。自己満足かもしれませんが、上司も喜んでくれました。次回も進行役を務める予定です。「本日は〜お忙しい中〜当社の〜商品説明会に〜」と話し方の記号を書き込んである今回のスピーチの台本がここにあります。私のためのちょっと変わった台本です。 たった一度の人生。これからも話すことをガンガン積極的に楽しみますよ。今まで吃音を言い訳にして全てを逃げてきたのですから。 (2006年1月24日) ※江田よりのコメント: 慣れない営業に異動させられたIさんにとって、この3年間は試練の連続でした。けれど、催眠療法士のA先生を通してあるがままの自分を受け入れられるようになってきたこと、そしてこのレッスンで話し方の調節感覚を学びつつあることなど、試練が宝にもなっているなぁ〜と思えるこの頃です。 会社の商品説明会で司会進行役を務め、話すことの自信をグンと深めたIさんです。これからもいろいろな場面に接して話すことを積極的に楽しんでください。 topへ |
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「教員採用試験に合格することができました。」 言葉について言いにくさを感じたのは、小学校5年生ぐらいだったと思います。今でも鮮明に記憶に残っているのは、国語の朗読でのことです。今まで普通に出ていた言葉が突然出なくなってしまい、力みながら出だしの言葉を発しました。担任の先生に「どうしたの?」と言われ、私も何がなんだか分からずショックでした。
それ以来、国語の朗読は大嫌いで「つまってみんなに変な目で見られたらどうしよう」という不安に毎日胸が押しつぶされそうでした。しかしながら活発で成績も良い方だったので、学級会長や生徒会役員もやってきました。周りからの期待も強く、自分は完璧でなくてはならない、弱みを見せてはいけないと思う中で「言葉につまる自分」を嫌い、隠さなくてはならないと思ってきました。 そのプレッシャーに心も疲れ果て、なぜ自分だけこんなに苦労しなくてはならないのか悩みました。誰にも相談することができず、ただただ劣等感が募るばかりでした。 私の場合は、母音ではなく、や行、な行「わ」などがよくつまりました。「言葉につまる自分」を隠すために、朗読が当たりそうなときはマスクをして風邪をひいたふりをしたり、どうしても避けられないときは遅刻の理由を作り、その場を逃れたこともありました。トラウマのような過去を今こうして言えるのは、さわやかカウンセリングに出会うことができたからです。 私には昔から夢がありました。それは学校の先生になることです。しかし「言葉につまる」自分に務まるのだろうか・・・悩んだあげく、大学の教育実習で試してみようと思いました。教育実習では思ったより言いにくさが気にならなかったので、どうにかなるかもしれないと考え、夢に挑戦してみることにしました。 大学卒業時に教員採用試験を受け失敗しましたが、幼稚園を紹介していただき、それから数年間幼稚園教諭を務めました。やはり現実は甘くなく、保護者への電話、応対には苦労しました。つまる言葉を避けるため説明が分かりづらくなってしまうのです。悩みは絶えませんでしたが、職業柄大きな声を出すので、自然と腹筋を使った発声になり以前ほどつまることは少なくなっていきました。 そして結婚退職を機に、昨年再び教員採用試験に挑戦することにしました。言葉につまる感覚は、もしかしたら吃音ではないかと思ってきたのもこの時期でした。さまざまな本を読みましたが解決策は見あたらず、インターネットで「さわやかカウンセリング」に出会ったのです。体験談を読みながら涙がこみあげ、自分と同じ思いをしている人がこんなにもたくさんいることに励まされました。 江田先生のレッスンは、適切なアドバイスをいただけるだけでなく、温かい雰囲気で進められるのでとても落ち着き、毎回励まされ前向きな気持ちにさせてくれます。先生のお人柄がにじみ出ていて、自分も苦労した経験をお持ちだからこそできるレッスンだと思います。 そのレッスンを通して、私に欠けていたのは「自己肯定感」だと思いました。「つまったらどうしよう」という不安、過去の記憶がふっとよぎることで自らつまる原因を作っていたように思います。どもってもいい,言いにくさは誰にでもあることだと自分を認めてあげて、ゆるやかにのばしながら話すことで言葉は自然に流れていきました。 おかげさまで、この度、教員採用試験に合格することができました。集団面接や討論,個人面接などで自分の意見がしっかり言えるかどうか不安でしたが、「ゆるやかペースでのばし感覚」を言い聞かせ、落ち着いて話すことができました。これも江田先生をはじめ、このカンセリングを受けた方々の貴重な体験談を読ませていただくことができたからだと思います。本当にありがとうございました。 ※江田よりのコメント: 吃音はメンタルな部分が大きく影響するものです。過去のひっかかり感覚がふっとよぎって「言えない」という囚われに入ってしまうことは吃音体験者なら誰でもおわかりだと思います。 言いにくさは誰にでもあること。これからも「ゆるやかペースでのばし感覚」を実践し続けてください。教育の現場で模範的な話し方、読み方をする先生になる筈です。 topへ |
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